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世界の半分以上がアジア圏に住んでるらしいですが、なぜアジアはそんなに人口が多いのでしょうか?
中国・インドと世界最多人口1位・2位を始めとして、日本・インドネシア・フィリピン・バングラデシュ・パキスタンなど億の人口を抱える国も多くあります。
5,000万人前後の国まで含めたら、ベトナム・タイ・韓国などアジアの主要国がほとんど入ってしまいます。

アジアの定義に含められる土地の面積が広いのもあるかもしれませんけど、にしても多すぎる気がします(笑)

アジアはなぜこんなにも人口が多いのでしょうか?

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A 回答 (8件)

米食だから。



水が比較たっぷりあるから。

比較的温暖だから。
「なぜアジアは人口が多いのですか?」の回答画像8
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ダサいから


貧乏子だくさんなのに、アフリカより医療が進んでいるから
こんな感じじゃね。

だからヨーロッパなどでアジアに憧れる人は少数なのに
逆に日本を含めアジア人がヨーロッパに憧れる人が多数。

人口過密のアジア=ダサい、ウザい、ストレスになる。
日本なんかもその代表の一角


貧乏な国が多いのに中途半端に医療が発展していて
台風が多い事から水不足にならず人口を大量に抱えても餓死する率が低い
こんな理由だったと思います。
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「温暖」、「湿潤」が生物の繁殖する条件です。

人間が生物であるのと同時に、食糧を確保できるからです。
温暖湿潤で思いだすのはアマゾンですが、あそこは湿潤過ぎて土地が軟弱です。大勢の人が暮らすには、「開けた平地」も必要です。
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基本的には、水資源が豊富であることは必須で、それに加え、エネルギー産出量との相関関係では無いですかね?



人類が誕生した当時は、自然に産出される食糧エネルギーに依存していました。
従いスタートは、水資源が豊富で、自然の食糧エネルギーが豊富な地域に、人間が集まった点は、問題無いかと思います。
アジアはこの要件に当てはまり、日本もその条件に適合します。

続いて、最初のエネルギー革命は農耕技術の定着による食糧エネルギー革命です。
実際に日本でも、狩猟や採取が中心の縄文時代から、農耕の弥生時代に入った途端、人口は数倍に膨れ上がってますが、アジアには耕作に適した地域が多いです。

その次は産業革命で、蒸気機関の発明で、人類は自然界には存在しない膨大なエネルギーを利用する様になりました。

欧州などは狭域な割に、人口的なエネルギー利用が早くから進んでいましたので、それなりの人口を抱えてます。
アジアでは日本が最も早く取り入れていますが、江戸時代の人口は3千万人台くらいであったものが、明治維新で積極的に産業革命の恩恵を取り入れた結果、わずか100年ちょっとで1億人に到達したワケです。

即ち、
(1)自然環境
(2)穀倉地帯の充実
(3)適度に人口的なエネルギーの産出
で、日本の様に、この3段階を着実に経ても、人口は増えますし、これらのバランスが良くても、人口は増えます。

特に最近のアジアは、かなり成熟した産業革命を、未だに取り入れつつあるので、まだ人口は増えます。
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貧しい、もしくは貧しかったからです。

文明が進み、識字率が高くなると、性行動や慣習に変化が起き、その結果出生率が低下し、人口が減り始めます。例外はありません。だから先進国は例外なく少子化人口減少です。唯一の例外はアメリカですが、移民によるところが大きい。
アジアは未だに貧しい中国、インド、インドネシアなどがその典型です。いずれも貧しいし、この3国だけで25億人近くになります。中国は最近経済成長で世界第2の経済大国になりましたが、アベレージでは極貧国です。一部の特権階級が富を独占しているだけです。20年前から一人っ子政策で人口増を押しとどめましたが、自然の摂理を無視した、天に唾するような行為です。やがて国が壊れる原因になるでしょう。
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>なぜアジアは人口が多いのですか?



雨が降ること、稲作が普及していること、西洋の個人主義があまり普及していないことが理由でしょうか。

アメリカのカルフォルニアなどは砂漠地帯ですから、水道事業をしないと人も住めない地域でした。
スペインやアフリカなども耕作不適地が多く、ブドウぐらしか育成できない土地が多いようです。

雨が降ることにより、稲作が可能になりますが、コメは、単位面積当たりの収量が多く、小麦でパンをつくるしかない地域よりも多くの食物が収穫でき、多くの人口を養うことが可能です。
日本などほとんどが山脈で耕作面積はすくない山国ですが、それでも稲作をやることによって、4-5000万人の人口がくってゆけるそうです。

最後は、人間の考え方です。
子宝、子沢山を礼賛する文化がアジアにはありますが、欧米は子供が居なくても、個人で幸せになるという考えを取る人が多いのではないかと思います。キリスト教の関係もあるかもしれません。
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気候と文明化でしょうか


