痔になりやすい生活習慣とは?

 徹底的に批判しきっておきたいと考えます。
 ニーチェの亡霊をもほうむっておきたい。

 すでに 批判がなされています。ところが 次のヰキぺの記事においても どこかまだ その《永劫回帰》なる考えにしても なんらかの思想性があるかに思われるというような評価さえが残っている。

 質問者は 次のくだりをめぐって 批判を明らかな結論が得られるようにおこない切りたい。
 ご見解をお寄せください。


 ▲ (ヰキぺ:永劫回帰) ~~~~
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%8A%AB% …

 § 3 永劫回帰批判

 ・・・
 ( a ) 永劫回帰は科学的に確定される現象や政治思想としてではなく、あくまでも実存主義の構えの柱の一つであり、個人の心的現象内によって発生しうるものなのかもしれない。
 
 ( b ) ニーチェは、個人幻想の枠内ならば、人間は因果律も時間軸も超えられることを叫び、個人幻想の絶対的自由を主張したかったとも解釈しうる。これについて、永井均は永劫回帰は思想と言うよりも、ある日突然ニーチェを襲った体験である点を強調している。

 ( c ) 永井均はニーチェ哲学とは徹底した「問い」であると指摘している。確かにニーチェ哲学は狂気をはらんでいるが、それは無知や短絡的思考からくる狂気ではない。一般人なら適当なところでやめてしまう疑問を問い続けた結果であり、哲学的思索を徹底したがゆえに発生する狂気なのである。
 ~~~~~~~~~~~~

 (あ) 次の命題は 意味がない。

  ▲ ( b ) 個人幻想の枠内ならば、人間は因果律も時間軸も超えられることを叫び

 つまり 《人間は いかようにもその想像力の翼をはばたかせて自由に空想を成しうる》と一般論を言っているに過ぎない。ゆえ。

 (い) つまりそれを

  ▲ ( b ) 個人幻想の絶対的自由を主張したかったとも解釈しうる。

 と解釈するのは ばかばかしい。想像力の自由さ・ゆたかさは 特に主張をするものではない。
  
 (う) これをもって

  ▲ ( a ) 実存主義の構えの柱の一つであり

 という気が知れない。想像力があれば 《実存主義の構えの柱の一つ》になれるのか? ならすべての人が 実存主義者だ。

 (え)  ▲ ( a ) 科学的に確定される現象や政治思想としてではなく、・・・個人の心的現象内によって発生しうるものなのかもしれない。

  ☆ 《心的現象として発生したもの》なら 思想だというのだろうか? 何らかの気持ちをいだいたという心的現象が そのまま《実存主義の構えの柱》になれるのか? ちゃんちゃらおかしい。

 (お) ▲ ( c ) ニーチェ哲学は狂気をはらんでいるが、それは無知や短絡的思考からくる狂気ではない。一般人なら適当なところでやめてしまう疑問を問い続けた結果であり、哲学的思索を徹底したがゆえに発生する狂気なのである。

 ☆ ここには このように《発生する狂気》が 何らかの思想的な意義を持つと言わんばかりである。んなばかな!
 ▲ 一般人なら適当なところでやめてしまう疑問
 ☆ というのは 無意味と知ったからやめるのではないだろうか?

 (か) すなわち 永劫回帰については 次の説明がある。

 ▲ (同上ヰキぺ) ~~~~~~
 § 1 概要
 ( d ) 「時間は無限であり、物質は有限である」という前提に立ち、無限の時間の中で有限の物質を組み合わせたものが世界であるならば、現在の世界が過去に存在し、あるいは将来も再度全く同じ組み合わせから構成される可能性について示唆している。

 ニーチェにおいて、この世界の円環的構造は、たんに存在論的なものにとどまらず、自由意志の問題と結びつけられる。
 ~~~~~~~~~~~~
 このどこが 《ニーチェ哲学》というように《哲学》なのか?
 どこが 《哲学的思索》なのか?

 (き) ▲ 「時間は無限であり、物質は有限である」という前提に立ち
 ☆ この前提がおかしい。のではないか? なんで時間が無限なのか?


 (く) ▲ 現在の世界が過去に存在し、あるいは将来も再度全く同じ組み合わせから構成される可能性について示唆している。
 ☆ という内容についての次の説明が どういう考えから出て来たものか 解明していただきたい。

 ▲ ~~~~~~~~~~~
 § 1 概要

 永劫回帰は生への強い肯定の思想であると同時に、「一回性の連続」という概念を念頭に置かねばならない。つまり、転生思想のように前世→現世→来世と‘生まれ変わる’ものでは決して無く、人生とはカセットテープのように仮に生まれ変わったとしても‘その年その時その瞬間まで、まったく同じで再び繰り返す’というものである。

  仮に2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服していたとしよう。命尽きて生まれ変わっていたとしても、2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服している。リセットしてカセットテープを巻き戻しただけの状態になる。

 これが「一回性の連続」である。それを永遠に繰り返す。

 故に、己の人生に「否」(いな)と言わず、「然り」(しかり)と言う為、強い人生への肯定が必要なのである。

 ツァラトストラは自ら育てた闇に食われて死して逝く幻影を見る。最高へは常に最深から。超人は神々の黄昏に力強く現れる。闇を知り、闇を破し、死してなお生への強い「然り」を繰り返す。今、ここにある瞬間の己に強く頷く態度、それこそが超人への道であり、永劫回帰の根幹である。
 ~~~~~~~~~~~~~
 ☆ この哲学の貧困について その由来が知りたいと思いますので ご見解をのべておしえてください。
 その内容こそが ニヒルではないか?

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A 回答 (32件中1~10件)

ニルヴァーナの質問で燃え尽きたのか


もうなんだか宗教とか哲学の話題は
どうでもいいという気分になっていました。

ニーチェの思想に対抗するなら
ソクラテスの思想になると思います。

「それはつまり、大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなくて、
善く生きるということなのだというのだ。」

この「善く生きる」でしょう。

ソクラテスの自殺。

もしくは無理やり仏教の話題を出すなら
ブッダである、サーリプッタの自殺。

長生きしたゴータマ・シッダッタよりは
サーリプッタのほうが、生への執着を断っていると思います。

このヨーロッパとインドの自殺。

善く生きるなんて言ってソクラテスは自殺した。
さすがアイロニーの使い手のソクラテス。

結論が自殺なんですから。
ソクラテスの思想は難しいですね。
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この回答へのお礼

 かざみどり365さん お早うございます。ご回答をありがとうございます。

 おおきな主題を投げ入れてもらいました。
 てめえで考えよというところも 結果的にあるようですが それはわたしはいぢわるですからハッキリと言っておきますが
 ★ 善く生きるなんて言ってソクラテスは自殺した。
 ★ ソクラテスの思想は難しいですね。
 ☆ というふうに触れておられるからには ご自身もこの主題を立てつつさらに問い求めるという姿勢でいられるものと思います。

 そうですね。ボールはこちらのコートに入ったからには これはねじり鉢巻きで打ち返さねばなりませんね。




 1.ニーチェにおいて《生きる》とは? ソクラテスの《善く生きる》とは?

 ● (渡邊二郎:補論 ニーチェ――生きる勇気を与える思想)~~~~
 もうひとつ 『悦ばしき知識』におけるニーチェのもっと恐ろしい言葉を掲げよう。
 
  *註 《もっと恐ろしい》:この議論は次の《恐ろしい言葉》の指摘のあとを承けている。
   
     《小さな復讐は たいていの場合 まったく復讐しない
     ことよりも なにかいっそう人間的なものである》
    ( Eine kleine Rache ist zumeist etwas Mensch-
    licheres als gar keine Rache. )
     (『ツァラトゥストラ』I 《まむしのかみ傷》)
 


 《生きる( Leben )》とは 何かと言えば それは
  
  《死のうとする何ものかをたえず自分から突き放すこと》
  ( fortwaehrend Etwas von sich abstossen, die sterben will )

 である。したがって

  《われわれの持つ 否われわれだけが持つばかりではない あらゆる弱化
  するもの 老化するものに対して 残酷で仮借ない態度を取ること》
  ( grausam und unerbitterlich gegen Alles sein, was schwach
   und alt an uns, und nicht nur an uns, wird )

 である。それゆえ《生きる》とは

  《死んでゆく者たち 哀れな者たち 年老いた者たちに対して 敬虔な念を
  持たないこと》
  ( ohne Pietaet gegen Sterbende, Elende und Greise sein )

 ではないのか それなのに 老いたモーセは 《汝 殺すなかれ!》と言ったが それは矛盾ではないのか と ここでニーチェは仮借なく鋭鋒を振りかざして しかも問題の矛盾点を指摘したまま ぷっつりと断想を打ち切ってしまうのである(『悦ばしき知識』26)。

 (渡邊二郎編解説:『ニーチェ・セレクション』 2005 pp.302 )
 ~~~~~~~~~~~~~~~

 論者の言おうとするところは ニーチェが恐ろしく過激な言い回しを用いているが 真意はそこにはない。です。
 そう見ておいて たしかにニーチェも《生きる》ことについて考えを述べています。

 かざみどりさんの主眼点は しかももしたとえその定義をふくむ議論を受け容れたとしても なおその上に問題は《善く生きる》という主題がわれわれ人間には持たれているのだ。にありましょうか?

