「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

 日本の古称・美称など別名に興味があって調べています。「大和」「扶桑」「瑞穂」「秋津洲」「敷島」など、皆良い名前だと思っています(ヤマト建設・三菱ふそう・みずほグループ・シキシマパン等、なぜか法人名に良く使われていますね)。この他にはどんな別名があるのでしょうか?一つでも知っている方がいましたら教えてください。
 

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A 回答 (5件)

豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずはのくに)


葦原(あしはら)の瑞穂の国
大八州(おおやしま)
葦原中国
八洲(やしま)」
大八洲国(おおやしまぐに)」
倭(わ)
和州(わしゅう・やまと)
蓬莱(ほうらい)
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No.4です。


恐縮です。自分と趣味似ているかも。
自分、日本の伝統、文化大好き人間です。

で、インターネットで調べたところ、
→真秀良場(まほろば)と表記するようです。
ただし、万葉がなでは、麻本呂婆と書いていたようです。

まほろばの語源は、まおらまという言い方のようで、
→真秀等間(まおらま)と表記するようです。

参考になれば。 
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(削除覚悟で)


自分も日本の美称、大変好きです。
で、日本そのものではないですが、
大和地方かな?いわゆる奈良のあたりを
「まほろば」と言っていたと思います。

この回答への補足

 4さん、大丈夫ですよ。これで削除されたら、それこそ洒落になりませんよ。私は昔から和モノが好きで、フローリングより畳、ガーデニングより日本庭園が好きです。女性も古風な人のほうが好きですねぇ・・・(まだ高校生ですけど、こんな趣味のお陰で国語が得意です)。
 ところで調べていくと、日本の古称は軍艦にも使われているらしいですね、やはり国の代表選手だからでしょうか。
 「まほろば」聞いたことあります。漢字では何と書くのでしょうか?

補足日時:2004/06/02 16:04
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ジパング

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「大八洲(おおやしま)」「豊葦原の中つ国」などがあります。

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Q日本国の別称「扶桑」の由来

かつて 日本国を「扶桑」とも 言ったそうですが、
なぜ、扶桑と言ったのか、その由来をお教えください。ネット辞書で調べましたら、

(1)昔、中国で、東方の海中にあるという神木。日の昇る所という。また、その木のある地。扶木。
(2)日本の異名。扶桑国。「松島は―第一の好風にして/奥の細道」
(3)太陽。「全く―の光なし/中右記」
とありました。

(1)の理由から 中国が日本をそのように読んだのでしょうか?
つまり、日出国だからということで。
また なぜ、扶桑が太陽の別称なのでしょうか?

Aベストアンサー

これなんか参考になりませんか。色々論争が有るようです。
他にも「扶桑 日本 中国」でたくさんヒットします。

参考URL:http://www8.ocn.ne.jp/~douji/fusoutoha.htm

Q太陽中心から光が外へ出るまでの時間について

私は高校一年なのですが、昨日地学の授業で、太陽中心で発生した光が太陽の外に出るまでに100万年かかると教えられました。
先生の説明では太陽の中に物質がぎゅうぎゅうに詰まっていてなかなか出られない、ということでした。

しかし、相対性理論では光の速度が常に一定であるといっています。
太陽の半径は7万kmだから光は2秒ちょっとで外へ出てくるはずです。
それでも100万年かかるというのなら時間が遅れているとでも言うしかなくなってしまいます。
よって矛盾していると思うのですが、どういうことなんでしょう。
私も相対性理論をちゃんと勉強したわけではないので誤解しているのかもしれませんけど。

Aベストアンサー

SF小説で得た知識ですが、確かに百万年くらいかかるそうです。ちなみに、参考にしたのは野尻抱介著「ベクフットの虜」です。数百万年のオーダーだそうです。あと、太陽内部の様子はスティーヴン・バクスター著「虚空のリング」に詳しく載っていました。

2秒云々というのは、まっすぐに進む場合の話ですよね。ジグザグな経路を進むとしたら、もっとたくさん時間がかかります。空気中や水中などでは光は直進できますが、高密度の物質中では、光はまっすぐに進むことができません。太陽の中には物質がぎゅうぎゅうに詰まっているので、光は何度も何度も曲がって、回り道をしながら、ずっと長い道のりを進まなければいけません。その結果、百万年もの時間がかかることになります。

太陽の重力による時間の遅れについては、一般相対論に詳しくないのでよくわかりませんが、少なくとも、太陽程度の質量で数秒が百万年になることはないはずです。

誤解されているようですが、相対性理論では光の速度が常に一定であるとはいっていません。確かに光速度不変の原理というのがありますが、これは真空中の光の速さが不変という意味です。「真空中の」というのが重要です。物質の中を進むときは、光の速さは遅くなります。太陽の中にも物質があるので、真空中の光速よりも遅くなります。私には正確な速さまではわかりません。空気中だと真空中とあまり変わらないのですが、水中だと真空中の75%くらいの速さになります。これは光の屈折に関係があり、物理の波動の分野で詳しく学ぶと思います。

