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戦後の日本は1億総中流と言われいて、最近は格差社会になってきたと言われますが、戦前の日本は江戸時代のような身分制は無かったものの、所得格差・資産格差はかなり大きかったようです。

その時代の格差がどれだけ大きかったのかがわかるようなエピソードがあれば教えてください。

金持ちは戦争の時に打撃を受け、戦後の財産税によってほとんどが没落したようですが。

質問者からの補足コメント

  • NTTの発足は1985年なので、間違いがあるのではないでしょうか。
    前身の電電公社でさえ、出来たのは1952年です。
    戦前は逓信省ではないかと思いますが、いかがですか。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/07/09 19:05

A 回答 (3件)

身分で言えば貴族制度となる華族制度があり、それぞれに爵位がありました。


今の参議院はかつての貴族院であり、政治の世界でも華族は力を持っていたのです。

大衆で見た場合、海外を相手に巨万の富を稼ぐ豪商が数多くいました。
(今ある大企業の創始者たちも含まれます)
中でも印象的なのはバロン薩摩こと薩摩治郎八です。
木綿王と言われた薩摩治兵衛の孫で
一般人でありながらヨーロッパの社交界にまで名を轟かせた人物です。

戦中も格差が大きく現れていたと思います。
幾ら豪商でも物が売れなければ没落してしまいます。
小金持ちも戦争状態では生きて行けず、
大事していた着物を農家に持っていき、食料と交換することはよくあることでした。
もはやお金は格差の証ではなくなってしまったのです。

そしてこれは蛇足ですが住んでいる地域も影響しました。
私が母から聞いた話では東北(青森)と九州(福岡)では食料自給度で雲泥の差があったようです。
実際、都市部は爆撃され、田舎に疎開する人も数多くいましたが、戦争と言っても一様ではなかったのですね。

戦後も同様、最悪の状況の中で恵まれた人もいれば、恵まれなかった人もいました。
財閥も解体、土地制度も身分制度も改められ、殆どの人が0からのスタートになりました。

闇市からのしあがって富を築いた人もいれば、広大な土地を奪われて没落した人もいて、
格差とは永遠ではないことがよくわかります。
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その時代の格差がどれだけ大きかったのかがわかるような


エピソードがあれば教えてください。
   ↑
当時のジニ係数などは、検索すれば判るでしょうから
エピソードですね。

ワタシの祖父の話。

小学校の時、学業優秀だったが、お金がなくて
中学校へ進学出来なかった。

俺よりも下位のヤツが、中学校へ進学出来たのに、
と随分悔しがっていました。
でも、当時はそれが普通だったのです。

それでも祖父は、小学校の上の高等小学校
を卒業し、日立製作所に工場労働者
として勤めるようになりました。
14歳の時でした。

工場では古株の工長とか組長なんてのが威張っていた
のですが、本社から大卒のエンジニアが来て、
まだ二十代なのに、普段威張っている中高年の工、組長などが
自分の息子みたいなヤツにぺこぺこしている姿を目にしました。

祖父は、凄いなあ、学歴は重要なんだなあ、
とつくづく感じた次第。

それで少しでも学歴をつけようと現在のNTT
に転職して、NTT内の通信講習所に入学。

そこで勉強すれば、現代の高卒と同等の学歴と
認められた。

祖父はそこを卒業して、NTTに定年まで勤め
何とか課長にまでたどり着きました。
この回答への補足あり
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古今東西、人民に格差の無い国家なんて無いでしょう。


其の差が酷いか緩いかだけの違い。
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Q高学歴、高学力を教養という人がいますね

高学歴(高偏差値)や学力(学校の成績がいい)を教養という人がいますね。

確かに、戦前の旧制中学、旧制高等学校では、単に学問に止まらず、理系の学生でも文学書、哲学書を読むなど人格形成を怠りませんでした。

しかし、現代では高学力(高偏差値)が教養があるとはいいきれませんね。
何故ならば、受験塾にみられるように詰め込み教育による受験技術が進んでいるからです。

単に、難しい漢字、言葉を知っている、高等数学が解けるだけでは教養があるとはいえませんね。

Wikipediaによれば「教養ある人間、すなわち、教養人が相応の尊敬を得るのは、単に知識が豊富な状態(博識)に留まらず、人間性という実を伴うためである。仮に、現状の知識が乏しいからといって、その状況は非難される性質ではない。知識を求めて学ぶことで品位と人格を高めようとする心構えが重要と考えられる」とあります。

皆さんはいかがお感じでしょうか?