 ★ 「それはつまり、大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなくて、
善く生きるということなのだというのだ。」


 2. 《善く生きる》には 《自死》を避けることがむつかしいか?

 しかも・しかも 《善く生きる》とき人は この人間の社会にあっては《自死》というかたちを取ることさえあるのではないか?
 《アース役》を超えるか? の主題でもあるようです。

 2-1. 幼い時からの親友でゴータマ・ブッダの同輩弟子であるマウドゥガリヤーヤナ(モッガラーナ)が死に臨むとき シャーリプトラ(サーリプッタ)は 《死のうとする何ものかをたえず自分から突き放すこと》をせずに 自死をえらんだのか?
 それとも そのときには《死んでゆく者たち 哀れな者たち 年老いた者たちに対して 敬虔な念を持たないこと》を実行し その考えをみづからにもおよぼしたのか?
 あるいは もうそのときには じゅうぶんこの世を見たのだ じゅうぶん過ぎるほどわれは生きたと捉えたということなのか?

 2-2. マウドゥガリヤーヤナにしても かつて間違った考えを持った人たちにそのマチガイを指摘したことの恨みを買って とうとう攻撃を受けたとき それは 受けねばならないとさとって暴力に甘んじたというのは シャーリプトラと同じような心境だったのか?

 2-3. それにしてもゴータマ氏は 自分の寿命のことについて話をしたとき弟子のアーナンダがそうではなくもっと説法をつづけてくださいと言うべきところを言わなかったそのことを うらみつつ 死地に就いた。寿命を延ばすことも出来たが アーナンダの振る舞い(無反応)があったから もう生き続けない・つまり自死をえらんだ。というのかどうか。の問題。

 2-4. おそらくアブラハムが長子イサクをいけにえにささげるという考えを持ったとき 大錯乱に落ち入り迷いに迷った挙句に得た結論。《人は他人(ひと)をもおのれをもころさない》。理屈抜きと言うべきか。公理と言うべきか。これが 人間の自由だと言うべきか。
 ちなみにモーセはこのアブラハムの心なる《非思考の庭(信仰)》に火花を散らしたヒラメキの中身を《なんぢ ころすなかれ》と言いかえたのである。倫理規範としたのだ。このオシエなる形態とシンジルかたちとは別である。

 2-5. ソクラテスの場合は けっきょく自分の弟子にあたる人間ふたりがアテネの町に害を及ぼしてしまった。人びとはその教師ぶりをうたがってとがめた。ソクラテスは――先ほどのマウドゥガリヤーヤナの場合ではないでしょうが―― このような自分の仲間としての弟子たちにしろ一般の市民たちにしろその咎めを受け容れ死刑のさばきにも甘んじた。のではないか?
 おそらく《善く生きる》にしろ《生きる》にしろ アテネの町の人びとにおいてさらにさらに熟慮を持ち得た〔のにそれを打ち切った〕のではないだろうか?


 3.
 ● 《われわれの持つ 否われわれだけが持つばかりではない あらゆる弱化
  するもの 老化するものに対して 残酷で仮借ない態度を取ること》

 ☆ これは 《あらゆる弱化するもの 老化するもの》というのは 《歳を取ることにおいていわゆる自然に反する考えや振る舞いをおこなうことによってシガラミを増し加えるかのごとく現われて来る老弱化のそのこと》であると採ればよいかも知れない。
 つまり《者》つまりその老化する人間に対して《残酷で仮借ない態度を取る》のではなく そうではなく 要するに考えと行動について自然(ないし人間の自由)に反するようなマチガイに対して容赦なくこれを捨てるということ。そのマ(間)の違いをおのれの内面において捉えこれを自然本性への違反として(ないし人間の自由への違反として)みづから批判しこれを内的に棄てるということ。であればよいかも知れない。



 《生きる》ないし《善く生きる》のささやかな議論でしたが 《2》は課題として述べて立ち止まり思惟をなお残しております。そのおあとがよろしいようで。

お礼日時:2012/12/18 08:23

まあ 詳しくはいえませんが


哲学的思考とは言えませんが、文学的には非常に興味深いのではないかと。
しかし想像力のゆたかさ・自由さは特に主張するものではないとかいう意見にはすべての人に想像力があるとかいう意見には反対です。
想像力によってしか突破できない現実もありますし、すべてのひとが想像力が強いわけではないでしょう。
ニーチェは「ツアラトゥストラ」などを見てもわかるように哲学者というか文学者として評価すべきなのでしょう。永劫回帰も思想性云々というなんかよりもある特殊な神秘体験と評価すべきでしょう。彼は生の無意味さを神秘体験によって越えようとした伝統的なドイツの思想家です。一応既存の哲学を否定してしまったのだから、どうしてもそうならざらるを得ますまい。
ついでにオタクは嫌いかも知れませんがホルヘ・ルイス・ボルヘスの「永遠の歴史」という本をお勧めします。この中で円環的時間について言及されているので。
デ・キリコとかニーチェの影響を受けた芸術家は多いです。

この回答への補足

 お礼欄で

   きょうかしょさん

 と書きましたが

   きょうかしょうさん

 でした。つつしんでお詫びしてただします。

補足日時:2012/12/14 06:24
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この回答へのお礼

 きょうかしょさん こんにちは。ご回答をありがとうございます。

 理論ではないと。わるいのは それだけだ。――
 まぁ たしかにふるい表現を用いるなら この世界に起こることのすべては 神からワタシに届く手紙であると考えられます。ぜんぶ受け留めねばなりません。
 そして中には反面教師もあるわけですが ニーチェの場合はそうでもなく ただし哲学ではなく文学なのだ。というご見解でしょうか。


 理論=テオリというのは しかしながら観想=テオーリアのことですから――あるいはそこから具象的なものごとを抽象して概念において整理したものですから―― この理論が哲学として成っていないとなれば その元の観想やヒラメキについても 一応はうたがいを差し挟まざるを得ない。こういうかたくなにいぢわるな態度も取ることが出来ると思います。

 つまり 文学としてもその発想は――多くの人を読者に持ったからには 引きつけるような魅力があるようでいて―― その淵源をたどってみると 〔少々いぢ汚い言い方をすれば〕玉ねぎの皮を剥いて行くような体験にしかならない。
 こういう議論も出来なくはない。
 と論拠を述べず例証をせずに言ってみた上で(なぜなら これまでのやり取りがあります) 積極的にご見解を受け留めてまいりたい。
 とは言うものの・・・。



 ★ ~~~~~~~
 しかし想像力のゆたかさ・自由さは特に主張するものではないとかいう意見にはすべての人に想像力があるとかいう意見には反対です。
 想像力によってしか突破できない現実もありますし、すべてのひとが想像力が強いわけではないでしょう。
 ~~~~~~~~~~
 ☆ これは――しかしながら―― どうでしょう?

 つまりこういうことですよね? 
 量が質に転換することを考慮に入れねばならぬと。量だけの世界を言っていてはダメだと。 
 臨界点があるのだから それ以下の世界を見ておべんちゃらを言っていてはならないのだ。と。

 ぢゃあ ニーチェの想像力について中身で勝負となるでしょうね。




 ★ ~~~~~~
 永劫回帰も思想性云々というなんかよりもある特殊な神秘体験と評価すべきでしょう。彼は生の無意味さを神秘体験によって越えようとした伝統的なドイツの思想家です。一応既存の哲学を否定してしまったのだから、どうしてもそうならざらるを得ますまい。
 ~~~~~~~~
 ☆ 《神秘体験》すなわち《観想・瞑想》ですね。
 そしてこのときの中身はと言うと:
 ★ 生の無意味さを神秘体験によって越えようとした伝統的なドイツの思想家
 ☆ まづ この意味では《思想性》はあるのですね?
 
