音楽および、文学の世界(とりわけ俳句・短歌などの短詩形文学)において、昔命数論について取りざたされたことがあると思うのですが、最近さっぱりそんな議論を聞きません。
命数論とは、その組み合わせの数が有限であるという前提の下、表現されうるものも、有限であるという理論だと単純には理解しています。音楽においても、譜面に落とせる組み合わせは有限であるはずだし、かつ、聞いて心地よい音の組み合わせはさらに限定されるはずです。
それでも、音楽は次々と発表される。
俳句や短歌なども、同じ意味で音楽よりたとえその組み合わせは多くとも有限であることには変わりはないわけで、正岡子規は明治の間には、すべての組み合わせが使われてしまうだろうなんていったのではないかと記憶しています。
昭和に入っても、寺山修司の模倣騒動などの中で、再度命数論が取りざたされたように思いますが、その後さっぱり聞きません。
理論的には解決されうる問題ではなさそうであるのに、今もって、表現に完全な行き詰まりは見せていないというのが私には不思議でなりません。
どなたかこの問題について詳しい方がいらっしゃれば教えてください。
No.1
- 回答日時:
詳しくはありませんけど。
いろは47文字を17個並べる場合の組み合わせだけでも
極めて大きな数になります。
試みに計算してみたら、1秒に一つを試したとして、
すべてを試すのに必要な時間は8.4×10の20乗年。
宇宙の年齢を200億年としても、その400億倍です。
もちろん、意味のある組み合わせはもっと少なくなりますが、
それにしても、すべての組み合わせが使われてしまうのは、
まだ大分先だろうと思います。
No.2ベストアンサー
- 回答日時:
短歌にも俳句にもあまり詳しくはないのですが、文学史の方から回答させてください。
質問者さんがおっしゃる「子規の命数論」というのは、新聞「日本」に連載していた『獺祭書屋俳話』のこの部分ですね。
「数学を修めたる今時の学者は云ふ。
日本の和歌俳句の如きは一首の字音僅に二三十に過ぎされば、之を錯列法(パーミユテーシヨン)に由て算するも其数に限りあるを知るべきなり。
語を換へて之をいはゞ和歌(重に短歌をいふ)俳句は早晩其限りに達して、最早此上に一首の新しきものだに作り得べからざるに至るべしと。
…而して世の下るに従ひ平凡宗匠、平凡歌人のみ多く現はるゝは罪其人に在りとはいへ一は和歌又は俳句其物の区域の狭隘なるによろずんばあらざるなり。
人問ふて云ふ。さらば和歌俳句の運命は何れの時にか窮まると。
対へて云ふ。其窮り尽すの時は固より之を知るべからずと云へども、概言すれば俳句は巳に尽きたりと思ふなり。
よし未だ尽きずとするも明治年間に尽きんこと期して待つべきなり。
短歌は其字俳句よりも更に多きを以て数理上より算出したる定数も亦遥かに俳句の上にありといえども、実際和歌に用ふる所の言語は雅言のみにして其数甚だ少なき故に其区域も俳句に比して更に狭隘なり。
故に和歌は明治巳前に於て略々尽きたらんかと思惟するなり」
(『獺祭書屋俳話』子規全集3 新潮社 ※原文改行のない部分を読みやすいように改行してあります)
「今時の学者」がどのような計算をしたのかは定かではありませんが、50の17乗を考えれば、#1さんのおっしゃるように、ともかく天文学的数字になることは間違いない。有効な語彙というだけでも、辞書に数万語所収されていることを考えると、そう簡単に尽きることはないでしょう。
おそらく子規が言いたかったのは、そういうことではなかったのだろうと思います。
俳句はわずか17音から成っています。
たった17音の言葉で、なぜ一篇の詩として独立しているのか。
それは、季語と切字があるからなんですね(切れに関しては長くなるので省略)。
季語というのは、単に季節を象徴する言葉ではありません。
言葉上の意味を超えて、それに関連・付随するイメージを提示するものなんです。
なんでそんなことができるのか。
それは、季語の背後に膨大な和歌の歴史があるからです。
この和歌の歴史があるからこそ、後世の私たちが、たとえば「花」というひとつの言葉に、さまざまなものを見て取ることができる。
このことを子規はこのように書いています。
「例えば蝶といえば片々たる小羽虫の飛び去り飛び来る一個の小景を現すのみならず春暖漸く催し草木僅かに萌芽を放ち菜黄麦緑の間に三々五々士女の嬉遊するが如き光景をも連想せしむる也。此の連想ありて始めて十七字の天地に無限の趣味を生ず」(引用同)
短歌から、連歌という形式が生まれ、さらに明治になって、正岡子規が俳句の革新を行う中で、発句の形式であった五七五は、脇句の七七を切り捨てることで近代俳句として生まれ変わります。
近代的な自己のありようを模索し、俳句という表現手段に行き着いた子規にとって、座による連歌という形式には意義を認めることができなかったんです。
「俳句は文学の一部なり。文学は美術の一部なり。故に美の標準は文学の標準なり。文学の標準は俳句の標準なり」(『俳諧大要』岩波文庫)
それまで俳句や短歌というのは、文学とは別個に、狭い俳壇・歌壇の中で評価されるものだった。
子規は一方で伝統を引き継ぎながら、俳壇・歌壇の伝統的権威には挑戦し続けた。
そうやって「写生」に基づく近代俳句を確立していったんです。
子規の命数論はむしろそうした文脈の中で読んでいくべきなのではないかと思います。
一方、寺山修司のことは知らないのですが、俳句の世界では「暗合(期せずして一致すること)」はよく起こることである、とされています。
盗作ということとは別に、既成の句に無意識のうちに影響を受けることもあれば、同じような光景を前に、同じような感興を覚える場合もあるでしょう。
暗合であるとわかった場合は、発表された時日が遅いほうが取り下げる、ということになっているようです。
この暗合と、子規の言う命数論は分けて考えた方がよいのではないでしょうか。
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