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旧暦と新暦は季節にずれがあるようです。このことについていくつか質問があります。
★1;ずれは一ヶ月とも聞きますし、二ヶ月とも聞いたことがあります。この差は旧暦に閏月が入るためかと、漠然と認識していたのですが、その通りなのでしょうか。
★2;具体的には、日本は明治政府から新暦に移ったと思いますが、それは旧暦の何月何日を新暦の何月何日としたのでしょうか。
★3;旧暦は平安時代のものと江戸時代のものは同一なのでしょうか。
★4;36節は旧暦のものですよね?新暦に当てはめたら、上記の通り、一ヶ月~二ヶ月ずれているのでしょうか?
★5;ちょっと別の質問ですが、初春、盛夏、中秋、初冬などと四季の中でも季節を細分化する言い方がありますが、正式な言い方は全て定まっているのでしょうか?(時期は定まっていないと思いますが)
★★類似質問もいくつか見てみましたが、つかみかねました。よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

既出の回答と重複する部分もありますがお許し下さい。


★1; 現在の暦は、明治5年12月3日を明治6年1月1日とすることから始まりましたので、「ずれは一ヶ月」ということができます。
一方、旧暦は月の動きを基に定められています。月が地球を1周するのは約29.5日です。そのため12か月で354日にしかなりません。1年で約11日ずつずれていき、3年目では1か月余りずれます。これを新暦と較べれば、ずれは「二ヶ月とも」言えるわけです。このずれを補正するため、19年間に7回の閏月を挟んでいます。

★2;切り替わった日付は前述のとおりですが、これが発表されたのは、明治5年11月9日のことです。つまり、わずか23日の周知期間しかなく、既に暦を印刷していた業者は大損害を被ったそうです。これには裏話があり、政府の財政事情が大きく関係したようです。改暦してしまえば12月は2日しか残らず無視できる、また明治6年には閏月が予定されているが新暦にはない、つまり2か月分の役人の給料を支払わないで済ませる窮余策であったそうです。

★3;明治5年まで用いられたのは「天保暦」といって、それほど古いものではありません。これまでの日本の暦はおおむね次のようです。
元嘉暦 持統6年(692)
儀鳳暦 文武元年(697)
大衍暦 天平宝字8年(764)
五紀暦 天安2年(858)
宣明暦 貞観4年(862)
貞享暦 貞享2年(1685)
宝暦暦 宝暦5年(1755)
寛政暦 寛政10年(1798)
天保暦 弘化元年(1844)

★4;「36節」というのは聞いたことがありません。「二十四節季」または「七十二候」ではありませんか。一応「二十四節季」として話を進めます。結論を先に言うと、新暦に当てはめてもずれることはありません。
俗にいう旧暦とは、太陰太陽暦のことです。日付を定めるのは太陰、つまり月の動きによっていますが、季節を定めるのはあくまでも太陽の動きです。つまり、1年を24に等分したものが二十四節季です。立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨、立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑、白露、秋分、甘露、霜降、立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒ですね。これらの起算は冬至です。太陽を観測して最も低い日を冬至と定めました。春分秋分も夏至も、太陽の動きを計算して事前に暦を定めたのです。
太陽が地球を1周するのは365日ちょうどではありませんから、冬至も春分も年によっては1、2日ずれますが、おおむね一定しています。逆に旧暦にあてはめると、日が定まらず、1か月ずれることもあれば、最大2か月ずれることもあります。
昨日(12/7)「大雪」でしたが、札幌で除雪電車が走り、金沢から初雪のたよりがありました。二十四節季と新暦が大きくずれているとは言えませんね。

★5;前述の二十四節季のことと思います。( )内は2004年の日付です。
「初春」立春(2/4)から啓蟄(3/5)の前日まで。旧暦1月。
盛夏→「仲夏」芒種(6/5)から処暑(7/7)の前日まで。「晩夏」処暑から立秋(8/7)の前日まで。
中秋→「仲秋」白露(9/7)から甘露(10/8)の前日まで。
「初冬」立冬(11/7)から大寒(1/21)の前日まで。
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暦について政府の機関より


http://www.ndl.go.jp/koyomi/index.html

参考URL:http://www.ndl.go.jp/koyomi/index.html

この回答への補足

皆様どうもありがとうございました。
いろいろ勉強になりました。

補足日時:2004/01/20 02:05
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質問4は多分二十四節季のことではないかと思うので、その前提で。


