出産前後の痔にはご注意!

ツイッターは、もう夜中2時過ぎ頃、書き込みオーバーフローになりました。

純情を汚されたなら、何もかも私にとっては無価値で無意味です。
一番大切なものを失ったら全て何もかも意味がありません。
そんなの、もう意味がないのです。頑張る意味がないのです。
失望させないでください、お願いします。
わたしには、本当は対極的な夢なんて無いに等しいのです。

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問題 ツイッター」に関するQ&A: ツイッターでの問題 過去に私をいじめていた人たちが、ツイッターに私の名前を出して、悪口を書いているの

A 回答 (18件中1~10件)

>モグさんは、フランスにお住まいになっていて、SNSとのかかわりにおいて


>日本との違いは、何か感じるところはありますか。

誰かと勘違いされているみたいですね^^
幸いにもフランスに住んでおらず、また、不幸にもフランス料理に縁がありません^^
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よくわからない、よくわからないけど、よくわからないことばのなかにあなたからのなにかしらのメッセージがこめられていたとするなら…それはなんなんだろう。

いや、なにもないのかもしれない、ないのにあるとおもいたいわたしのおもいがそこになにかをみいだしたかのようなきになっているのかもしれない。


あるべきすがたー理想像

くずれゆくー姿ー老い

好む好まざるにかかわりなく時間だけが過ぎていく

近づきたい求める理想像に

近づくほどに遠ざかる理想像

残された時間は生きてきた時間より短い

あのころにはもう戻れない

ならば、捨ててしまおう

あるべき姿など描くまい

このわたしがわたしなのだから

無垢なるわたしはいまもここにいるではないか

容貌こそ変わり果てようとも

この胸のうちには無垢なるこころ(私)をだいている

だれも汚すことのできぬ無垢なるこころ








【原イメージの純粋持続-認識以前】
http://www.ten-f.com/sub3.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

素敵な詩をありがとう。

どうも、気分は変化してしまったようです。気分が変わりやすいのは、困りものです。
中也は気になる存在です。
現代とどうリンクするかはわからないけど。

お礼日時:2012/06/13 08:30

んーとねー、この質問、本当にツイッターについての質問かな?


回答者さんが話を振ったところに着地して、話を合わせつつ、世間話の主題を〈発見〉しているように見えるんだけどなあ。

自分をごまかすのも平気ですかと尋ねる以前に、ごまかすほどの自分もないのだからと逃げられそうで。
ていっても、何がずれてしまっているのかわからないのだろうし。。。


ロマン派は、価値の二元性と二律背反を抱える心情を自覚したものです。
そして様式や形式が歴史的に掘り起こされたため、古今から自由に拝借できるし混淆もできます。
あいまいさ、どっちつかず、タプルバインドを含めた〈気分〉を表現するために、
作り手はその器となる主題選びに神経を使います。
ショパンは舞曲や夜想曲や抒事詩、民謡などに着想を盛り込むのです。
無防備というよりは解放かもしれませんね。抵抗とか創造でもあって。
既成概念には存在しなかった感性だから、むしろ、こう創ったというべきなのだけれど、
現代は離れていてもロマン派の影響下にあるので、
そういう表現によって鋳造された人間像みたいなものを
自然なものと捉えてしまうんですよ。
ところでしかし、息子さんの宿題は「無防備」なものの例示なのかな。それとも「ショパンのノクターンの特性」なのかな?

この回答への補足

カディンスキーについてですが、別の切り口からいったらですが、無理やりかもしれないけど、
そういうことですよね。

そして、カディンスキーはもっと、つまり、自立している。つまり、コミュニケーション目的
が少し、それは、音楽と違うから当然ですが。
音楽は、そもそも、人間の耳に直接届き呼応させなければ、ならないので。

すいません。よくわからないので、教えていただけるとありがたいです。

補足日時:2012/06/11 08:27
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
そうなんですよ、ツイッタをはじめてから、時間リンクの揺らぎがそのまま
アウトプットすることに違和感がなくなってきたというか。
息子の宿題とか議論の主題とは無関係の現況報告がそのいい例ですね。

主題から、時間の流れのまま、まるで世間話のように、乖離していくという
感覚です。あっちでは、もう普通のことです。

さて、律儀なご回答ありがとうございます。
ダブルバインドを乗り越えるのが、やはり課題だと思っていたので、
やはり、そうなんですね。
とても参考になりました。

お礼日時:2012/06/11 04:54

>例えば、ショパンのノクターンの、変二長調作品27の2これは、


ロマン派の中では、直接的に無防備に身をゆだねている部類にはいる
んじゃないでしょうか。

横槍で答えておきます。宿題に間に合うかな?

