なぜ原爆は広島の後すぐに長崎に落とされたのか、教えてください。
最初の広島の原爆の「効果」(災害の規模と戦争を止めさせるという意味)の如何にかかわらず、2個落とすというが最初から決まっていたのでしょうか?

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A 回答 (5件)

 大前提ですが「災害の規模と戦争を止めさせるという意味」は実はなかったと推測されます。



 実はアメリカ側は原爆の投下の決意をしており、日本側が絶対拒否することをみ
越して、5月にグルー国務次官から提出された降伏文書案から「天皇制存続」を削除
してたわけなんですよ。
 で、8月3日以降の原爆投下の実行を指示。

 本来であれば6月前後の終戦がみこめたはずだったんですがね。

 実験を兼ねた原爆を落とすために終戦を延期したんです。待つ待たない関係なく
予定通りの爆撃だったんでしょうね。
 ウラニウム爆弾、プルトニウム爆弾1回ずつ。
 と言うわけです。

 
 

参考URL:http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/kimura/columnbn/ …
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。
>待つ待たない関係なく予定通りの爆撃

かえって時間を空けると人道上、反対者が出てくるので問答無用ということで即、3日後に「実験」を実行したということが見えてきますね。
この当時の日米の為政者たちには人間的な理性はあったのでしょうか?戦争というものはそこまで人の心を見えなくさせるものなのでしょうか?今の戦争の無い国に住む我々には想像が出来ません。

お礼日時:2001/08/09 18:26

すでに同じ内容の回答がありますが、どうしても言いたいので割り込ませてください。



私も「実験したくて落とした」としか捉えようがないと思います。

1つ目には、終戦後の治療行為(?)が挙げられます。
本当に治療していたのか、放射能の効果を研究していたのか、はっきりしないようです。

2つ目には、なぜ人の居る所に落としたか?が挙げられます。
新型爆弾の威力を誇示して戦争を終結させるのが目的なら、人間の上で爆発させなくても良かったはずです。
わざわざ一番被害の大きくなる上空で爆発させるとは、人体実験以外の何ものでもありません。

二度とこのようなことが無いように、人間は知恵を絞るべきです。
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この回答へのお礼

結果的にも「戦争終結のための手段だった」と私は今までだまされていました。これは今日のNHKテレビで原爆を投下した当事者もそういってましたが、彼らは自分たちを正当化せねばならいのでしょう。靖国、教科書問題で過去の戦争を正当化しようとする人たちと同じだと思いました。
この人たちは本当に悲惨な経験=戦争を自分のこととして感じていない人たちだと思います。

お礼日時:2001/08/10 02:10

広島に投下して、日本が降伏するという返答がなかったため、2日後に長崎に投下したと思われます。


最初から決まっていたかどうかは、分からないけれど日本からの返答を2日間しか待たなかったというのは
納得いきませんよね。
また、アメリカは二種類の原爆を製造していました。
ウラニウム原爆とプルトニウム原爆です。
広島にウラニウム原爆を投下した後、もう一つの原爆の成果を見るために
長崎に投下したのではないかと思われてなりません。

この回答への補足

>日本からの返答を2日間しか待たなかったというのは納得いきませんよね。
最初の広島の被害で戦争中止へ動いたかどうかは当時の日本=軍部にとっては2日でも2週間でも同じだったのではないかと、今では思うのですが、さすがに長崎にも投下されたことはかなり戦争停止に「効果的」に働いたという気がします。
それにしても、何故、原爆の性能を知っておきながらその被害の大きさ、悲惨さを確認、検証もせずに(3日後という事実からして明らか)二個目を続けて落とすという行為に及んだのか知りたい。

補足日時:2001/08/09 14:32
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本日付の新聞に、「トルーマン大統領(当時)は、当初広島の一発だけの予定だった」という記事が載っていました。


それによると、広島と長崎に落とされた原爆は性能が違うので、実験の目的もあったのではないか、という見方があるそうです。
参考URLの記事をご参照ください。

参考URL:http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-tod …
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この回答へのお礼

まことにタイムリーなURLのご教示有難うございます。

お礼日時:2001/08/09 14:08

 もともとの予定は広島、小倉、長崎へ投下予定であり、8/6に広島に投下、8/9に


小倉へ投下予定だったが天候不順の為長崎に変更して投下されたわけだったんです。

 小倉は命拾いしたと言うことですね…
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Q広島・長崎に投下された原爆は本当に戦争の早期終結に役立ったのでしょうか?

