性格いい人が優勝

「人生がときめく片づけの魔法」 話題になりましたね。

絶賛している方が多いようですが、
ある程度お金と時間に余裕のある方でないと実践しにくいと感じました。
とくに家族が多かったり、子どもがいると難しいと感じる点が多く・・・。
本の内容や著者を批判するわけではありませんが、
向き不向きがあると感じたので
「リバウンド率ゼロ」というのが 不思議でなりません。

「ときめく」モノでまわりを固めましょう! とされていますが
下記の点において実践しにくさを感じています。

→本当に気に入るモノを探すために費やす余裕がない人は?
 なかなか買い物に行けない、働いていて時間がないetc
 とくに子ども用品など、今すぐ必要!なモノは選ぶ間もないことが多かったり。

→一概には言い切れないが
 厳選して持つにしても、ときめくモノ=高価であることが多い。 
 金銭的に余裕がある人でないと、実効しにくい。

→こだわりが強く、なかなかときめくモノに出遭えない人は?
 手作りするにしたってモノによるし、限界がある。
 日用品など、買わないで凌ぐのは難しい。

この本を読んだ方で、
上記のような問題を抱えていた方は どうやって克服しましたか?
また、
克服できなかった方 その理由を教えていただけますか?

よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

 私は自分か使わなくなったもので、捨てるのがもったいないものはバザー品として送っていて、「使わない物をもったいなくて捨てられない」多くの人に、送ることを伝えてきました。

そのような方々の中には、その本がどうしても合わなくて、「それでもやっぱりもったいなくて捨てられない」という人が、たくさんいました。

 簡単に『捨てなさい』なんて言わないでほしい。もったいない気持ちをわかってほしい
    • good
    • 6
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

やっぱり、合わない人もたくさんいるんですね。

この本では「捨てなさい」どころか、近親者にあげるのも「ダメ」とされています(^^;)

お礼日時:2013/03/19 14:41

現役で「使い続けているもの」は入らないのではないでしょうか。



それにものを捨てるためのハウツー本
つまり「捨てられなくて困っている人のための本」だから
不要にものを溜め込んでいるものを
どうやったら捨てられるか、でしょう。

結局は「これ、独身時代に買って高かったから」
「今は使ってない、何年も使っていない、でもいつか使うかも」
というものでときめかない=自分にとって感情的な価値も失っている→捨てれば?

っていう過去への執着や、捨てない言い訳を切り捨てるための考え方だと思います。

こども用品なんかは使ったり着る時期が数年だったりしますし
現役で使っているものは当てはまらないと思います。

私も時間がなく、適当に勝った服ばかり、お金もそんなにはないのですが
結局は失敗した服よりも、なんとなくいつも同じローテーションばかり着ていて
なんだかんだで着ていない服などあります。

子供でもそういうのないですか?何枚か服を用意したはずなのに
いつも引き出しの奥に行きがちで、いつも同じ何枚かがローテーションしてるなぁとか。

こういうのをとっておいてしまうと、無駄にした感覚がないですね。
まあこどもの本やおもちゃでもそうですが…
捨ててしまうと「ゴミにした」「無駄にした」という気持ちが強いので
次に買うときには熟考するようになったり
自分の中で「良く着る服の共通点、着なくなる服の共通点」を
頭フル回転で整理しておけば、次にとっさに買うときにも
見るべきポイントが整理されます。
素材なのか、色なのか、丈や形、体型との組み合わせ。

汎用性のある無地のタートルやTシャツはささっと時間をかけず購入
体型との関係が強いボトムスは時間をかけられるときに見て回る
ストレッチやまた上、股下のサイズなどあまり考えなくても履けるものを
急ぎの時には買う、など。

こどものものも、間に合わせで買うと失敗することを繰り返すと
「少しでも早く探し始めよう」とか、常に、は無理でもできることは始めよう、となります。

買い物にいけなくてもネットショップなどもある時代ですし。

ときめくモノ=高価、とも限りませんよ。
だからとても高価でも案外お下がりなんかはそこまで執着しないこともありますし。
むかし勝った、一念発起して買った高価なものでもイマイチだったなぁ~
量販店のものだけど、ものすごく気に入って着ている服、というのもあったりします。

こだわりが強いと確かに良いものに会えないですけど
逆に日用品、必需品は気に入っていなければすぐに捨てられるような安物にして
気に入るものが出てきたら買い換えよう、とか
考え方を変えることはできますね。

