西洋思想史で、「ソクラテスの弁明を読んで現代的意義を論ぜよ」というレポートがあるのですが何をどう論じたら良いのか分かりません。いちよう本は全部読んだのですが・・・。恥ずかしながら、現代的意義というのもいまいちよく分かっていません。
どんな事でもいいのでどなたかアドバイスをください!
かなり困っています。宜しくお願いします。

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A 回答 (1件)

私なら、自分の意見を堂々と言えなくなった現代人、そして「無知の知」を知らない現代人について論述します。


また、堂々と裁判で抗論しつつも「悪法でも法は法」といって死んでいくという、現代では考えられないソクラテスの行き方と現代人の行きからの対比でしょうか。
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Q国津神、蝦夷、アイヌは同族であったのか否か

 日本神話の天孫降臨は、天津神を信奉する外来の部族と、国津神を信奉する土着の部族との争いであると言われています。

 国津神を信奉する土着部族は外来部族、後の大和朝廷に破れましたが、東北にまでは朝廷の勢力が及ばず、蝦夷と呼ばれることになりました。
 その蝦夷も、平安時代になるとほぼ平定され、それでも勢力が及ばなかった北海道の蝦夷は、アイヌと名乗って現代にまで至ります。

 と、歴史の教科書ではこのように説明されているのですが、以下の三者、

●国津神を信奉する、日本土着の部族
●蝦夷
●アイヌ

これらは果たして、本当に同一の部族だったのでしょうか。
 同一部族であるならば、信奉する神に共通性があってもおかしくないのですが、蝦夷の神アラハバキは記紀神話に登場しませんし、アイヌのカムイは、どうも国津神のイメージとは重なりません。
(むしろキジムナーなんかに似ているため、琉球民族と同族と言われるのは納得できます)

 これらの部族は本当に同じ流れを組んでいるのか、違うならばなぜ同じ流れを組むという説が広まってしまったのか、ご説明いただけないでしょうか。

 日本神話の天孫降臨は、天津神を信奉する外来の部族と、国津神を信奉する土着の部族との争いであると言われています。

 国津神を信奉する土着部族は外来部族、後の大和朝廷に破れましたが、東北にまでは朝廷の勢力が及ばず、蝦夷と呼ばれることになりました。
 その蝦夷も、平安時代になるとほぼ平定され、それでも勢力が及ばなかった北海道の蝦夷は、アイヌと名乗って現代にまで至ります。

 と、歴史の教科書ではこのように説明されているのですが、以下の三者、

●国津神を信奉する、日本土着の部...続きを読む

Aベストアンサー

蝦夷は、「東日本に住む王化していない民」なので今日的な「民族」とは異なります。現に臣従した場合は「俘囚」と名前が変わります。
蝦夷と呼ばれた人々の子孫の一部が「アイヌ」となった可能性は高いですが、「蝦夷=アイヌ」ではありません。
北海道においては、縄文文化→続縄文文化→擦文文化・オホーツク文化→アイヌ文化という流れです。
東北地方ではアイヌ地名が残り、東北北部はアイヌ文化の影響が強いですが、東北南部は、古墳文化なども入っています。

質問文から伺えるのは「古い学説」「フィクション」がごっちゃになっているように思えます。

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Q「アイヌ民族」は存在しないので「アイヌ差別」も存在しないのでは?

「アイヌ民族」は存在しないので「アイヌ差別」も存在しないのでは?

日本は単一民族国家です。
以前、「北海道ウタリ協会」が「北海道アイヌ協会」に改名して、
少しだけ話題になりましたが、現在日本には「アイヌ民族」なる
民族は存在していなく、この団体とはアイヌ民族の子孫の人達による
趣味のサークルの様なものらしいです。
なお、ここでは詳しく書きませんが、この団体に所属していると
生活上の色々な特典を受けられる制度もあるみたいです。