人口の多い東アジア(15億)と、南アジア(15億)をヨーロッパ(7億)と比べると
日射量が多い、気温が高い、降水量が多い
だから食物生産量が多い、文明化されれば人口が増える。単純な理由です
世界地図を見れば一目瞭然です、ヨーロッパは緯度が高いので、夏でも20度を越えません
植物の成長に温度はとても重要ですから
フランスなんか穀物自給率が100%を超えていて輸出もしていますけど
それでも単位面積当たりの生産量能力は日本のほうがはるかに高いらしいです
東アジアと同じ環境にあるのがアメリカ合衆国ですけど、まだ3-400年の歴史しか有りませんから
それ以前は部族社会でほとんど農耕をしていませんでしたから
アフリカのジャングルも文明化できませんでしたし
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稲があったから、だと思いました。



麦やともろこしなど、他のものに比べると
優れていたのでは、ないでしょうか。
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Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q何故アジア、アフリカに人口が多いの?

稚拙な質問で申し訳ありませんが、何故アジア、アフリカ諸国は人口が過剰になり、西洋諸国はそうはならなかったのでしょうか。
参考になりそうな文献、書籍もご紹介いただければ幸甚に存じます。

Aベストアンサー

#2の方が指摘されている「地政学的要因」を前提とした上で、#1の方の指摘されている、「産業構造による影響」は無視できません。ただ、もう少し踏み込んで言うと「経済状況による影響」といっていいかもしれません。18世紀産業革命以前のことを考えると、少なくともヨーロッパにおける人口動態は経済に影響されていたことがわかっています。
一方で、温暖・寒冷のためと言うのでは温暖である南米などが説明し切れません。

産業革命以前が人口=国力とするなら、ヨーロッパは永久にアラブ世界には勝てません。ヨーロッパは土地が痩せていて十分に人々を養うだけの生産量がありませんから。これが前提になる部分です。

ではヨーロッパが世界経済を席巻し十分人々を養えるようになった時には、他の世界より人口も増えるのではないか?というとそうでもありません。

人々は経済的繁栄を享受すべく、子供は極力持たない傾向にはしります。現在でも先進国では1家庭につき平均1~3人ですよね。逆にいっぱいいると貧しくなるから。これと同じことが15世紀~16世紀にかけての欧州でも見られます(といっても今まで1家族7・8人生んでいたところを5人くらいに減らしたくらいです。結局2・3人は幼児期に亡くなってしまいますから)。

15世紀のペスト大流行後、ヨーロッパでは人口がなかなか回復しませんでした。以前は戦争の世紀に突入したためと言われていましたが、もっと見逃せない説が唱えられるようになってきました。それは「バースコントロール」です。ペスト流行後人口は減った一方で、人々の生活は若干向上しました。人口が減った分、食料が行き渡るようになったのです(荘園領主も少ない人手を確保するため、領民の待遇を改善し領民が外に逃げないようにしたため)。

また、先進国では晩婚化の傾向も示されていますね。晩婚化するということは、1人の女性が一生涯で子供を持つ数が少なくなることといえますね。

これも17世紀オランダや19世紀イギリスなど経済的繁栄を誇った国に見られる特徴です。経済的体力がないと女性には早く家を出て行ってもらった方が助かりますから。

結論として(本当は説明が足りないと思いますが・・・)、ヨーロッパは人口=国力と言う図式を技術力でカバーして、世界経済を席巻した。その経済的繁栄を享受すべく少子化傾向が現れた。一方でアジア・アフリカ地域では、人口=国力の時代が続き、それを支えるだけの生産性や高死亡率があった。ただ近年の人口爆発は、先進国主導による死亡率の低下が挙げられるかもしれません。

モンゴルに関しては、生産性よりも生活形態によるものかもしれません。伝統的遊牧生活では、妊婦や子供は移動の際に不自由しますから。中国領である内蒙古に住むモンゴル人はほとんどが定住生活していて1000万人以上の人口ですが、遊牧生活民も多い外蒙古(モンゴル国)の人口は250万人位の人口しかいませんから。

ここまで書いていて、大事なことを思い出しました。人口動態については「遺産の相続法」も重要なポイントとなってきます。詳しい分与方法を忘れてしまいましたが・・・。

ちなみに本なのですが、記述量は少ないですが中央公論の『世界の歴史』シリーズのヨーロッパに関する巻を読んでもらうと少しは分かるかもしれません。あと私の知っているのになると洋書になってしまいます。

#2の方が指摘されている「地政学的要因」を前提とした上で、#1の方の指摘されている、「産業構造による影響」は無視できません。ただ、もう少し踏み込んで言うと「経済状況による影響」といっていいかもしれません。18世紀産業革命以前のことを考えると、少なくともヨーロッパにおける人口動態は経済に影響されていたことがわかっています。
一方で、温暖・寒冷のためと言うのでは温暖である南米などが説明し切れません。

産業革命以前が人口=国力とするなら、ヨーロッパは永久にアラブ世界には勝てま...続きを読む

Qアジア圏だけで世界人口の55%も占めてるのですか?

