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剣道、剣術、居合にお詳しい方、質問宜しくお願い致します。前々から思ってたことなのですが、剣道の試合などを見ていると先に打ち込んだ方が一本をとる様ですが、その際、相打ち気味になるケースが多いと思われ、一本を取れなかった方も結果として相手に打ちこんでいるので結果的には、武士の時代となると完全にかわすか受けなければこちらも致命傷を負いかねない状態となります。そういった時代の剣術と現在の剣道の技術レベルにかなりな差異がある思われるのですが、いかがなものでしょうか?

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A 回答 (7件)

1.本来の剣道とは、剣術の奥儀であり、実際の立ち会い・いくさにおいて、「相手に一切ふれさせず一方的に斬り伏せて勝つすべ」またはそのすべを訓練する稽古(剣道・竹刀稽古)を言います。



これが剣術の極意です。
いくさでも水・味噌・ほしいいがつきないかぎり、何か月でも、斬り続けられます。

2.剣道の発祥は神道流=新當流(新当流)=影流=直心影流です。

文字による歴史というのは、そもそも、ウソを付くためのシステムですので、文字による歴史など信じてはいけません、
直伝直伝で伝えられてきた技・身体文化をこそ信じるべきです。

3.現代剣道の形骸化は、北辰一刀流などの悪影響と、大東亜戦争敗戦後のアメリカ合衆国による武術・武道禁止政策によるものです。

戦前の剣道と現代剣道はまったく異なります。
昭和の御代の剣道と平成の御代の剣道もまったく異なるようです。
どうやら戦前の剣道を習い育った昭和の世代の剣道剣士の先生方々が、お教えにならなかったようです。

ですが現代剣道をなさっている方が直心影流をお始めになると、0の状態から三年かかるところまで、半年で到達出来ます。

つまり、形骸化はしていても、剣道はやはり素晴らしいものをのこし、伝えてきているということです。

参考URL:http://www.nicovideo.jp/watch/sm13396172
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この回答へのお礼

お詳しい内容ありがとうございます。やはり戦前と戦後では差異があるのですか。
ただ競技化が進み未来へ変化していまわないかと危惧いたします。立ち方も以前の撞木立ちから変化していると聞きます。できるかぎり変わりなく競技は競技、伝統はそのまま伝えていけばさらに剣道は素晴らしい武道でしょう。

お礼日時:2013/03/11 19:36

 剣道は、相手のポイントを竹刀で叩く競技です。

私の現役時代にも、流派がありました。
渾身の力で頭を打っても一本取れなくなったのです。明らかに頭蓋骨をたたき割ったと想定できる打ち込みです。

しかし、打ち込んだ時、「め~~ん!」とはっきり歌い上げて、打ち込んだ後、体がきれいに伸びていないとダメだといわれました。

外地で切り込み隊を経験した軍人上がりの顧問は「ぶった切れ!そんな弱腰では甲でよけられる!」と指導されました。

竹刀でも、上達すれば明らかに刀を持った暴漢に対峙できます。
相手が特に武道をしていなければ、30~40センチの棒や板きれがあれば、包丁やナイフをたたき落とせる自信はあります。合気道では、包丁ぐらいの木刀を素手でもぎ取る技を身につけます。

技術レベルの差というより、比べるものでは無いでしょう。竹刀で相手の顔や首・小手先を狙うことで容易に刀を持った輩を退治できます。剣術の達人や複数の刀を持った輩に囲まれたら、剣道の達人でも勝ち目はありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。なるほど武道における最低限の護身は役立ちそうですね。おっしゃるとおり術の達人や複数の刀を持った輩に囲まれたら、剣道の達人でも勝ち目はないのは当然なのでしょうね。

お礼日時:2013/03/11 19:29

剣道と剣術は、まったく違います。


剣術は、殺し合いですので、殺さなければ殺される世界です。
剣道は、試合のみで勝つか負けるかのみで、スポーツ化しています。
間合いについは、共通点はありますが、竹刀と刀では扱い方がまったく違いますから、
剣道の打ち方で刀を振っても、テレビや映画のようには切れません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ご説明の通りだと思います。よくわかりませんが現在近い形を残しているのは、
居合いや殺陣などがあくまでも型として残っているくらいでしょうか。むろん実戦とは天と地ほどの違いがあるでしょうが。

お礼日時:2013/03/09 00:33

真剣での殺し合いと剣道の試合ですね。


両者とも、相手との間合いや、攻守の一瞬を感じ取る、など共通するところは当然多くあります。
しかし、物にもよりますが、真剣は竹刀より長さは20cm短く重さは倍位有りましたので、
軽い竹刀を使用する剣道と真剣での殺し合いは全く別と考えた方がいいと思います。

人斬り以蔵と言われた、岡田以蔵なんかは、相手の刀の柄を蹴り抜刀させない様にしてから斬ったり、剣道では「待て」のかかる鍔迫り合いが得意で、相手を押し倒したり壁に押し付けて、そのまま刃を相手の体に押し付けて殺していました。
天才剣士と言われた沖田総司の剣技は土方歳三を遥かに上まっていたかも知れませんが、殺し合いなら土方の問答無用の居合切りや、砂を投げたり羽織で相手を締め落とす等、多彩な技?は、突きの沖田を凌ぐと思います。