 永劫回帰を思うと 《生の無意味さを越える》ことが出来るのだと。思想性もあるが この場合は《想像力の発揮》の問題であると。

 たぶん・おそらくまづこの《生の無意味さ》という前提が問題にされるでしょうね。
 苦しみという意味と自分の思うようにならないという意味との《苦》 つまり四苦八苦ですね つまり生老病死と言うように《生》までも苦だというような場合として この《生の無意味さ》という前提命題がありましょうか。

 そんなことは 勝手ですけれど 生に意味はある・または意味があるかないかを考える前にすでに生きている およそ絶対的に生きている という前提を置く場合もあるはずです。
 そしておそらくこちらの前提のほうが先行していて その上で《生の無意味》という小命題(副命題)を出して来た。と取りますから やはり思想性はうすい。と考えます。
 つまり 無明(無知)=煩悩を四苦八苦と同じく前提に置く場合 早い話が――もしそこから無明の明知への転換というさとりを打ち出して来るのならば―― いわゆるマッチポンプであるに過ぎない。こう考えるからです。

 ポンプで火(副命題)を消しているのですから その消えた状態なるさとりを先に言えとなります。
 生きる・生活する・共生する これがさとりであり――これだけでよいのであり―― イの一番に来る命題であるはずです。

 《生の無意味さが克服される》のではなく 《生は無意味だ》という小命題を持ち出して来て 《生は有意味か無意味かを問う前にすでに人は生きている》という大命題をおろそかにすること この迷いが克服される。と見ますから 思想性は薄く 想像力は貧困である。と捉えます。
 
 ★ 一応既存の哲学を否定してしまったのだから、どうしてもそうならざらるを得ますまい。
 ☆ ご自由ですが――そして自慢ぢゃないですが わたしは既成の思想をうたがって出発していますが哲学を否定してしまうわけではないということですが―― その前提がつねにただしいとは限らないという例でしょうね。
 

 
 まだほかに想像力の問題で中身のある文章だという例があるかも知れません。
 ひとつの例証になったかと考えます。




 ★ ついでにオタクは嫌いかも知れませんが
 ☆ わたしは 次のような質問を立てています。だいたいその表題が 思想内容です。つまりキライではなく ぎゃくです。ボルヘスは知りませんが。

 【Q:《オタク》は 他者性を避けているか】(一概には言えないと)。
 【Q:ニート・引きこもり・あるいはうつなど精神の傾向は ふつうの社会現象であ】るにすぎない。
 【Q:KY とは 草の根民主制への第一歩ではないか】
 【Q:《アース力》は 慈悲なるチカラだ。】

 

 ★ 円環的時間
 ☆ は ひとつにニーチェの専売特許ではないでしょう。ひとつに これと永劫回帰とは別でしょう。ひとつに これは 思想やその発想として ひとつの要素ではありますが それだけでは大した中身にはならないでしょう。



 ★ すべての人に想像力があるとかいう意見には反対です。
 ☆ ということでしたら これをまたまたいぢわるにも広げて解釈するなら 一部の人たちには・つまりたとえば《オタク》には 想像力も一人前の生活力もないと言ってはいませんか?

 オタク・ヒキコモリ・KYなどは おそらく自覚も意識も無しにでしょうが 社会における非民主的な人間関係に抵抗して そのささやかな民主的で自由な声を挙げている。つまり 潜在する想像力と生きるチカラを そのように発揮しています。何の問題もありません。

 それを見ないということは 哲学の貧困ということです。ニーチェは はじめにボタンの掛け違いが起きているのです。よさそうで わるい。どだいわるい。阿呆な考えしかありません。(これに対するひとつの反省を No.62の補足欄に述べましたが)。どうでしょう?

お礼日時:2012/12/14 06:23

bragelonneさん、こんばんは。




>「○ なぜ人はおのおのその《主体性》を失うようになるのですか?」

「「適切なる助言者」が居ないから、」ですかね。


>「○ 人はややもすると 奴隷になりたがるのでしょうか?」

 ここらへんを解明してくださるとありがたいです。どうでしょう?

・・・「適切なる助言者」の不在の結果、ですかね。
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この回答へのお礼

 くりなるさん お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 ★ ~~~~
 >「○ なぜ人はおのおのその《主体性》を失うようになるのですか?」

 「「適切なる助言者」が居ないから、」ですかね。
 ~~~~~~
 ☆ むつかしいですね。《主体》の問題。
 そして確かに《いい助言》があれば  ずいぶんとその後あゆむ道も変わってくるでしょうね。

 主体性とは いわゆる自由意志の問題でもあるようですね。
 言いかえると 世の中は これぢゃ思うようにならない。と感じ そこまでなら よいのでしょうが その努力をおこなうことにくたびれてしまい 夢やのぞみを無くし 心がうちひしがれてしまうと 世界は虚無であるということに成りがちです。


 どうしたもんでしょうねぇ。
 ★ ・・・「適切なる助言者」の不在の結果、ですかね。
 ☆ という要因によって 先ほどの虚無から

  >「○ 人はややもすると 奴隷になりたがるのでしょうか?」

 という事態が発生するのでしょうか?
 つまり もう自分の意志はどうでもいいやとあきらめ それなら誰か他人(ひと)の意志にのっかって生きていればそのほうが楽だというような気に成ってしまうんでしょうかねぇ。

 いわゆるブッダも さとりとは何ぞやをめぐる観念論の宝庫であるだけであり 「適切なる助言者」であるには ほど遠く また神はさらに遠い存在であるようなのでしょうか。

 これは 主題が範囲も深さも大きいようですので ひとまづ保留となります。あしからず。




 趣旨説明欄には 《哲学の貧困》というようなことを書きましたが 助言者の有無という問題はそういう問題にもなるのでしょうか。つまり ひとつ思ったことは やはり事物や現実とは一たん切り離された想像の世界で あれやこれやと考えをめぐらす観念論が 横行しているからでしょうか。

 むろん思索は 具象から抽象してその概念で考えるのですが その抽象度がひどすぎる。ようにも思うときがあります。
 この《永劫回帰》は その典型なのではないでしょうか? 同一の事象の繰り返しなどと言っても いったいそれはどういう現実なのか? とまったくあやしくなるのは 目に見えているのですから それの解明をしてから この命題である永劫回帰ということを提示してもらいたい。そう思います。

 これは そうでないとしたら 一度有名になった著者の書いたものだから その語っていることに対して《奴隷になろう》と言っているようなものです。と思います。

お礼日時:2012/12/08 07:39

おはようございます。


テーマにはまったく関係ないのですが、是非、ワーグナーによるディオニュソス体験をしてください。

ワグナーといえば、《トリスタンとイゾルデ》の《Libestod・愛の死》!!
何もいわずに、


出来たら、是非、ヘッドフォンで、しかも大音量で聞いて、陶酔してください。

Mild un leise wie er laechelt,
wie das Auge, hold er oeffnet,
......

seht ihr's Freunde?
Seht ihr's nicht?
Immer lichter wie er leuchtet,
......

Freunde!
Seht!
Fuhlt und seht ihr's nicht?
(皆さん、見て。 あなたたちは、感じないの? 見えないの?)
......
あ~、この部分は何度聞いても、涙がちょちょぎ出る♪

Hoer ich nur diese Weise,
die so wundervoll und leise,

Wonne klagend,
alles sagend,
mild versoehnend,
aus ihm toenend,
in mich dringet,  (眠り猫、「いん みっひ どぅりんげとぅ」と怪しげな発音で歌いだす♪)
auf sich schwinget,
hold erhallend
um mich kinget?

Heller schallend,  (眠り猫も《Heller schallend!!》と咆哮♪)
mich unwallend,   (音に、身も心も流される~♪)
sind es Wallen sanfter Luefte?
Sind es Wogen woniger Duefter?

Wie sie schwellen,
mich umrauschen,

soll ich atemen,
soll ich lauschen?
......

In dem wogenden Schwall,
in dem toenenden Schall,

in des 《Welt》-  (眠り猫、再び「in des Welt・世界に!!」と叫ぶ♪)
Atems wehendem

All entrinken,
versinken

unbebusst
hoechste Lust!

この曲を聞いて、曲に浸れない人は、宗教も哲学も分からない人だ!!
と、眠り猫、嘯く!!
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この回答へのお礼

 お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 ううーん。聞かせるに最悪の相手をえらびましたね。

 考えたときには たしかにこれは
 ★ ディオニュソス体験
 ☆ であると思いましたね。

 その前には 申し訳ないけれど オペラやミュージカルが嫌いです。
 音楽は好きです。ワルキューレも気持ちよく耳に聞こえます。バッハとサティが特に好きです。(BGM で聞くのが多いですが)。

 歌のほうのおおげさな表現が嫌いです。あるいは ソプラノの高い調子の歌い方 これが 何度聞いてもなじめません。
 バイオリンが一番好きで つぎにピアノです。つまり 楽器だけのほうが 合っています。



 イゾルデは ここで死ぬんでしたっけ?
 《 unbewusst 》は 未知のこの上ないよろこびだと思ったら 《次第に意識が薄れてゆく》なのですね。
 ううーん。死に行くときは さっさと逝って欲しいですね。そういうぶっきらぼうが 好きです。

 たしかにトリスタンとイゾルデは その倫理のよしあしを超えて ふかいところでちからがはたらいているように思われ おおきな主題になるかと思われます。そういう問題はあると考えます。
 アベラールとエロイーズの話も 思い出されます。
 決してその主題を脇に追いやろうということではありません。アリアとかいう歌の歌い方が好きになれません。これは 趣味嗜好の問題です。
 それに死の場面は あっさりとして欲しいです。

 
 ロマン主義かつ実存主義の愛の物語は わが日本人にもあります。

 ○ みちのく・安積 山の井の春姫伝説
 http://www.bashouan.com/ppYamanoi.htm

 よく引き合いに出すのですが 古代日本の国家には 采女(うねめ)という制度がありました。スサノヲ市民圏なる地方ごとに 美しい女性を朝廷(アマテラス公民圏)に差し出すというものです。
 すでに許婚がいた場合には 悲劇が起きました。

 たとえば 陸奥の国・安積の里(現・郡山市)の春姫の物語が伝えられています。召し上げられたあと しばらくすると かのじょは その朝廷から逃げ帰ったのだけれど その許婚の男は すでに死を選んでいました。このことを知って かのじょも後を追ったという話です。
 これは スサノヲ的アポローン体験だと考えます。消極性が目立ちますが。《愛の死》なるテーマとしては どうしてどうしてイゾルデに劣らないと思いますが?

お礼日時:2012/12/06 07:36

パトスという言葉で納得してしまったのですか。


これは驚き。
たしかにアリストテレス的文脈では、パトスは欲情、怒りといった感覚・感情的なもので、その意味では受身的・passiveな概念ですが、
僕の理解では、
ニーチェにおいては、生の本源・ディオニュソス的一面から沸き起こるactiveな概念。
イデアや神といった背後世界からではなく、存在、存在者の意志として、全面的・肯定的に現状を受け入れなければならない。だから、ニーチェの思想は、彼の後の実存主義哲学へとつながってゆくんじゃないですかね~。
NO62の補則で紹介されている解釈は、あまりにアリストテレス的だと思います。

それはそれとして、NO62の補足欄で紹介されている
神崎繁らの、ニーチェをアリストテレスの系譜としてとらえている考え方は面白いですね。
プラトンが天(イデア)を指差し、アリストテレスが地を指差している、あの有名な肖像画を思い出しました。

この回答への補足

 《ドラーマ drama ・ドラオー draoo 》のドーリア方言は なかなか分からないですね。

 一般には やはり《する。おこなう。やり遂げる》の意味であるようです。能動的な意味合いになっているようです。
 ドラーマも 《行為》を意味し 《パトス》と対義語だと言います。



 ▲ drama: δρᾶμα , ατος, τό, (δράω)  ~~~~~~
   http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Per …

  A. deed, act, opp. πάθος, ;
  office, business, duty;
  τὸ δ. δρᾶν to go about one's business,

 II. action represented on the stage, drama, play
 
 ▲ draoo: δράω ~~~~~~~~~~~~
   http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Per …

  do, accomplish, esp. do some great thing, good or bad (acc. to some δ. was the equiv. Dor. Verb for Att. πράττειν, Arist.Po.1448b1),

 2. of things

 II. offer sacrifice or perform mystical rites
 ~~~~~~~~~~~~~~~