彼らは日常生活においては、日本語を話し日本食を食べて、日本の
学校を卒業した完全なる「日本人」と言えます。

ちなみに私は札幌市の者です。
この「アイヌ民族」存在に対し、道外の方々はまるで在日韓国人の
ような存在に考えているような節を感じますが、何か違うような気が
します。
アイヌは主に白老・平取・阿寒等に古くからの集落を有しておりますが、
それは大阪市における鶴橋の韓国人街のような地域とはちょっと違います。
ちなみに札幌市に「アイヌ居住区」はありません。
(聞いた事ないので多分無いでしょう)
あと、私は札幌生まれ札幌育ちですが、アイヌだと言う人を見た事が
ありません。

また、「アイヌ差別」というものも存在しません。
例えば、知り合いが「実は俺…韓国人なんだ」と言うのと
「実は俺…アイヌなんだ」と言うのでは受け止め方が全く異なります。
「韓国人」である事に対しては色々と思う事もあるかと思われますが、
アイヌにである事をカミングアウトしても特に何も無いでしょう。
アイヌは徒党を組んで悪行を働いたりはしませんし、
パチンコ屋等の一部の産業を牛耳っていたりもしません。

ですから、むやみやたらにアイヌに対して、「かわいそうな民族」として
見るべきではありません。
仮に学校や職場で「アイヌに対する差別がある」と言う人がいれば、
それはその人がアイヌである事以外の問題であると考えられるため、
それは民族問題ではなく、別次元として教育問題・労働問題として
考えるべきでしょう。

アイヌ語を日常的に流暢に話す事の出来るactive speaker は絶滅しました。
したがって、この日本には「アイヌ民族」は存在していないというのが私の
見解です。
アイヌ民族はウィルタ民族同様、既に絶滅した民族だと言えるでしょう。

「アイヌ民族」なる民族は存在しません。
ゆえに「アイヌ差別」もありません。
異論はありますか?

「アイヌ民族」は存在しないので「アイヌ差別」も存在しないのでは?

日本は単一民族国家です。
以前、「北海道ウタリ協会」が「北海道アイヌ協会」に改名して、
少しだけ話題になりましたが、現在日本には「アイヌ民族」なる
民族は存在していなく、この団体とはアイヌ民族の子孫の人達による
趣味のサークルの様なものらしいです。
なお、ここでは詳しく書きませんが、この団体に所属していると
生活上の色々な特典を受けられる制度もあるみたいです。

彼らは日常生活においては、日本語を話し日本食を食べて...続きを読む

Aベストアンサー

日本は単一民族国家です。>>>>
 日本は天皇制の国です。倭国から日本国と称するようになったころ、倭国王から天皇を称するようになったようですが、この天皇という称号は中国の皇帝と同格の称号と考えたようです。
 
 中国の皇帝は例えば高句麗王や新羅王や百済王を従えている。だから、王の上の皇帝を称するのであり、日本の天皇も異民族の熊襲や隼人(南九州)や蝦夷(東北)の国々を従えているので、皇帝と同格の天皇を称するという理屈です。
 この時代の日本は、中国や朝鮮に向かい『日本は多民族国家であることを宣言』したのです。現在は、平安期に加えて北方四島及び北海道と琉球王朝の支配していた地域まで併合していますので、更に多民族国家になっています。

 つまり、日本の天皇制の根拠は多民族を束ねたことにあるのですね。仮に日本が単一民族だとすると、日本王で良いことになります。それでは日本史が変わってしまいますね(御承知のように隣国韓国の大衆と多くのマスコミが『天皇陛下』のことを『日王』と呼んでいます。私はどちらかというと左翼ですが、日本の歴史を考える時、このような日本と現在の天皇を落としめる無礼で非礼なことは、国として絶対許すべきではなく、大変腹立たしいことだと思います)。

  
日本語を話し日本食を食べて、日本の学校を卒業した完全なる「日本人」と言えます。>>>>
 質問者の方がおっしゃっている日本語というのは「標準語」のことですね。標準語は明治時代に定められた『作られた新しい言葉』で、日本には標準語と同じ言語はありませんでした。私は沖縄返還後間もないころ沖縄旅行に行きましたが、地元の人同士の会話はまったく聞き取れませんでした。
 