Aベストアンサー

知恵と知識とは違うものです。
偏差値の高い教育機関に入り、さらに高度な大学院の各課程に入ったり、海外に渡って学ぶのは主に知識です。

知恵というのは、おばあちゃんの知恵袋みたいに学歴も家柄も関係なく、それまでに身をもって体験し取得した生存の為のノウハウです。冠婚葬祭のしきたりもその中に含まれているでしょう。
こちらの方が教養に近いと感じます。

Q日本には奴隷制はなかった?

ウィキペディアで被差別民を調べると、次のようなのがでてきます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E5%B7%AE%E5%88%A5%E6%B0%91
①インドのカースト制における不可触民
②カーストシステムそのものから排除された形で共同体を形成する部族民
③日本の被差別部落民
④イスラームのズィンミー等がある。

また賎民は次のとおりです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%A4%E6%B0%91
①日本・・・五色の賎、穢多・非人
②インド・・・アウト・カースト
③中国・・・奴婢や生口等の奴隷が労働力の中核
④朝鮮・・・僧侶、胥吏、女官、妓生、医女、男寺党、奴婢、白丁

ヨーロッパやアメリカの説明はありませんが、奴隷はいたので、奴隷=被差別民・賎民と考えていいですか?

ときどき『日本には奴隷制はなかった』という人がいますが、五色の賎、穢多・非人は奴隷とはいえないでしょうか?

また、奴隷と被差別民・賎民のちがいって何でしょうか?

ウィキペディアで被差別民を調べると、次のようなのがでてきます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E5%B7%AE%E5%88%A5%E6%B0%91
①インドのカースト制における不可触民
②カーストシステムそのものから排除された形で共同体を形成する部族民
③日本の被差別部落民
④イスラームのズィンミー等がある。

また賎民は次のとおりです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%A4%E6%B0%91
①日本・・・五色の賎、穢多・非人
②インド・・・アウト・カースト
③中国・・・奴婢や生口等の奴隷が労働力の中...続きを読む

Aベストアンサー

日本にも奴隷はいたし制度としてあった時期もありました。
ただ、奴隷制がメインではありませんでした。

なんでこんな話になっているかというと、その一つにマルクス主義とそれへの反論があります。
マルクス主義の歴史学では、古代は奴隷制、中世は農奴制とされています。
ヨーロッパでは古代ギリシア・ローマで奴隷がメインだったと当てはめるのはいいとして、日本がどうだったかというのは考慮されていませんでした。
かつては日本でもマルクス主義を導入した研究があって、古代に奴隷制の要素もあるとして無理にマルクス主義に当てはめようとしていました。
その後、実証主義になり奴婢などの奴隷がいたとしても奴隷制がメインというのはおかしいのではないかという考えが増えて行きました。

ですので、「マルクス主義のいう奴隷制は日本にはなかった」という意味で言っていると思います。
ただし、結論だけをみて「日本には一切の奴隷はいなかった」のように間違った捉え方をしてしまっている人もいます。
古代の奴婢や中世の人身売買では奴隷でしょうから。

Q倭寇が歴史エンターテイメントの題材にならない理由

西洋では、海賊は「パイレーツ・オブ・カリビアン」「カリブの海賊」などエンターテイメントの題材になっており、日本の漫画である「ワンピース」も、日本的というより西洋的な海賊を描いているといえます。

日本人は時代劇やチャンバラといった日本の歴史エンターテイメントは結構好きだと思いますが、日本の海賊である倭寇がその題材になることがほとんどないのは何故でしょうか?