二十四節季は、旧暦とはいってもどちらかというと太陽暦的な考え方で
決められています。例えば春分は旧暦の何月何日と決められているわけ
ではありません。観測の精度さえ十分ならば、現行暦と同じ日になる
はずです。
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江戸時代までの暦の役割は今日と違い人々の毎日の暮らしを導く指南書だったので、24節季をはじめ多くの書き込みがあったようです。

この四季を細分化した暦の上の季節に従って農作業を行ったり、毎日の生活を送る習慣は古代中国で生まれ日本へ伝えられたものです。

日本へ暦が導入されたときから当時の日本の中心であった関西地方と古代中国(大陸)では季節のズレがあったわけです。正確にはわかりませんが2~3週間ぐらいのズレはあったのでしょう。この季節のズレは
明治新政府が太陽新暦を採用したことにより更に拡大され今日に至っています。当時は奈良か京都とのズレだったものが、首都が東京に移ったことで、また今日では南北に長い日本列島全体でこの季節感のズレを感じるようになったので、何日間のズレがあるかの基準はないというべきでしょう。

雪のない地域で雪ぞりに乗ったサンタの写真や人形を
飾ってクリスマスを祝うほどのズレではないにせよ、あまり暦上の季節にこだわると不便なことになりますね。
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★1 「閏月が入るため」と言って言えなくはありませんが,より根本的には,旧暦の1か月の長さ(29または30日)と新暦のそれ(28日~31日)のずれが原因です。


旧暦の1か月は,新月から新月までですので,平均すると29.53日です。したがって,日付としては29日まで,または30日までとなります。
もし閏月を入れないとすると,1年=12ヶ月=29.53×12=354日となり,実際の1年より約10日短くなってしまいます。
そこで,およそ2年に一度弱(より詳しくは,19年に7回),閏月を挿入します。
非常に乱暴な言い方をすれば,「ずれがだんだん大きくなって,太陽暦より2か月ぐらいずれるようになったら,閏月を入れて,1ヶ月ぶん元に戻す」とも言えますかね。

★2 既出のとおりです。

★3 同一ではありません。太陰太陽暦(月の満ち欠けを基準にしつつも,太陽暦からのズレが一定範囲に収まるように調整する暦)である点では同じですが,細かい点で少しずつ修正が行われています。
たとえば,こちらのページをご覧ください。
「近世の改暦」
http://www.ndl.go.jp/koyomi/rekishi/03_kaireki.h …

★4 36節って何でしょうか? 聞いたことがないのですが…

★5 俳句の季語などを分類する際には,春夏秋冬のそれぞれを,初・仲(中)・晩に三分する方式が一般的です(このほかに新年を別に一季とする)。
こちらもご覧ください。
「旧暦の月の名称」
http://www.ss.iij4u.or.jp/~ana/kyureki.htm
ただし,これが「正式」かと言われると,これ以外にも季節を表現する言葉はいろいろありますので,何とも申しかねます。

参考URL:http://www.ndl.go.jp/koyomi/rekishi/03_kaireki.html,http://www.ss.iij4u.or.jp/~ana/kyureki.htm
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★3;について。


>古来日本では太陰太陽暦(旧暦)を
利用していたが
とありますね。徳川幕府から朝廷に政権が移り、その後、太政官(今で言う内閣のこと)が設置されました。そのあいだ、暦の改定はなされていないと思います。
明治5年11月9日太政官布告(つまり当時の政府の命令)によってようやく改定されたのだと思われます。

参考URL:http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/bunga …
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★2;について。


http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/bunga …より
「明治5年(1872)12月2日まで旧暦を使用。
明治5年12月3日を
明治6年1月1日とした。

古来日本では太陰太陽暦(旧暦)を
利用していたが、
明治5年11月9日太政官布告により
太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦された。」

参考URL:http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/bunga …
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Q旧暦の新暦の差は29日?

