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浜口京子さん、銅に終わったとはいえ、さわやかな笑顔でした。
ところで、彼女にはもれな(笑)ついてくるお父さんのアニマル浜口さんって、現役時代はどんな選手だったんですか?

A 回答 (9件)

アニマル浜口という選手はよく知っています。


【ボディビル出身】
娘の浜口京子さんは、アマレスですが、アニマル浜口氏はボディビル出身ですね。
ボディビルの兵庫県コンテストで準優勝をしています。
国際プロレスの吉原社長がスカウトしました。
【新日本プロレス】
国際プロレス崩壊後は、新日本プロレスに入門。
新日本の革命軍の長州力と組んで維新軍を作って活躍しました。
かなり怪力で長州力とのタッグは「太鼓の乱れ打ち」
「ツープラトンのパイルドライバー」
などの合体技がよくきまりました。
長州との最強の技は「ハイジャック・パイルドライバー」でした。
選手を持ち上げて投げるのが得意な選手でしたね。

【ジャパンプロレス】
その後、新日本プロレスを長州とともに飛び出し、
ジャパンプロレスに参加しました。
しかし崩壊したため、自分で浜口道場を作って
選手の育成に力を入れ、数多くの選手をプロレスの団体に送りこみました。

参考URL:http://xxtreme.web.infoseek.co.jp/ishin.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます
悪役だったという話は聞いているのですが、詳しいことは何も知りませんでした。

お礼日時:2004/08/26 20:17

#1さんに追加です。



アニマル浜口はアマレス経験がありません。レスリングは、国際プロレス時代にレスリング出身の選手や関係者に頭を下げて手ほどきを受けたらしい…と聞いたことがあります。

現役時代の馬場・猪木との思い出について、『プロレススーパースター列伝』という漫画の復刻文庫版「猪木・馬場編」巻末に掲載された彼のインタビューがあります。娘さん関係ではいつも「気合だ~!」と絶叫している人とは別人の、非常に理知的なコメントが印象的でした。4~5ページの短いものですが、興味があれば、探して読んでみてください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
カメラの前では絶叫キャラですが、本当は謙虚なかたのようですね

お礼日時:2004/08/26 20:23

ラッシャー木村、長州力といった大物をサポートするような懐刀的な存在でした。


やはり当時から「燃えろー」「気合だぁー」等大声で迫力のあるファイトを展開していました。
得意技はランニングエルボー、エアプレンスピンからのブロックバスターなどなど。

ジャンボ鶴田に負けて「負けたー!!」と絶叫したり、新日に戻ってからの両国での引退式で「ありがとうプロレス、さようならプロレス」のセリフが印象的です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
プロレスの技についてはよくわからないので、詳しい夫に聞いて見ます

お礼日時:2004/08/26 20:22

レスラーとしては小柄でしたが気迫を全面に出す小気味良い動きで人気ありましたね。

場外で木村健吾のプランチャを受けた際に足を滑らせて転倒、失神して大騒ぎになった事もあります。

リングの魂という番組で大ファンの沢たまきさんに会えた時は凄く緊張してました。あの人が緊張した姿を見たのは初めてです。最後には突然抱き締めて「好きだぁぁぁー!」と例の調子で絶叫してましたね。たまきさんも驚いてました。浅草で奥さんがやっている小料理屋「アニマルかすみ」もファンには有名です。愛すべき人柄の方ですね。

参考URL:http://members.at.infoseek.co.jp/drmick/proresu/ …
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この回答へのお礼

ありがとうございます
本当、愛すべき人柄ですね。奥さんに一喝されて黙ってしまう姿を見てちょっとほほえましかったです

お礼日時:2004/08/26 20:21

現役時代は「燃えろー」「気合だぁー」の台詞はなかったように記憶する。


小柄で地味な中堅選手でした。

引退後に長州の不甲斐ない試合に「燃えろ!長州!」と叫んで以来、絶叫キャラが
定着して、以降ますますエスカレートして今の姿がある。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
今は目立ちまくっていますが、当時は違ったんですね

お礼日時:2004/08/26 20:19

卓球少女の愛ちゃんもアニマル浜口さん好きだって言ってましたね。


皆さんたくさん教えて下さいましたので、その他のことを・・・個人的な思いも入れて。

アニマル浜口と言えばやはり寺西勇とのタッグで国際プロレス時代にIWAタッグチャンピオンであったこととか・・得意技はアルゼンチン式バックブリーカーとブレーンバスターでした。しかし国際プロレスの中では、ストロング小林、ラッシャー木村という大型エースの影にかくれて中堅的な存在でしたね。