Aベストアンサー

カリブの海賊だけが特別で、その他はただの
賊だったからだと思います。

カリブの海賊は、一時期、英国海軍の下請け
みたいなことをやっていたからです。

つまり、体制側の海賊です。

当時のカリブ海は、イギリス領土でしたが
スペインの攻撃があり、イギリス海軍だけでは
手薄だったので、海賊に特別免許を与え
領土を守る、ということをやりました。

つまり、その時は正義の味方だったのです。

その他の海賊はただの犯罪者ですから
英雄視するわけにはいかなかったのでしょう。

ちなみに、倭寇は元寇の報復だ、という
有力な説があります。

Q日本のメディアは、ちゃんとしたエビデンスを持って言動してますか。日本の国益を、考え言動してますか?

日本のメディアは、ちゃんとしたエビデンスを持って言動してますか。日本の国益を、考え言動してますか?

Aベストアンサー

驚くほどの 偏向報道がまかり通っています
明らかに 視聴者を誘導しております
哲学のない 人は簡単に洗脳されます 危険です
ご意見 の欄で質問しても 絶対 絶対 無視します 危険です

たとえば サギ 嘘つき が決定している 籠池氏を 頻繁に出演させ
さかんにコメント 意見を聞き 流します

プラカードをかかげ 帰れ 帰れを叫び 演説を妨害している
0.00%の人達 それが正義であるかのように繰り返し報道します

世論は情報により 作られるのです 

マスコミの暴走に 気がついた時は 終わりです 危険です

「国益とは何か」などと言う 共産主義者に乗せられます

いまこそ プラトンやソクラテスなどの哲学を学ぶべきと思います

ソクラテス http://rokusann.sakura.ne.jp/newpag27.htm

Q大学の事で…非常に切羽詰まっております 国立の教育学部 私学ではトップの教育学部 二択で 迷ってしま

大学の事で…非常に切羽詰まっております
国立の教育学部
私学ではトップの教育学部
二択で 迷ってしまい決めれず…
日が迫っておりまして…
経験のある方 または現役の教員の方
是非アドバイスお願い致します!

Aベストアンサー

#6です。お礼拝見しました。

そうですね、二択でしたら、私でしたら奈良教育大学を選択します。
市内中心部からはちょっと離れてはいますが、静かな環境ですし、こじんまりした良い大学ですよ。
もっとも関西大学教育学部の近くにお住まいでしたらそちらの選択もありでしょう。

合格おめでとうございます。勉強もそして大学生活も楽しんでくださいね。

Q東京大学を卒業して、教師になるのって勿体無いですか?県内の偏差値高い私立の高校だと、東大出身の先生と

東京大学を卒業して、教師になるのって勿体無いですか?県内の偏差値高い私立の高校だと、東大出身の先生とかが多いんですが、そーゆー先生って東大で落ちぶれたような人たちなのですか。東大出身の先生 と聞くと、それだけで信頼が得れたり、第一印象で好感が持てるので、その道を選ぼうと思うのですが、どう思いますか。

Aベストアンサー

いいと思います!!東大出身の先生だと、勉強のやる気がでます!!

Q世界大学ランキングは信頼がおけるものなのでしょうか?

世界大学ランキングで日本の大学の順位が低いのが問題視されています。

ハーバードやスタンフォード、Ivyリーグ、オックスフォード、ケンブリッジといった英米のトップ大学の順位が東大より高いのは納得がいくのですが、カナダやオーストラリアといった日本より経済力・科学力が明らかに劣っている国の大学が東大より上に来ているのは変な気がしますし、アメリカの地方大学が京大並みに評価されているのもそれはないだろうと思います。
そして、日本の私学の雄である早稲田と慶應は500位以下と、完全に三流大学扱いをされています。

また、それなりに科学技術大国であるはずのフランスやロシアの大学で上位に来ているものはほとんどなく、ロシアに至ってはベスト100に入る大学がゼロなのはおかしいと思いませんか。