インドは一人っ子政策や二人っ子政策をしていないので今でも増え続けている

http://ecodb.net/ranking/area/A/imf_lp.html

世界人口はあんな広いアフリカやロシア等を含めても71億人超えたか超えないか程度にも関わらず
アジアだけで約38億、 特にインドが異常

世界人口の2人に1,1人がアジア人?


オセアニアなんてあんなに広くて発展している国が多いのに
オーストラリアも2000万程度、ニュージーランドも日本よりちょっと小さいだけなのに400万程度の人口
ヨーロッパ圏は一番多くても東と西が合併したドイツの7000万ちょいぐらい。

アフリカ圏も人口爆発のイメージがあるけど
アフリカ圏で1憶以上の人口を抱えてるのはナイジェリアだけ。
平均寿命が低いかららしいけど。

どうしてアジアはこんなに人間が多いのでしょうか?

日本なんて人口減を騒ぐ奴いるけど、減ってても世界で10番目に人口抱えてるし。
5年ぐらい前までは9番目に多かったようだけど。

Aベストアンサー

子供作る以外やることないので、シリアのように内戦で死亡者が増えないと増え続けます。

アジア各国はイスラム教シーア派に改宗して、人口軽減を図るべきですね。

Q中国の人口増加はどうして爆発的になったの?

こちらのカテでいいのか分かりませんが、よろしくお願いします。

先日、中国の人口に関するサイトを見ていて気が付いたのですが、1900年台の初頭には4億人程だったようです。

その後、1949年の統計では約5億5千万人、この50年間で約1億5千万人の増加だったようです。 毎年平均3百万人の増加ですね。

ところがそれから約50年後の2000年の人口を見ると、何と12億6千万人以上との事です。

http://www.chinavi.jp/jinkou.html

ということは、この50年の間に7億もの人口が増えた事になります。 つまり毎年平均1400万の人口増加という驚くべき結果となっています。

これはなぜですか? 何が主な原因と考えられますか?

医療技術の発達ですか? 食料の安定供給ですか? 大規模戦争や大飢饉を回避できる国家になったからですか?

中国政府は少子化政策を一生懸命推進していると聞きますが、おそらく都市部の一部富裕層にしか浸透していないのが現状ではないでしょうか?

このままのペースで増え続けていく事はないでしょうが、たとえ増加のペースは鈍るとしても、いずれにしてもこの地球の存亡は中国の人口次第という事になるのでしょうか?

食料問題、エネルギー問題、環境汚染 ・・ 全て中国人に振り回される事になるのでしょうか?

こちらのカテでいいのか分かりませんが、よろしくお願いします。

先日、中国の人口に関するサイトを見ていて気が付いたのですが、1900年台の初頭には4億人程だったようです。

その後、1949年の統計では約5億5千万人、この50年間で約1億5千万人の増加だったようです。 毎年平均3百万人の増加ですね。

ところがそれから約50年後の2000年の人口を見ると、何と12億6千万人以上との事です。

http://www.chinavi.jp/jinkou.html

ということは、この50年の間に7億もの人口が...続きを読む

Aベストアンサー

毛沢東が中華人民共和国を1949年に建国した後、中国は「産めよ増やせよ政策」を文化大革命終了(1970年代後半)まで30年に渡って取りました。

「産めよ増やせよ政策」とは、平たく言いますと「避妊と中絶は認めない」というものです。この頃の中国に住み、最下層の生活で貧困に喘いでいた中国残留婦人の手記を読むと
「避妊も中絶もみつかると厳罰に処せられる。妊娠は避けられず、出産時は自力で産むしかない。極貧のため産婆に来て貰うことも出来ない。産んだ子供は、栄養不良と病気でどんどん死んでいった」
という痛ましいことが書かれているものが多いです。

文献:「満州・その幻の国ゆえに 中国残留妻と孤児の記録」
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=02266749
図書館で探してください。涙なくして読めない本です。

毛沢東の建国した中国は、スターリンのソ連を手本にした国です。この国作りのモデルでは、人口は多ければ多いほど良いのです。
理由:
1) スターリンのソ連が外貨を獲得する手段は、適当な理由で政治犯を「製造」し、強制収容所(実態は、待遇最悪・安全設備なし・無給の鉱山等)に「政治犯」を送り込んで、人海戦術で好物を採掘して海外に売り、外貨に換えることでした。この方法ですと、政治犯は半年もすると半分くらいに減ってしまうので、次々に政治犯を補充しなければなりません。この手法は「国民の生命を外貨に換える」に等しいですが、スターリンのソ連では確かに有効でした。

