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「その後で、津藤が菓子の台を持たせて、向うへ詑びにやる。向うでも気の毒がつて、わざわざ礼に来る。それから二人(津藤と竹内)の交情が結ばれた。」

この二つの文章に何があっているのか、私にとってわかりにくいです。私の思っているのは、津藤が誰かの人に(竹内へ)菓子を持たせてから、自分で竹内の所に謝りに行こうとするが、その前に竹内は津藤を気の毒がるから津藤の所にお礼しに来るのです。これは正しいですか。この「向かう」は「人」みたいな意味ですか。

ありがとうございます。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/83_1 …

A 回答 (4件)

津藤が(誰かをして)菓子を持たせ、向こう(相手側)へ詫びにやる(直接詫びるのは、その誰か)。


相手側もその気配り・相手に対する思いやりを実行に移したことを気の毒がってわざわざ返礼?に来る、(実際に返礼に来た人物の特定はない)。
互いに相手を思いやる気持ちが双方に通じた結果、二人の交情が結ばれた。
と解釈します、
>自分で竹内の所に謝りに行こうとするが、
これに合致する表現は見当たりません。
>その前に
上の説明の通りだと不要ですね。
>竹内は竹内は津藤を気の毒がるから津藤の所にお礼しに来るのです。
津藤を気の毒がるから、→日本語表現として、かなり不自然です。
代理人とはいえ、わざわざ謝罪に菓子折持参・・・の気遣いぶりを(竹内)が気の毒に思い、(その気遣いぶり)に対する礼に(竹内又は代理人が)来た。
双方共に相手の気持ちを思いやる気持ちが十分あることが通じた故の交情を表現しています。
>「向かう」は「人」みたいな意味ですか
あくまでも相手側(向こう側)、です、現実に受けて対応するのは人といえば人にはなりますが。特定の必要はありません。
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はい。

あなたのお見込み通りだと思います。
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「向う」は「関わりのある相手側」という意味。



原文では、

向う=坊主=禅超=津藤が「出入の太鼓医者竹内」と間違えて頭を叩いた相手。

です。

津藤は、「(知人の竹内)と間違って頭を叩いてしまって、ごめんなさい」という気持ちで、家人に「菓子の台を持たせて、向うへ詑びに」行かせた。

「向う(=坊主=禅超)」は、「わざわざ済みません」という気持ちで、お菓子をもらったお礼に来た。
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「向うへ」→向こう側へ(竹内のいるところ菓子をやる)


「向うでも」→竹内の方でも(お礼にくる)
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