 学者によると、沖縄方言は琉球語として独立させても良いそうです。実は地方にある方言というのが、「地域の共通語」であり本来の日本語なのですね。それら地方の共通語の集合体が日本語で、その日本語の祖語は縄文語とされています。
 その縄文人と北海道アイヌの遺伝子は似ているらしいから面白いのです。


 和食の【塩鮭】は周辺国に先立ち東日本の縄文人が保存食として作っていましたが、西日本の縄文人は知りませんでした。当時の朝鮮半島の人は知りませんでした。
 日本食も地域料理の集合体だったのでしょう。長屋王の木簡や延喜式等に書かれている山海の珍味は全国から集められていますね。

  まあ、完全なる「日本人」なる概念が、過去存在しないということがお分かりになったと思いますが、アイルランド系アメリカ人という言葉があるように、アイヌ系日本人という言葉があっても良いと思いますよ。アイヌ民族も大きく4つに分けることが出来るそうですが、内地の人とは違うグループであり、民俗(民族ではない)も違いますから、差別なしで、違いを認める方が良いでしょう。
 以上が私の異論です。長々ととりとめのないご返事になり申し訳ありませんでした。

++++++余談ですが・・+++++++
百済(天皇家のご先祖ですよ)>>>>>>このことですかね。・・・武寧王:没年523年・・・その子孫は約250年間以上の長きにわたり日本人として暮らし、日本人と結婚を重ねた末に、桓武天皇の生母「日本人である高野朝臣新笠」が生まれたということはありますが、百済が『天皇家』のご先祖という根拠は、マッタクないでしょう。藤原氏が天皇家のご先祖といわれると私はちょっと異和感を抱くのですが、それと同じですね。

日本は単一民族国家です。>>>>
 日本は天皇制の国です。倭国から日本国と称するようになったころ、倭国王から天皇を称するようになったようですが、この天皇という称号は中国の皇帝と同格の称号と考えたようです。
 
 中国の皇帝は例えば高句麗王や新羅王や百済王を従えている。だから、王の上の皇帝を称するのであり、日本の天皇も異民族の熊襲や隼人(南九州)や蝦夷(東北)の国々を従えているので、皇帝と同格の天皇を称するという理屈です。
 この時代の日本は、中国や朝鮮に向かい『日本は多民族国家で...続きを読む

Qソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違い

ソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違いが
いまいちはっきり分かりません。
レポートの参考にしたいので教えてください。

Aベストアンサー

 あ、ほっといてごめんなさい。考えて見れば、何か発言がないと返事の書きようもないんですね。
 えー、この質問の10こくらい前の方に、12月28日付けの「ソフィスト」関連質問があります。もうごらんになりました?
 それを見て、何かまだ疑問がありましたら、この回答へのコメントという形でお尋ねください。

Q「アイヌ」のテーマパーク

「アイヌ」のテーマパーク

9月に阿寒湖に行ってきました。
アイヌコタンで、アイヌ舞踊などを拝見してとても、魅了されました。

アイヌについてもっと知りたいなと思うのですが、
「アイヌ」のテーマパークや、博物館など体験したり学べるところを探しています。
小さなところでも良いので、いくつかありましたら教えてください。

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

アイヌ民族博物館(白老町:道南)
http://www.ainu-museum.or.jp/

二風谷アイヌ文化博物館(平取町:道南)
萱野茂二風谷アイヌ資料館(平取町)
http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/

札幌市アイヌ文化交流センター サッポロピリカコタン(札幌市:道央)
http://www.city.sapporo.jp/shimin/pirka-kotan/

川村カ子トアイヌ記念館(旭川市:道北)
http://puchitabi.jp/archives/2006/12/post_1797.html

弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民俗資料館(弟子屈町:道東)
http://www.masyuko.or.jp/pc/sightseeing/ainuminzoku.html


ざっとこんな感じでしょうか。
平取・白老・札幌の施設は大きめです。
私は平取にしか行ったことがないので、詳しくは各サイトをご覧ください。

Q現代社会での中国哲学(思想)の存在意義(価値)とは?