何処でも傷つけて相手が弱るのを待つ。
斬る場所も位置も残心も姿勢も気合も関係無し、使えるものは何でも使う。
殺し合いでは一対一の保障も無く剣道の試合とは別物です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ご回答で思い出しましたが、前に福永雅治の竜馬伝や海老蔵の宮本武蔵が放映されてましたが、竜馬伝で北辰一刀流の道場で木刀を使っている場面があったようにおもいますし宮本武蔵でも木刀で勝負している場面がありました。特に木刀になると竹刀より重く硬く危険度が増しますが、やはりその時代はそういった稽古と徒手格闘術も含めて練習していたということなのですね。納得。

お礼日時:2013/03/05 09:57

昔の剣術と同等のものというものは現在存在しないのでしょうか


復元されたものは海外ならあります。
イタリア剣術

http://www.youtube.com/watch?v=lwDeAYXNndM

ドイツ剣術
http://www.youtube.com/watch?v=Kj4Ng6DBfrg&mode= …
http://www.youtube.com/watch?v=HC5FIyfI8TA&featu …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。このようなものが海外であるのですね。なかなか興味深いです。

お礼日時:2013/03/05 09:49

まったく、完璧に、100%、通用しません。

両者は恐竜と鳥ほどに似ていて別のものです。特に剣道はまっすぐ、中心をさらして堂々と戦うし精神的に「相打ち覚悟」の気迫を重視しますが現実この通りすればほとんど相打ちで死にます。
われわれのところは相打ち両者負け、攻撃しヒットしてそのタイミングで返された攻撃も有効。なため避けるのがわかっていても相打ちが多い。
また小手、面、胴だけしか狙わない剣道が脚きりの対抗ができるわけもないし そもそも誰でもする袈裟斬りすらありません。牛の相撲のようにうんうん押し合う鍔競り合いなんて剣道のルールだからできることで、実際鍔が重なれば、次の瞬間腕をつかまれるか足を引っ掛けられるかです。柄頭で顔をどついてもくるし膝で睾丸を蹴りつぶされます。
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この回答へのお礼

ありごとうございます。しかし、昔の剣術と同等のものというものは現在存在しないのでしょうか?
伝統空手(スポーツ空手)などもまったく剣道と同じ、相打ち。ナイフなら刺されてますね。おっしゃられるとおり、剣術以外にも柔術的なものや当身のあるものもひっくるめて身につけた上での命がけの剣術ですからね。
なんだか剣道が寂しく見えてきました。

お礼日時:2013/03/04 23:10

差があるというより別物です。

剣道はあくまでも、平和な江戸時代に於いてナマクラ武士の精神と体力を鍛錬するためのものです。なにしろ300年も平和が続いたのですから。剣術という殺人を目的にしたものではありません。
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この回答へのお礼

やはり、そうですか。納得です。ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/04 23:05

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Q昔の剣豪が現代によみがえったら、誰もかなわない?

居合道や、剣道の経験のない者です。
バガボンドなどの漫画で、宮本武蔵、上泉伊勢守、伊藤一刀斎などの、超人的な剣の達人を知りました。

まぁ、漫画や伝記などは多かれ少なかれ誇張されたりしているのでしょうが、彼ら(上記にあげた剣豪)がもし現代に甦り、現代の剣道家、居合家たちと、真剣なり木刀なりでやりあったら、どちらが勝つでしょう?
また、もし昔の剣豪たちが勝つとしたら、彼らのどんな部分が優れているというのでしょうか?

Aベストアンサー

ルールによりますよね。
真剣はかなり重い。
同じくらいの重さの木刀を振っていましたが、それを自在に扱うというよりトレーニングといった感じになります。
剣豪がそれを自在に操り戦っていたとなると、それこそ脅威ですね。
私が一撃を加える間に、相手は二撃加えることが出来るということです。
今の剣道家では、真剣で戦えば足元にも及ばないでしょう。

もし、木刀を扱い、ルールを小手・面・胴に対する有効打突のポイントを競うものであれば、
あえて互角であろうといっておきましょう。
木刀を扱うことが剣豪も出来るでしょうが、小手・面・胴に対する打突の習熟度は剣道家(もちろん日本トップのですが)のほうが上です。
剣道家の打つと、剣豪の斬るとは、やはり違うものと考えざるを得ません。
剣豪の斬るというは理解できると思いますが、
剣道の打つとは、最小限の動きで、もし真剣ならば、相手に致命傷を与えられるということです。
面ならば、頭蓋骨を三寸だけ斬る。小手ならば手首を半分だけ落とす。
それだけで相手に致命傷を与えるか、戦闘力を削ぐことが出来る、という考えのものとに立っています。
本当の最小限の動きを鍛錬しているので、剣道家に分があると思います。
(まあ、相手の親指や小指を切ることで相手を制した剣豪もいるそうで、一概には言えませんけど)

が、剣道とは本当に心の戦いでもあります。
相手の間や呼吸を読み、虚虚実実の駆け引きの中で、勝機を見出し、時には捨て身で向かっていかねばなりません。
その心の戦いは、やはり昔の剣豪に一日の長があるように思います。
これは絶対に他人には分からないことですし、比較のしようがありませんが、
命をかけての戦いをくぐってきた剣豪が強いと思います。