補足日時:2012/12/04 00:00
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この回答へのお礼

 ねむりねこさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 そうです。《パトス》で 白旗を挙げねばならないかと観念しました。
 そして確かに No.62に引用した《ドラーマ》の語義をめぐるニーチェの一文では まだどうであるのか――受動性が どこまで主張されているのか――分かりません。分かりませんが 一連の哲学者の議論をたどる中で いまの受動性の主題と同じ解釈においてニーチェが取り上げられているからには 降参しておいたほうがよいであろうと考えました。

 ですから もっと踏ん張れと言ってくださっているものと思いますが ほかの議論においては まだそれらをくつがえすものではない。こうも思っております。



 ところで 《パトス》について
 ★ ニーチェにおいては、生の本源・ディオニュソス的一面から沸き起こるactiveな概念。
 ☆ なんですか。そのへんは あまりよく分かりませんが。

 ★ ~~~~
 イデアや神といった背後世界からではなく、存在、存在者の意志として、全面的・肯定的に現状を受け入れなければならない。だから、ニーチェの思想は、彼の後の実存主義哲学へとつながってゆくんじゃないですかね~。
 ~~~~~~
 ☆ ここには ふたつの側面があるように思いますね。
 ★ 全面的・肯定的に現状を受け入れなければならない
 ☆ のは 受動性の一面であり
 ★ 彼の後の実存主義哲学へとつながってゆく
 ☆ というのは 積極的・能動的な側面(ないし基軸)ということでしょうか。





 神崎繁は この主題を 《力》の理論――なぜなら マルクスにあっては 《労働力》として読み直されたと言います――であると同時に 《存在論》として扱っています。
 そのつてで さらに引用をこのスレッドのためにもしておきます。

 ▲ (神崎繁:存在論の一端) ~~~~
 《働きを受ける力( dynamis tou pathein )》というアリストテレスの『形而上学』第九巻における表現に対して ハイデガーは 《矯(た)めを持つさま( Ertragsamkeit )》という訳を与えていた・・・。邦訳では これに《担いの実り豊かさ》という苦心の訳語を与えられている・・・。

 これは想像だが 〔 Er-trag-sam-keit の中に用いられているところの〕 trag-en というドイツ語が pherein / peresthai よいうギリシャ語 および ferre / ferri というラテン語と同様 ともに《運ぶ》《もたらす》という意味と《耐える》《持ちこたえる》という意味とを同時に兼ね備えていることも ハイデガーの念頭にあったのではないだろうか。

先に 《働きを受けない状態( hexis apatheias )》というアリストテレスの どちらかと言うと消極的な表現に 《抵抗( Widerstand )》という踏み込んだ訳を与えていたのも それと連動しているように思われる。( pp.357-358 )

 ・・・

 同じく西欧の存在思想を批判的に考察し その破壊を敢行したハイデガーが 最終的に《大地》に根差した杣人(そまびと) 《地に生まれし者( autochtonos )》にとどまったのに対して レヰナスはそうした定住思想を批判し 牧者の漂泊の境地を生きたのである。
 それはユダヤ民族の運命によるものか あるいは晩年のニーチェ(そして フーコ)のようにキュニコス派的な《われいたるところ客人(まれびと)( xenos pantachton eimi )》〔クセノフォン『ソクラテスの思い出』II‐1‐13〕という心境によるものか いづれにせよ われわれは西欧哲学の《存在》をめぐる思索の臨界に接していることは確かである。ここから振り出しに戻って もう一度 われわれの行程を辿りなおしてみてはどうだろうか。・・・(pp.359-360 )

 ( 神崎繁:アリストテレスの子供たち――ヘーゲル・マルクス・ハイデガー―― in 神崎繁・熊野純彦・鈴木泉編著:『西洋哲学史 III 《ポスト・モダン》のまえに』 2012 ) 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~



 かさねて掲げるのですが:

 ○ 《働きを受ける力( dynamis tou pathein )》(アリストテレス『形而上学』第九巻)
  ⇒ハイデガーの訳: 《矯(た)めを持つさま( Ertragsamkeit )》
  ⇒邦訳: 《担いの実り豊かさ》

 ☆ これを承けて ぶらじゅろんぬは 《ゆづる。または ゆづりあい》のチカラであるとしました。
 これは 《働きを受けない状態( hexis apatheias )》≒《抵抗( Widerstand )》にも 同時に通じるのではないか。とも考えます。
 日本神話の言わずと知れたスサノヲ=オホクニヌシの アマテラス国への《くにゆづり》の思想です。

 (たしかにこういう発想は ニーチェはしないのでしょうね。ただ パテイン〔働きを受ける力( dynamis tou pathein )〕は パトスのことですから 断定せずに余地を残しておかないといけないと思います)。

お礼日時:2012/12/03 21:38

こんにちはです。





☆☆☆☆☆☆
ズルヴァーン主義(3~5世紀)の考え方
 時間の神ズルヴァーンから、善神オフルマズダと悪神アフレマンが生まれた
 善は精神界と物質界に、悪は物質界にのみ宿る
 人間は善神から創造されたが、悪魔とともに心中。世界は浄化される、その後、人間は復活する

宗派や書かれた書物や年代などによって多少の相違はありますが、ズルヴァーン主義とは、このような考え方です。

そして、時系列的には、
原始ゾロアスター教(?) → ズルヴァーン主義(3~5世紀) → 二元論的ゾロアスター教(6~9世紀)

私たちがゾロアスター教と思っているのは、最終段階の二元論的ゾロアスター教です。
 ズルヴァーン主義 = (マニ教 + 二元論的ゾロアスター教) ÷ 2
と言ったところでしょうか。
そして、のちにズルヴァーン主義は異端の教えとされ、葬りさられます。

ズルヴァーン主義には、驚くなかれ、旧約のアダムとイヴまで出てきます(笑い)。
オフルマズダによる物質界創造の290日目のことです(足し算を間違っていなければ)。
ちなみに、オフルマズダは《火》+《水》で作られたそうです。
オフルマズダと《火》の接点が出てきました。

至高神(?)のズルヴァーンは、悪神のアフレマンを手助けして、善神のオフルマズダと戦わせるんですよ。
いやいや、至高神のなさることは、眠り猫にはまったく理解できない!!

余談ですが、ニーチェは、ディオゲネスの哲学者列伝からゾロアスターの情報を得たのであろうと言われているそうです。
わたしは、ディオゲネスの哲学者列伝を読んだことがないので、哲学者列伝にゾロアスターが出ているのかどうか、また、どのように扱われているのかどうかまでは知りませんが。



☆☆☆☆☆☆
~~~~~~
 ☆ というとき その場合の翻訳文はやはりアラビア語ですよね? つまりまだ伝えられていなかったギリシャ語の文献資料をそこからラテン語に翻訳したという文献は アラビア語ですよね?
~~~~~~
ギリシア語 → アラビア語 → ラテン語
ですね。



☆☆☆☆☆☆
~~~~~~
ただ 火の神と太陽の神とは 同じなんでしょうかね。
~~~~~~
岡田明憲の著書・《ゾラアスターの神秘思想》には、
「一方、イランでも、ゾロアスター教が、火(アータラ:眠り猫註、インドの火の神アグニにあたる)をアフラ・マズダーの息子として崇めた。また、そこでは火は正義(アシャ:眠り猫註、サンスクリット語のアルタ)を象徴したものとされ、悪を放逐し、万物を浄化する神聖なものとみなされた。」
とあります。
ゾロアスター教について、あまり詳しくないので、これ以上はなんとも。
アフラ・マズダーは創造主のわけですから、《息子》という表現がすごく気にかかります。
イランの古い神話や民間伝承が関係するのでしょうか。

なのですが、古代インド・イランのミトラ神は、太陽神ではないんですよ。一般的に、イランのミトラ神は契約の神とされています。
しかし、これも少しおかしな話なんですよ。
インドのヴェーダでは、天則・リタの守護者は、ヴァルナ神。なので、契約の神は、ミトラ神ではなくヴァルナであるべきなんです。
このことを裏付けるように、ヒッタイトとミタンニの条約には、ヴァルナ神の名前が出ているそうです。
(ヒッタイトとミタンニともに、アーリア・ゲルマン系の民族!!)
何で、古代イランだけミトラ神が契約の神になったのか。
何とも不思議な話ですよね。

眠り猫が思うに、
ローマのミトラス神は、北欧の神話に出てくるバルドルか。北方系の太陽に関わる神様がその起源ですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB% …

バルドルは光の神で、死と復活が関係するので。
ミトラス教で、冬至(12月25日)を何故祝うのかも説明できます。そして、その祭りがクリスマスへとなった理由も説明できます。
牛を殺しませんよ、イランのミトラ神。
インドのゾロアスター教徒・パールシーにとって、ヒンズー教徒と同様に、牛は神聖な生き物ですから。
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この回答へのお礼

 ご回答をありがとうございます。

 いや もう ととのってはいないと見なくちゃしかたないようです。一般に神話のたぐいはです。

 ▲ (ヰキぺ:アフラ・マズダー) ~~~~~

  (Ahura Mazdā)は、ゾロアスター教の最高神である。

 宗教画などでは、有翼光輪を背景にした王者の姿で表される。 その名は「智恵ある神」を意味し、善と悪とを峻別する正義と法の神であり、最高神とされる。

 ゾロアスター教の神学では、この世界の歴史は、善神スプンタ・マンユと悪神アンラ・マンユらとの戦いの歴史そのものであるとされる。 そして、世界の終末の日に最後の審判を下し、善なるものと悪しきものを再び分離するのが アフラ・マズダーの役目である。 その意味では、彼は善悪の対立を超越して両者を裁く絶対の存在とも言える。

 中世以降の教義では、パフラヴィー語形のオフルマズド (Ohrmazd)と呼ばれ、 アムシャ・スプンタの筆頭 スプンタ・マンユと同一視される。 この場合、古典的な教義に於けるアフラ・マズダーの役割(善神と悪神の対立の上にある絶対者)は ズルワーンが担う。
 ~~~~~~~~~~~
 ☆ ズルワーンはあまり知りませんでしたが ザラトゥシュトラに関連しておぼえていたのは だいたいこんな内容です。
 やはりアフラ・マズダ―が 最高神であるかたちにおいてでした。