価値観が広義に渡る現代社会において、
また、学問体系も益々、細分化される中で、  

特に、中国哲学(諸氏百家等)の学問は、今後の現代社会において建設的役割を果たしていけると思いますか?(宗教としての精神的、倫理的役割を除いて)

かつて、最高峰の文明としての中国の「知」は、(古典としての学問を除いては、)現在の西洋的学問の枠組みでは、カヤの外であると思われるのですが…。

Aベストアンサー

西洋思想は多かれ少なかれアトミズム的な世界観に依拠しているように思います。
全体を理解するには要素に分解して理解した上でそれを再構成すれば良いという考え方です。
しかし、対象によっては再構成のプロセスが恐ろしく煩雑になりますし、そもそもそのような
考え方で全体が把握可能であるという保証があるわけでもありません。
できるかどうか分からないプロセスを遂行するよりも、とにかく全体を把握したいという場合に
東洋思想はヒントを与え得ると思います。検証のプロセスがシステム化されておらず、権威主義に
陥りやすいのは問題だと思いますが。

Qアイヌ民族資料館などアイヌ民族に触れられるのは、阿寒湖アイヌコタンと白老ポロトコカンは、どちらがオス

アイヌ民族資料館などアイヌ民族に触れられるのは、阿寒湖アイヌコタンと白老ポロトコカンは、どちらがオススメでしょうか?
アイヌの語りや踊りなど見たいです。

Aベストアンサー

阿寒湖のコタンは土産物と舞踊シアターの観光地です、白老をお勧めします。

Q東洋思想と西洋思想の違い

東洋思想と西洋思想の違いはなんだと思いますか。東洋思想はヨーガ、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教など
が根本だと思います。一方西洋思想はキリスト教、ユダヤ教が根本だと思っています。
東洋思想は仏教の空の思想に代表されるように
「一元論的」、「相対的」だと思います。
一方西洋哲学は一神教の思想に代表されるように
「二元論的」、「絶対的」といえるのではないかと
思います。
世界に二つ対照的な文化の流れがあるのはなぜでしょうか。それでは

Aベストアンサー

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そうすると、必然的に、それを抑圧しようとする動きも出て来ますので、「悪いことをすると警察に掴まるよ!」的な脅し、警告の意味もかねて、宗教的に「地獄に落ちるぞ」とか絶対的な神を置いたのではないかと思います。


つまり、絶対的な存在という【脅し効果】によって、人々の行動を抑制、統制しようという歴史、民族的な背景があったのではないかと推測します。




これに対して農耕民族は、穀物が生育するに適した、比較的温暖な気候の中で育っているということですから、肉食文化とは違う性質を持っているんだと思います。

欧米人とアジア人の、体格をみても一目瞭然ですよね。
あれはつまり食文化の違いです。


そんな風土、環境の中ですから、インドのヨガ(歴史5000年以上とも言われています)、中国の気功(3000年以上?)のような内省的なものが生まれたんだと思います。
だから、これらは欧米人から見たら「東洋の神秘」と言われるのではないでしょうか?
彼らには理解不可能な価値観だったのかも知れません。


そんな中で誕生したのが仏教なんだと思います。

「アレが在って、コレが在る」(縁起説)
例えば、「光」が在るから、「眼」が在るんです。
だって、光の届かない深海の生物には、眼が無いんです。

と、いうことは、この世のもの全てが相互依存的な条件で成り立っているということですから、おのおのに「本質」というものが無いということになります。
これが「空の思想」です。(「空」とは「欠けている」という意味です)

また、相互依存的な条件で生じているんですから、
逆説的に相互依存的な条件で滅しもするんです。
生まれるという性質を持つものは、同時に死ぬという性質も持っているんです。(諸行無常)


本当の仏教は宗教では無いんです。
論理的、合理的な真理・真実を述べているだけです。

アジア人がこういう論理的、合理的な知識を受容できるだけの気候風土に恵まれていたのかも知れません。


まるで憶測と偏見に満ちた回答ですが、遠からずだと思います^^

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そう...続きを読む

Q女子スノボー銀メダルの竹内はアイヌ人の末裔ですか?

