アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

たたき台をしるします。ご見解をどうぞ。

1. それは 思考に非ず つまり非思考という状態かつ動態である。

2. 思考は 経験合理性にもとづき――ものごとの不合理性をも人間の境地で引き受けつつ――考えをすすめること。

2-1. 合理・不合理を超えた非合理性なるものは 非思考の領域である。

3. その思考に非ずなら 或る種の賭けという行ないに似ている。無根拠なるものを心に――あたかも えいやーっと言って――受け容れるということ。

4. そのときのわが心の伸び もしくは――どこへ伸びたのだと言っても分からないから――心の〔窓の〕明けのこと。

4-1. これは 閉じていないということが 重要である。つまり 信仰の唯一排他性は――非思考であるかぎり―― あり得ない。

4-2. 《信じる》は 非思考ゆえ 同時に思考していることがあり得る。




5. 非思考と言うからには それは 経験世界を超えて非経験なるナゾを――想定の上で――相手にしている。

6. しかもその無根拠を心に受け容れるという時点では 経験的な行為である。

6-1. 受け容れるのは 意志行為である。言わばその賭けるという決めにおいて領収証を発行していることになる。

7. 一般に受け容れる相手は 《かみ》と呼ばれている。

7-1. ちなみにこのとき《無い神》を心に受け容れているなら それは 無神論としての《信じる》である。

7-2. 非思考ゆえ 《有る神》も《無い神》も 同じひとつの神――普遍神――のことを言いかえているに過ぎない。




8. 無根拠にかかわることゆえに この《信じる》については 良心・信教の自由として その自由が公理と見なされ認められている。

9. 言いかえると 信仰は主観内面のもんだいである。その中身を――観想や瞑想として――ことばに言い出すことはあるかも知れないが その表現内容は あくまで非経験のナゾを仮りに表わした覚え書きである。

9-1. 仮りにシルシで表わした覚え書きは おのれの神観である。

9-2. 神観――つまり神についての主観――を その《信じる》にまかせてあたかも体系的に整理したものは 神学と呼ばれる。

9-3. 神にかんする主観について 人びとに共通の要素を捉えその一般性にもとづきあたかも理論立てた仮説は 哲学としての神論である。たとえば 神の絶対性や無限性が 一般的な要素である。

9-4. 神論の中に いまの《〈信じる〉とは何か》論がある。



10. 信仰としての覚え書き――つまり神観そして神学――を わざわざオシへとして打ち出したものは 宗教である。倫理規範や宇宙観として表現されている。

11. 宗教を――つまりキリスト教や仏教を―― 《信じる》ということはありえない。すでに思考の対象と成った覚え書きを無条件に心に受け容れること・つまり信じるということは あり得ない。覚え書きは すでに信仰という蝉の抜け殻である。

A 回答 (5件)

出家層は音楽が禁止というのが戒


律のどのあたりに書いてあるのだろうと
気になったのですが、太鼓が鳴るのは構わないのでしょうか。
経典のタイトルというか。
ドラムもうるさいですけどね。
ドラムとかえ
    • good
    • 1
この回答へのお礼

歌舞音曲〔は いかん〕って むかし 言ってましたね。

お礼日時:2020/12/18 23:25

”信じる” という事は、人にとっての「行動原理」である。



以上、ほんの50年程度の私の人生における結論でした。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

土台のようであり しかも自己表現(=もろもろの行為)にあたって指針をも――おそらく間接的に――示してくれるようなチカラ・・・なのでしょうか。



ご回答をありがとうございます。

お礼日時:2020/12/19 04:59

側だ誰薬を飲んだか知ってるのが問題だなんて、最初から承認する気がないというのが明確ですよね。

い必要なのにどういがh

安倍晋三まで嘘つきだそうで、
美しい芸術家なのでしょうか。

アビガンは継続審議だ

展開が異なりますね。そうで、
海外製のワクチンとは

日本ではういるすからのきょういソはちまですか。フトバンクもドコモと同じ値段ということは、清水鉄平
安全保障のための新兵器化初は無理という音でしょうか。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

★ 美しい芸術家
☆ って言うんですか。


スマホ 分かんない。

お礼日時:2020/12/22 00:08

アビガンのニュースはヤフーなのですか。

    • good
    • 1
この回答へのお礼

薬とワクチン。むつかしい問題もあるんですかね。

お礼日時:2020/12/22 00:09

論文とか記事の引用だなんてcitationサイテーション


サイテーな行為だったのですね。
エムワンでh装花。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

いや。引用は ふつうに必要ですよ。

批判――これは やはりふつうに特に新説に対して互いに自由に批判しあうことが 学問の常道です――に際して 必要不可欠です。

あるいは学説史(研究史)をいちおう探索し参照しつつ 自説を述べるとき 引用は必須です。



盗用・剽窃( plagiarism )は いかんです。自説がなければ。

お礼日時:2020/12/22 05:28

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!