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映画「十三人の刺客」で、かなり残虐な性格の大名が出てきます。
これに類似した大名はいたのでしょうか?
よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

江戸時代の大名は無能だったり浪費家だったりする「ダメ大名」は無数にいますが、残虐な大名は殆どいません。


これは現在の「社長」でも無能な人間は大勢いても、残虐な社長はまず考えられないように、江戸時代という安定した社会に
おいて残虐行為が容認されない事情があるからです。
松平斉宣や徳川忠長など「暴君」とされる人物も幾人かいますが、伝えられる残虐行為の殆どは信憑性の低い伝聞に過ぎず
後世になって不正確な噂話がついたものとされます。
(松平斉宣の場合は藩主就任時にまだ15歳の少年であり、僅か20歳で世を去ったが故に何の業績も残せず、その一方で
「将軍の息子」の出自をタテに加増を老中に要求するような「困った子供」だった事で後世「暴君」のイメージがついたものと
思われます)
また全国に幾つか「世継ぎが生まれなかった大名が狂気に捕らわれ、残虐行為に走った」といった類の逸話が残っています。
(「妊婦をくくり付けて腹を割いた」という伊予松山城の俎石、別名夜泣き岩が有名です)
しかしそれらの行為について当時の記録は一切無く、常識的に考えてもそのような所行が幕府に知られたら100%改易で、家臣一同が路頭に迷う事になりますから、仮に藩主が命じても家臣がそんな藩主を押し込めて強制隠居させてしまうのは
まず間違いありません。
この逸話は世継ぎが生まれず改易された大名の後、移封されて新たな領主となった大名が「先代はこんなに酷かったのだ」
という噂を流して統治をうまく進めようとしたとも考えられます。
結局のところ太平の時代において残虐な人間が表舞台に出る事など不可能だったということです。
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伊達政宗です。



城兵に顔を馬鹿にされて「クワッ!」となって頭に刀を入れた!
それでも怒りが収まらず、女子供もバッティングセンターでホームラン!!(>_<)


かお!


まあ、略奪、強奪、脅迫、相手の惨殺は普通ですが、
理由はちゃんとありますし、策士の策である場合もあります。

しかし、
怒りに身を任せたのは珍しい。
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『十三人の刺客』のモデルが明石藩藩主松平斉宣。

行列の前を三歳の幼児が横切ったので斬罪に処し、その子の父親が殿様を鉄砲で狙撃したという伝承があります。
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無能・凡庸な大名ならいくらでもいるけど、最兇、最悪の大名はほとんど思いつきません。

松倉重政・松倉勝家親子が唯一の例外です。特に松倉勝家が酷い。たかが4万3千石の小大名の分際で、ルソン島遠征を企むなどとんでもない身の程知らずで自分の背伸びと見栄を張るために馬鹿馬鹿しい浪費を重ねて、領民に過大な年貢を課しました。普通の藩なら質素倹約に努め、新田開発や新産業開発に取り組むところなのですが、松倉勝家はひたすら領民から搾り取ることしか考えませんでした。その行状は余りにも酷すぎて、ここには書けませんが興味があるなら調べてください。
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