ということで、あえて互角としておきます。
居合いはすこし形式色が強いので、比較の対象とならないでしょう。

ルールによりますよね。
真剣はかなり重い。
同じくらいの重さの木刀を振っていましたが、それを自在に扱うというよりトレーニングといった感じになります。
剣豪がそれを自在に操り戦っていたとなると、それこそ脅威ですね。
私が一撃を加える間に、相手は二撃加えることが出来るということです。
今の剣道家では、真剣で戦えば足元にも及ばないでしょう。

もし、木刀を扱い、ルールを小手・面・胴に対する有効打突のポイントを競うものであれば、
あえて互角であろうといっておきましょう。
木刀を扱...続きを読む

Q剣道家と剣術家が戦うとどちらが勝ちますか?

剣道家と剣術家が、共に防具なしで好きな武器(竹刀、木刀、刀)で戦うとどちらが勝ちますか?
理由も添えて教えてください!!

Aベストアンサー

では、日本刀を持って相手を殺す、あるいは行動不能にさせるという条件で。 剣道家がこの条件で竹刀を持つ事はないでしょうから。
これならば剣術です。剣道は剣術練習のひとつがルールの中でできたゲームです。
ゲームには当然ルールがあり、ルールテクニックがありますが、ルールテクニックはルールがあってこそ意味がり ルールが無くなればうまい者ほど対応が出来なくなります。
剣道では剣術の基本である、袈裟きりが無いし、下からの切り上げもありません。剣道家もそれを出来なくはないでしょうが、自分の不得意な技をリスクを持ってすることは無いでしょう。必然的に技の数が限られてきます。
剣道家には日本刀が重いと感じるでしょうし、剣術家はそれが模造であっても、ほぼ同じ質量バランスのものを使っています。竹刀は日本刀よりも短いので 剣道家は間合いがいつもと全然違う事に気がつきます。剣術には組み付いて相手の刀を奪ったり、蹴ったり、あるいは左手で刀をはたくなどもありますが、当然剣道はそれがありません。剣術家は剣道家の知らないような 卑怯技に近い引っかけをしてみるでしょう。また、足さばきは剣術家のほうが格段に自由です。
剣術の防御はまず足さばきです。剣道は剣術の基本を基礎につけようと厳格になった分、自由さはなくなったのですから、「何でもあり」の剣術には対応できません。
剣術側の弱点としては対人試合をしないというところが多い事です。
型稽古と試斬だけだと間合いも、戦いの駆け引きもできません。巻わらは逃げもしないし襲ってもきません。いわば、「マニュアルを丸暗記して飛行機をとばせるか?」というようなものです。が、普通、剣術家は剣道の経験がありますから。

では、日本刀を持って相手を殺す、あるいは行動不能にさせるという条件で。 剣道家がこの条件で竹刀を持つ事はないでしょうから。
これならば剣術です。剣道は剣術練習のひとつがルールの中でできたゲームです。
ゲームには当然ルールがあり、ルールテクニックがありますが、ルールテクニックはルールがあってこそ意味がり ルールが無くなればうまい者ほど対応が出来なくなります。
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Q縮地法って実際何なんですか?

漫画やゲームなどでよく出てくる沖縄の古武術の歩法縮地法ってなんなんですか?

漫画によって動き出しが読めない踏み込みだとか、頭の位置が上下しないため遠近が判断しにくいとか一歩で重力を利用してすごい距離を移動するとか横には使えないとか書いてあることが違うんですが(まあ、最後の二つは違うと思いますが(笑)

Aベストアンサー

わたしも縮地法のことは知らないのですが、これは前足の膝の抜きと、古流柔術で言う「滑り足」の一種のことだろうと思います

やり方としては構えて、でている足の膝の力を抜きます。そうすると体が前に倒れていきます。この前に倒れる力を使って、前足を滑らせるように前進します。そして後ろ足は前足にそう形でひきつけます。これが膝の抜きを使った「滑り足」です。

文章で書くと長くなりますが実際に使うときは一瞬です。このやり方だと大きな筋肉運動が発生しないために動き出しがわかりません。また構えた状態でやると頭もほぼ上下しません。

ただこれは横の動きにも使えます。横の動きの場合はどちらかの膝の力を抜き、横に倒れればいいんです。空手の型にあるナイハンチの「波返し」という技がこれに相当します。

「一歩ですごい距離を移動する」というのは縮地法というより、「二歩一撃」のことであろうと思います。「二歩一撃」というのは両足を同時に動かす(正確には同時ではありませが)歩法のことです。正確に言いますと「一歩」ではなく「一瞬で」というのが正しいと思います。

これもやり方を説明しますが、まず構えます、そして後ろ足を一歩踏み出します。この踏み出した足が地面につく瞬間にもう片方の足を踏み出します。これは「一、二」というリズムでやるより「一」のリズムで両足を同時に動かすつもりで行います。

このやり方ですと「一」のリズムで二歩進むことになりますので、突きを加えれば五メートルほどの距離を一瞬で詰めることができます。これは古流剣術などでよく使われる歩法です。また一部の古流柔術にもある歩法です。