2) 朝鮮戦争で、中国軍は人海戦術を取り、100万人が死亡したと言われます。人海戦術とは「敵の陣地に向かって突撃する。退却する者は後ろの督戦隊が機関銃で射殺する。退却した者の家族は反革命罪で強制収容所に送る」といったもので、2000年ごろの映画「スターリングラード」でソ連軍がやっている「ドイツ軍の陣地に銃も持たない新兵を突撃させ、ドイツ軍の弾薬を消耗させる」人海戦術を模倣したものです。こんな戦争をやっていれば、やはり国民はいくらでも要ることになります。

毛沢東の「産めよ増やせよ政策」は、「産んだ子供が生き残れるか」は無視していましたので、生まれた子供の多くが飢えや病気で死にました。1950年代の中国は農業生産力は低く医療レベルも最低でしたので。しかし、生き残った分は人口を増加させました。1950年代末には大躍進政策の失敗で飢饉が起き、そこでも多くの子供が餓死したでしょうが、その後も産めよ増やせよ政策は継続され、人口が増え続けました。

毛沢東の死後、文化大革命が打ち切られ、トウ小平が権力者になった1980年ごろに、「産めよ増やせよ」が「一人っ子政策」に180度転換しました。これは「二人目の子供を産むと厳しく罰せられる」もので、「産めよ増やせよ」の反対です。

中国では都市戸籍保有者(エリート)と農村戸籍保有者(その他)が法律ではっきり分けられており、都市戸籍保有者は少ない子供に多額の教育費をかけています。都市戸籍保有者については、人口爆発は止んで久しいです。日本に報道される「中国の様子」は、都市戸籍保有者の話ばかりです。

一方、中国の人口の9割くらいが農村戸籍保有者ですが、彼らは子供の教育など一切考えずに子供を作っています。なぜかというと、教育等無視すれば「子供は多ければカネになる」からです。農村では法律などあってないようなものですから、農村の人口増加抑制は難しいでしょう。そのため、中国の人口増加は今後も加速する方向と思われます。

毛沢東が中華人民共和国を1949年に建国した後、中国は「産めよ増やせよ政策」を文化大革命終了(1970年代後半)まで30年に渡って取りました。

「産めよ増やせよ政策」とは、平たく言いますと「避妊と中絶は認めない」というものです。この頃の中国に住み、最下層の生活で貧困に喘いでいた中国残留婦人の手記を読むと
「避妊も中絶もみつかると厳罰に処せられる。妊娠は避けられず、出産時は自力で産むしかない。極貧のため産婆に来て貰うことも出来ない。産んだ子供は、栄養不良と病気でどんどん死んでいった」
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Q白人世界でアジア人を差別しない国はありません、それが現実ですがどう思いますか?

一年以上白人国家を旅行した人なら理解できると思いますが、最低でも1度や2度必ず差別を受けた経験があると思います、その時必ず中国人か日本人か聞かれます、ある店でボッタクリが嫌なので嘘をついて中国人と言ったらその後無視され出て行けと言われました、その後冗談で実は日本人と言うと180度態度が変わりました。白人は正直露骨です。
そして肌の色でもアジア人を美的感覚から見下します。
ロスで仲良くなった白人が言ってました、表面では言わないが
アジア人や黒人は現実に今も差別されている「日本人の君はまだマシな方だ」と。
日本でも差別問題はありますが白人国家は現在でもアジア人を差別しています、中国人とか韓国人と言うととんでもない嫌な思いをさせられます、皆さんこの現実をどう思いますか?

Aベストアンサー

アジア人という定義の仕方に白人目線を感じます。つい近年まで白人は有色人種を人間とは見ていませんでした。「奴隷、当時のヨーロッパでは『黒人が白人と同じ人間である』という考え方はなかったのである。
『法の精神』で知られるモンテスキュー。
社会学の父と讃えられるフランスの哲学者でさえ「黒人が人間だと考えるのは不可能である 彼らを人間と考えるなら 我々がキリスト教徒でないと認めざるをえなくなる」と語っている。」
http://www.fujitv.co.jp/ainori/st/st361.html

有色人種を人間と認めざるをえなくなったのは、後の方の世界的な大戦のあとではないかと考えます。第一次世界大戦ののちある有色人種の国家が提案した人権平等条項の提案は英米によって葬り去られました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog053.html

「ホテルのフロント係は、女性の方を見向きもせずに、デュボイスへの対応を続けた。勘定がすべて終わると、彼はデュボイスに向かって深々とお辞儀をし、それからやっと、その厚かましいアメリカ女性の方を向いたのだった。フロント係の毅然とした態度は、これまでの白人支配の世界とは違った、新しい世界の幕開けを予感させた。

 「母国アメリカではけっして歓迎されることのない」一個人を、日本人は心から歓び、迎え入れてくれた。日本人は、われわれ1200万人のアメリカ黒人が「同じ有色人種であり、同じ苦しみを味わい、同じ運命を背負っている」ことを、心から理解してくれているのだ。」
http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/964059/