ストロング小林もラッシャー木村も引退してTVでは見ることもないのですが、「浜口、寺西組」からアジア・タッグを奪取したヤマハ・ブラザーズの二人は今も解説者と魔界軍総裁として?活躍してますよね。

浜口さんの「気合だぁー!!」に、彼を生み育てたともいえる、今はない国際プロレスの意地と誇りを感じてしまうのは・・私だけでせうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
参考になりました

お礼日時:2004/08/26 20:18

jakyyです。


アニマル浜口氏の面白い話を一つ。
彼は長州力と維新軍を作って、新日本プロレスで暴れまわっていましたが、
1983年5/16、突如IWGP津大会を長州とともに試合をボイコットして、
いなくなりました。
東京スポーツのデスクに一人の御婦人が
「うちの主人を探して欲しい」と訴えてきました。
この御婦人は何とアニマル浜口の奥さん初枝さんでした。
「悲壮な訴え 出てきてください」という記事で夫人の疲れ果てた写真が翌日の東京スポーツに載りました。
その後の6/1にアニマル浜口氏と長州力は帝国ホテルに現れ、
新団体の結成を発表しました。
アニマル浜口夫人の初枝さんも今も、昔も気が休まることはなかったようですね。
下記のサイトにその初枝さんから浜口氏が
「アンタは鬼だ」と面と向かって言われた話が載っています。
http://www.ninomiyasports.com/xoops/modules/news …

参考URL:http://www.ninomiyasports.com/xoops/modules/news …
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この回答へのお礼

とてもいい記事でした。
ありがとうございます

お礼日時:2004/08/28 19:48

ANo.#5さんが紹介した、十五年ぐらい前に引退して数年後に長州力の試合に乱入した際のことなんですけど、当時ゴングか週プロにアニマル浜口が寄稿してたコラムかエッセイによると、そのことを知った当時小学生ぐらいだった娘さんが、父が家に戻ってくるやいなや「父さん、なんてバカなことをしたの!?」と言ってきたらしいです。

それに対して父(アニマル浜口)は彼女にどう言い返したかは忘れてしまったんですが…それから約十五年後、その娘さんはオリンピックのメダリストになりました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
テレビで写真を見たのですが、京子さんの小学生中学生時代、本当にかわいいですよね

お礼日時:2004/08/28 19:51

今ではすっかり『気合だ~』で有名で、現役時代よりも今の方がスポットを浴びているようです。



ボディビルから、昭和40年代中頃に国際プロレスに入団しています(当時は、日本プロレスと国際プロレスの2団体時代でした)同団体が海外とのパイプを強くもっていたので、海外遠征修行などをしましたが、スポットを浴びたのは、タッグ戦線に本腰を入れた頃で、当時の国際プロのエースであったグレート草津とIWA世界タッグ王座を獲得し、その頃からタッグのエキスパートとして名を馳せました。パートナーを替えて何度か同タイトルを獲得しています。(IWAは今の新日のIWGPのようなもので、団体の看板タイトルでした)

昭和50年代中頃、国際プロレスが経営危機を迎えると、ラッシャー木村(当時の国際プロの大エースでした)、寺西勇と3人で新日本に移籍し(表面上は新日への殴りこみでした)、打倒アントニオ猪木を目的に三位一体となって奮闘していました。そんな中で、当時、藤波と抗争していた長州力と意気投合してあの、維新軍団を結成して再び長州とのコンビでタッグのエキスパートとしてスタートを切ります。この頃が、金曜8時のゴールデンのテレビ枠での放送でしたので、30代の方ならばアニマル浜口をよく目にしていた時代ではないでしょうか。

その後、ジャパンプロを結成して(長州・マサ斉藤・谷津・小林などと) 全日本プロレスに参戦しました。ここでもタッグで活躍しましたが、ジャパンプロが崩壊して再び新日本にリターンし、体力の限界と言う事で引退をしました。

引退後にアニマル浜口ジムを開き、小島などレスラーを育成に励んでいます。しかし、今は浜口京子の父、アニマル浜口として現役時代以上に全国に知れ渡っているような・・・。 現役時代は決して主役ではないですが、いつも主役の横にいる名脇役的な存在でした。得意技のエアプレンスピンがとても印象的でした。

長くなってすみませんでした。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
私もその当時小学生だったのですが、ブッチャーがフォーク(?)で対戦相手の太ももを突き刺すシーンが印象にあってプロレスは怖くて見れませんでした

お礼日時:2004/08/28 19:53

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