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普通の企業に勤めていれば、奥深い知識が必要だと思われます。たとえば、日経新聞の「私の履歴書」とか、「トップの本棚」の欄で、経営者やその道を極めた芸術家等は、「ああ、この人はこんなに奥深い本を読んで、こんなふうに叡智を養ってきたのか?」というような人が多いと思います。

ここで質問ですが、医者になるために、あるいは、いい医者になるために(倫理と背中合わせの中で決断をしなければならないケースに備えて)、あるいは、医者の中でも医療業界(医師会等)の中でマネジメントの面で(言葉は悪いが政治的に)活躍しようと思えば、奥深い勉強をすることが必要だと思いますが、そうでもないのでしょうか。

言っては失礼かもしれませんが、あまり志の高くない学校の先生のように、あまり考えていないような人でも医者は務まるのでしょうか。

実際の医師の方に答えていただければありがたいです。

A 回答 (4件)

医者ではありませんが、何事も極める努力を欠かさないことが大事だと思います。


医療は進歩していきますから、常に情報収集と勉強が大事だと思います。

通常の仕事とことなるには、人の健康、生命を預かる仕事ゆえに、うっかりものでは務まりません。

確かな知識と技術、強い精神力がないと、務まらない仕事だと思います。

全国の医者が上記のような人ではないと思いますが、それくらい覚悟してないとやってほしくないですね。
実際に、被害に悩む患者が後を絶たないのは、医療が難しい、リスクがあるということだけではなくて、
ミス、責任転嫁、スキルない、勉強不足、ハリボテ医療、御世話になると、そういうことも
感じてきます。

どんな仕事も、壁にぶつかり苦労をします。それを乗り越え、一人前になるのでしょうが、医者は一人前になるまでに
人に後遺症や命を失うミスは許されません。

ですから、その仕事を選ぶ強い信念みたいなものがしっかりとない限り
乗り越えていくことができません。

もし、ピンチになったときに、その仕事を選んだ理由さえ自覚していれば、ゆるぎない精神で
乗り越えていけるはずですから。

そもそも、なんで医者になりたいか?それが純粋なものでない限りは、選んではいけないと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。それが今のところ「お金のため」だとしたら、どうでしょう。もちろん、「お金のため」と言っても、責任感は強いと思いますし、インターパーソナルスキルもない方ではないと思います。今、受験勉強もいやいやながらやっていますが、その程度には勉強し続けるとは思います。

ただし、思想的な本を読む必要はないと考えているようです。
奥深い学問というのが抽象的ですが、例えば、論語を読むとか、倫理学の本を読むとか、歴史小説とか、社会学、哲学。俗に言う一般教養的なもののうち、自然科学や経済学のようなものではなくて、社会科学のようなものです。

患者と向き合ったりする場合に、精神面では普通の人でいいのか、それとも教養がにじみ出るような人でなければならないのかということです。

お礼日時:2016/05/08 17:31

NO.1です。



キッカケがお金というのはありますよね。でも、それだけで出来る仕事ではないですし、勉強が大変だと思います。
好きである、人を助けたい、そんな気持ちが必要だと思いますね。
サラリーマン感覚ではできません。

医学以外の必要なことといえば、人間が好きで、興味のある生き方ができ、健全で安定した精神の持ち主に成長できればいいと思います。

大切なのは、病気の人の気持ちを考えて、治療をできることだと思います。
そのためには人の気持ちを理解でき、信頼を得られる人柄、コミュニケーションの取り方が普通に出来る人になるべきだとおもいますね。

たまに見かけますが、特に同業者である他医者に対して批判的な発言をされているのを
みてしまうと、がっかりしますね。

どの世界もそうですが、悪口をいうような人は信頼できないですね。何か偏ったものの考え方をしていると思うと、その方に問題があるように感じてしまいます。

人として、いい人間になることが、大事だと思います。それは本に書いてあることではなく
自身が身をもって学んでいくことです。
頭で理解していることを行動してもダメで、心が伴っていることです。
頭で理解しているというのは、マニュアルどおりにしているだけ。受け売りってことです。

難しいとおもいますが、
これだけやっておけば大丈夫ですよね。ということで済む業種ではありません。
今の段階では、勉強してみて本当にやりたいかを考えていけばいいのではないでしょうか?
いくら気持ちが強くても、能力が伴わなければできませんからね。
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45年9ヵ月一緒に暮らした妻を亡くしたばかりですが、いい医者に巡り会ったと感謝しています。