人間は好き嫌いのほかに生理的嫌悪ということもあります。戦後は戦争の被害ということも理由に付け加わりました。

オバマ大統領はなぜ黒人なのか。ハーフではないのか。白人男性の主人と黒人女性奴隷の間に生まれた子どもは、生まれながらにして奴隷であり、色が白いほど高く売れたと聞きます。人種差別に法的に最終的な決着がついたのは1964年(昭和39年)かともいわれます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%B0%91%E6%A8%A9%E9%81%8B%E5%8B%95

>日本人の君はまだマシな方だ
そんなわけで、白人にすれば納得ずくというより、無理やり人種平等を誓わされたわけで、本人からみた多層な差別意識があるのはある面いたし方がないと考えます。

武力ということではないにしても、要は実力で認めさせるほかはないと考えます。

アジア人という定義の仕方に白人目線を感じます。つい近年まで白人は有色人種を人間とは見ていませんでした。「奴隷、当時のヨーロッパでは『黒人が白人と同じ人間である』という考え方はなかったのである。
『法の精神』で知られるモンテスキュー。
社会学の父と讃えられるフランスの哲学者でさえ「黒人が人間だと考えるのは不可能である 彼らを人間と考えるなら 我々がキリスト教徒でないと認めざるをえなくなる」と語っている。」
http://www.fujitv.co.jp/ainori/st/st361.html

有色人種を人間と認めざ...続きを読む

Qアメリカは何故超大国になれたのか

 アメリカは何故今世界一の国になったのか、その原因が知りたいです。

・私の推測では、建国してからまだ歴史が浅く、古い体制にとらわれず、政策がとれる点。

・様々な人種が存在するので、それぞれが納得できる合理的で、効率的な制度が整っている。

・色んな資源が豊富にあるから。例えば移民などの人的資源や広大な土地資源、石油など。

・19世紀の世界ナンバーワンの国であったイギリスと、言語が同種のため、容易に色々な事を学ぶことができたから。

などが理由として挙げられるのではないかと思っています。


この他にも何か、理由が分かる人が居たら教えていただけないでしょうか。

また、今後の世界経済がどう進展していくのか、予想できる方がいたら、その意見も聞いてみたいです。

因みに私は21世紀はアメリカの一人勝ちとは行かないと思います。

かと言って中国もなんだか危うい。

一体、どこの国が覇権をにぎるのでしょうね。

Aベストアンサー

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほど多くなかったわけです。ですから、南米では金銀の採掘と砂糖などの生産だけを行いアメリカで食べる食糧は欧州から輸入していたほどです。欧州でも出来る事はアメリカでやる余裕はなかったわけです。

英仏が北米に進出したのはもう少し後です。
だいたい、徳川家光が徳川幕府の足場を固めた辺りです。
この頃欧州はアメリカからの富でかなり力をつけてきました。さらに、100年以上も海を行き来していたので航海技術もかなり上達しています。大量の物資を安全に欧州に運ぶ事が出来るようになったわけです。つまり、海を横断するコストが下がったわけです。
またアメリカ大陸が発見されて100年以上経っていたので、アメリカ大陸で生まれアメリカ大陸で育った人も増え始め、見知らぬ大陸が身近になり大陸へ進出する事への抵抗感が和らいだというのもあると思います。当初は出稼ぎの場だった新大陸が第二の故郷になり始めていたわけです。
そうすると、今まで見向きもされていなかった北米でも儲けられるようになったわけですし、アメリカ大陸でも食糧が生産されるようになったのです。

初期の北米の植民地もヨーロッパの為の植民地だったことには変わり有りません。しかし、スペインが中南米でやった事は、略奪に近かったのに対して、英国が北米でやった事は普通の産業に近かったわけです。
普通の産業に近い事をやれば、その植民地が普通の国に近くなるのも当然でしょう。かくして北米は普通の国に近づき、普通の国のように他国の支配を受け入れる事に反発して、独立したわけです。


>給料が良かったから欧州から様々な人がやってきたとは、まるで高度成長期の日本のようですね。
>東京に職を求めて地方から集団就職するみたいな感じですね。

正しくその通り、基本的には全く同じです。
経済では、ヒトでもモノでもカネでも、余っているところから足りないところへ流れるのが基本です。
何故なら、ヒトが余っているならば給料が安くなり、ヒトが足りなければ給料が高くなるからです。同じようにモノならば価格が、カネならば金利が、上下に動きます。
今で言えば中国はヒトが余っているので、人件費が安く。日本はカネ(貯蓄)が余っているので、金利が低いのです。

>産業革命が生まれたのはイギリスだが、それを育てたのはアメリカ…まさにそうですね。自動車や電気・電話など画期的なものばかりですよね。

その通りです。
ぶっちゃけ1860~1950年くらいまでのアメリカは、本当に『神』です。アメリカは、良くも悪くも20世紀のありとあらゆる事に大幅に関わっています。

