dポイントプレゼントキャンペーン実施中!

兄弟間の確執で悩んでいます。 私は親が経営する同族会社の部長をやっています。
長兄は専務取締をしていて、以前は仕事上でもうまくやっていたのですが、
最近、仕事上での意見の食い違いから、対立するようになってしまいました。

その為、専務中心としたそれを擁立する派閥の画策によって、私は孤立させられ、
社内的に四面楚歌の状態に陥っていまいました。
その経緯を親である社長に相談しても、あまり真剣に話を受け取ってもらえず、
むしろ、次期社長である専務に肩入れするような素振りさえありました。

以前に知り合いからも、同族企業や親族で会社を経営すると、
必ず、意見が対立し、仲が悪くなって、うまくいかないとアドバイスを受けていましたが、
まさか自分に降りかかってくるとは思っていませんでした。

今まで、現状の会社の基盤作りの中心として、長年身を粉にして働き、
会社を大きくして、分社化を図り、兄弟でもうまくやっていけるように頑張ってきたつもりでしたが、
この不条理な処遇に対して、やるせない気持ちと大きな憤りを感じます。

同族会社での就業なので、今まで転職などは全く考えてこなかったのですが、
この機会に独立・転職も視野に入れて考えてみた方が良いのでしょうか?
それとも専務に頭を下げて、合点がいかない事にも迎合すべきでしょうか?

どうか皆様のアドバイス・ご意見を頂けないでしょうか?

A 回答 (1件)

どうコメントしていいか割合悩みましたが、そろそろ言わないといけないと思います。


回答遅れましたが申し訳ありません。

でもまあ、以下の話の内容は気に障るかもしれませんね。
それは覚悟します。
ひとごとだと思って、という不快はもたれるかもしれません。
でもまあ最後まで読んでいただいて、そこで怒ってください。

まず、内部の感情的な問題があるということは、商売がうまくいっているということに間違いありません。

全員で立ち向かわなければならない問題がある場合は確執なんていっていられないからです。
その意味ではある意味でめでたいことです。
けど、親族で事業をしている場合の問題は、有限会社や株式会社であっても、最後まで責任や確執がついてまわり、まるで合名会社みたいになってしまうのですね。

単純に言って、法事で席を会わせたくないような関係になるのは絶対に避けなければなりません。

いろいろご事情もおありだと思いますが、腹が立つとしても聞いてください。

事業に対する距離の問題です。
おそらく御社は、「売り時」として熟しています。

日本人型のビジネスではないのですが、最近少し根付いてきたやり方があります。
事業を、うまく回って稼働する状況にするまで工夫をし努力をする。
そして、完全に大丈夫、となったときにあっさり売ってしまうのです。

アメリカなんかでは頻繁にあることです。
でも、日本でも、ごく最近そういう話を複数聞きました。
作った会社を大手に売ったといった経営者の顔は得意そうでしたよ。

回っているビジネスは買い手があります。
成功失敗がどちらにも転ぶ可能性のある状態だと大体金を出したがらない。
では回っているのにどうして人の手に渡すのだ、というのが従来の日本人型の考え方でした。
のれんを守りどのような風雪にも耐えて忍んで行くという美学です。
商売は儲かることもあり、損になることもある、そういう浮き沈みを乗り越えて年をとっていく考え方です。

でも、出来上がった家は、だんだん古びていくし柱も曲がったり屋根から雨が漏れたりし出します。
それをいちいち補修してうまく住めるように維持していくのも人生です。
別の家をまた立てることにし、前の家はぴかぴかしているうちに人に売るのも考え方です。
ぴかぴかしているうちは高く買ってもらえます。

売る考えはどういう考えに立脚しているかというと、ビジネスは創造するものだというところです。
価値を作り出し売上を生んでいくロボットを作り上げるということです。
自分がそういうことにかかわっている、出来たというのが充実感であり誇りです。出来たら売れます。
熟したらまた次のものを創造していくという考え方でいったら、かかわっている仲間が意見の対立を起こすでしょうか。

考え方です。
折角いままで苦労に苦労を重ねてかかわってきた事業を中途で放り出す、と思ったら精神衛生に悪い。
生産力のあるロボットはすでに作り終えたからあとのものに任す、と考えたら気持ちは全く違います。

体力知力があるなら、ひとつでも成功に持ちこめた自信で次の起業もうまくいきます。

社長のお父様にそれを勧める必要まではありませんが、あなたが、自分の事業をお兄様に売ると考えて次の行動を起こされたらいかがか。

この話は、ただ本で読んだだけ付け焼刃でもなければ、エラソーな説教でもありません。

そのため、自分のことも少々言っておいたほうがいいかとおもいます。

自分のというより身内のことです。

私の叔父は非常に手広く巨大な事業をしていましたが、子供がいませんでした。
何かがあったらお金を出すということだけはどっさりやった。
私が大学に入学したときなんか法外な祝いをもらいました。
国宝のある寺に巨大な寄付をしたこともありました。

でも親や兄弟や、兄弟の子はその事業に参加させませんでした。

今思えば、身内をまきこんで船に乗せたらゆれも多く、波も来るし暴風にもさらされ、その挙句憎み合ったりしていっしょに法事ができなくなるかもしれない、ということを心配していたと思います。

女房のほうの親戚の血が遠い若いものを養子にむかえ番頭役をやらせていました。
ただ、心配の通り商売に暴風が吹き、兄貴つまり私の父がなくなったときには葬式にも来られませんでした。
そしてそのあと、完全に行方不明になり、いまだにどこにおられるかわかりません。
見事なことに、債権者やあやしい関係のひとたちから私どものほうに問い合わせひとつきたことはありません。

あの事業、もし他人に売っていたら、そして、維持ではなくクリエイトのほうにいつでも人生をかけるようにしていたら、今でも正月には酒を酌み交わせたのになあ、と思わない新年はありません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご返信遅れて申し訳ないです。
ご親身になったアドバイス有難うございます。

私自信少し冷静になって考えてみると、
すこし感情的になっていた気がします。
兄弟ですので、法事にも出れないような仲に
なりたいわけでなく、仲が良いに越したことはありません。

ただ、商売的には、この景況感ですので、順風満帆というわけでもなく、
たいして大きな企業価値はありません。年商5億程度の中小の同族企業ですし・・・

今まで私が長年に渡って作り上げきたものを否定するにより、
現状打破・売上向上を狙うという大義名分の名の下に
それに酔いしれて踊り踊らせている専務とその取り巻きが
許せないだけなのです。(裸の王様状態ですね)

しかし、客観的に見ても、今までそれを作ってきたのは私自身ですし、
経験もスキルもすべて私自身の中にあると考えれば、
たとえ、そのすべてを禅譲したとしても、
彼らにはそれ以上にクリエイトする能力はないでしょうね。

それが納得できただけでも、多少溜飲を下げる事が出来ました。
有難うございます。

お礼日時:2012/11/12 14:59

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています