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幕末には幾多の乱闘や暗殺がありましたが、使われた武器はほとんど刀でした。例えば「桜田門外の変」ならピストルを使ったのは一人だけ、「池田屋事件」ではゼロ、「寺田屋事件」では竜馬だけ。市街や室内戦ではピストル撃つほうが刀で斬り合うより有利な気がしますが、あまり使われなかったのはなぜなんでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 「ピストルは卑怯」ならなぜ桜田門外で水戸藩士は井伊直弼をピストルで撃ったのですか?

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/01/05 00:42

A 回答 (9件)

寺田屋事件の時、龍馬は弾込めが上手くいかずおたおたしてますね。

手傷負ってますし。
結果的に、ピストルは役にたってません。

使い慣れた刀がベストだったのでしょう。

銃を有効に使ったのは、奇兵隊。長距離の敵を倒せるというメリットを活かしてです。
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皆さん仰る通り武士の考えでは「飛び道具は卑怯」という考えも根強かったと思います。




少し話がずれますが、秀吉の狩りの時に、刀だけ取り上げて他の武器は取り上げなかった、と言う地域もあります。それだけ「刀」は武士の象徴だったのです。
また、害獣対策として鉄砲の所持を認められたところもありました。これにより「鉄砲は武士ではなく農民が緊急時に使うもの」という思想もあっかたもしれません。


幕末まで平和で出番が少なかったとは言え、やはり武士は「武士」であることに誇りを持っていたので相討ち覚悟で刀を使用したのではないのでしょうか。
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①海外からの銃器の輸入は小銃が主であり、拳銃の輸入量は少なかった。


②拳銃は訓練していないとなかなか当たらない。弾は希少なのであんまり実弾射撃訓練するわけにもいかないし。
③接近戦では拳銃より刀の方が有利、という説のほうが有力。実際寺田屋事件では龍馬は手を切られている。
④拳銃は(威力の大きな大型以外は)基本的には護身用であった。実際、のちの太平洋戦争では日本軍の拳銃は小型小威力であったことから、ほぼ役にたっていない。

 このあたりじゃあないかしらん。
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近づいて刺す、切る。

もっとも単純な方法です。

単発しか発射できない銃は、襲うには心許ない。
命中しなかったら?
致命傷にならなかったら?
失敗する確率の方が高い。

近づけない相手なら、銃が有効。(飛び道具だから)

相手に近づき切る。
もしも近づけない場合のために銃を持っていく。

現代でも、
・1発しか撃てない銃
・刀
しかないのなら、暗殺方法に何を使いますか?
刀でしょ?
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数が少なくて、普及していなかったから


でしょう。

それに、当時のピストルは性能が悪く、威力も乏しく
信頼性が無かった、ということもあります。


幕末来日した英国人の手記が沢山残っています。


幕府からあてがわれていた家で休んでいたところ
台所で凄い悲鳴があがった。
慌てて台所に行ってみると、ライフルを抱いた護衛の
英国兵の首が切断されて、のたうち回っていた。

これはローニンが、あの恐ろしい刀をもって
襲撃してきたに違いない。
部屋に戻ってピストルを取り出したが、既に遅く
ローニンが現れ、斬り込んできた。

もうダメだ、と観念したが不思議と生きていた。
そうこうしている間に、幕府の役人が救援に来たので
ローニンは逃げ去って、一命を取り留めた。

後で調べてみたら、鴨居が刃傷だらけだった。
ローニンはこれに斬りつけたらしい。
それで助かったのだ。




五稜郭の戦いを見学したときの手記。

鉄砲を撃ちながら進むが、至近距離に来るや
皆鉄砲を放り出し、あの恐ろしい両手刀を抜いて
斬り込んでいった。
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武士の争いで、古くからの武士発想には、飛び道具は卑怯という、発想が抜けきらなかったからです。

当時の過激思想の武士たちには、剣術自慢が多かったこともありましょう。

井伊直弼をピストルで撃ったのは、警護の侍も大勢いる中で、確実に仕留めるためだと思います。

坂本龍馬も、寺田屋で幕吏に囚われそうになったとき、ピストルを用いたといわれています。竜馬の場合は、合理主義だったからでしょう。
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「乱闘」なら、多勢が使ったら味方に当たるから。

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多分なんですが慣れてないから、また、多数相手に急所を狙うのは困難 逃げための威嚇にはいいと思いますが。


暗殺は音でバレますよね?
死ぬ覚悟があれば別ですが。
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飛び道具とは卑怯なり。


と、言われたら、
「北辰一刀流」の免許皆伝の坂本龍馬は
躊躇したでしょうね。
惨殺されたときも、高杉晋作からもらったものを、
肌身離さず持っていたはずですから。
この回答への補足あり
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