上にも書きましたようにわたしは縮地法のことは知らないのですが、質問者さんの言う「縮地方」には多くの歩法がごっちゃになっていると思います。まあこれは質問者さんのせいではなく、マンガやゲームを作った人が歩法に関して無知なせいだと思いますが・・・

もしろければ参考にしてください

わたしも縮地法のことは知らないのですが、これは前足の膝の抜きと、古流柔術で言う「滑り足」の一種のことだろうと思います

やり方としては構えて、でている足の膝の力を抜きます。そうすると体が前に倒れていきます。この前に倒れる力を使って、前足を滑らせるように前進します。そして後ろ足は前足にそう形でひきつけます。これが膝の抜きを使った「滑り足」です。

文章で書くと長くなりますが実際に使うときは一瞬です。このやり方だと大きな筋肉運動が発生しないために動き出しがわかりません。また構...続きを読む

Q実際の殺陣はどうだったんでしょうか?

よくテレビや映画などで侍や武士同士が刀を使って切りあってやる殺陣シーンがありますが、チャンバラといわれるようなあんな格好いい戦い方だったんでしょうか?僕だったら怖くて隙を見つけて突くと思います。実際、剣道の有段者と剣道をして籠手をして突きました。戦国時代から江戸時代まで侍同士の戦い方は実際はどんな刀さばきだったんでしょうか?また一人で何人も相手して勝てるものなんでしょうか?また、鎧を着た武士は切られずにいられたのでしょうか?あまりにも映像が想像できないのでよろしくお願いします。また、実際の侍の殺陣の映像ってありますか?

Aベストアンサー

実際の剣術とTVや映画での剣の動きはまったく違います。殺陣(西洋ではステージコンバットといいます)は常に観客の目(あるいはカメラ)を意識し動きを大きく、派手にします。たとえばシュワルツネッガーの「コナン」ですが大きな剣を大きく振りかぶり派手にうごかします。しかし、剣術ではそのような動きをすると相手に攻撃のタイミングが読まれてしまいます。私の師は「コナンは下手なケンジュツ、スグコロサレマース」といつもいいます。特に突きの場合、剣先は小さく動かすのが大切で、相手の体の幅から出てしまったら危険な状態です。
西洋では日本より接近戦が多かったようです。ばら戦争当時の戦死者をまとめて埋めた墓地が発掘されたとき、戦死者のほとんどがスパイクや斧状武器によるもので、平均4~5個の骨に達する傷がありました。
(内臓に達する傷は残っていないので確認できません)この時代は鎧が発達し多くの兵士も鎧を着ていました。これを見ると一撃で人はなかなか死なないようですね。ちなみに日本の場合、もっとも致命傷として多かったのは石であり、次に矢、そして槍でした。

鎧を着た相手には甲冑剣術というのがあり、西洋では剣を棒術のように使い足や腕に絡めたり、脇の下や股間を狙いました。特に後期のプレートアーマーは強靭でしたから、ターゲットはそこしかないので非常に特殊でユニークな剣術になりました。

実際の剣術とTVや映画での剣の動きはまったく違います。殺陣(西洋ではステージコンバットといいます)は常に観客の目(あるいはカメラ)を意識し動きを大きく、派手にします。たとえばシュワルツネッガーの「コナン」ですが大きな剣を大きく振りかぶり派手にうごかします。しかし、剣術ではそのような動きをすると相手に攻撃のタイミングが読まれてしまいます。私の師は「コナンは下手なケンジュツ、スグコロサレマース」といつもいいます。特に突きの場合、剣先は小さく動かすのが大切で、相手の体の幅から出て...続きを読む

Q剣術と剣道の違い

剣術と剣道の違い

こんにちは(・∀・)ノ
近いうちに剣術をはじめたい女です。

前から疑問に思っていたことがあります。

剣術と剣道って何が違うのですか?
私は剣術は人を殺傷するためのもの、剣道はスポーツだと思っています。

どうなんですかね?;;


あと、剣術には剣術の道場、剣道には剣道の道場とわけてあるのですか?

剣術の道場を探しても剣道の道場ばかりでてくるので;;


回答お願いしますm(__)m

Aベストアンサー

貴方の理解で正しいかと思います。

武術…如何に効率よく対象を無力化(殺傷)出来るかという対人制圧術

武道…平和な時代になり武術の精神的な錬磨の部分に着目強調しスポーツ化したもの

剣術については古流剣術や居合い術がご希望に近いのはないでしょうか。

Q剣道には古流の構え(位)が何故無いのか

お世話になります
当方古流剣術を習う者です。その中で、剣道に於いてどうしても
理解できない点が御座います。それは

1.何故「八相」の構えが無いのか?
2.「脇構え」等の構えが何故消失したのか?(小野派一刀流には現存)
3.「隠剣」が何故消失したのか(小野派一刀流には現存)

注:
1「.八相」は神道夢想流杖術等に見られ、刀を耳に構える。真半身ではなくなるが、非常に速い袈裟切りが可能
2.「脇構え」は真半身であり斬り降ろしを弾く合理的な構えと推測される(自信なし)
3.「隠剣」は敵に刀の切っ先を隠し、剣の長さを相手に悟らせず且つ脇構えに近い対応が可能と推測される(自信なし)

(尚、所謂忍者は「隠剣」に似た行為をすると聞いた覚えがあり)

そもそも剣道は一刀流剣術を原型とした物の筈なのに何故これらが消失したのか?流派に依るが所謂「下段」の戦術的メリットはなんだったのか?