Aベストアンサー

確かに、エコールポリテクニクが300位とかは、何かおかしいような気はしますね。(エコールポリテクニクは、フランス国内ランキングでも、中位以下で、昔の威光は無いですけどね)
ただ、他の国から見たら、東大が21位ってのも、何かおかしいと言わるような気がします。
むしろ、日本の国立大学は、割と上位に入っている方だと思います。
アメリカや、イギリス、イギリス連邦の国家(カナダ、オーストラリア)が上位に入るのは、仕方ないんじゃないですかね。
科学技術分野では、フランス、ドイツは上位に入っていますよ。(東大も9位と健闘しています)
ロシアも、モスクワ大学は51位に入ってますけどね。(ロシアに関しては、良くも悪くも、ソ連時代の方が特殊な研究を行っていたので、ソ連時代の方が学問としてのレベルは高かったと思います)
東大より上位の大学は、全て納得できる名門校ですから、上位ランキングは割と正確なんじゃないでしょうか?
当然、グローバリズムの問題もあるんで、英語圏の大学が有利なのは確かです。(日本語ローカルの、大学が上位に入ると言うのは、ある意味すごいと言えると思いますよ)
そういう意味では、フランス、ドイツ、ロシアはやや不利とは言えますね。
ドイツは、英語授業も行っている大学はありますが、基本はドイツ語です。
フランスも、基本はフランス語じゃないですか?
ロシアも同等だと思います。

確かに、エコールポリテクニクが300位とかは、何かおかしいような気はしますね。(エコールポリテクニクは、フランス国内ランキングでも、中位以下で、昔の威光は無いですけどね)
ただ、他の国から見たら、東大が21位ってのも、何かおかしいと言わるような気がします。
むしろ、日本の国立大学は、割と上位に入っている方だと思います。
アメリカや、イギリス、イギリス連邦の国家(カナダ、オーストラリア)が上位に入るのは、仕方ないんじゃないですかね。
科学技術分野では、フランス、ドイツは上位に入ってい...続きを読む

Q大学について 私は高校一年生です。 私は将来大阪大学(外国語学部)に進学しようと考えています。 でも

大学について


私は高校一年生です。
私は将来大阪大学(外国語学部)に進学しようと考えています。
でも、今の実力ではとうてい大阪大学に合格しません。
定期テストでは学年で真ん中ぐらいなのですが、実力テストでは下から数えた方が早いです。
この実力でもまだ間に合いますか?

実際に大阪大学に進学された方に質問です。
高校3年間でどのような勉強をしていましたか?
また、受験前にはどのような対策をしていましたか?

質問が多くてすみません。

Aベストアンサー

あなたが灘高生なら、そのままで余裕です。
高槻だと、ちょっと厳しいかな。

Q日本では太古の昔から女性が尊重されてきたのではないでしょうか?

「日本では女性の地位が低かった」「日本では女性が差別されていた」と言っている人は居ますが、天照大神が女神であることからわかるように、太古の昔から日本では女性が尊重されていたようです。

「いやいや、男性に比べて女性は不自由だった」と言う人も居ますが、女性に対してマナーやルールを教育していたのは昔から年配の女性であり、女子の教育に関しては昔から男性が介入できない聖域でした。男性が女性に対して、「ああせいこうせい」というのは昔からほとんどなかったのです。

「いや、昔から組織のトップはほとんど男性が占めていたじゃない」と言う人に対しては、昔は政治と軍事が一体化しており、兵役を免除されていた女性は代償として組織のトップになれなかっただけです。そして組織のトップになるということは、時として組織の責任を取って切腹することを求められる立場でしたから、そのような重責を担いたいと思う女性はほとんど居なかったでしょう。
しかしながらトップになった女性が全く居なかったわけではなく、中には武芸に秀でた女性も居り、戦国時代には武将や城主になった女性も少数ながら居たようです。

ということで、太古の昔から日本の男性は女性を常に尊重しており、男性は外で仕事、女性は家で家事をすることが多かったのは女性差別でなく女性保護の観点から行われてきたということでよろしいでしょうか?