 終末のときに善神が悪神とたたかって勝つということで 例のアウグスティヌスが手を焼いたマニケーイズムも 完全な二元論ではないので 一刀両断のもとに捨てきれないところがあった。
 けれども 《元》というなら それはすでに自在神です。そして善と悪というふうに相い対立するものがそれぞれ自在神であるということはあり得ません。矛と盾の話になります。

 ですから 哲学としては これらは正当にも 棄てた。とすでに決めていました。
 今回この態度を修正するきっかけを見つけるには到りませんでした。

 じっさいはっきり言えば そういうことだと思っています。


 ちなみに オフルマズドは 現在のホルムズ海峡のその町の名になっているとか。






 ○ 太陽・火・光・・・つまり一般概念としての《アマテラス》

 は どこにも見られる神格化でしょうね。それに水や風や何やらかにやらが 付属するか対抗するかするのでしょうね。あるいは それらの奥に統一的な最高神――ブラフマン?――が 控えているとか。




 ★ 北欧神話
 ☆ と言えば あれですね。つまり 例の火曜日のテューズデーのテューズ いや ティーウとか言いましたか。これが インドのデーワや ギリシャのゼウス あるいは デウスと同じく 光り輝く方面での太陽神であったとか。
 ですから ゴッドとか言わずに テーウスくらいで表わしていれば 分かり易いのに。と思いますね。

 ▲ (ヰキぺ:テュール)

 ☆ を見たら その後 ラテンのマルスと同じような神と見なされ 軍神となったのだとか。

 要するにここでも最高神が変わるという事態が起きています。

 ミトラと言っても 契約の神も太陽の神もあったものではないですよ。これぢゃうかうかと契約も出来やしない。せっかく出してもらっていますが バルドルにしても もうひとつピンと来ない状態です。

 《梵我一如》なる類型で 整理するのがよいとやはり考えます。あるいはつまり もろもろの神々は ブラフマン神の分身であると どうしても活かしたいときには なるかと考えます。そして 一般類型としての《ブラフマン》は 一元です。それ以外にあり得ません。その一に全体という意味を持たせるのですから。

 祭りなどの習慣は 哲学としては 二の次の関心事だと見ます。


 ディオゲネス・ラエルティオスにも 詳しくありません。

お礼日時:2012/12/02 14:08

bragelonneさん、こんばんは。



>「ひとことで言えば 偶像崇拝という勘違いが多く見受けられます。
 偶像は偶像として――つまり 信仰内容としてのおしえを取ってみても それは 仮りの表現としての偶像であるのですから その偶像は偶像として―― 扱えばいいのであって 偶像そのものを 後生大事にする片向きがあるように映ります。なぜですか?」

「主体」性の欠如、ということでしょうか。「崇拝は奴隷の始まり」?
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この回答へのお礼

 くりなるさん お早うございます。ご回答をありがとうございます。


 ○ 神とは何か?

 ですね。その問いの場合は 何が神でないか? という問い方になっています。

 たとえば教祖という人間 あるいは教義という《人間の思考の産物》 さらにあるいは 神を《人間の想像の産物》としてあつらえたもの これらは 明らかに《神》ではない。言いかえると 経験世界における経験思考にかかわるモノゴトはすべて――それらが もし神だととなえられた場合には―― みな《仮りの表現において成る偶像としての神》でしかない。こういう議論でした。