電気が一般化したのはエジソンが電球の商品化に成功し、普及させたからです。
石油を大々的に利用し始めたのもアメリカが最初です。元々は灯油を光源として用いられていましたが、灯油ランプが電球に駆逐された後は、内燃機関(エンジン)が開発されコレが後のガソリン車に繋がりました。
また、WW1を契機に石油科学が発展し、天然ゴムに変わる石油ゴムが開発され、その後石油繊維も開発されました。WW2ではプラスチックが開発されました。
電話も、ベルがアメリカで開発しました。
コンピューターも殆どアメリカが発展させたようなものです。戦後、電話ネットワークの維持に真空管大量に必要になり、真空管より長持ちして高性能なトランジスタが開発され、これがコンピューター産業発展の起爆剤になりました。

科学技術だけでは有りません。
前述のフォードがはじめた大量生産方式もアメリカ発ですし、何万人という従業員を管理する為の『大企業』という組織形態もアメリカが開発した物です。松下幸之助が考案しその後の日本企業のモデルになった事業部制も、GMのアルフレッド・スローンが考えた組織形態を日本流にアレンジしただけです。
日本の品質管理方法もアメリカのエドワーズ・デミングが研究した物を日本が発展させたものですし、テイラーの科学的管理法がなければ日本の労働者の技能がここまで急速に進歩する事はなかったでしょう。

日本の戦後復興の要因一つは、アメリカで開発された最新の技術をパクリまくったからというのもあります(トヨタの自動車も、ソニーのトランジスタも、シャープの液晶など、戦後の日本の技術の大部分は元を辿ればアメリカ由来のものです)。

当時の日本の技術者たちはアメリカの学会に参加しまくって、発表内容を写真で取り捲ったそうです。当時は『ジャップがなんかやってるぞ』とか笑われていたようですが、必死に研究しまくって一時は追い抜いちゃったわけです。
(当然現実では、このようなやり方よりも本などで勉強したり、特許契約をした事の方が多かったです)

昔の人がアメリカを特別視するのも当然の事だと思います。

・オマケ日本の果たした役割
ただし、新技術開発が得意なアメリカに対し日本が得意だったのは『既存のモノを安く作る』ことでした。良い例が電卓で、当初十万→数千円にしてしまいました。安い→普及という事ですので、日本の果たした役割は小さくないです。
つまり、コンピューターを開発したのはアメリカですが、それを安くして電卓を作ったり、炊飯器や掃除機に搭載させたのは日本で、これが世界のコンピューター市場を飛躍的に拡大させたわけです。

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほ...続きを読む

Q「米の生産性」 と 「麦の生産性」の比較

米は一粒から200粒ほどできるけれど麦は20粒ほどしかできない。
(これは時代地域によって大幅に違いますので、解りやすくしたものに過ぎませんが、このような違いがあったことは事実です。)

また稲作は二期作も可能なのですが、麦は連作できず、三圃制度がとられました。

これらのことをあわせ考えると、生産性の違いは数倍あることは確実です。

この違いから何が言えるか?というのが質問の趣旨です。


まず耕作面積あたりの生産性が違ってきて、面積あたりの扶養可能人口が違ってくると思われます。

私見ではこれが東南アジア稲作地帯の人口密度の高さに現れている、と考えます。

さて私としては、農民一人当たりの扶養可能人口が違ってくる、つまり農民以外の人口が増加して、工業、商業、文化生活などで豊かな生活が出来る、と言いたいのですが、どのような計算をして、これを立証したらよいかわかりません。

この計算をするための統計も不足していると思います。

どなたかこういうことをどう考えたら良いか、教えていただきたいものです。

Aベストアンサー

資本主義の起源と西洋の勃興
たとえば P130

中国の農業生産性は乾式穀物栽培をこなっていたヨーロッパよりもはるかに高かったので



明代における国家と貴族がヨーロッパとは異なって海外交易(および征服)からの歳入を追求しなかったかの理由であるともいえよう。

とか数カ所で、農業生産性の話が出ています。

単純化するならば

地主という貴族
商人という都市ブルジョワ
国家権力

という三つの存在を考える
農業生産性において、中国、インド > ヨーロッパ

農業生産性の高い、中国、インドでは、地主である貴族、及び皇帝、王などは、交易による収入を期待しなくても、十分な租税を農業生産から期待できた。
【農業生産性の高さが、商業(特に域外交易)の成長を必要としなかった。】という前回回答の部分
農業生産性の低い、ヨーロッパでは、交易が、農業と比べて比較優位となった。
※ 当該著書でも、中国、インドの交易は規模としてヨーロッパよりも大きかったということは指摘しています。あくまで比較優位の話です。

