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江戸時代に諸産業や道路、航路などが発達しました。
この発達でどんな街がどのように発達したのでしょうか…
交通路が整備されたことや産業が発達したことにより、三都が繁栄したと考えているのですがどのように発達したか、元々どのような街だったかが分からなくて(´・ω・`)

A 回答 (2件)

宿場町・・・参勤交代制度のおかげでこれらの町が発展しました。

制限はありましたが、割と商人は動きやすかったようです。埼玉県や静岡県の宿場町が有名ですね。

鹿児島市・・・琉球との密貿易で。本当に密貿易で領主すら知らなかったのです。しかしこの儲けで大砲や鉄砲が買えてのちの薩長土肥の連合体や大政奉還につながるのです。

大阪府・・・当時はまだまだ産業や農業の中心は西日本でした。そしてそのお米はいったん川を渡って大坂へ来ました。中州に蔵が作られてそこで保管されました。
そしてその米価格を予測した、いわゆる先物取引が大坂で行われ「天下の台所」として権勢を振るいました。
言わば証券取引所ですね。ちなみに現在のビジネス街や大阪証券取引所はその蔵の跡地にあります。

徳島県、和歌山県・・・江戸や大坂で多くの人が流れて来て家を建てました。その材木はこれらの県から海や川を伝って流されてきて、これらの一部の人が豪商、今でいう財閥になりました。


100万人以上死んだ飢饉の時も都市部では餓死者は出なかったようなので、
当時からいわゆる過疎問題があったんだと思いますね。
発展したのは都市部とそこと関わりのある地方だけだったと言えます。
江戸時代後期以降は現在に至るまで「東北地方は貧しい」と言うイメージですので、地方都市で工業化や貿易が出来ないところはダメになっていったんだと思いますね。
鎖国状態の長崎や函館などでもこれらの街は大変発展しましたね(鎖国を解いた後で一気に寂れましたが)。
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この回答へのお礼

詳しく書いていただきありがとうございます!分かりやすかったです。

お礼日時:2017/11/20 16:20

江戸の町の発達がそのものです。


水浸しの土地に水路を作って水を廃し、
その土地で農作が始まり、人も定着し、
その水路が船による物流の航路になって、
外したでしょうか。
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