 ★ ~~~~~~~~~
  ☆☆ 偶像そのものを 後生大事にする片向きがあるように映ります。なぜですか?」

「主体」性の欠如、ということでしょうか。「崇拝は奴隷の始まり」?
 ~~~~~~~~~~~
 ☆ という回答を寄せてもらいました。

 もし――もしです もし――いぢわるをして もしさらにくりなるさんにツッコミを入れるとすれば こうです。

 ○ なぜ人はおのおのその《主体性》を失うようになるのですか?

 ○ 人はややもすると 奴隷になりたがるのでしょうか?

 ここらへんを解明してくださるとありがたいです。どうでしょう?

お礼日時:2012/12/02 07:33

シリアですから、シリア語!!


というのは、冗談で本気です。
ただ、今のアラビア語方言のシリア語とは違い、イエスも喋ったであろうといわれるアラム語のシリア語方言のようですね。
Wikipediaによると、現代でも、ネストリウス派や東方カトリック教会などで、典礼用の言語として使われているようです。

シリア語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA% …

ギリシア語からアラビア語の翻訳においては、シリア系でネストリウス派のキリスト教を信じていたホナイン一家が重要な役割を果たしたそうです。

ホナイン(Hunain b. Ishsq ~837年)
 アッバス朝カリフ(教皇)ムタワッキルの宮廷医。
 ギリシア語、シリア語、アラビア語などに精通
 このような広範の知識に基づいた彼の翻訳事業はまた一種独特の厳密な科学的性を持ったものであった。すなわち、彼はギリシア哲学の書物をアラビア語に翻訳しようとする際、まず居つくかの写本を校合し、それによって自分自身のcritical editionをつくった。その上、彼は非常に優れた言語的感覚の持ち主であった。彼はギリシア語とアラビア語の語彙の意味領域的な食い違いと、文法構造の根本的な差違とをほとんど理論的といえるほどはっきりと意識していた。
 かくてホナインおよび指導下の人々の仕事はギリシア哲学の単なる逐語訳ではなく、意味を可能な限り深い次元でとらえた解釈学的なアラビア語化となった。後のイスラム哲学者たちが、ギリシャ思想を驚くほど正確に理解し得たのは、このような立派な翻訳事業が出発点となったからである。
 (井筒俊彦著 イスラム思想史 中公文庫)

ウマイヤ朝末からアッバス朝中頃までは、思想的にかなり自由な雰囲気があって、哲学は宗教以上の価値を持っていたそうです。つまり、哲学者は預言者であるムハンマド以上の存在で、より神に近く、真実を知っているとされていた。アビセンナの生きた時代は、宗教界からの巻き返しが強くなり、ちょっとcriticalな時代になっていますけれども。
一方、アベロエスの所属する西方イスラムでは、哲学への宗教的な締め付けは厳しくなかったようです。イペリア半島からイスラム勢力が完全に駆逐されるまで、この自由な学風は守られていたと言われています。


ところでところで、今回、いろいろと調べて分かったのですが、ゾロアスター教研究者の本の内容をそのまま鵜呑みにするのは、学問的には、ひじょーに危険です。僕も現に、昨日までの長い間、その被害にあいつづけた!!
特に一般向けの書物などでは、
原始仏教のゴータマを、はるかのちに成立した密教やタントラ密教をもとに話すようなことをしているからです。そして、これがゾロアスターの教えです、と嘯いたりする。
さらに、何でもゾロアスター教起源としたがる、性癖・学癖を持っていらっしゃる(笑い)。
日本におけるゾロアスター教の世界的権威とされる○○さんもその例外ではなく、「日本の伝統的な儀式の多くに、ゾロアスター教の影響がはっきりと見られる」と言ってしまう(笑い)

また、
ユングの研究者(とくにグノーシスなどの研究者)にも、結構、多いですね、ゾロアスターやゾロアスター教をより古い時代に設定したがる人。
ヘレニズム期のギリシアからの長い伝統で、これはもう、ヨーロッパ人の癖と言ってもいいでしょう。ピタゴラスは、バビロニアでゾロアスターの教えを長い間、学んだとか、新ピタゴラス派の人たちは考え、真面目に信じる。東方世界への憧れが、様々な伝説と幻想を産みつづけた歴史を持っています。
ユング研究者の中にも、オカルトが入っている人が、結構、多いんですよ~。
ゾロアスターと言えば、錬金術の祖であり、魔術の祖と、長い間、考えられてきましたから。
で、思ったのですが、ニーチェの思想を、錬金術の思想やオカルトからアプローチする方法もあるのかもしれませんね。
ツァラトゥストラのお友達(?)かペット(?)の、《蛇》と《鷲》は、錬金術において、ひじょーに大切な存在(象徴・シンボル)なんだそうですよ。蛇は《時間》、鷲は《第一質料》だとか、そうでないとか。何で、《蛇》と《鷲》なのか、この方面から解き明かせるのかもしれません(笑い)。
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この回答へのお礼

 ねむりねこさん お早うございます。ご回答をありがとうございます。

 まづヰキぺをも参照しつつ思ったことです。
 ▲ (ヰキぺ:アラム語) ~~~~
 アラム語は二つのグループに分けられる。

 西方アラム語は、かつてアラビアのナバテア人、パルミラ人、パレスチナのキリスト教徒やアラム人ユダヤ教徒によって話された。イエスは西方アラム語の方言を話した。
 現在は、シリアのマアルーラ (Ma'aloula) 村など三つの村で話される現代西方アラム語を除いてまったく消滅している
 ~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ つまり このほかに《東方アラム語》があってトルコ・グルヂア・アルメニアにも広がって《いくつかの村》で話されていると言います。
 つまり わたしは たまたま見たテレビのドキュメンタリ番組で いまはもうアラム語を話す人口は三桁の数しかいないと聞いたことがありました。これは 西方アラム語のことだったかと知った次第。
 まぁ 情報を得るということは いろいろですね。


 ただし
 ★ シリアですから、シリア語!! / というのは、冗談で本気です。
 ★ ギリシア語からアラビア語の翻訳においては、シリア系でネストリウス派のキリスト教を信じていたホナイン一家が重要な役割を果たしたそうです。
 ☆ というとき その場合の翻訳文はやはりアラビア語ですよね? つまりまだ伝えられていなかったギリシャ語の文献資料をそこからラテン語に翻訳したという文献は アラビア語ですよね?



 ★ ~~~~~~
 ホナイン(Hunain b. Ishsq ~837年)
  アッバス朝カリフ(教皇)ムタワッキルの宮廷医。
  ギリシア語、シリア語、アラビア語などに精通
  ・・・
 ~~~~~~~~~~
 ☆ 翻訳は 学術研究の伝統のあったアレクサンドリヤあたりで行なわれたかと勝手に想像していました。






 ★ ゾロアスターやゾロアスター教
 ☆ これは これも 中途半端に放っておいてありますので困りますが 前回も触れましたように アヱスターの言語は サンスクリットと同時代だと思っていました。

 ▲(ヰキぺ:ザラスシュトラ) ~~~~
 § 1 歴史上のザラスシュトラ

 ザラスシュトラの本来の教えは、イランの神話的聖典である『アヴェスター』内の「ガーサー(韻文讃歌)」部分の記述がそれに相当すると考えられる。インドの『リグ・ヴェーダ』などとの言語学的比較から、ガーサー(サンスクリット語では、「ガーター」がこれに対応する)は紀元前15世紀頃から紀元前13世紀頃に成立したと考えられる。ここからメアリー・ボイスなどは、ザラスシュトラの生存した年代をこの期間のいずれかに比定している。