もうひとつ、細かいことですが、「速度が一定」ではなく「速さが一定」ですね。「速度が一定」だと、同じ向きに進むことになってしまいます。「速度」と「速さ」は使い分ける必要があって、向きを考えないときは「速さ」、向きを考えるときは「速度」を使います。

先生のいったことをそのまま鵜呑みにするのではなく、疑問に思ったことを聞くのはよいと思いました。高校の理科ではいろいろなことを学びますが、ことばの定義や、法則が成り立つときの条件などに気をつけるとよいと思います。

SF小説で得た知識ですが、確かに百万年くらいかかるそうです。ちなみに、参考にしたのは野尻抱介著「ベクフットの虜」です。数百万年のオーダーだそうです。あと、太陽内部の様子はスティーヴン・バクスター著「虚空のリング」に詳しく載っていました。

2秒云々というのは、まっすぐに進む場合の話ですよね。ジグザグな経路を進むとしたら、もっとたくさん時間がかかります。空気中や水中などでは光は直進できますが、高密度の物質中では、光はまっすぐに進むことができません。太陽の中には物質がぎゅうぎゅう...続きを読む

Qサザエさんの職業?

サザエさんが結婚する前の職業を教えて下さい。

Aベストアンサー

こんばんは。

ハロー社で新聞記者をしていた
ミリオネアの正解は雑誌記者です。
http://www.icn.ne.jp/~akatuki/quiz/millionaire03/1127.htm
「ハロー社」という出版社に勤務。
http://www.marine.ne.jp/scripts/marinenews.asp?fn=161

参考URL:http://www.icn.ne.jp/~akatuki/quiz/millionaire03/1127.htm,http://www.marine.ne.jp/scripts/marinenews.asp?fn=161

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q日本という国名の由来

7世紀中国の文献にはじめて現れたと記憶していますが、どうしてこの国名を採用したと考えられるのでしょうか。そもそも「ひのもと」とは相対地名であり「朝の鮮やかなるところ」と同じで当時世界の中心であった中国からみて東方にあったことを示すだけの表現ではないか、とも思えます。
・どうして「日元」ではなく「日本」としたのでしょうか。
・「倭」とは中国から見た周辺民族への蔑称としての表現であるとの説から「和」が採用されたとの話は真実なんでしょうか。
・「ヤマタイ」が「ヤマト」に転じたのでしょうか。
・「ヤマト」はどうして「大和」の字があてられたのでしょうか。
・中国は「日本」を名乗ったことに対して激怒したそうですがそれはなぜなんでしょうか。中国の一部ではないことを表明したことになるのでしょうか。
・歴史的には「ニホン」という発音が正しいと聞いたような気がするのですが本当でしょうか。

 ひょっとしたら国内向けにはあの中国と対等になったのだと説明し、中国に対しては日が昇るような遠い東方のちっぽけな国でございます、とでも説明したのでしょうか。だとすれば外交手腕は7世紀当時と大して進歩していないような気もします。もちろんこの呼び名に何ら不満はありません。他意のない興味本位な質問です。

7世紀中国の文献にはじめて現れたと記憶していますが、どうしてこの国名を採用したと考えられるのでしょうか。そもそも「ひのもと」とは相対地名であり「朝の鮮やかなるところ」と同じで当時世界の中心であった中国からみて東方にあったことを示すだけの表現ではないか、とも思えます。
・どうして「日元」ではなく「日本」としたのでしょうか。
・「倭」とは中国から見た周辺民族への蔑称としての表現であるとの説から「和」が採用されたとの話は真実なんでしょうか。
・「ヤマタイ」が「ヤマト」に転じたの...続きを読む

Aベストアンサー

こんばんは。
難しい質問ですが、
手元の辞書ではこのようなことが出ています。
もう少しお調べになったらもっとわかるかもしれません。ご参考まで。

1.「ヤマタイ」が「ヤマト」に転じたのでしょうか。
邪馬台国 ヤマタイコク
弥生(ヤヨイ)文化中・後期に確認される倭(ワ)の女王国。『魏志(ギシ)』倭人(ワジン)伝の刊本には邪馬壹国とみえるが、定説どおり邪馬台国とするのが妥当。邪馬台は正式には「やまと」と読むが、大和(ヤマト)王権と区別するために一般には「やまたい」と呼称している。
--以下略--
出典:小学館 日本大百科全書