夏目漱石の出生年月日を見たところ、
1867年1月5日(新暦2月9日)と書かれていたのですが、
新暦の採用は1873年の明治5年12月3日を
明治6年1月1日にした時からだと調べました。
それなら日にちの差は29日であるはずなのに、何故漱石は35日の差になっているのでしょうか?

Aベストアンサー

旧暦は、新月の日を「第1日目」とします。これがいまだに残っている「ついたち」の語源です。

新月から満月を経て再び新月になるまでは、平均すると約29.5日です。
ということは、旧暦における1ヶ月の日数は、29日か30日のいずれかで、新暦のような31日や28日というのは存在しません。

旧暦においては29日の月を「小の月」、30日の月を「大の月」と言っていました。

新暦でも旧暦でも1年は12ヶ月ですが、旧暦は1ヶ月の平均日数が29.5日のため、29.5×12=354日で、新暦の365日より11日不足する(つまり、季節がずれる)ことになります。

1年で11日ということは、3年で33日のずれなので、約1ヶ月分ずれていることになります。

そこで、約3年に1度の割合で1ヶ月プラスして1年を13ヶ月にします。
これを閏月(うるうづき)といい、閏月がある年を閏年(うるうどし)といいます。

新暦では、4年に1度、2月を29日にする年を閏年といっていますが、旧暦でいう閏年とは、このように意味合いが異なります。

さて、旧暦から新暦に移行した1873/1/1は、旧暦でいうと1872/12/3になり、確かに29日ずれているように見えますが、この比較は「無意味」です。
なぜなら、旧暦の12月は29日か30日のいずれかであり、新暦のように31日で固定されていないからです。

見方を変えて、新暦の1872/12/1は、旧暦でいうと1872/11/1で、ぴったり「ついたち」同士でした。
このときの旧暦11月は「小の月」だったため、新暦1872/12/29=旧暦1872/11/29ですが、翌日は新暦1872/12/30=旧暦1872/12/1なのでした。

いずれにせよ、ご質問者様が思っていらっしゃる「29日の差」というのはたまたまであり、旧暦のルールでは特定の月の日数は変動するので、「29日」と固定することはできません。

さらに、閏月を考慮するともっと差は広がるでしょう(この場合の「差」も旧暦の○月を新暦での日数で考えると、という「無意味」な前提ですが。)

例えば、新暦に改められた1873年は、旧暦では閏年でした。
(ちなみに、改暦の理由は欧米に見習うため、と思っている方が多いですが、実は、公務員の給料を年俸制から月給制に変えたため、閏年だと1年に13回支給することになり、当時財政難だったため、閏月のない新暦に変えちゃった、というのが真相だそうです)

この年の閏月(閏6月)は大の月だったため、さらに1日差が開くことになりました。比較してみると、旧暦1873/7/1=新暦1873/8/23で、旧暦7月を新暦のように31日までと考えると(この考え方自体が、先ほどから二度ほど「無意味」と申し上げている理由です)、53日もずれていることになります。

旧暦のルールは新暦と違ってかなり複雑です。
でも、複雑なだけに面白く、日本の歴史、文化、伝統、行事などとも密接に結びついていますので、「昔の人はこういう風に考えていたのか」と意外な発見があります。

この機会に、旧暦やこよみのことについて勉強されてみてはいかがでしょうか。

こよみについては、このサイトが詳しいですよ。
新暦と旧暦の相互変換もできます(つまり、○年○月○日は旧暦では○月○日なのか、などの計算)。
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

旧暦は、新月の日を「第1日目」とします。これがいまだに残っている「ついたち」の語源です。

新月から満月を経て再び新月になるまでは、平均すると約29.5日です。
ということは、旧暦における1ヶ月の日数は、29日か30日のいずれかで、新暦のような31日や28日というのは存在しません。

旧暦においては29日の月を「小の月」、30日の月を「大の月」と言っていました。

新暦でも旧暦でも1年は12ヶ月ですが、旧暦は1ヶ月の平均日数が29.5日のため、29.5×12=354日で、新暦の365日より11日不足する(つまり、...続きを読む

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

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例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

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ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q七夕が秋の季語であるのはなぜ?