 伝承は、スピタマ家のポウルシャスパの子がザラスシュトラであるとする点では一致し、その生涯のエピソードなどもほぼ一致して詳細が語られる。

 古代ギリシア人は、アケメネス朝ペルシアの知識人を通じてザラスシュトラの名を知り、彼らの歴史にザラスシュトラについての記録を残したが、その中では、彼らの時代よりも5千年以上過去の人物であるとか、神話的に把握されていた。従って、古代ギリシアの文献記録の記述は歴史上のザラスシュトラについて正確とは言い難い。ただし、紀元前4世紀頃には既にこのような伝承が存在していたことを確認できるという点では史料価値がある。
 ~~~~~~~~
 ☆ そして数々のあやまった伝承もあるのだと。




 ★ ユングの研究者(とくにグノーシスなどの研究者)
 ☆ につきましては ユング自身が 例の《悪魔》を神の第四の位格に堂々と据えた《四位一体なる神》の説をとなえていますから 何をか言わんやとなると考えます。つまり マニケーイズムやグノーシス主義をもふくめて 善神・悪神の二元論は どこから見てもいただけません。善は悪 悪は善 これが通れば警察は要らないとなります。




 ★ ユング研究者の中にも、オカルトが入っている人が、結構、多いんですよ~。
 ☆ ルネサンスのあのプラトンの翻訳者であるM.フィチーノにしても 錬金術からオカルト満載のようです。


 ★ ツァラトゥストラのお友達(?)かペット(?)の、《蛇》と《鷲》は、錬金術において、ひじょーに大切な存在(象徴・シンボル)なんだそうですよ。蛇は《時間》、鷲は《第一質料》だとか、そうでないとか。何で、《蛇》と《鷲》なのか、この方面から解き明かせるのかもしれません(笑い)。
 ☆ この辺も 自分では食指が動かないものですから 愛想のある返答を返せなくて。・・・

お礼日時:2012/12/02 07:24

あっ、間違っている。


No50のアヴェロエスは、時代と場所が違う。
アヴェロエスことイブン・ルシュドは、12世紀、西方イスラム哲学の人ですね。
(記憶違いをしていました。イスラム哲学史を勉強したのは、結構、前なもので。
しかし、その勉強が、違った形で生かされるとは思いもしなかった。何でも勉強をしておくもんだ)

ウマイヤ朝末からアッバス朝中期まで、プラトン(ソクラテス)、アリストテレス、プロティノスetcの哲学を初めに、ありとあらゆるギリシア語の著作が次々とアラビア語に翻訳されたんですよ。その翻訳の中核を担ったのが、シリアのネストリウス派キリスト教徒。そして、アラビア哲学を作った哲学者の多くは、ペルシア人で~す。
イスラムの新プラトン主義的なアリストテレス哲学は、シリアとペルシアを抜きに語れない!!
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。

 ★ その翻訳の中核を担ったのが、シリアのネストリウス派キリスト教徒。そして、アラビア哲学を作った哲学者の多くは、ペルシア人で~す。
 ☆ このあたりが わたしにとって新知見になります。

 シリアの人間なら アラビア語でしょうか。
 けれども ペルシャ人は ペルシャ語でしょうね。あるいは アラビア語も出来たということでしょうか。

お礼日時:2012/12/01 21:13

ゾロアスター教とズルワーニズムについて本やネットなどでアレコレと調べたのですが、ゾロアスター教、ズルワーニズムともども、資料的には、結構、あやしい《教え》ですね(笑い)。



一般にゾロアスターとされる人物がいたとされる年代は、紀元前7世紀。
しかし、ゾロアスターなる人物がいたことを証明する物的証拠や資料的裏付けは全くない。
ゾロアスター教の聖典とされるアヴェスターが編纂されたのは、ササン朝ペルシアの時代でマニ教のマニが活躍したのとほぼ同年代の3世紀。そのアヴェスターの中で、ゾロアスターもしくはその近い人物が述べた言葉とされる《ガーサー》(ガーサー語で語られた韻文)の部分はごく一部分で、いわゆるゾロアスター教とされる教義とはかなり食い違っている。
我々がゾロアスター教として知る教えの大部分は、10世紀以後に作成された、中世ペルシア語で書かれた《ブンタヒシュン》や《デーンカルド》というゾロアスター教の百科事典のような書物に依拠している。

俗に、ユダヤ・キリスト教の終末思想は、ゾロアスター教の終末思想の影響を受けているとされていますが、資料的にはユダヤ教のダニエル書(BC3世紀くらい)の方が先行しており、むしろゾロアスター教の方がダニエル書やヨハネの黙示録の影響をうけている可能性を指摘する声もあります。
10世紀以降ですよ、ゾロアスター教の《ブンダヒシュン》が作成されたのは。
しかも、《ブンダヒシュン》や《デーンカルド》の世界の創造の話は、新プラトニズムやシリア・アレクサンダー型(いわゆるキリスト教型グノーシス)のグノーシス主義のそれと非常によく似ている。どっちがオリジナルなんでしょうね~。東西文明の融合、ヘレニズムの産物と考えるのが自然なのではないでしょうか。アッパス朝は、新プラトン主義(アリストテレス)の哲学、いわゆるイスラム哲学全盛の時代。西洋哲学でいうアヴィセンナやアヴェロエスがバクダッドで活躍していた時代です。この時代、ペルシアはアッバス朝の支配下に置かれていた。新プラトン主義やアリストテレスの哲学だけではなく、バクダッドではユダヤ・キリスト教、仏教やバラモン教など、東西のありとあらゆる思想や宗教が盛んに研究されていた!!

オリジナルのズルワーニズムには、悪霊であるアンラ・マンユは出てきますが、善の神であるアフラ・マズダーの名は出てこない。出てくるのは、善の霊であるスプンタ・マンユ!!
ズルワーニズムは、ゾロアスター教とは別の宗教の可能性すらある。事実、ズルワーニズムは、正統ゾロアスター教から攻撃をされたようです。
ズルワーニズムの起源は、アケメネス朝ペルシアにまで遡るとも言われていますが、文献的にはっきりと登場するのは、ヘレニズム以降のササン朝ペルシアの時代だそうです。イラン・インドの共通の神話にその起源はあるという話もあるようですが(インドのアタルヴァ・ヴェーダには時の輪・《カーラ》の思想があるそうです)、本当のところは、どうなんでしょう。その起源は、エジプトのウロボロス(ギリシアのクロノス)? それもと、インド・イランの共通の神話?

イランの古代の神話では、アフラ・マズダーは、ミトラやヴァルナと比較すると、神格がかなり劣るようです。ゾロアスターの宗教革命は、その神格が劣ったアフラ・マズダーを最高神とするものだったようですね。しかし、その後も、ミトラ信仰がイランの古代信仰の本筋であり、主流だったらしいですよ。そして、初期ゾロアスター(の遺跡)とよばれるものの多くが、ミトラ教のものではないかと言われているそうです。ササン朝ペルシアの時代になって、ゾロアスター教はササン朝ペルシアの国教になりますけれども。(この過程の中で、マニは異端ということで火あぶりにされた。)

いや~、ゾロアスター教というのは、19世紀後半のヨーロッパ人(特に神智学の一派)によって形成されたフィクションだった可能性があるのか。オカルトの部分が結構、入り込んだ教えなんだ。
勉強になった。
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この回答へのお礼

 こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 せっかくですから・短いものだったので 掲げてみます。 
 つまり アヱスター語は サンスクリットと同じようにふるいと思っていたものですから。

 ▲ (ヰキぺ:アヴェスター) ~~~~
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B4% …

 (Avestā)とは、ゾロアスター教の根本教典である。

 なお、アヴェスターというのは現代ペルシア語読みで、中世ペルシア語では アパスターク (Apastāk)、或いはアベスターグ (Abestāg)と呼ばれていた。


 § 1 概要

  アヴェスター語という言語で記されている。口承伝持で長らく伝えられた後、 3世紀頃に発明されたアヴェスタ文字で書物に記された。 しかし、イスラム教の迫害などを受けて散逸し、現存するテキストは、 当時の1/4に過ぎないという。

 § 2 構成

  その内容は、善悪二元論の神学、神話、神々への讃歌、呪文等から成り、大きく分けて以下の5部からなる。
 
 ・ヤスナ (Yasna) 祭儀書。
   全72章からなる。そのうち17章はガーサー (Gāθā)と呼ばれる韻文詩で、言語学的に一番古層を示し、特にガーサー語と呼ばれる。
  このガーサーは、開祖ザラスシュトラ自身の作と考えられている。

 ・ ウィスプ・ラト (Visp-rat) ヤスナに手を加えた補遺的小祭儀書。
   ウィスプ・ラトとはアヴェスター語のウィースペ・ラタウォー (vīspe ratavō)が転訛した物で「全ての権威者」を意味する。この権威者とは、ここでは神々を指し、神々を召喚し讃える内容である。

 ・ ウィーデーウ・ダート (Vīdēv-dāt) 除魔書。
   ヴェンディダード (Vendidād)ともいう。レビ記にも比される宗教法の書で、清めの儀式次第などを説く。
   聖王イマ (Yima インド神話のヤマに相当)とその黄金時代に関する神話などを含む。

 ・ ヤシュト (Yašt) 21の神々に捧げられた頌神書。    
   言語的にはガーサーより新しいが、内容はより古いものと考えられている。ゾロアスター教神学完成以前のインド・イラン共通時代の神話が見られる。
  第19章にはイラン最古の英雄伝説が描かれており、後のシャー・ナーメにも多くが取り入れられている。

 ・ ホゥワルタク・アパスターク (Xvartak Apastāk) 小アヴェスター。
   ホルダ・アヴェスター (Xordah Avestā)とも言う。日常的に使用する比較的短い祈祷文を集めたもの。
  ~~~~~~~~~~~

 ☆ サンスクリットとの関係では 神酒ソーマが ホーマで アフラ・マズダーのアフラは アスラないし阿修羅だというような感じで記憶には残っていたのですが。



 ▲ (ヰキぺ:ズルワーン) ~~~~~

  (Zurvān) は、後期ゾロアスター教の一派ズルワーン教に於ける創造神。その名は時間を意味する。

 § 1 概要

 中世ゾロアスター教文献の神話によれば、世界の始まりの時にはズルワーンのみが存在していた。彼は長い時間をかけて、全善なる存在を生み出して世界を治めさせようとしたが、ある時それが可能なのかと疑念を抱いた。

 この心の迷いによって、ズルワーンの子は善なる存在と悪しき存在とに分裂してしまった。それが全善の神オフルマズド(アフラ・マズダー)と全悪の神アフリマン(アンラ・マンユ)である。かくして世界はこの双子の神々によって創造され、善と悪とが戦う戦場となったという。

 ズルワーン信仰はアケメネス朝時代にまで遡るが、サーサーン朝時代になって、一派をなすほどの勢力となる。またギリシャ・ローマにも信仰は持ち込まれ、アイオン (アイオーン Αιών 永劫の意)と呼ばれた。

 本来ゾロアスター教においては、アフラ・マズダーが善悪の対立を超えた絶対神の地位にあり、善の創造神スプンタ・マンユと悪の創造神アンラ・マンユの戦いを裁いて正義の勝利・正当性を保証する役割を担っていた。

 しかし、後の神学でスプンタ・マンユがアフラ・マズダーと同一視された為、本来の神学におけるアフラ・マズダーのような絶対神が別に必要になった。ズルワーンは、このような事情で創造神として定立されたと考えられている。
 ~~~~~~~~~~~~~
 ☆ どうもこうやって見てくると 諸説あるようですね。



 ▲ (ヰキぺ:ミトラ教) ~~~~~
 またはミスラス教(英語:Mithraism)は、古代ローマで繁栄した、太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教である。

 普通、ミトラス教は古代のインド・イランに共通するミスラ神(ミトラ)の信仰であったものが、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変え、主にローマ帝国治下で紀元前1世紀より5世紀にかけて発展、大きな勢力を持つにいたったと考えられている。しかし、その起源や実体については不明な部分が多い。
 ~~~~~~~~~~~~~

 ☆ へんなの。こんなに遅れているのですかね 研究が。

 ただ 火の神と太陽の神とは 同じなんでしょうかね。

 いやあ。ねむりねこさんの探索をうたがうわけではなくて しっかりとしたはっきりとした研究は 遅れているのでしょうか。


 善悪二元論ははっきりしているでしょうか。

お礼日時:2012/12/01 21:04

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Qニーチェのいう超人とは一体どのようなものですか?