「日本では女性の地位が低かった」「日本では女性が差別されていた」と言っている人は居ますが、天照大神が女神であることからわかるように、太古の昔から日本では女性が尊重されていたようです。

「いやいや、男性に比べて女性は不自由だった」と言う人も居ますが、女性に対してマナーやルールを教育していたのは昔から年配の女性であり、女子の教育に関しては昔から男性が介入できない聖域でした。男性が女性に対して、「ああせいこうせい」というのは昔からほとんどなかったのです。

「いや、昔から組織...続きを読む

Aベストアンサー

昔から、日本の女性は名を捨て実を得てきた
のです。

江戸時代にしても、三行半は女性の為の制度で
あることが判明しています。

江戸時代の女性は強かったのです。
あまりに強く、不倫なども結構やられて
いました。

それで、既婚であることが判るように、お歯黒とか
眉そりの習慣が出来ました。

不倫にしても、刑罰は死罪でしたが、それは表向き
だけで、実際は売春だ、ということで死罪にすることは
ありませんでした。

実証研究が進むにつれ、こういうことが判って
きました。

かつてはマルクス史観がはやり、過去に遡るほど
悲惨であったに違いない、というイデオロギーに侵され
実証研究がないがしろにされてきました。

だから、調べもしないで、男尊女卑だった、と
主張されてきたのです。

現代でもそうです。
男は過労死するほど働き、その稼ぎの大部分を
嫁さんに取られます。
嫁さんは家で、子供と遊んで安全に暮らしています。

それでも女性蔑視だあ?
寿命は男の方が短いし、自殺の大部分も男です。



女性差別でなく女性保護の観点から行われてきた
ということでよろしいでしょうか?
  ↑
ハイ、その通りです。

女性は妊娠してお腹の中で子供を育て、出産し
授乳する性です。
だから、男よりも大切にするのが、種族繁栄の
為に合理的なのです。

男は危険、きつい仕事をして妻子を養い
守ります。
だから、男をご主人、亭主とおだてる必要が
あるのです。
そうでないと、男は男であることをいやがります。


男と同じにしてしまえ、という
男女平等は悪い思想です。

昔から、日本の女性は名を捨て実を得てきた
のです。

江戸時代にしても、三行半は女性の為の制度で
あることが判明しています。

江戸時代の女性は強かったのです。
あまりに強く、不倫なども結構やられて
いました。

それで、既婚であることが判るように、お歯黒とか
眉そりの習慣が出来ました。

不倫にしても、刑罰は死罪でしたが、それは表向き
だけで、実際は売春だ、ということで死罪にすることは
ありませんでした。

実証研究が進むにつれ、こういうことが判って
きました。

かつてはマルクス史観がは...続きを読む

Q日本人が奴隷になることが少なかった理由

他国の歴史を見ると、戦争に負けて奴隷にされたとか、奴隷商人による奴隷貿易が盛んだったという話がよく出てきます。

一方で、日本で奴隷が差し出されたという記録は邪馬台国の時代くらいです。
あとは戦国時代のゴタゴタに乗じてポルトガル人が日本人を奴隷にして連れ去ったという記録がありますが、それに激怒した豊臣秀吉がキリスト教を禁教にして以降、日本人が奴隷になったという記録が(信憑性が低いものを除いて)ありません。

このように他国と比べ、日本人が奴隷になることがほとんどなかった理由は何でしょうか。

Aベストアンサー

締めきっていないようですので、もうひとつのほうに書かなかったことを書きます。

日本の農民の位置づけなのですが、農民は平安時代から「国の主役」という位置づけでした。もちろん天皇や公家などの貴族がいたのですが、彼らは元々は「各地のリーダーが中央に集められて官僚になった」というものでしたから、地元に残る人々との血縁関係もありました。

諸外国での「奴隷制」を考えるときに非常に重要なのは「血縁関係がまったくないから、非人間的に扱える」ということがあります。現代の人種差別も原則的に「血がまじりあっていないし、宗教も価値観も違うから、同じ人間とは思わない」という根幹的な価値観があります。
 それでもDNA解析などから「すべての人類は一人の母に行きつくので、すべての人類が親類」という意識が広がり始めていて、だから差別はよくない、ということになってきているわけですが、まだまだ古い価値観も大いに残っているわけです。