2.「ヤマト」はどうして「大和」の字があてられたのでしょうか。
大和∥倭 やまと
狭義では奈良県の一地域,ついで奈良県全部,広義では日本全体を指した語。大和政権の領域拡大とともに日本全体を指すにいたったもの。狭義のヤマトは,《古事記》《日本書紀》に,奈良を過ぎヤマトを過ぎ損城(かつらぎ)へ,という歌謡があるように,奈良の南方で損城の東北方の,大和国城下(しきのしも)郡大和(おおやまと)郷,今日の天理市新泉町の大和(おおやまと)神社周辺の地とされる。このヤマトは,損城と並んで土着の勢力の中心地。やがて畿内豪族の連合政権である朝廷が奈良盆地に拠点を置くと,今日のほぼ奈良全県をヤマトと呼ぶようになった。語義は山に囲まれた処(と)の意かという。筑後国の山門(やまと)などとは,同じトでも当時のトの音が異なり,意味も別である。倭という漢字は,回り遠い,従順,矮小などの意だが,中国で古くから日本を指すのに用いられたので,5世紀の倭の五王のころには〈倭国王〉と自称するようになり,意味の上では本来関係のない倭という字とヤマトという訓とが結びつくこととなった。7世紀から8世紀にかけて,国号には倭の字を避け,〈日本〉という表記を用いるようになり,その訓もヒノモト,オホヤマト,オホヤシマなどとしてヤマトとはいちおう区別し,倭国,大倭国といえばふつうは奈良全県を指す行政区域名となった。律令体制下の1国としての大倭国は,737年(天平9)から747年まで〈大養徳国〉と表記を改め,757年(天平宝字1)ころから大和国と表記されるようになる。しかしその後も引き続き,一般には倭,和の字やヤマトという語は,日本的,日本風を意味するときに使われている。⇒倭(わ)
執筆:青木 和夫
出典:平凡社 世界大百科事典 第2版

3.国号や国の位置づけに関して
日本
【国号】
 日本では大和政権による統一以来,自国をヤマトと称していたようであるが,中国や朝鮮では古くから日本を倭(わ)と呼んできた。《前漢書》《三国志》《後漢書》《宋書》《隋書》など中国の歴史書や,石上(いそのかみ)神宮の七支刀の銘,高句麗の広開土王の碑文も,みな倭,倭国,倭人,倭王,倭賊などと記している。そこで大和政権の代表者も,中国と交渉するときには,5世紀の〈倭の五王〉のように,国書に〈倭国王〉と記するようになった。しかし中国との国交が120年ほど中絶したのち,7世紀初めに再開されたときには,《隋書》に〈日出処天子〉,《日本書紀》に〈東天皇〉とあって,倭と自称することを避けるようになっていたらしい。中国側でも《旧唐書(くとうじよ)》の東夷伝に至って初めて〈倭国〉と〈日本国〉とを併記し,〈日本国は倭国の別種なり。其の国,日の辺に在るを以ての故に,日本を以て名と為す〉とか,〈或いは曰く,倭国自ら其の名の雅ならざるを悪(にく)み,改めて日本と為す〉とか,〈或いは曰く,日本は旧(もと)小国,倭国の地を併す〉とか,倭から日本に変わった理由を紹介している。
 この7世紀には,遣隋使に続いて遣唐使がしばしば派遣されているが,いつから倭に代えて日本を国号とすることにしたのかは,〈日出処〉が〈日本〉に転化していったことはまず確かだとしても,実は明らかでない。遣隋使や遣唐使のそのつどの交渉について,かなり詳しく記述している《日本書紀》も,8世紀になって日本という国号が確立したのちの書物であり,その中に使われている原資料にあったかもしれない倭の字は,国号に関するかぎりすべて根気よく日本と改められている。そこで《日本書紀》以外に文献を求めると,《海外国記》の逸文に,664年(天智3),大宰府に来た唐の使人に与えた書には〈日本鎮西筑紫大将軍牒〉とあったとある。だがこの《海外国記》も733年(天平5)に書かれているから,倭を日本と改めている可能性がある。結局確かなのは,702年(大宝2)に32年ぶりで唐を訪れた遣唐使が,唐側では〈大倭国〉の使人として扱ったのに対して,〈日本国使〉と主張したという《続日本紀》の記述であり,《旧唐書》東夷伝の記事も,この当時の日本側の説明に基づくものと思われる。
 この日本が,今日のニホン,あるいはニッポンのどちらに近い発音で読まれたか,または当時の漢音でほぼジッポンと読まれたか否かも,,まだ明らかでない。しかし日本という国号は,中国や朝鮮ではもちろん,はじめは日本の国内でも音読されていたようであり,ヒノモトという日本に対応する訓読も,《万葉集》では〈ヒノモトのヤマト〉というように,古くからの国号であるヤマトにかかる枕詞として用いらるにとどまり,これがヤマトと並ぶ日本語風の国号として独立するのは平安時代以後である。中世に中国を通じて日本をヨーロッパに紹介したマルコ・ポーロの《東方見聞録》では,日本国が Zipangu,Jipangu などを書かれているが,その後ヨーロッパに広まった Japan,Japon,Jap1o などの称については,日本に対する中国の華北音の jih pen に基づくとする説と,華南音の yat pun に基づくとする説とがある。中世末の日本に渡来したヨーロッパ人たちは,ロドリゲスの《日本大文典》や《日葡辞書》に,当時の日本人が日本を Nifon,Nippon の両様に読んでいたことを記録している。近代では日本の読み方を統一しようという動きがあり,1934年の文部省臨時国語調査会では,ニッポンを正式呼称とする案が議決されたが,法律制定には至らなかった。なお正式な国号は,明治憲法では〈大日本帝国〉であったが,現行憲法では〈日本国〉である。⇒大和(倭)(やまと)∥倭(わ)
執筆:青木 和夫
出典:平凡社 世界大百科事典 第2版