連続投稿ですみませんm(_ _;)m
哲学でニーチェ先生を勉強しているんですが、難しくてさっぱりです…;

極論ですが永劫回帰とは、ようは地獄(現実)が繰り返される事を意味するんですよね?;
それを受け止め(運命として)精神的に乗り越える人のことを「超人」と呼ぶ、でいいんでしょうか?;
運命を変える人の事を「超人」というわけではないのですね;

なんだか納得できるような納得できないような…;
あと、個人的に「虚無」についても勉強してるんですが、これに打ち勝てるようなものは存在しないのでしょうか?(この質問は任意で結構です;)
もし、何か御存知でしたら教えて頂けないでしょうか?
勉強し始めたばかりで、誰が何が良いかも分かりません(><;)
本も難しいのが多くてどれがよいやら…;

Aベストアンサー

ANo.1 ANo.2です。

◎「そもそも何故、『人間の人生も無意味な無限の繰り返しをしている』となるんでしょうか…;」について

 あらゆるものが救済も保障もされないで、同一の形で回帰するというのは、究極のニヒリズムの形式をいったもので、それは根拠に基づいた真理ではありません。ニーチェの独創的なインスピレーションによって考え出されたものです。しかし、もしそうした究極のニヒリズムの状況に立たされたなら、一般人は運命に流され、主体性を放棄し、ニヒリズムにからめ取られてしまうでしょう。しかし「超人」は、永劫回帰のニヒリズムに対してさえ、「これが人生だったのか、よし、さらばもう一度!」と自己の生を肯定して、より強く生きていこうとする人なのです。またさらに言うなら、「超人」とは、自らが自分の運命をつくり出していく意志を持った人ともいえます。

◎「きみたちが、きみたちの父祖の子孫であることを、きみたちは、きみたちの子孫たちによって償うべきだとは、『過去に囚われるな、未来を見よ』という事なのでしょうか?」について

 この文章の私流の解釈は、「自らの過酷な『運命』や悔恨の『過去』(ある意味では運命とも言える「過去」)を、きみたちは、積極的に『未来』に働きかけることによって、その意味をプラスにすべきなのだ」といった具合です。つまり、肯定的な「未来」を創造することによって、過酷な「運命」や「過去」は自分にとって大切な存在になるのです。ところが、それに「囚われ」ているということは、「運命」や「過去」を呪っている結果であり、「超人」の創造的な生き方ではないのです。

◎「運命(過去?)を愛せよ、という割には「償う」という表現を使うのは矛盾しているような…」について

 自分の「運命」を呪い、現にあるものと違ったものであればよかったのにという考え方は、能力や財力のある者・健康な者に対するねたみや恨みが隠されており、それは弱者の考え方なのです。「超人」は、あらゆる「運命」と向き合い、それを必然なものとして受け入れ愛する人間なのです。なぜならば、その過酷な「運命」が自己を高め、より強大にしてくれる起爆剤を内包していることを、「超人」は知っているからなのです。そして、その過酷な「運命」を、自分にとってプラスの意味あるものにすることが「償う」ということであり、またそれは、過酷な「運命」から逃げず、それと向き合い、それを必然なものとして愛する「超人」にこそ可能なのです。なお最後に、またニーチェの言葉を紹介して締めくくります。 

「いまだに決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない」
  

ANo.1 ANo.2です。

◎「そもそも何故、『人間の人生も無意味な無限の繰り返しをしている』となるんでしょうか…;」について

 あらゆるものが救済も保障もされないで、同一の形で回帰するというのは、究極のニヒリズムの形式をいったもので、それは根拠に基づいた真理ではありません。ニーチェの独創的なインスピレーションによって考え出されたものです。しかし、もしそうした究極のニヒリズムの状況に立たされたなら、一般人は運命に流され、主体性を放棄し、ニヒリズムにからめ取られてしまうでしょう。...続きを読む

Qニーチェの有名な言葉「神は死んだ」について

「神は死んだ」についてです。

何故にこの言葉が広まった?のでしょうか?ニーチェのこの言葉を重要視して有名な言葉として広めた人がいるのでしょうか?

自分で「ツァラトゥストラのかく語りき」を読んだのですが、その言葉はさほど重要な点ではないと感じましたが…

Aベストアンサー

 キリスト教批判については、西洋の思想史をさかのぼれば、無神論の思想家を見つけ出すことができますが、最も明確に筋道立てて隅々まで否定したのはニーチェだけでした。特に、日本人にとっては、キリスト教は世界宗教の一つにすぎませんが、ヨーロッパ文明にとってキリスト教は、文明のバックボーンであり、キリスト教を否定することはすさまじいものがありました。

 例えば、マタイの福音書に「貧しい人は幸いである。天国は彼らのためにある」という有名な言葉があります。この言葉は、貧しい者や無力な者、弱い者こそ神に祝福されるという意味ですが、ニーチェは、そこに無力な者が有力な者に持つルサンチマン(怨念、ねたみ)が隠れていると指摘したのです。実際、キリスト教は最初、ローマ帝国の奴隷の間に広まったものですし、キリスト教はさかのぼればユダヤ教を母胎として発展したもので、そのユダヤ教自体、他民族によって滅ぼされたユダヤ人の間に広まったものですので、そうしたことからも、弱者の強者に対するルサンチマンが含まれているとしたのです。

 ですから、キリスト教の根底には、弱者(能力のない者・病人・苦悩する者)が強者(能力のある者・健康な者)をねたみ、恨む気持ちが隠されているとニーチェは主張します。ですから、こうしたことからニーチェはキリスト教を「奴隷道徳」と批判し、そうした弱者に代表される、没落し衰退し滅んでいくべき存在に同情や憐れみを持つことは、人間の心の弱さから生じたものであり、自分自身を弱者の地位にまで引き下げるとしたのです。言い換えれば、弱者への同情や憐れみは、人間が本来持っている「生」へのたくましい欲求(支配欲・権力欲・性欲・我欲など)を押さえつけ、人間を平均化し、無力化してしまうとしたのです。そこで、ニーチェは「神は死んだ」と宣言し、キリスト教的価値観を否定したのです。

 また、彼が否定したのは、キリスト教の「神」だけではありません。自己よりも崇高なものを認める価値観すべてを否定していったのです。ですから例えばそれは、イデア世界に永遠なる真・善・美を認めるプラトン哲学も、キリスト教の奴隷道徳の系譜に属していますし、その他、自己より崇高な価値観である「真理」「理想」「理念」もすべて否定していったのです。つまりそれらは、弱い人間が、自己から逃避した結果であり、自己の生を意味づけるためにねつ造したものであり、虚構であると暴露したのでした。そして真の価値基準は、「神」や「天国」「真理」ではなく、自分が生きている現実の「大地」に置くべきとしたのです。

 またニーチェは、キリスト教は「畜群本能」にとらわれた道徳であるとしています。畜群本能とは、自分を越えた特別な能力を持った者を危険視し、群れから排除しようとする「弱者」たちの本能であり、それは主体性を否定し、平均化し没個性的に生きることで安心しあう心理によって支えられているとしたのです。そのためニーチェは、民主主義や平等主義をキリスト教の俗化したものとして嫌悪したのでした。

 なお、ご質問の「ニーチェのこの言葉を重要視して有名な言葉として広めた人」は、特にいません。「ツァラトゥストラ」も当初、40部を自費出版しただけで、晩年は彼を敬愛する妹に見守られながら、次第に高まる名声を知ることなく静かに息を引き取っていきました。

 キリスト教批判については、西洋の思想史をさかのぼれば、無神論の思想家を見つけ出すことができますが、最も明確に筋道立てて隅々まで否定したのはニーチェだけでした。特に、日本人にとっては、キリスト教は世界宗教の一つにすぎませんが、ヨーロッパ文明にとってキリスト教は、文明のバックボーンであり、キリスト教を否定することはすさまじいものがありました。

 例えば、マタイの福音書に「貧しい人は幸いである。天国は彼らのためにある」という有名な言葉があります。この言葉は、貧しい者や無力な...続きを読む


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