これらは当方の経験上の一存であり、解釈に違いが有るかも知れません。
ご存じの方、ご教授願います。お礼は必ず致します。推測でも構いません。

Aベストアンサー

Gです。 こんにちは。

簡単にご説明させてもらいますね。

どんな獲物を使おうとその動きと言う物は「初動」が決められてしまいます。 フィクションの「燕返し」が通用しない技と言われるゆえんでもあります。 自分の体の一部である必要を伴う「実践」で、決められた構えではワンステップ、ツーステップ、スリーステップを読み取られてしまうわけです。

なぜ、素手の「柔術」が戦場で実際に使われるのか。 それは、スリーステップまでに既に300以上の動きの組み合わせが出来てしまうので、防御するための「先先の先」が読み切れても武器を持ったときにはその動き・動きの準備が出来ないないのです。 お分かりでしょうか。

それがたとえ甲冑でなくただの着物であってもです。 右手と左手を使ってしまっているのですね。 しかし素手のほうは両手ともの別々の動きができるわけです。 接近戦で素手のこの融通性を高めた空手がそれだけ有利であるわけです。

構えはどうしても「ある特定の動きの出発点」となってしまうわけですね。 両手を使ってしまっている、どんな構えでも、攻撃できない範囲と言う物が出来上がってしまうのです。

型式にこだわるごとに、相手がそれを幸運にも知らないなら「新しく考案された構え」は始めのうちは「有効である」と見るわけです。

武道を命をかけて使う人間にとって相手に自分の動きを「悟われることほど恥ずかしいことはない」のです。 現実的な、実践的なものは「おぅっ、おぬし示現流だな」などと言われる事を「恥」と感じます。

一時グレーシー柔術が「無敵」と言われたのは今まで日本では「なんでもありで素手で戦う」ということをまったく認識していなかったからに過ぎません。 グレーシーのやり方を、「負けてから」研究し始めると言うまったくもってみっともないと言われても仕方なかったわけです。

しかし今はどうでしょうか。 グレーシー柔術には「相手の研究結果は必ず出る」と言う事をこれまた恥ずかしいことにしなかったのです。 フレーシーのやりかた、を知る、と言う事はそれと同時に、グレーシーのやり方が「筋書き通り」になってしまったわけです。

五輪書は「動きは水のごとく」と教え、決まりきったことをすることを恥じろ、といっていたわけです。 二刀流を使いこなすこと、使いこなす訓練の重要性を説いたわけです。

そして、恥じて自分の実力を常に向上させない限り必ず命を落とす、と諌めたわけです。 いつまでも決まりきった動きだけを「練習」していては何の役にもたたない、と言っているわけですね。

しかし、実戦と言う兵法の場がなくなり、次なる兵法の必要場所は200年もあとになってしまったわけです。 使えない剣術が街中を行くようになっても誰もそれに対し批判もしなかったわけです。 わずか五輪書が「人生の悔い」の表れとして表記されているに過ぎません。

武蔵が五輪書ではあたかも「5方の構え」があると書いてあります。 つまり、5つの構え方がある、と「書いて」あるのです。 これを読んだ人は、この5つの構えをすればいい、と思い込んでしまうわけです。 しかし、武道と言う物を「命をかけるもの」と教えられていれば、この「あいまい」な教えにはもっと多くの意味を含んでいると言うことが分かるのです。 つまり、「この本を鵜呑みにしてはいけない」と武蔵は言っているわけです。

「五方のかまへは、上段、中段、下段、右のわきにかまゆる事、左のわきにかまゆる事、是五方なり。構え5つにわかつといへども、みな人をきらん為なり。……いづれのかまへなりとも、かまゆるとおもはず、きる事なりとおもふべし。」とちゃんとかかれているのです。

「いづれのかまへなりとも、かまゆるとおもはず、きる事なりとおもふべし」  これは武道のすべてを一言にまとめたといっても良いほどの「教え」なのです。

構えありて構えなし、ここを十分理解しないと構えとはなんであるのか、が分からなくなり、「意味のある構え」がなくなり、単に「構えのための構え」に成り下がってしまう、と言う事になるわけです。 勝つための(いろいろな意味での)構えを自分に身につけなくてはならない、これを理解しなければ「何でもあり」の実戦では命を落とす、と言う事になるわけです。

私の武道の人生でアメリカで認識される物としての壁がここにあったのです。

武蔵の人生の悔いを「我悔いなし」とうそぶきながら、行くとおりにも解釈できる表現で、一種の禅問答、書き記した私のバイブルでもあります。 そして今ある私は結局「水の巻」の知識の習得後の自己発見・自己会得ともいえる物が支えてきました。 自分を啓発するためのモチベーション、自分を守るのは自分しかいないという護身術、それを支える何でもありの空手と言う名のついた真の武道の初心に戻り守破離の道を歩くことになったわけです。 

また、「侍」の本家としての幕府にしたところ「使えない剣術」は幕府の計画通りになっていったわけです。 刀自身でさせ戦うために作られてはいなかったわけです。 すべて幕府の思惑通りに事を運んだと言うことなのです。