立秋は8月7日ごろで、七夕は7月7日なのに、七夕が秋の季語なのがなんかよくわかりません。教えてください。

Aベストアンサー

歳時記は、旧暦(太陰暦)で考えられているからです。
陰暦の暦は、現代用いられている太陽暦の暦と比較すると、約1ヵ月半ほどずれます。
ですから、太陽暦の7月7日は、太陰暦では既に8月の半ばに当たり、立秋を過ぎているのです。

このようなことは、「五月雨(さみだれ)」が「梅雨」を意味し、夏の季語であることからも分かります。
太陽暦の5月といったら、一番気候のいい季節ですよね。
そして、梅雨といえば6月の半ばごろから7月の半ばごろにかけての鬱陶しい季節。
ところが、その「梅雨」が、旧暦ではちょうど5月頃に当たるわけです。
ちなみに「五月晴れ」とは、「梅雨の晴れ間」のことです。

Q最近「カミングアウト」ってよく聞くけど、どういう意味?

最近テレビなどで、「カミングアウト」という言葉をよく耳にします。
国語辞典にはのっていませんでした。
どういう意味なのか非常に気になります。知っている人がいれば、
教えてください。

Aベストアンサー

<coming out of closet>(押入から出てくる)と言う比喩表現
に由来するとされ、元々は同性愛者が自分自身が同性愛である事
を他人に伝えることでした。
最近では性同一障害を感じている人々、HIV感染の人々につい
ても用いられる様子ですが、実際には広く一般の人も含めて、
自分自身について言い難いことを他人に勇気をもって伝えること
を指して使われているようです。

参考URL:http://www.be-senior.com/inpaku/active/imadoki/ka.html

Q歴史の教科書に出てくる日付は新暦?旧暦?

時は元禄15年12月15日・・・今日は討ち入りが行われた日です。と毎年12月15日になるとTVで言われますが、これって旧暦の12月15日のように思うのですが
実際はどうなのでしょうか。またすべての史実の日について旧暦の日付を新暦に読み替えているとすれば季節感がずれてしまうし、厳密にいえば「今から200年まえの
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こんばんは。

忠臣蔵については、下のURLも参考になるかもしれません。

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Q蜻蛉、トンボとカゲロウは同じ?

こんにちは、
蜻蛉という漢字は「トンボ」とも読むし「カゲロウ」とも読みますよね?トンボとカゲロウは同一なのでしょうか?
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Aベストアンサー

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カゲロウの幼虫も水中で生活しますが、形態がヤゴとは異なります。幼虫から亜成虫となりさらに脱皮して成虫となります。亜成虫は翅があり飛ぶことができます。亜成虫になる虫はカゲロウのみです。亜成虫と成虫は口が退化して食べることができない種類が多く短命なことが多いです。
後翅は前翅よりかなり小さいです。

ウスバカゲロウやクサカゲロウはツノトンボやカマキリモドキなどと一つの仲間を作っています。幼虫は陸上で生活しています。そして繭を作ってその中で蛹になります。蛹から成虫となります。成虫は餌を食べますし、それほど短命ではありません。

生物学的にはこの三つの仲間は近縁ではありません。

現在では蜻蛉は「とんぼ」であり、「かげろう」は蜉蝣です。全く異なります。ついでに言うとウスバカゲロウも全く異なる虫です。つまり、ウスバカゲロウはカゲロウではありません。

ただ、平安時代にこれらの虫を区別していたかは大変疑問です。透明な翅でふわふわ飛んでいる虫をすべて「カゲロウ」と呼んでいた可能性が高いのではないでしょうか。このことに関しては単なる推測で自信はありません。

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参考URL:http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
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立秋と七夕は旧暦ではすぐ近くなんですね。
ところが、今では七夕は日付あわせのために、一月ほど早く行なわれるようになったのです。
このように、旧暦通りにとどまったものと一月早まったものがあるために、ややこしくなっていったのです。

Q旧暦で誕生日を知りたい。

 最近なぜか旧暦に興味を持つようになり、旧暦お勧め本などを読んでいて、ふとそれじゃあ自分の生まれた日の旧暦は何月何日だったのだろうかと、知りたくなりました。

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Aベストアンサー

以下のサイトで変換できます
現在はグレゴリオ暦(西暦)です。

http://maechan.net/kanreki/
http://can-chan.com/koyomi/qreki-seireki.html


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