人生のプチ美学を教えてください!!

「給食を残してはいけない」というのは
どういう理由だと思いますか?
アレルギーや宗教上の理由でしたら
配慮してもらえると思いますが、
例えば好き嫌いで残すのはなぜダメなのでしょうか。

栄養のためならば、
例えば、お肉が食べられないけど、納豆が食べられるなら、代替できると思います。もちろんそれは持参して。

それはなぜダメなんだと思いますか?

質問者からの補足コメント

  • たくさん回答をいただきありがとうございます!

    代替え案は忘れてください。

    例えばですが、
    お肉がどうしても食べられない子がいるとします。その理由はどのようにお肉が作られているのかを調べて動物達の様子を見て食べられなくなったとします。

    それでも食べなきゃダメ!!と教育した方がいいのかどうかを教えてください。
    質問の内容が変わってきてしまいすいません。

      補足日時:2021/05/26 11:07
  • 補足を読んで回答していただけると嬉しいです!

      補足日時:2021/05/26 11:14
  • 皆様、様々なご意見ありがとうございました!
    色々な考え方があり、とても勉強になりました!
    本当にありがとうございます!!!

    私自身にまだ答えが見つからず、これからも考えていきたいテーマだと思いましたので、同じ感じの回答をしてくださった方にベストアンサーを選びたいと思います。

      補足日時:2021/05/26 11:57

A 回答 (17件中1~10件)

動物達の様子を見て食べられなくなったとします。


>これは正直難しいですね。

僕の友人で、鶏を捌いて食する機会があった人は肉全般がダメになりました。
重傷で、大豆を使ったフェイクミートも気持ち的にダメらしいです。

幼少期にそれを経験したら・・・・無理もないかも知れません。
その子の親だとしたら、根気よく待つしかないかも知れませんね。

学校の先生が指導する場合は、一人で抱えず、他の先生や教育委員会で考える
レベルの話しだと思いました。

将来、子を持つ親となった時に、好き嫌いが親にあると厄介ですね。
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一応栄養面を考えての献立表ですから残すということは栄養が偏るって事ですので。



人間が生きる上で他者の命を食らっている事実は覆りませんからね。逆に命を奪ってまでしておいて食べない方が残酷だと理解させましょう。そういう食べたくないって子を擁護するのは優しさではありませんよ。
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トラウマには配慮をしなければいけないね。



ただ、組織人というのは個人の一存で動けない。
その衝の人や上役に伺いを立てなければならない。
でなければ組織は有機的な行動を取れずバラバラになる。
どう対応するかは、そのうえでの話だね。

宗教の理由も同じ。
尊重するにこしたことはないけど。

「嫌いだから食べません」は論外。
飽食の時代だから言えるぜいたくである。
一方、この世界には食に困っている人が現にいる。
世界の食糧生産量は無制限ではない。
誰かが食を独り占めすれば誰かの分がなくなるのである。
たとえその誰かと誰かが地球の反対側だったとしても。

それと、今のような飽食の時代はそう長く続かない。
気候変動が顕著になっている。
人口も増え続けている。
農耕地をこれ以上増やすのは難しい。
天変地異もありうる。
1993年の例外の際はコメの収量が例年の8割になった。
それだけで全国の店頭からコメが消えた。
アメリカのイエローストーンはいつ噴火するか分からない。
噴火すればアメリカの穀倉地帯は大打撃を受ける。
そして日本はアメリカに食料のかなりを依存している。
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決めたことには従わせたい、という学校の倫理

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捕捉に対してですが、



医者は研修中に人体解剖や排泄物等に関わり、一時的に焼き肉が食べられない、排泄物を見た後に食事ができない等、肉を見るだけで顔が真っ青なんて状態になることが多々あります。

ここでやめてしまうと、ただのトラウマで終わります。

ただ場数を踏んでいくと、手術後でも肉を食えるようになるわけです。

学校の先生に1回ビンタされた奴はその先生を一生恨んでいたりしますが、私のように悪ガキで何十回もビンタされると、どの先生も恨んでいないというのと一緒ですね。

なので、やり方に限度はあるでしょうけど、勇気を持って食べていくよう促さなきゃダメなんですね。
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>お肉がどうしても食べられない子がいるとします。

その理由はどのようにお肉が作られているのかを調べて動物達の様子を見て食べられなくなったとします。
それはいわゆる食育の問題であり、種々の食品の製造工程も含めた教育がなされていないことになりますので、そうであるならそういったことも教育の対象になるということでしょう。
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外国では普通にベジタリアンとかいるし、動物が可哀想で食べられないなら仕方ないと思います。

食べなくていいと思います。
動物に対しての優しい気持ちを大事にしてあげたいですよね!
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「給食」という授業だから。


学校は授業中はもちろん、給食だって休み時間だって教育の一環。
嫌いで食べられないものがあると、将来、会食等で困ることになりますから。
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残す前提で給食を作っていないので、もったいないからです。



管理栄養士が栄養を考えて給食を管理し、献立を作っているからです。

あなたが持参した食品を食べて食中毒などの問題が
模試発生した時に、学校は対応できないからです。

好き嫌いがあると騒ぎだすと、個々に献立を考える必要があります。
そうすると同じものを提供するから給食なので、それ自体が
成り立たなくなるからです。

給食がなくなると、給食が必要が人が困るからです。
お金も余計にかかりますしね

ということで、理由はたくさんあります。

それが嫌なら自己責任で弁当持参するか、自由に食事が選べるような
食堂のある学校を探すことですね。
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給食の始まった時は腹を満たすためでしたが、1954年に給食は教育の一環と定められたからです。

アレルギーや宗教上の理由であれば配慮されますが、単に嗜好の理由で食べないことを認めて行くと、教育の趣旨に反するからです。給食メニューは栄養の専門家である管理栄養士が考え、子供の発育に欠かせないものとなっています。それを好き嫌いで残したり、家から持参したものに置き換えたのでは所期の成果が得られなくなるからです。
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