明治維新ごろになってやっと「使える剣術」「人を殺せる刀」が再登場したわけですね。 町民剣術はこの類ではありません。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

Gです。 こんにちは。

簡単にご説明させてもらいますね。

どんな獲物を使おうとその動きと言う物は「初動」が決められてしまいます。 フィクションの「燕返し」が通用しない技と言われるゆえんでもあります。 自分の体の一部である必要を伴う「実践」で、決められた構えではワンステップ、ツーステップ、スリーステップを読み取られてしまうわけです。

なぜ、素手の「柔術」が戦場で実際に使われるのか。 それは、スリーステップまでに既に300以上の動きの組み合わせが出来てしまうので、防御するた...続きを読む

Q剣道経験者が合気道を始めることについて

自分は現在、高校で剣道をしているのですが、大学に入ったら興味がある合気道を始めようと思っています
これはあまりよくないことなのでしょうか
父親は剣道と合気道は通ずるものがあるといっていたのですが・・・

ぜひ、教えてください
お願いします

Aベストアンサー

両者通じるものはもちろんありますが、異なるものも結構あります。どちらを先にやったかで見方が少し異なると思います。

1)剣道が先の場合:
少し練習方法に違和感を感じるでしょう。合気道は声を出さない。道場が静かである。剣道のように地稽古はない。試合はない(合気協会系は除く)。動きがゆっくりである。力を込めない(筋力を緊張させない)。力と力をぶつからないようにする。練習方法による取り決めはあるが、合気道自体にルールはない。気と気のぶつかり合いが剣道の試合のようなぶつかり合いではない。左右均等の練習をする。

2)合気道が先の場合:

剣道の練習自体が、(基本の竹刀操法は除いて)先の先・後の先という「やるかやられるか」の緊張状態にとまどう。動きが速い。手の内や元の手(左手)の重要性にとまどう。かなり体力を使う。試合の審判がいる。地稽古には辟易する。合気の動きが柳生系の動きであるのに対して、剣道は一刀流(小野派・北辰)系が基盤にしているのに体がついていかない時がある。

まだあると思いますが、大体以上です。私は合気が主で、剣道の練習はきつかったですが、試合は結構いけました。他に打突系も経験があり、剣道に似ているところもありました。

まだこれから大学生でいらっしゃるようなので、40・50・60歳代まで、居合い・杖なども修められればそれぞれの違いから共通点、ひいては武道・武術の考え方も変わるのではないかなと思います。

話しが合気道ですので、元に戻しますと、合気道にも各流派があり考え方、練習方法もけっこう異なります。どの流派にはいるかで好きになったり嫌いになったりしますので、選び方は慎重になさった方がいいと思います(大学で流派が決まっている場合もありますが)。次に合気系の各流派の特徴をおおざっぱに掲げます。

1)合気会:
開祖植芝盛平の血筋直系の日本最大の流派。一教・二教・三教・四教・四方投げ・小手返し・入り身投げ・天地投げなど、技から入ります。
2)合気協会:
富木謙二が始めたもので、試合形式をとる団体です。
3)養神館:
塩田剛三が始めたものでかなり武闘的なところがあります。
4)気の研究会(心身統一合気道):
藤平光一が始めたもので、合気の習得のため、自身の体を「統一体」に常にするというところが特徴です。これができないと技をいくら練習してもだめだという立場をとります。
5)万生館:
砂泊諴秀が始めたもので、九州北部に拠点を置いています。力の抜き方に重きを置いているようです。
6)大東流各派:
技の宝庫と言われるほど、技が豊富です。合気道の元になる武道で武田惣角の創始になります。すべての合気道各派は武田惣角-植芝盛平から来ています。

その他亜流と言えば怒られるでしょうが、まだまだたくさんあります。それ以外はご自分で研究なさって下さい。

両者通じるものはもちろんありますが、異なるものも結構あります。どちらを先にやったかで見方が少し異なると思います。

1)剣道が先の場合:
少し練習方法に違和感を感じるでしょう。合気道は声を出さない。道場が静かである。剣道のように地稽古はない。試合はない(合気協会系は除く)。動きがゆっくりである。力を込めない(筋力を緊張させない)。力と力をぶつからないようにする。練習方法による取り決めはあるが、合気道自体にルールはない。気と気のぶつかり合いが剣道の試合のようなぶつかり合いではな...続きを読む

Qなぜ日本の刀は両手であつかいますか?