私はどうしても間に合わせの買い物をしてしまいがちです。

姑がとにかく食べ物を捨てられなくて、2ヶ月たった卵でも食べてしまいます。
おなかが苦しくても、人に嫌がられて押し付けてでも
消費しないと気がすみません。

でも、思うのは「捨ててみろ」と。

食べるのは「生きるために必要な栄養」「食べて楽しい、美味しい、という娯楽」
の二つになると思います。
その二つに当てはまらないのに食べるのは
ゴミ箱の変わりにいったん胃袋に入れているだけだなぁと。健康にも悪いですしね。

でも捨てて「無駄にした!」「もったいなかった!」という思いをしないためか
また、買いすぎてしまうんですね…。

思い切って捨てれば、手に取るときに「無駄になるかも」って躊躇すると思うんです。

だから服や日用品でも「やむにやまれずかった、実用品で現役で使っているもの」と
「使っていないのに、そして本当は感情的にも快感を得られないのに執着や言い訳で捨てられないもの」
に分けられると思うんです。

だから後者のためのものじゃないでしょうか。
    • good
    • 12
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ご意見参考になりました!
ただ お言葉を返すようで大変申し訳ありませんが、
やはり私にはなかなか実践しにくい内容のようです…。

現役で「使い続けているもの」…
どこまでを現役とするかの線引きが難しいです。。。
使用回数・時期は特定できないけど、イザという時必要な物も存在するし(^^;)。

「感情的にも快感を得られないのに執着や言い訳で捨てられないもの」
見方によっては、
持っていると安心=快感(備えがなくて心配で落ち着かない=不快感)
という捉え方もできますね…。
昔着ていた服を見て、思い出に浸るのが快感!という人もいそう…。

さらに「使う回数は少ないけど必要なもの」が意外と見極めにくくて困ります。
no2の方が挙げていらっしゃる「何に使うかわからないコード」、こたつのコードだったりすることってありがちですよね(^^;)。
真夏に冬のシーズン物を整理していて
毎年冬の寒さが厳しいと頭ではわかっていても、
体では今いちピンとこなくて
必要かどうかの見極めがうまくいかないことがあります(真冬→「夏物?」もあり)。

阿部絢子さん(モノとの付き合い方や整理術など、研究されている方)の本に、
「着たいジャケットが見つからずクロゼットを探し回っていたら、友人がその服を着て現れた。以前、着ないだろうと思って譲り渡したのを思い出し、後悔した」
というお話が載っていて
片付けのプロ(?)の方でも 処分→後から必要になって困った!ことがあるんだな… と感じました。

no2様のお礼にも書きましたが、
私は捨てたとたん必要な事態に陥ることがしばしばあります。
また、一線を退き半ば封印していた類の物が、何年かして大活躍!→取っておいて本当によかったという物もあります。
「要る時にまた買いなおせばいいや」という発想もあると思いますが、
実際にそう決断して捨てた物が必要になり
「同じ物が売っていない。類似品で満足できるような物が見つからない」
という事態に陥り、物凄く困った経験が何度かあります。
著者の推す「書類全捨て」に至っては
「将来、必要になるか否か判断つかない。とりあえず保管」→あとで「捨てなくて助かった!」経験多数なので絶対に手を出せない状況です。

それから
ときめくモノ=高価とは一概には言えないという点については
初めに質問文に記載しました(私も、安かった服なのにお気に入り。高かったのにイマイチな服、あります^^)。
ただ、
相対的に判断した場合 どうしても
・高価なモノはそれなりの付加価値をついているから、高価=値段ではなく、その付加価値に「ときめく」からほしい。 
という消費構造(?心理?)があると思うんです。

同等の機能性を所持している物であるならば誰もが「安いほうを買ったほうがいい」と思うはず→
けれども 高価なモノもたくさん売っている(=需要がある)
それは 付加価値に魅力(ときめき?)を感じているから…と。
で、ときめき追求し続けるとお金がいくらあっても足りないなぁと(><)。

>こだわりが強いと確かに良いものに会えないですけど
>逆に日用品、必需品は気に入っていなければすぐに捨てられるような安物にして
>気に入るものが出てきたら買い換えよう、とか
>考え方を変えることはできますね。

