電子書籍の厳選無料作品が豊富!

←簡単に答えられない人が増加中
ということは、
今の世の中はどうなってきていて、
今後どうなると思いますか?
で、
何のために生きてるの?

A 回答 (13件中1~10件)

 中村天風氏 、齊藤一人氏の説明が納得しやすいと思います。


カーリル(図書館検索)で両名をそれぞれ検索して読みまくって実践してみてください。
私も最近知ったばかりで私の言葉にして回答はおこがましいので、
控えさせていただきます。
    • good
    • 0

理由なんてありません‥‥でも、理由がないゆえの必然性、というのもあるのです。


物質に「目的」はありません。しかし、その「無目的=エントロピー増大」は淘汰となり、二次的に進化を導きます。
「いや違う!」と主張する事は可能ですが、厳しい生存競争の中で、生き残るために努力しない個体の遺伝子が次世代に伝わり、種の形質となる事はなく、進化は常に、「生きる事」を目的とするよう導くのです。

一方、どのような行動も、本質的には任意=意志の充足であり、「意志の充足じゃない」というのも一つの意志として、精神的充足の追及という方向性から逃れることはできません。
生きる事の本質的目的は、人生を通算した充足量の最大化(生理的拡大×欲求の強さ×それを「人生通算での最大」にコントロールする認識力×その達成度×それを把握する認識力)に収束します。

精神的充足感のため」というのは、刹那的な快楽主義に帰結するのではなく、最大限の大きな目的、最大限の愛と、最大限の認識を兼ね備えたものになるのです(短絡的な快感の帰結は麻薬だが、それが最大充足でないのはご存知の通り)。
であるならば、人が生きるのは、物質的豊かさのためではなく、精神的充足感のためであり、人が働くのは、お金をもらうためではなく、助け合い=愛のためです。

生物として、「生きること」が唯一の目的であるが、社会生命=助け合うために集まっているものとしては、働くことが生きること。
しかし今、そうした「他人を助ける」=愛のために働いている人が、どれほどいるでしょう?
人がとらわれているのは、“お金(や、その源泉としての出世)”という虚構の価値であって。
原始共産制の助け合いから、組織が分業化&拡大する上で、人の意識の社会性を発達させずに、お金や権力といった“馬車馬の目の前のニンジン”で、他律的に社会行動をとらせる道をとったのです。

お金は、本来助け合うために集まったはずの社会において、自己チュー的な意識のまま社会行動をとらせるための“矯正具”として発達したものなので(社会生命として生きる事である労働(助け合い)を、お金をもらうために嫌々働く)、当然、自由意志を束縛する機能があります。
社会的生命として助け合うために集まっている人々をして、弱肉強食のジャングルに変える、悪魔のツール。

本来それは、分業=助け合いに於ける“感謝のしるし”であるにもかかわらず、いつの間にか(助け合っているはずの人々と)それを奪い合い、お金をもらうために仕方なく働くようになってしまっている(その錯覚の端的な例が、取引きに於いて、役に立つものをもらう=助けられている方ではなく、手あかで汚れた紙切れ(お札)をもらう方が、お礼を言う奇妙)。
その結果としての“自己チュー”な意識において、死は絶対的な敗北となり、人生は必ず敗北に尽きるものになってしまう。

人類は、その進化の過程において、認識力の発達により遺伝子の変異と淘汰による進化によらず、経験による学習による適応と多様化という、高速の適応力を獲得しました。
しかし、いつの間にか社会的な二次的価値に対して反射的に行動する事で、その本質的意味(助け合い)を意識する事なく、自己チューな意識のまま他律的に生かされるようになってしまったのです。
そうした反射的な社会行動=アリ型進化から、再び自覚的な社会行動(助け合う喜び)=ヒト型進化にスイッチする事ができるかどうかは、一人一人の心に聞くべきものです。
    • good
    • 0

>何のために生きてるの?



楽しいから、この人生を楽しんでいるのですよ。

楽しくない人、自分の人生を楽しめない人は、できるだけ隠れて人生を終わらせるのが良いと思います。
周りの迷惑にならないようにね。
    • good
    • 0

種を残し生き残るため。


あとは蛇足。
    • good
    • 0

こんにちは。




「~のため!」なんてのよりは、
「自分のため」のほうが、よほどマシな回答でしょう。



>「ということは、
今の世の中はどうなってきていて、
今後どうなると思いますか?」

(理想?)「「「個人主義」の行き過ぎ」からの揺り戻しがある」
(=「人権侵害(的状況は、許されない、看過出来ない・すべきでない)」)
    • good
    • 0

 こんにちは。



 なぜ生きるのか? の問いに対しては いつも 何故生きないの? という問いをもって答え返しています。


 なぜ生きているか?―― 無目的ではなく ひとそれぞれに目標や夢はあります。

 それでは何に拠って生きているのか?――それは 無根拠によってです。そういう条件のもとにひとは生まれて来ています。

 無根拠ということ これが ひとの自由につうじています。
    • good
    • 0

生きるのに、理由などいりません。



そんなものは、キリスト教が勝手に考え出した
モノに過ぎないからです。

神は己に似せて、特別な存在として人間を創った。
だから、人間には何か特別な生きる目的が神から
与えられたに違いない。
こういう勝手な理屈があるので、そういう疑問が
出て来るのです。

人間は特別な存在などではありません。
特別だ、と思うのは人間の傲慢がなせる技です。
人間はミミズやネズミなどの動物と同質の存在に
過ぎません。
ミミズやネズミに生きる目的、理由が無いのと
同じく、人間にもありません。

考えてください。
お腹の中にいる間に死んだり、生まれてすぐ死んだり
する人間が無数に存在するのですよ。
彼らに理由や目的があったのですか?

人間は、理由無く生まれ、理由無く生き、理由無く
死んでいくのです。
それは耐えられない、という人達が適当な理屈を造って
庶民を悩ませているだけです。
    • good
    • 0

私も簡単には答えられないですよ、人生ってそんなに簡単ですかね。



大事なものがいっぱいあって、それを全部言うわけにも行かないけど、
幸せになるために、と言ったら、んじゃ幸せってなんだよって説明もいるでしょう。

問題なのは考えたことがない人でしょう。

と私は考えましたが、あなたはどう思いましたか。

んで、残りの2つはレイヤーが違いますね。

世の中ですが、資本主義へのブレーキが弱くて、目の前が崖でも止まらないような状態。
突っ走って行くところまでいくんじゃないでしょうかね。

国内で考えると、希望がない。
国内、国外という考え方は確実に希望がないですね。

まあ、どうなるかよりもどうしたいか、どうありたいかじゃないですかね。
    • good
    • 0

何のため?


哲学においては、綺麗ごと
科学においては、緻密だよ
―小宇宙人間
    • good
    • 0

>「何のために生きてるの?」 ←簡単に答えられない人が増加中


ということは、


と、

>今の世の中はどうなってきていて、
今後どうなると思いますか?

とはまったく繋がっていませんね。
意味不明。

>>「何のために生きてるの?」 ←簡単に答えられない人が増加中
ということは、

いくつもの解があると思いますが、
私の推測では、
孤独な人がふえている → 一生懸命生きる目的が身近に見あたらない(とりあえずの分かりやすい生きがいが無い)、けれどあまり考えない←考える習慣を身につけなかった(勉強しなかったし、今もしていない)。

ということだろうと思います。


>何のために生きてるの?

一般解としては、そんなものは無い。
しかし、一生懸命生活しているひとは、
そんなことは考えないか、ちゃんと見つけている

ということでしょう。

個人的な(プライベートな)問題です。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す