なぜ日本の刀は両手であつかいますか?
日本刀は両手で持ちますが、刀剣を両手で持つ剣術はドイツ、イタリア、インド 少しばかり中国にあったくらいですが、これら外国の両手剣術の剣はすべて重くて長いです。
しかし、日本刀は片手剣ほどの重さで長さです。
同じ長さであればリーチを考えると片手半身の方が有利です。なので、外国の剣術は盾が無くても片手であつかいます。

佐々木小次郎の物干し竿は1mほどで驚異的な長さであったようで当時の一般人には扱える物では無かったと言われているようですが。


http://www.youtube.com/watch?v=ln94E9AGYTc
この動画の両手剣は長さ140cm重さ2kgほどです。(最後に使われた剣の重さと長さが出ている)
彼らは達人でもなく、剣術歴10年ほどの生徒だとおもわれますが、かなり素速く剣を扱っており(1:55 ぶつかって火花が散るほど)剣の重さに振り回されてはおりません。(普通の体力でもこの程度の刀剣は扱えるという例)
侍が非力だとは思いません。私なりに思うに軽い刀を両手で持つことでよりスピーディに扱える、
斬りつけたときは片手よりも強力という2つのメリットがあると思いますが、それとリーチは引き合うかという疑問があります。
例えば「刀は突くもの」という言葉がある程度事実を含んでいるとするならば、剣が同じ長さで同じタイミングで突きを出したら、体の幅分だけ距離が稼げる片手のほうが絶対に有利です

日本刀を両手で扱うメリットはどのようなところでしょうか?

なぜ日本の刀は両手であつかいますか?
日本刀は両手で持ちますが、刀剣を両手で持つ剣術はドイツ、イタリア、インド 少しばかり中国にあったくらいですが、これら外国の両手剣術の剣はすべて重くて長いです。
しかし、日本刀は片手剣ほどの重さで長さです。
同じ長さであればリーチを考えると片手半身の方が有利です。なので、外国の剣術は盾が無くても片手であつかいます。

佐々木小次郎の物干し竿は1mほどで驚異的な長さであったようで当時の一般人には扱える物では無かったと言われているようですが。


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Aベストアンサー

日本は山地が多く、騎馬武者が主力として弓擶を選んだことで、武士が最も勢力を伸ばした時代に、戦闘スタイルは「重装騎射兵」へと固定化して行った為に、
防具もそれに合わせて変化し、楯の代わりの大袖を具す様になったとらしいです。
だから、近世、武士の戦闘スタイルに変化が見られる頃、既に楯には実用性が失われ、刀を両手で持つことが固定化されました。

刀を両手で扱わなければ、刃筋を立てること、手の内を締めることが極端に難しく、それが出来なければ人を切ることは出来ません。

こんな文献がある。
「紀效新書」1595年 戚継光
「これは日本のサムライが明に攻めて来た時に初めてわかったことである。
彼らは舞うように跳び回り、前方への突進は光が閃くようで我ら明の兵は恐れおののくのみだった。
日本人はよく躍動し、一息で一丈(約3m)も飛び込んできて、刀の長さは五尺なので一丈五尺の間隔があっても攻撃される。
我が兵の剣では近づき難く、槍では遅すぎて、(サムライと)遭遇すれば皆両断されて殺される。
これは彼らの武器が鋭利であり、両手で振れる強力で重い刀を自在に用いているためである」

「大君の都」 Rutherford Alcock 1863年
「彼ら(サムライ)は、相当に熟達した刀の使い手である。小さい方の刀を使うときは、二度突く必要は無い。たったの一突きで相手に致命傷を与える。
大きいほうの刀を使うと、ただの一振りで相手の四肢を切り捨ててしまう」

つまり、リーチの差をモノともしない敏捷性を持っているのだから、両手で正確に四肢を斬り落とし、脇差しでとどめを刺すスタイルは理にかなっていると思う。

また質問中にもある佐々木小次郎。彼の巌流には、介者剣法の気分を多く残していて、合戦に適しているという。
介者、つまり鎧武者と戦うことを前提としているため、鎧の隙間部分の喉・脇・手首・股などを狙うのである。
また、刀の損傷を考えて突きと引き斬りが多いのも特徴。敵兵に身体を寄せ、首や手や股を斬り、戦闘能力を奪うことを目的にしている
らしい。
つまり引き斬りは両手じゃないとしにくいし、体を寄せ、半身分のリーチ差など意味をなさないのが合戦だったようだ。

でも、半身になって突きを主体とする剣術が、江戸時代以降に発展していてもおかしくはない。
殺す必要がないのだから、刃筋を立てて一刀両断にする意味もないのだし。
しかし、そうはならなかった。原因は小野次郎右衛門忠明のようにも思う。

伊藤一刀斎の高弟の一人で、小野派一刀流を継承。1593年に将軍家の剣術指南役になる。
同じく兵法指南役となる柳生宗矩の柳生新陰流と並んで繁栄し、多くの支流分派を形成する。
柳生新陰流が、“半身立ちを多用する”“足運びの際は、爪先側を浮かし、踵を付ける”という戦国期の介者剣法(鎧合戦用の剣術)のスタイルを多く残しているのに対し、
一刀流は“半身立ちを嫌う”“足運びの際は、踵を浮かし、爪先の付け根を付ける”という、それまでにはないスタイルを用いるのが特徴である。

つまりあなたが言う片手半身と正反対の両手正面の流派の使い手が将軍家の剣術指南役になり繁栄したわけだ。
いわゆる武士道や儒学の思想と相まって、片手で突きながらチマチマダメージを与えるスタイルは定着しなかったのかも。

以上、ネットを徘徊して得た知識でした。
結局は、日本刀の威力を最大限に発揮するため、両手で持つ必要があったし、
それが固定されたのは、さまざまな時代背景があったためだし、
世界的に見て特殊、っていわれても、それこそ日本国内においては意味のない話だし、
現代人から見れば、日本人が世界の感覚と違うのは、至極当然のことだしね。

参考になる部分だけ参考にして下さい。

日本は山地が多く、騎馬武者が主力として弓擶を選んだことで、武士が最も勢力を伸ばした時代に、戦闘スタイルは「重装騎射兵」へと固定化して行った為に、
防具もそれに合わせて変化し、楯の代わりの大袖を具す様になったとらしいです。
だから、近世、武士の戦闘スタイルに変化が見られる頃、既に楯には実用性が失われ、刀を両手で持つことが固定化されました。

刀を両手で扱わなければ、刃筋を立てること、手の内を締めることが極端に難しく、それが出来なければ人を切ることは出来ません。

こんな文献がある...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q何故、古武道は型稽古ばかりなのでしょうか?