顔が濃いですが、アイヌ人の子孫なんでしょうか?アイヌ系初のメダルなんでしょうか?

アイヌ人って、和人よりも身体的に優秀なんでしょうか?

Aベストアンサー

顔が濃いというより堀が深い感じですね。

アイヌはイヌイットや沖縄人のDNAに近く竹内氏はアイヌの血は引いていないでしょう。

北海道出身ですが、広島に親戚がいる所を見ると、
純粋な日本人のように思います。

ちなみに約5年ヨーロッパに住んでいるので、
そのの食べ物からヨーロッパよりの顔に若干なった可能性はあります。

ちなみに私は
外国生活が長かったせいか、
日本人にアフリカ人と間違えられたことがありますが。

身体的に優秀かどうかはわかりません。
どうでもいいことなので。

Q「ソクラテスの弁明」の原本、写本の所在は?

プラトン著「ソクラテスの弁明」はパピルス(か羊皮紙)に記されたのだと推測します。この原本は何処かに現存するのですか。現存しないとき、古代ギリシャ語の写本が何処に何冊か残っているのですか。どちらも残っていないとき、原本に最も近いとして定評のある資料は何語に翻訳され何処に保存されていますか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 #1です。何と! 補足があったようですね、すいません。

 順にお答えしますと、

1.プラトンの写本で現存しているのは、すべて中世の写本群です。数百篇の断片がありますが、それら写本の序列を整理すると(例外もありますが)七つの親写本に遡れます。それらの共通性から、トラシュロスの四篇編集が大元だろうと推論されています。トラシュロスの真筆が残っていたら、↓の本は発売されなかったでしょうね。

 同定作業について詳しくは、

 ・H. Gregory Snyder, "Teachers and Texts in the Ancient World: Philosophers, Jews, and Christians."

 を読まれると良いでしょう。それら写本を何から筆写したのかは、もちろん推測の域を出ていませんし、誰がそれを書いたのかも同定されているものは僅かです。その中で、T写本と呼ばれるベネチアのものが他の親写本と比べて質・量ともに参照されやすい。
 写本に頼るくらいですから、西欧社会に原本がなかったのは確かです。あるいは、ひょっとしたらアラビア経由で、トラシュロスの原本が入ってきたかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、少なくともT写本は、トラシュロスが書いたものではない。
 そのT写本を底本にして、他の写本からも幾篇かを織り込んで印刷出版したのが、マヌティウス版のプラトン全集です。ステファヌスは彼の知人で、マヌティウスよりは翻訳がうまかった。彼らは、知友のピコ・デラ・ミランドラを通じて、フィレンツェのメディチ家(フィチーノ)とも親交があったようです。
 T写本はギリシャ語ですが、当時はアラビア貿易が盛んでしたから、アラビア語やヘブライ語の写本をどこかで参照したかもしれませんね。

2.原本があれば、それはギリシャ語のはずです。

3.マヌティウス版の原本は見たことがあります。左にギリシャ語があり、右側にラテン語で対訳が書かれている。所々、間違っています。

4.ステファヌス版も対訳です。でも、こっちのラテン語は確かです。
 ところで、プラトンの羅訳でまとまった仕事が成されたのは15世紀です。それまでの、西欧社会にはプラトンの作品はほとんど知られていません。
 一度、フィチーノを読んでみてください。良いですよ。うっとりします。

5.6.そうです。

 以上が僕の回答です。補足はありません。以上です。

 #1です。何と! 補足があったようですね、すいません。

 順にお答えしますと、

1.プラトンの写本で現存しているのは、すべて中世の写本群です。数百篇の断片がありますが、それら写本の序列を整理すると(例外もありますが)七つの親写本に遡れます。それらの共通性から、トラシュロスの四篇編集が大元だろうと推論されています。トラシュロスの真筆が残っていたら、↓の本は発売されなかったでしょうね。

 同定作業について詳しくは、

 ・H. Gregory Snyder, "Teachers and Texts in the Anci...続きを読む


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