1945年6月、トルーマン大統領は日本に向ける兵力を700万と言明。
九州上陸組第一波77万人。
上陸軍の35%(約27万人)が戦闘の最初の30日で死傷すると見積もる。
九州占領期間120日の戦闘犠牲者39万5千人と見積もる。
第二波は本州進攻と東京占領は100万の兵力と数十万の戦闘犠牲者が出ると見積もる。
当時の日本には250万人の戦闘部隊がいるとした。

そこで、疑問なのは、原爆投下は戦争を早期に終わらせる為ではなく、アメリカ軍の戦闘犠牲者を最小限に食い止める為だったのではないか、と言う事です(アメリカ側の事情)。
更に、原爆投下は戦争の終結を早めたのでしょうか?(日本側の事情)

Aベストアンサー

原爆は日本に落とされたが、目標はソ連にあったと考えています。
米国は日本上陸戦をするにあたり、関東軍の帰国を非常に懸念。関東軍を大陸に足止めするためヤルタ会談でソ連に対日戦への参加を要請、見返りとして極東に「主にソ連が影響力を行使する地域」と「米国が影響力を行使する地域」を線引きした(つまりソ連の領有を認めた)。その条件は、
A:ソ連が連合国に加わり、B:対日戦に参加、C:日本が降伏 というもの。(これが「ヤルタの密約」)
4月、ルーズベルトが急死し、トルーマンが大統領に就任。
7月、米国原爆実験に成功。
同月、ポツダム会談。ここでスターリンはトルーマンに「ヤルタの密約は今でも友好か」しつこく尋ねた。「ソ連は領土にしか関心が無く、戦後の平和には興味が無い」そう感じたトルーマンはポツダム会談からソ連を排除。(対日戦には原爆を使えばソ連を頼る必要はない)これでAの条件が消えたので領土は渡さなくて良いはずだったが、ソ連は勝手に連合国に加わっていることを宣言したため米国は次の策をとる。すなわちソ連が参戦する前に日本が降伏すればよいのだ。
米国は原爆の製造を急ぎ、米国の意図を察したソ連は極東軍に開戦準備を急ぎに急がせた。8月になるとソ連の参戦と日本の降伏のどちらが早いか、タイムレースの様相を呈した。
以後のことはご存知のとおり。原爆は日米間の戦争終結をある程度早めたかもしれませんが、米国の第一目的は達していない。
日本は開戦当所からソ連を仲介とした講和を考えており、この頃近衛文麿を特使としてモスクワに派遣する計画で、モロトフ外相に了解を取ろうとしていた。しかしモロトフは”出張”のため話は進まない。(モロトフはポツダムへ行っていたが、日本は知らなかったようだ)
なお、ポツダム宣言の原本にはトルーマン、チャーチル、蒋介石のサインがあるが、全部トルーマンがサインしたとか。
以上は数年前NHKが放送したもののウケウリ。最も素直に理解できるので小生はこの説を信じています。

原爆は日本に落とされたが、目標はソ連にあったと考えています。
米国は日本上陸戦をするにあたり、関東軍の帰国を非常に懸念。関東軍を大陸に足止めするためヤルタ会談でソ連に対日戦への参加を要請、見返りとして極東に「主にソ連が影響力を行使する地域」と「米国が影響力を行使する地域」を線引きした(つまりソ連の領有を認めた)。その条件は、
A:ソ連が連合国に加わり、B:対日戦に参加、C:日本が降伏 というもの。(これが「ヤルタの密約」)
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Q広島・長崎への原爆投下について、

広島・長崎への原爆投下について、

米運は原爆投下に先立って実験を繰り返したと思われますが、核実験はあったでしょうが、

実物の原爆投下実験はあったのでしょうか。

歴史的な爆弾です。ある意味では国家のメンツもかかっています。

また、不発に終わると、日本側に原爆が渡ってしまいます。

また、少数の編隊では撃墜される危険もあったはずです。

それで、質問です。

質問1. 米軍は、原爆投下に先立って、実物の投下・爆発実験をしましたか。

質問2. 通常は、大編隊で爆撃するのですが、何故、原爆の時だけ少数機で飛来したのでしょうか。

質問3. 米軍は、不発の場合の危険性を考慮しなかったのでしょうか。

質問4. 米軍は、撃墜された場合の対応を考えていたのでしょうか。状況から、全く考慮されていない無謀な爆撃としか考えられません。これは、兵士の安全について無謀というのではなく、国家のメンツにかけて無謀だと考えるのです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

漫談です

日本側は、当時「アメリカがB29を使った、なにか前例のないことを企んでいる」ということは把握していました。テニアンを飛ぶB29には各々ラジオコードがあるのですが、ある日突然、普通のラジオコードに該当しない機体が2機登場し、それがかなりの頻度で練習らしきことをしているのを、電波傍受で把握していたのです。

日本の暗号解読の努力暗号そのものを解読攻撃する以外に、暗号の使われ方、発信地、などを総合分析して、「この暗号がこのように使われたとき、なにがおきるか」を予測する方向にもリソースを傾注していました。
ただし、この分析方法は、いつ、何が、まではかなりわかるのですが、どこで、がダメな欠点があり、結果として日本防衛にはあまり(ゼロではない)寄与しませんでした。

おかしなラジオコードの機体が今日は何機か付き添いをつれて飛んだ、までは把握していたのです。実際、広島では機体がレーダー照射をうけた記録があるそうです。ただ、単なる偵察だと判断し、高射砲は撃たれませんでした。そんな高高度ではないので、迎撃したらどうなったかは、わからないとしか言えません。一応、呉鎮守府飛渡瀬砲台では155mm高角砲がエノラ・ゲイを有効射程内に捕捉し、射撃命令を待っていました。
爆弾1発ですが、先導機、観測機、科学観測機、写真撮影機、と6機が広島を飛んでいました。