なので、中世において、ヨーロッパでは都市国家や自治都市が成立した。
※ 中国やインドの都市も巨大であったが、王や皇帝の作った都市であり、自主性はなかった。

戦争継続において、中国 インドでは農民への課税強化で行ったが、欧州は都市からカネを借りることで、行った。
※ なので 中国インドでは時として激しい農民反乱が行われたし(欧州との比較で)欧州では、商人が三部会とか、ベネチアなどのイタリア都市国家のように、それなりの政治的発言権を持つようになった。
【地主貴族が低い農業生産性のためブイブイできなかったので】という前回回答の部分、最大の地主貴族である皇帝、国王も含めて、戦争継続のために、課税強化しようとしても、生産性が低いので出来なかった。総額としての納税額を増やそうとして領土を増やそうと戦争するには、商人から金を借りなければならないという構造です。

結果として 「商売って素敵 善い行いだよね」

というのが国家として是認されたので、資本主義が欧州で生まれて成長した。

けっして、中国やインドにおける前近代の経済規模(農業を基礎とした)の量的拡大によって資本主義という質的変化が生まれるものではない

というのが この本書趣旨

資本主義の起源と西洋の勃興
たとえば P130

中国の農業生産性は乾式穀物栽培をこなっていたヨーロッパよりもはるかに高かったので



明代における国家と貴族がヨーロッパとは異なって海外交易(および征服)からの歳入を追求しなかったかの理由であるともいえよう。

とか数カ所で、農業生産性の話が出ています。

単純化するならば

地主という貴族
商人という都市ブルジョワ
国家権力

という三つの存在を考える
農業生産性において、中国、インド > ヨーロッパ

農業生産性の高い、中国、インドでは、地...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q日本ってなぜ1億3000万人もいるのでしょう?

アメリカの総人口が約2億6000万人。
日本はアメリカの約半分の人間がカリフォルニアより
狭い国土(しかもそのほとんどは山林で住居には適さない)に暮らしているという異常な状態ですが、もともとなぜそんなに人口が増えたのでしょう??諸外国に比べ医療制度が万人にアクセスしやすいという事もあるでしょうが国民皆保険制度が整ったのはここ30年くらいの事だと思います。国別で人口が1億人を超えているのは米国、中国、インド、ロシア、(いずれも大国)ぐらいだと思いますがアジアの小さな島国の人口が1億人を超えてしまったという異常事態はいかにして起こったのか教えてください。

Aベストアンサー

海外から食糧を買ってこられる金があるから
 自然界で生物個体の生息数は、食糧供給量に依存すると考えられる。
 日本列島での1600年ごろの人口が1,000万台、1720年を2,600万台とすると120年間で2.6倍の増加があり、これが幕末には約3,000万人になっている。ということは食糧生産が増加したと考えられる。つまり鎖国していて海外から食糧が供給されないならば、日本列島で養える人口は3,000万人程度と考えられる。これは農水省のHPからも分かる。
 農水省のHPによると、日本国民の食糧自給を確保するには、「国内500万haに加え、海外に1,200万haの農地が必要。このような私たちの食生活は、国内農地面積(491万ha(平成10年))とその約2.4倍に相当する1,200万haの海外の農地面積により支えられています。」とある。
 幕末期よりは食糧生産性は上がっているので、日本列島では3,000万人以上養えるが、単純に計算して、土地が3.4倍になれば、3,000万人の3.4倍、10,200万人が養えることになる。これだけしか養えない土地にこんなにも多くの人が飢え死にしないで生活しているのは、海外から食糧を買ってきているから。そして買える金があること。食糧以外の生産性の高い、ハイテク商品を輸出して、その金で食糧が買えるから。食糧自給率40%ということは、残りの60%は工場労働者が作った製品を輸出しているから。つまり、日本の食料の40%は農家が生産し、残り60%は工場労働者の働きによっている、と考えられる。
 日本の食料自給率が低いことを不安がる人もいるが、食糧生産が減少して自給率が下がったのではなくて、人口が増えたから自給率が下がったと言える。むしろ「こんなに狭い国土に、こんなに多くの人が食べていけるほど、日本は工業生産性の高い国だ」と理解すべきだと考えます。
 なお、工業生産性の低い国で、人口が多く、時々食糧危機により、栄養失調・餓死者が出るのは、その国で養える以上の人口を、先進国の援助によって養っているから。一時的にそれ以上に人口が増えると、飢饉が起き、養える人口に迄低下する。

海外から食糧を買ってこられる金があるから
 自然界で生物個体の生息数は、食糧供給量に依存すると考えられる。
 日本列島での1600年ごろの人口が1,000万台、1720年を2,600万台とすると120年間で2.6倍の増加があり、これが幕末には約3,000万人になっている。ということは食糧生産が増加したと考えられる。つまり鎖国していて海外から食糧が供給されないならば、日本列島で養える人口は3,000万人程度と考えられる。これは農水省のHPからも分かる。
 農水省のHPによると、日本国民の食糧自給を確保する...続きを読む

Q白人どうしは国籍の違いを分かるの?