素人なりにYOUTUBEで聴いてみました。
演奏者にもよりますが、不安定と少し安定の間を揺ら揺らとするのが恋愛感情にも似た不安と快感をおこさせます。例えれば、明暗のコントラスト効果、吊り橋理論といった類のものです。
こういった曲は無防備にならないと味わいがでないでしょうね。



補足に対して回答します。

>それが、何かの拍子に、感情がシンクロする。
>シンクロしやすい感情は、怒りの感情だったりすると炎上という現象になるので
>そこには、細心の注意をはらって、避けているので、絶対に議論にはならない。

炎上しないのは避けているからなんでしょうか・・・
ただ単に、議論の焦点が流れてぼやけていく、retweetされた数により正しい少数の声はかき消されていく。よって、議論に関心のある者はあそこで議論しようとは思わないはずです。

>何らかの共同作業は目的ではないし、決してそうならない。

誰かの発言に次々に乗っかることによる広報の効果が大きいように思います。
共同作業のように正しいプロセスを積み上げるのには不向きではないかな。

>浮遊しつづける。という感覚でしょうか。

こういうことを直観的に指摘するところがheart_mind さんのすごいとこなんです^^;
私に代表される種族は必ず正と確信するものから根をはり芽を伸ばしていく思考なんですが
Twitterに住まう種族はどれだけ賛同してくれるかという点で思考しているように見えます。まさにおっしゃるように、浮遊しつづけても違和感を感じないのです。

>決してイノベーティブではないけど、
でも、そこに何らかの可能性を見出すとすれば、何があるのか。

同じ趣味関心を持つ友達を探すくらいでしょうか・・・
ただ、そういった新しい友人や対象を探すといっても、常に新しいものに触発されて、結局は、目移りしている間に日が暮れていたといった、本末転倒状態を繰り返すのではないでしょうか。

Twitter、フェイスブックのどちらも営利活動であり、収益源は話題の回転と消費活動における振る舞いの分析が支えているのですから薄っぺらいものにならざる得ません。

http://qa.itmedia.co.jp/qa6470034.html
http://pinger.jp/2010/01/post-803.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ご指摘は、ありがたく後で再考してみます。

ところで、個人的な興味なのですが、
モグさんは、フランスにお住まいになっていて、SNSとのかかわりにおいて
日本との違いは、何か感じるところはありますか。

モグさんが、フランス文化をどう捉えているかに、少し興味がわいたもので。

お礼日時:2012/06/11 04:58

いえ、怒ってるわけじゃないです。


ただ、あまり愚かなことは言わないように。
それよりも、フェイスブックで外国人の友達を作るほうが遥かに有意義です。
英語分からないから無理、顔を出したくない、だなんていっちゃダメですよ。そう言ってる限り、あなたはいつまでも今のままだ。しまいにはツィッターすら取り上げられる日が必ず来ます。
そうなるくらいなら、何か新しいことをしましょう。
悪くないですよ、フェイスブック。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やっぱり、そうですか。
賢いことをいわなくちゃならないんですね。
何かそんな気がしていたところです。

そういう感覚ちょっと苦手なんですよ。勿論、英語もだけど。
でも、外国の方が有意義なんですね。

賢さを主張しあう感覚がちょっとついていけないっていうか。

外国人は違うのでしょうか。

お礼日時:2012/06/10 22:41

三度失礼します。


これから書くことは、もしかしたら利用規範に違反するかもしれませんが…。まあ、管理さんからつっこまれたら、それはそれでいいです。構やしません。
しばらくツィッターするなと書いてしまったのですが、どうしてもしたくなったらついでにここへアクセスしてみてください。
https://twitter.com/#!/masakazu_sawada
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