何故、古武道は型稽古ばかりなのでしょうか?

実践を謳う武道ほど、実際に素手や近距離で闘う機会があまりない近代に多くあらわれ、素手や近距離でやりあう事が多かったであろう時代からある古武道が型ばかりというのが不思議です。

本来ならば、実際に戦う事が多かった時代に出来た古武道の方がより実践的な稽古が確立されそうな感じがするのですが、そうでもないのでしょうか?江戸時代の影響があるのでしょうか?

どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

質問者さんは空手などの素手の格闘技の修行者なのでしょうか?

私は剣術系の古武道の人間なので、剣術系の視点から考えてみます。
綿谷雪氏などの研究によると、室町時代から戦国時代、江戸初期ぐらいまでは武術を師匠について習うというよりも戦に行って見よう見まねでいわゆる「斬り覚える」ということの方が主流であったようです。それ以前にも武術の師匠と呼ばれるような人がいて、武術の技を伝えていたようですが、それはごく少数であったようです。

当時の武術がどのようなものであったのか不明ですが、室町末期ごろから徐々に増えてきた理由が、この武術を修業していると戦場で長時間走りまわって戦っても息が切れないからであったらしいので、一種のサーキットトレーニングのようなものであったと想像されます。実際、そのころ成立した天真正伝香取神道流の形は、多くの技をつなぎ合わせた長い形で、サーキットトレーニング的に心肺機能を強化させる機能があります。また、本朝武芸小伝にも、古い流派は形が長いというような意味の記述があります。

とすると、一つの可能性として、技を習いサーキットトレーニング的な心肺強化訓練をした後、「実践的な練習(自由に技を使いあう練習)」に相当する部分は「実戦」の中で斬り覚えたということが考えられます。応仁の乱以降は各地で実際の戦争が行われていましたから、トレーニングの成果を試してみる場には困らなかったでしょう。

もう一つ考えなければならない事柄として、形稽古の内容があります。近年になると形骸化してきた流派も少なくないようですが、本来の形稽古というのはかなり「実戦的」です。ここで言う「実戦的」というのは「自由に技を使う」という意味ではありません。自由に技を使おうとした場合には、自由に使っても危険の少ない技に限定されがちです。危険が少ないということは、殺し合いの場で殺傷能力が低い、つまり実戦性が低いということです。

形稽古の場合は危険な技を若干アレンジして安全に稽古ができるようにします。たとえば顔面を刀で突いて、これをよけようとして体勢を崩したところを下腹部を突き刺す、という技があります。これを練習する場合、形では顔面に木刀をかざすだけで突かず、そこから木刀を下腹部にさっと持って行く動作とタイミングの練習をします。このときに、「これは実際の殺し合いでは突き刺すのだ」という意識を持って練習することにより、実戦での殺し合いに使える技を安全に練習することができます。

自由に技を使う練習でこれをやろうとすると、相手はどういう技を使おうとしているのかを知らないので、木刀を眼前にかざしても突きとは考えず、躱そうとしないでしょう。本当に突こうとして当たってしまうと大けがをしますし、当たらないように突くと相手は「突きを失敗したな」と思って攻めてくるかもしれません。これに対する対策は、あるタイミングで突く形を取ったら、実際には当たらなくても突き刺したとみなす、というルールを作ることです。これなら実際に木刀を顔に当てなくても相手は躱そうとするようになります。しかし、互いに自由に動き回る中でこれを行なおうとすると、とっさの場合に反射的に実際には当たらない突きの形を取る、ということが必要になります。これは実戦の殺し合いの場でとっさに突き刺さないようにしてしまう危険性があります。つまり、自由な練習は実戦的な練習とは限らない、ということなのです。

結局、戦争という殺し合いの場で技をいろいろと使い、練習方法を工夫した結果、形稽古という方法が生き残ったということだと思います。
つまり、殺し合いの技術を身に付けるためには形稽古が実戦的な練習方法であった、ということではないでしょうか。

質問者さんは空手などの素手の格闘技の修行者なのでしょうか?

私は剣術系の古武道の人間なので、剣術系の視点から考えてみます。
綿谷雪氏などの研究によると、室町時代から戦国時代、江戸初期ぐらいまでは武術を師匠について習うというよりも戦に行って見よう見まねでいわゆる「斬り覚える」ということの方が主流であったようです。それ以前にも武術の師匠と呼ばれるような人がいて、武術の技を伝えていたようですが、それはごく少数であったようです。

当時の武術がどのようなものであったのか不明ですが、室...続きを読む


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