B29の乗員にとって、日本爆撃は決して楽な仕事ではありませんでした。B29は離着陸に難がある機体で事故を頻発し、加えて日本上空は天候の荒い空域で、一番近い不時着場所は硫黄島まで行かなくてはなりません。
B29の乗員が日本上空で脱出する、というのは本当に最後の最後の手段で、可能な限り海まで機体をもって行きました。はなはだしい例では、相模湾にアメリカの飛行艇がおりて、救助をしていた記録があります(さすがに撃墜されました)。ブッシュ大統領父も、日本近海で撃墜され、潜水艦で救出された人です。

日本上空で脱出した乗員は、まず日本の官警の保護を求めようとしました。これはドイツ爆撃のときも、やはり地上のドイツ市民に袋叩きにされ殺される事例が多発したからです。
また、日本当局もB29の情報はほしかったので、市民が殺害する前に、乗員を確保する通達をだしており、お巡りさん何人かが、怒り狂っている市民を必死で押しとどめ、脱出パイロットを軍がくるまで交番に押し込んでおいた、というハナシもあるほどです。

漫談です

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Q広島、長崎 原爆被害エリア

こんにちは
広島、長崎に落とされた原子爆弾
リトルボーイ、ファットマンの被害エリアを記した図を探しています。
爆心地からここまでは、全滅。
ここからここまでは、焼け野原、といった様な図です。

また、現在の原爆、水爆はどれくらいの威力があるのかをしるした記事や図があればそれもよろしくお願いします。
(今のは地球がふっとぶとかって聞きますが…)

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

だいたいでよければ
http://contest.thinkquest.jp/tqj2001/40234/damage/damage.htm

Q広島・長崎の原爆投下について

第二次世界大戦及び太平洋戦争(大東亜戦争)時の広島・長崎への原爆投下は『日本に対する』よりも『ソ連に対する』の意識が強いと聞きました。 ソ連に対して威嚇・牽制・優越をアピールするのが狙いだったんでしょうか?もしそうならただでさえ許されなき事なのに言葉にしようがありません。お分かりの方どうか知識を教えてください。

Aベストアンサー

ソ連が極東に進出するのを防ぐためだったと思っています。そのためにはソ連が対日戦に加わる前に日本が降伏せねばなりませんでした。
原爆の威力をソ連に見せつけるのではなく、日本を”早期に”降伏させるためです。その目的はソ連の東方への進出防止です。
以前同じような質問があり、小生の愚考を書いておりますのでご参考に。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2608936.html の11番回答です。

Q原爆は広島、長崎は水爆?

お世話になります。
「日本には二個の原子爆弾が落とされた」との報道記事を見て記憶をたどってみると、小学生の時(30年くらい前)に広島は「原爆」長崎は「水爆」を落とされたというふうに習ったような気がするんですが、単なる記憶違いでしょうか?
私は原爆と水爆の違いを理解してませんが・・・。

Aベストアンサー

どちらも原爆で、原爆ならば必ず核分裂を利用します。

で、核分裂を起こすために必要な原子として広島ではウランを、長崎ではプルトニウムを用いています、また起爆の方法も違いがあります。

水爆が核融合を利用した爆弾です。

簡単に。

核分裂とは、原子核が二つ(以上)に別れてしまうことです。別れてしまうからには、もとからでかい原子が必要であることはなんとなく想像つくと思います。
一応、普通に天然に存在する最大の原子はウランになります。また、ウランから無理くそさらに大きくしてやった原子がプルトニウムなど、といえます。
んで、原子が分裂する際に、膨大なエネルギーが発生するので、それを一気に引き起こしてやるのが原爆です。

他方、核融合とは、二つの原子核がくっついて一つになることです。なんとなく、小さな原子ほど融合させやすい気がしますよね、んで最小の原子である水素をくっつけさせるわけです。すると、今度は核分裂にもまして強烈なエネルギーが引き出せる、と。
しかし普通に核融合が起きちゃぁ、世の中のあらゆる物質がどんどん重くなって、しかもエネルギーを放出するから危険極まりない、つまり普通はそんなこと起きないんです。
それを、無理くそ引き起こすために、水爆ではいったん核爆発(つまり、原爆)を起こした後、そこから核融合させている、まそんな感じです。

核融合自体は、実は放射能としては根が浅く、低レベル放射性廃棄物の処理が問題となるんですが、そのきっかけの核爆発がやっかいなようですね。

どちらも原爆で、原爆ならば必ず核分裂を利用します。

で、核分裂を起こすために必要な原子として広島ではウランを、長崎ではプルトニウムを用いています、また起爆の方法も違いがあります。

水爆が核融合を利用した爆弾です。

簡単に。

核分裂とは、原子核が二つ(以上)に別れてしまうことです。別れてしまうからには、もとからでかい原子が必要であることはなんとなく想像つくと思います。
一応、普通に天然に存在する最大の原子はウランになります。また、ウランから無理くそさらに大きくしてや...続きを読む


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