「医者といっても神様じゃないので、せいぜい少しだけ長生きをお手伝いできるだけなんですよ。それも、たったの数日。その期間をすこしでも痛みと苦しみを和らげてあげるだけ」。いつも最低45分。死亡確認の後も、30分以上もお別れの言葉を。「(心臓が停まっても)、10分や20分はちゃんと聞こえているんですよ。返答ができないだけ。安らかに逝ってもらうには、ここにいる皆が安らかな会話をしてあげなければ」と。
とても、人間味溢れるお医者さんです。医者が天職のようなお医者さんです。そんなお医者の自宅往診まで、妻の弱った心臓も頑張ってくれて。安らかに、幸せに逝ってくれました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。そういう姿勢が何から生まれるかというところが知りたいところなのですね。
私は、そういうのは日常生活での経験も必要かもしれませんが、昔からいう学問(論語を読んだり、倫理学の本、社会学の本、哲学、誤解を恐れずに言うと宗教的思想)から生まれてくるものだと思っていて、医者を目指す子供にそうしろと教えているのですが、アレルギー反応を起こしています。

お礼日時:2016/05/09 08:50

職業がら、特に研究をやってる側に戻ってきた医者を色々知ってますけど、医者はテストに受かりさえすれば、とんでもなく出来の悪い人でもやっぱりそれなりに一般リーマンよりも裕福にもやっていけてしまう職業ですね。

まあ、合格するまで家が金持ちか、頭がいいかが必要ですが。ある程度能力主義、結果主義の業界でもまれてる社会人の方がよっぽど”生きる力”があるだろうなあと思うときもあります。そうでなければ、タレントやりながら医者とかなんてできないでしょ?たまーに町医者なんかでも”偽医者逮捕”なんてのも問題になるぐらいなんだから、ある程度医学を理解できて記憶力があれば患者や場所を選べば、いざという時を避けてもやっていけてしまうんです。

ただし、逆に最も奥深い難しい仕事という意味でも医者はあります。医学ってのはほんの100年200年足らずで制度化されたようなものだし、ほんの6,70年前までは抗生物質すらなかったんだから、教えられて医者が誰でも簡単にできることなんてほとんどなかった。風邪ですって言って外来に来たって、必要な検査をしなければもしかしたらその人は心筋梗塞とか脳梗塞予備軍かどうかなんて確実なことは言えない。患者は検査を嫌がるけど、医者にはミスは許されないんだから、パイロットと同じで場合によっては非常に緊張感のある仕事でもある。おまけに、昼夜問わず呼び出されるし。

要するに、考えようが考えなかろうが楽しようと思えば楽できてしまうけど、突き詰めると答えがないし、命がかかってるのでやれることも限られてるし24時間働くし大変。ただし言い方は悪いけど、難病患者の治療があって手に負えなかったとしても最悪時間がたってなくなってしまえばそれまで、ということだってあるし、一般的な治療を無難にしてやり過ごすことだって咎められるほどでもない。別に一部の外科でもなければ、うまく治療して患者を助けたから出世するというわけでも基本ないし…。一方、会社員は自分のノルマがクリアできなければ自分の査定に響くし、出世したければその分成果をあげるような”問題解決”をしなくてはいまどき上には行けないから、それなりの選択圧を受けて人は成長する。

要するに日本の医療制度で問題なのは、いわゆる死にもの狂いで医療に貢献して、切磋琢磨してる医者でも、老後に気軽に医療やってる医者でも、趣味をメインに、生きてく為に適度に当直バイトしながら適当に~という医者でもほとんど給料はいっしょ、底辺でも場所を選ばなければ1千万ぐらい稼げてしまうというのが問題なんです。あ、でも教授とか市民病院の病院長になろうとすると医者の世界はかなり閉鎖的だから、政治的な”根回し”みたいなのとか上に気に入られて雑用バンバンやるとか下積みはかなり大変だと思うし、まわりは基本優秀な人たちだから、ある意味非常に狭いコミュニティでの何らかの能力や力の発揮が必要みたいです。非臨床系の教授は、そういう面はかなり少なく、基本的には理工系の大学職と同じで、よい研究をして業績積んでとうことが大半ですね。
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