日本人は異民族戦争をしていません。少なくとも大和朝廷が日本を統一した後は、異民族ではなくなっているわけです。この時代の融和は「各豪族の神々はそれぞれ立派で敬うに値するから、天皇が代表して神々に祈ろう。だから、みんな認め合って、仲良くしよう」ということです。

聖徳太子のいう「和の精神」の裏付けには「すべての地域の神々を同等に扱う」ということがあり、それが今日まで続いている日本国のあり方ですし、武士であっても天皇を滅ぼさなかった一番の理由になります。もし信長などが、天皇を廃止したら「オラッちの神よりも、お前のクニの神のほうが上ってことか!!」ともっと戦国時代は長引いたでしょう。
 どれほど内戦があっても、誰がリーダーになっても「その地域の神(=文化や歴史)には敬意を払う」から各地域の人々は安心して暮らすことができたのです。

この安心感というか、神々に裏打ちされた「平等」感が、日本で大陸型の奴隷制が発展しなかった大きな要因になっています。

また、日本の主役は常に農民だったというのは、税制からも見て取れます。
日本史ばかりみていると不思議に思わないのですが、世界史の常識からすれば「城を明け渡す」というのはありえないことです。
 世界のというかユーラシア大陸の城は都市でもあり、支配者である王とその国の国民(本来は臣民)が住んで居たからです。城を明け渡す、ということは別の支配者がそこに住むということであり、当然、その支配者の臣民たちもそこに住み着くことになります。

日本のように、城は明け渡して、新しい領主がくるけど、農民は殺されもせず、追い出されることもなく、そのまま住んで農業で生活できる、というのは世界史の常識からすればありえない、ことになります。

なぜ、日本では領主が交代しても農民の生活は保障されていたかというと、これが墾田永年私財法に基づいていたからです。そもそも武士自体が、開墾した自分の土地を保障してもらうために平安貴族と戦い、鎌倉幕府という自治をかちとったわけですから、武士たちがこの根拠法をないがしろにするわけがない、ということです。

したがって、日本の領主は「租税権・行政権・警察権」などはあったものの、土地所有は「農民」にあったわけです。

これも大陸型の奴隷とは異なる姿を作り上げます。つまり戦争があって勝っても「租税権などをもらえる」だけで、農民から土地を収奪することはできなかった、ということです。

大陸型の奴隷は「自分の住む国が負けて、支配者も殺され、土地も奪われる」ことがスタートになります。
つまり「生きていくすべを失う」ということで、農業の生産性が低い時代は殺さないと、奪った土地の収穫を無駄飯食いにとられることになっていたので、皆殺しがおきたわけです。

実は(誤解を招くかもしれませんが)、皆殺しの時代にくらべて「奴隷制」は古代では「よほど人道的」である、と考えられていました。なにせ、奴隷なら戦争に駆り出されて死ぬことはありません。所有者も死なれたら大損なので、少なくとも死なない程度には食事も与えるし、仕事もセーブしたからです。
 供給過剰な時期は、粗末に扱われることもあったでしょうが、自国が負けてその戦争で戦死する、ということはなかったのです。そのため、当時の奴隷は現代の底辺の労働者とほぼ同じ境遇である、という見解を述べる学者もいます。

日本では、先ほど書いたように「墾田」すれば自分の土地です。どこかに逃げて、墾田に成功し、そこの為政者にきちんと年貢を納めれば「本百姓」になれるのです。
 人力しかない時代はとても大変なことですが、このような気風も大陸型の奴隷制度をとる必要性を薄くしたといえます。

締めきっていないようですので、もうひとつのほうに書かなかったことを書きます。

日本の農民の位置づけなのですが、農民は平安時代から「国の主役」という位置づけでした。もちろん天皇や公家などの貴族がいたのですが、彼らは元々は「各地のリーダーが中央に集められて官僚になった」というものでしたから、地元に残る人々との血縁関係もありました。

諸外国での「奴隷制」を考えるときに非常に重要なのは「血縁関係がまったくないから、非人間的に扱える」ということがあります。現代の人種差別も原則的に「...続きを読む


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