愚問で恐縮です。

私たちから見て街を歩いている韓国人や中国人は、服装・髪型、それとか歩き方とか立居振舞で、ある程度は 「多分、あの人は○○人だろう」 と、想像がつきますよね。

勿論、ハッキリと分かる人ばかりじゃなくて、どう見ても中国人だと思ったのに、れっきとした日本人だというケースもありますが、「ある程度」 は想像がつくように思います。

これって、同じ東洋人だから想像がつくわけなんですが、白人となるとまるでお手上げです。

例えばスウェーデン人とデンマーク人、とオランダ人とドイツ人、白人と言えるかどうか分かりませんが、イタリア人とスペイン人とかポルトガル人 ・・ この辺の違いは彼らどうしの間では、顔形や外見などで 「ある程度」 は分かるのでしょうか?

私から見れば、どれも同じに見えます。 

白人以外でも、例えばサウジアラビア人とクエート人、インド人とパキスタン人、もっと難しいのが黒人系です。

モロッコ人とチュニジア人、ガーナ人とギニア人、ケニア人とタンザニア人 ・・・ 「顔形で判断せよ」 と言われたら絶望的になります。

彼ら自身は彼らどうしの間では、「アッ、この人は多分、○○人に違いない」 と分かるものなんでしょうか?

あと、アメリカにいる黒人とアフリカの黒人を、パッと見て区別出来ているのでしょうか?

まさか私たちのように 「何だか、みんな同じ黒人に見えるよ」 とは、なっていないように思います。

愚問で恐縮です。

私たちから見て街を歩いている韓国人や中国人は、服装・髪型、それとか歩き方とか立居振舞で、ある程度は 「多分、あの人は○○人だろう」 と、想像がつきますよね。

勿論、ハッキリと分かる人ばかりじゃなくて、どう見ても中国人だと思ったのに、れっきとした日本人だというケースもありますが、「ある程度」 は想像がつくように思います。

これって、同じ東洋人だから想像がつくわけなんですが、白人となるとまるでお手上げです。

例えばスウェーデン人とデンマーク人、とオランダ人...続きを読む

Aベストアンサー

初めまして。アメリカ人(アイルランド系とイギリス系まじり)の白人と
結婚して18年の主婦です。

アメリカでは白人の場合、外見で国籍というより民族は大体予想出来ます。
北欧系の人の薄い色や長身痩せ型体型、アイルランド系の態度と骨太体型
(爆笑)、イギリス系のほっぺの赤さと低身長、華奢な体型。ドイツ系の
鼻と頬骨、ラテン系の色あい。等等。
肌、髪、目の色と風貌でなんとなく分かります。
勿論、ラストネームで「何処系」ってのは直ぐに分かります。

同じ白人でもアメリカ人か他のヨーロッパ人か?
これは、直ぐに分かります。話さなくても分かります。
立っているだけで分かるんですよ。どうしてか?
う~ん、私達日本人が他のアジア人を見分ける、あの「感覚」と
同じだと思います。

勿論、話しをすればアメリカ人か否かは分かりますし、
同じアメリカ人でも話しをすれば出身地もおおかた分かりますね。
日本人同士でも同じでしょ?

アメリカ人の黒人とアフリカの黒人は、基本的に外見で分かります。
それは「色の濃さ」ではありません。理由はアメリカ人の黒人の
ほぼ100%が白人の血が混じっているのと、同じ黒人同士でも
民族の違う者同士の混血が繰り返された結果だと思います。
純血なアフリカ人とは基本的に外見が違うんです。
何処がどう違うか、、は応えにくいですが。

私はカリフォルニア在住です。土地柄、地元の人はアジア系の人を
見慣れています。で、多くの人が同じアジア系でもちゃんと、
日本、韓国、中国、ベトナム、フィリピン。。等、一目見て
外見で違いが分かりますよ。

私は100%日本人ではなく、少し白人が混じっているので
よく地元のインディアンに間違えられますが。。
まっ、これもご愛嬌です。

少しでも、ご参考になったら幸いです。
失礼致しました。

初めまして。アメリカ人(アイルランド系とイギリス系まじり)の白人と
結婚して18年の主婦です。

アメリカでは白人の場合、外見で国籍というより民族は大体予想出来ます。
北欧系の人の薄い色や長身痩せ型体型、アイルランド系の態度と骨太体型
(爆笑)、イギリス系のほっぺの赤さと低身長、華奢な体型。ドイツ系の
鼻と頬骨、ラテン系の色あい。等等。
肌、髪、目の色と風貌でなんとなく分かります。
勿論、ラストネームで「何処系」ってのは直ぐに分かります。

同じ白人でもアメリカ人か他のヨ...続きを読む


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