怒ってないのですか。気分を害されてないですか。平気ですか。

ツイッターの批判は、他のSNSであっても、言ってはいけないことなのでしょうか。

今、一番気になっているのは、このことでしょうか。

お礼日時:2012/06/10 21:46

お礼ありがとうございます。


さて、お礼の中の文章に気になる部分があったので、すみませんがまたカキコさせていただきます。

ローマのコロッセウムでは、観客に親指を下に向けられた人は、
殺されちゃったそうですね。
ボクシング選手は、どこか売春婦と似ていないでしょうか。
なんか、かわいそうで泣いちゃいますよ。

とありますが、それはまったくの誤解、失礼ながら偏見であって差別です。
昔はそう思われていたからこそ、袴田巌氏は冤罪で死刑を宣告されました。
そもそも、日本のプロボクサーは第二兼業でやっている人がほとんどです。
第二兼業の意味はお分かりでしょうか? ボクシングより別の仕事で多く稼いでいるという意味です。
例えば先日、シンガポールで行われた世界タイトルマッチに木村章司選手が挑戦しました。結局大差判定で負けてしまったのですが、だからといって木村選手が生活に困窮することはまずありません。
なぜなら木村選手は、普段は神奈川県の空調管理会社の正社員として働いているからです。平日の昼は外回りでエアコン直してます。我々のようにツィッターなんてしている暇はありません。
つまりボクシングをしなくとも一人前に生活できるサラリーマンです。木村選手には奥様もお子様もいらっしゃいます。
こういう人、プロボクシングの世界ではザラです。星野敬太郎会長は現役時代、横浜のとんかつ屋さんの板長さんでしたし、セレスジムの小林会長も葬儀屋さんの正社員でした。そういう社会的信用があるからこそ自前のジムを作る時、銀行が融資してくれるわけです。
何より、みんな輝いています。木村選手は好青年そのもので、まさに「凛」という漢字を体現しているような方でした。
プロボクサーは売春婦に似ている、かわいそうで泣けてくる…というのは、失礼ながら大きなお世話であって偽善であって、ひどい差別です。
そういう感覚を持ちながら「純情を汚されたらウンタラカンタラ」と語る資格はありません。
いいですか? プロボクサーだろうと売春婦だろうと風来坊だろうと、人はみんな同じ人間なんです。
人間の先天的価値はみんな一緒です。職業だけをもって他人から同情される筋合いはありません。
しかも私が今までに出会ったプロボクサーも売春婦も、みんな夢を持っていました。チャンピオンになりたい、子供にベルトを触らせてあげたい、幸せな結婚をしたい、大きな家がほしい、あの国に生きたい…。
はっきり言いましょうか。何が悲しくて「私には、本当は対極的な夢なんて無いに等しいのです」とか何とか言っている人に「かわいそう」だなんて言われなきゃいけないんですか。
差別しているつもりはない、だなんて言わないでくださいね。差別する人間はいつだって自覚がないのです。今のあなたがやるべきなのは、自分の未熟さや至らなさに気づくことです。「純情」なんて蜃気楼を追いかけるのはおやめなさい。
とりあえず一週間、まずはツィッターから離れてみてください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
直情的に怒りのパワーを受けたので、びっくりしました。そして、ちょっと泣きそうでした。
このサイトでは、なかなかいないので、新鮮なんですけど。

さて、ちょっと時間をおいたので、冷静に考えることができました。

わたしは、どちらかというと、西洋文化のようにそういう人を、ただ供物のように
軽んずる文化よりも、日本のように、どちらかというと、回答者様のように繊細に
掬い上げようとする方が好きなのです。

ただ、それもいいところではあるのですが、逆に作用するところもありますよね。
例えば、おすもうさんという職業は、一昔前は、親の言うことを聞けない子が、
捨てられたようにその職業になっていた人も思うのです。だけど、それでも這い
上がってくるから尊敬されるわけですよね。
その他、売春婦もそういう精神的な面が日本にはあると思います。


ただ、それが逆に作用するとどうなるか、お相撲さんが虐待死しても、まあしょうがないか
とか、本人が嫌嫌売春婦に人身売買された様な状態を見過ごしてしまったり、
また、喧嘩のけしかけは道義的にも、法律的にも問題があるはずです。
だけど、格闘技では、会場の大勢の人が、それをたのしんで、熱気につつまれているわけです。
もし、仮に、嫌々なんらかの経済的理由でそうしている人がいたらなんて誰も考えて
いないわけです。それは、ちょっと怖いことだと思いませんか。