こんばんは。
難しい質問ですが、
手元の辞書ではこのようなことが出ています。
もう少しお調べになったらもっとわかるかもしれません。ご参考まで。

1.「ヤマタイ」が「ヤマト」に転じたのでしょうか。
邪馬台国 ヤマタイコク
弥生(ヤヨイ)文化中・後期に確認される倭(ワ)の女王国。『魏志(ギシ)』倭人(ワジン)伝の刊本には邪馬壹国とみえるが、定説どおり邪馬台国とするのが妥当。邪馬台は正式には「やまと」と読むが、大和(ヤマト)王権と区別するために一般には「やまたい」と呼称している。
--以下...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q硬貨のギザギザ

なぜ硬貨のまわりにはギザギザが付いているんですか?
また、なぜギザギザのついているものとついていないものにわかれているんでしょうか?

Aベストアンサー

硬貨のギザギザは、硬貨の中でその時の最も高いものにつけられます。
ついているものは100円と500円ですね。

前は、100円玉が硬貨の中では一番高かったのです。
新たに500円がつくられ、それにもギザギザがつけられました。

でも100円にはつけられたままです。
わざわざカタをかえるのは面倒だったんでしょうね。
100円のギザギザはその名残です。

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q本能寺の変 信長の「是非も無し・・・」とはどんな意味?

本能寺の変で、謀反が明智だと知らされた信長は
是非もなし
と言ったと伝えられていますよね。
これって、どういう意味でしょうか?
・しかたない
という意味なのでしょうか?

Aベストアンサー

 「是非もなし」でも「是非に及ばず」でも同じなのですが、日本語としては「良し悪しを論じても意味が無い(実力行使しかない)」という意味です。

 ちなみに、「直江状」でも家康の言いがかりに対して「是非に及ばず候」と言っていますね。「やるなら受けて立つ」と言っているわけです。

Q漢字、「十回」の読み方について・・・

こんにちは。
漢字の読み方について質問させてください。

新小学1年生の子供が塾へ通っています。
先日、漢字ドリルの宿題で、漢字に読みがなをつける問題がありました。
問題は「かんじを 十かいずつ かく」とあり、十によみがなをつけるものです。

息子は、その問題の解答として、「じっ」と読みがなをつけました。(十回→じっかい と読む)

その日、塾から持ち帰ってきたドリルを確認したところ、「じっかい」→×がついており、赤ペンで「じゅっ」じゅっかい→○と訂正されていました。

現在、小学校などでは十回→「じゅっかい」が正しく、「じっかい」は不正解と教えているのでしょうか?

(息子は塾通いを始める前まで、学研教室へ通っていました。そこでは、「十回→じっかい」と学びましたし、私も辞書で確認しましたが、「じっかい」と読むのが正しいと思っていました)

Aベストアンサー

読み仮名をつけるときは

○「じっ」
×「じゅっ」

です。

http://hon.gakken.jp/reference/column/Q-A/article/100120.html

上記にも

”国語の教科書や漢字ドリルなどでは、「ジッポン」「ジッカイ」と読むように指導が行われています”

と書いてありますから「学校の指導内容と異なる内容を教えるな」とクレームを入れましょう。

てゆか、そんな「適当なことを教える塾」では安心できませんから、塾を変えた方が良いと思います。

クレームを入れても「別の内容で、また同じような間違いを繰り返すだけ」なので、殆ど効果が無いです。


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