忙しい現代人の腰&肩のお悩み対策!

2015年3月29日時点でWikipediaは
・能力ばかりか人格面においても極めて問題のある人物
・部下の将校を殴り、自決を強要
・部下から強い侮蔑と憎悪を買っていた
・反面小心でもあり、行軍中も小休止の度に自分専用の防空壕を掘らせていた

など故人を侮辱する文章が並んでいます。死体に鞭を打つ、死ねばみな仏の日本の価値観に反する行為です。
証拠のあることではありませんよね全部。
今のWikipediaは修正されていますが昔は源田実第3代航空幕僚長のページも悪意に満ちた内容でした。
Wikipediaだけでなくインターネット上であちこちに彼を侮辱するページが点在します。
彼らを悪者にして得をする人はどういう人だと思いますか。
なぜ源田実氏の情報は修正され花谷正氏のページはそのままなのか、考えられる理由を教えてください。
花谷正陸軍中将に汚名を着せ、裏で糸を引いているのはどういう勢力でしょうか。

A 回答 (2件)

日本を悪人にして置きたい者達でしょうね。



行軍中も小休止の度に自分専用の防空壕を掘らせていた
についてですが日本陸軍の行軍における小休止とは2分
程度であり小便も途中という短時間が現実の真実。

大休止でも10分有るかどうかです。
小休止に防空壕・・・完全なデタラメですねーーー
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この回答へのお礼

小休止が二分ということは防空壕制作なんて不可能ですね。
デマだったとわかりました。
こうなるとほかの悪口も事実かどうか怪しいものだと思います。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2015/04/01 11:19

「死ねばみな仏」という考え方は、(俗流理解に流れがちな嫌いがあるにしても)高邁な思想と言えます。

『歎異抄』の「善人なほもて往生をとぐ。いはんや悪人をや」などに表れています。
しかし、これは悪人といえども(悪人こそ)死後に仏となる契機が、阿弥陀仏の慈悲により与えられているのだから、一心に阿弥陀仏を信仰しなさい、というような教えでしょう。勘違いしてはならないのは、「仏になったからには、悪人だった過去は帳消しとなる」のではないということです。仏になるのはあの世であって、あの世とこの世は同じ世ではありません。くどいようですが、「死ねばみな仏」は「悪人こそ仏となる契機がある」という慈悲深い救済の教えなのです。
そして、歴史とは、「この世」の「過去」を研究するものです。死んだら過去が帳消しになるような国は、歴史が残らないことになります。帳消しではなく、帳面に書き残して、美点も汚点も後世に伝えるのが文明諸国というものです。

さて、「人を見たら泥棒と思え」と「渡る世間に鬼はなし」とは相反することわざですが、一方が正しく他方が誤りとは言えないでしょう。両方とも大切な教訓です。
同様に、「死屍に鞭打つ」、「棺を蓋いて事定まる」という2つの故事成語を対比させてみましょう。前者は知ってるが後者は知らないという人もいるかもしれません。
後者は、「死後、初めてその人の真価が決定する」という意味です。前者しか知らない人は、「死後に批判するのは、死屍に鞭打つようなものだ」と決め付けがちですが、後者を知っていると、人は死後にこそあらゆる観点からの批判を受けて、真価が定まっていくものだと分かります。
ちなみに、前者も後者も出どころは中国の古典であり、古くから日本の知識人は両方知っています。すなわち、「死屍に鞭打つようなことは良くない」も、「棺を蓋いて事定まる」も大切な教えなのです。

ところが、この並立する教訓をわきまえず、安易に日本の価値観とやらを振りかざしていると、陰謀論に走ってしまうのが落ちではないでしょうか。裏で糸を引いているのはどういう勢力でしょうかと、もろに陰謀論に堕しているようです。
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この回答へのお礼

「死屍に鞭打つようなことは良くない」も、「棺を蓋いて事定まる」

中国の古典がもとで日本ではないんですね。全然知りませんでした。
星新一のショートショートの、自殺して責任を取る横領犯の話を読んで、死ねば仏が日本人の価値観なんだと10年以上信じ込んでました。
ていねいなご解説をありがとうございました。

お礼日時:2015/03/29 21:26

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