そして、今生活保護問題がありますが、生活できなければ、売春婦があるじゃないかとか、
死ぬ気で格闘家になれとか、そういう社会的圧力がある社会だったら恐ろしいと思いませんか
それを、戦争、ファシズム論理と俗にいいます。


ただ、こういうことをいうと、論点がずれてしまいますね。
私が今、必要なのは、どちらかというと、回答者様のような直情的な感覚にどうなれていけば
いいかですから。

でも、やっぱり、きついだろうな。

このサイトにも、とても珍しいから、ちょっと新鮮な感じがして、刺激をうけていいんだけど。

大多数だと、やっぱり、向いていないんですかね。ツイッター。

お礼日時:2012/06/10 18:39

そういう人にこそ、私はボクシング観戦をお勧めしています。


行きましょう、後楽園ホール。価値というのはこれから作るものなのです。その方法、答えはすべてボクシングが教えてくれます。
人生はボクシングに似ています。
純情というものなど、実は大して価値なんかないのです。数え切れないほどのパンチを浴び、血を流し、汗を流し、涙を流したその先にこそ黄金のチャンピオンベルトが待っているのです。
ボクシングは全てを教えてくれます。
http://www.tokyo-dome.co.jp/hall/
http://www.jbc.or.jp/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
澤田真一さんという方は、ボクシング関係の方でしょうか。

バイオレンスは、映画でも、一番苦手なのでほとんど見ていない
ぐらいです。

すごいショック療法な気がしますが、実際みたら、失神してしまう
と思います。想像つくなあ。
ローマのコロッセウムでは、観客に親指を下に向けられた人は、
殺されちゃったそうですね。
ボクシング選手は、どこか売春婦と似ていないでしょうか。
なんか、かわいそうで泣いちゃいますよ。

そういうものを、どういう風に、受け止めていいかさえ、よくわからない
かもしれません。

でも、何か気になるので、考察していただえるのでしたら、またご回答お願いします。

お礼日時:2012/06/10 15:46

もぐさんに。


この質問は一行目以外、ツイッターに書かれるはずの内容ではないのでしょうか。
それとも、書き込めなかったショックそれ自体を謳いあげたものでしょうか。

書き込み飽和でツイッターのシステムに拒絶されることに、何か社会的な問題があるとも思われません。

しかしなるほど、ここに書かれたつぶやきそのものを読めば、
本人が本人なりの生きづらさを持っているということはわかります。
ハートマインドさんの主観的な気分は気分、しかし現実は非構成的に現実であるということが、
彼女のぶつかる壁であると思います。

わたしたちが、その生きづらさの正体を洞察するという仕事を怠らないなら、
わたしたちの意見や立場は違っていても、質問者の心に寄り添っていることに変わりはないでしょう。
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苦しんでいる方々に対して緩和する手段を提示するのはよいのですが・・・



例えば、常人の可聴域を超える音を聞き分けられる人がいて都会の通信や機械の雑音に苦しんでいるとしたら、鈍い感覚を前提にした構築された社会や技術が悪いのか、鋭敏な感覚をもつ者が悪いのか・・・
ともかく、多数者である鈍いものは鈍いと自発的に自覚することは絶対にないわけですから
無自覚な迫害や善意の追い込みが繰り広げられるわけです。

そういった無理解や共感の断絶を残して、医学的なアドバイスしても無意味でしょう。

この回答への補足

ツイッターは気難しい(私にとってはだけど)世界ということはわかりましたが、

どうして気難しいのかが気になります。
それぞれの現実の立場というものを、主張しあう関係が浮遊しています。

それが、何かの拍子に、感情がシンクロする。
シンクロしやすい感情は、怒りの感情だったりすると炎上という現象になるので
そこには、細心の注意をはらって、避けているので、絶対に議論にはならない。
何らかの共同作業は目的ではないし、決してそうならない。

浮遊しつづける。という感覚でしょうか。

決してイノベーティブではないけど、
でも、そこに何らかの可能性を見出すとすれば、何があるのか。

補足日時:2012/06/10 22:14
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

欠落感を自覚しつつというか、その範囲が明確化されつつあるのです。
そこに何とか変革を起こせないかということです。

モグさんの意見のように、自閉症からみた社会というのは、意味を持つ
ことでもあるとも思っているのですが。

それだけでは、自分自身が物足りないというか、ただ、乱暴なことは
できない。それも自覚しています。

お礼日時:2012/06/10 13:53

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