それもよい方法だとは思いますが、
実は私の場合、そのような状態が長く続いていて
なかなか気に入るものに出会えないため、不満がつのっています。
毎日同じものを使う実用品こそ ときめく物で揃えたほうが気分よく過ごせそうなのに!と思います。
圧倒的に衣料品のほうが次から次へといろんな物が売り出されるわけで
スカート一枚とっても選べる母集団が大きいけど
台所のお玉なんかだといろんなメーカーが種類を作っているにしても
衣料品に比べれば母集団は小さいので
こだわりが強いと、「これぞ!」という物を見つけられないんですよね…。
ですので、
この本の著者さんが「ときめき」追求しすぎることで首がしまることはないのかなぁ?
と不思議に思ったりしてます。


反論めいた文章になってしまい、申し訳ありません。
お気を悪くされないといいのですが…。
人それぞれ 合う・合わない がありますよね(もともと、合わない人はどうしているのかな?と聞いてみたくて立てた質問です^^;)。

お礼日時:2012/12/10 13:07

本は読んでいないですが、


特集された番組は何度か見たことがあります。
必要なものは捨てるわけにはいきませんよね。
(そうは言っていなかったような・・)
あってもなくてもどちらでもいいもので、
ときめかない物は捨てる・・っていう感じなのかなと
思って観ていました。
コード類などで、
「何に使うものかわからなかったら(思い出せなかったら)捨てる」と言っていましたが、
あとになって思い出して探す事もあるので、
コード類は捨てない方がいいのではとか、
ちょっと疑問に思う部分もありました。
わたしはわりと物をためない性格ですが、
昔捨ててしまったもので「とっておけばよかった」と思うものも
結構あります。
何年もしてからそう思うんですよね。
お片づけは難しいです。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

必要かどうかわからない かつ ときめかないなら捨てる という読み方ですね。

わたしの場合 マーフィーの法則のごとく 捨てたとたん必要な事態に陥ることが しばしばあります。
とくに本で指南されていた「書類全捨て」は無理ですね。。。

お礼日時:2012/12/07 14:17

>「ときめく」モノでまわりを固めましょう! とされていますが



私は「ときめかない」モノは捨てましょう、という意味合いだと思っています。
要らないものに未練を残さないということで、限られたスペースに収まるだけのものを残せば、今ある「ときめく」モノで囲まれていると言う事になると思います。

でもモノは捨てられても、残ったモノをうまく整理整頓できないので、モノがないのに片付かないという状態です。
出したモノを元に戻す、それだけの事なんですけどね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、そういう読み方もできますね(^^)!

ただ、やはり疑問が残りますので、
下記も参照していただけましたら幸いです。

以下の文章はno.1回答者様個人に宛てた反論ではありません。
本の内容に対する純粋な疑問ですので、
お気を悪くなさいませんよう、お願いします。


【質問文に書ききれなかったことを補足します。】

さほど気に入ってはないけれど、必要に迫られて購入→使い続けているモノって
どなたも意外と結構ありますよね?
ときめかないモノとして それらを捨ててしまうと、後はどうするんだろう?と不思議に思います。
レビューサイトに「いちいち台所のおたまひとつにときめかないし」と書いている方もいました。
生活に必要なモノほど、ときめかないけど無いと困るモノが多いから選択しづらいなぁと感じます。
必要・使う=ときめく、と勝手に置き換えてしまうと、残す物の幅がいっきに広がって、普通の片付け本の定義と変わらなくなってしまいますし。
じゃあ、ときめくモノに買い換えるか?となると、質問文にあげた通りの問題にぶち当たる…。

日常のこまごました物の中には、「ときめき」尺度では図れないものがたくさんあって困っています。
外国映画に出てくるような可愛らしいキッチングッズや大きなガスオーブンを見るとときめくし、憧れる。
でも、毎日使うとなると、ときめかないけどお手入れしやすく使いやすい道具のほうがいい。
省スペース性や業者のサポートを考えると国産の電気オーブンを選びたい…とか。
ときめくキッチンを作っても、使いづらくては、そのうちショールーム状態になってしまうよう…。
便利=ときめく、を勝手に置き換えるのも違うと思いますし(><)。
便利さを追い求めると、完璧な商品などないもので、
「便利な点ももちろんあるけど、ここが不便だからときめかない…」と思って捨てると 我が家のキッチンには何も残らない。。。

あと、
お玉好きで、お玉と見れば何でもときめいてそればかり増えてしまって、他のグッズにはときめかない(けど無くては困る)とか…。
私の場合、お玉ではないけど 似たような状況が起きてます(><)。

お礼日時:2012/12/06 16:16

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!