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太平洋戦争が起きたのは日中戦争が原因でもあると思うんですけど、具体的になにが原因なのかがよく分からないので教えてください

質問者からの補足コメント

  • 日中戦争だけが原因だとは思ってないです

      補足日時:2021/06/30 22:16
gooドクター

A 回答 (10件)

F・D・ルーズベルトが米国大統領へ当選したのが原因です。


【参考文献:裏切られた自由 ハーバートフーバー(著)】
【参考文献:誰が第二次世界大戦を起こしたのか 渡辺 惣樹 (著)】

1933年F・D・Rは非戦を約束して、米国大統領に当選しました。
1936年11月25日:日独防共協定締結。枢軸国対連合国の枠組み出来る。
協定の結果。1936年12月西安事件勃発、1937年7月盧溝橋事件、1937年7月通州事件、1937年8月第二次上海事変、1937年12月南京要塞陥落と日華事変は泥沼化します。これには、共産主義者の陰謀が深く係わっています。
1939年ヒトラーはポーランドへポーランド回廊とダンツィヒ回復要求。
しかし、F・D・Rは英国・仏国への参戦密約を行い、英国・仏国はポーランドへの支援確約を行っています。この為に、ポーランドはヒトラーへ強硬に要求を拒否。そして、大戦争が起きます。
1939年9月1日ドイツ軍ポーランド侵攻で第二次世界大戦勃発。
しかし、ヒトラーは米国の参戦を避け、度重なる米国の挑発を回避します。その為に、F・D・Rはドイツ側からの参戦が出来ない状態でした。
そこで、米国国民を参戦させる為のターゲットを、日本へ向けます。
色々な経緯を経て、結果的にハルノートとなり、真珠湾攻撃が起きます。
1941年12月8日衝撃的な真珠湾攻撃の結果を背景に、F・D・Rは議会を説得し米国を第二次世界大戦に参戦させる事に成功させます。
これは、日本国民だけでなく、米国国民に取っても悲劇だったのです。
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理由も期限も語らずに、他人様に急げとか。


この時期定番の宿題の丸投げだろうか。

あなたの↓の質問の回答No2です。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12437366.html

この回答は、↑を見ている(動画も含む)事と、
質問の主旨=大東亜戦争の原因(日中戦争は含まない) という前提でのものです。

回答:↓の経緯とそれへのアメリカの嫌がらせ。
   欧州戦線に参戦する為でもありました。

戦前の世界は、世界恐慌によりブロック経済への移行が進んでおり、
アメリカは世界で残された中国の市場を欲していました。

その為に、アメリカは日中の紛争を日本による「侵略」と決め、蒋介石には支援をする一方で日本に↓のような経済制裁を行いました。
アメリカ国内でも、様々な日系人への差別的政策をしています。

1938年 航空機の対日輸出に同義的禁輸を実行
1939年 通商条約の半年後の失効を通告
1940年 多くの対日輸出に統制を行う
1941年 米国人が蒋介石の政治顧問になる。
1941年7月26日 日本人の在米資産凍結。

これらにより紛争が長期化し日本人の対米感情も悪化し、大東亜戦争に発展します。




上記のアメリカの政策について、ローガン弁護人(東京裁判の日本側弁護人)は、
「これらの経済制裁は武力による戦争行為とかわらず、むしろより激烈なものであり、対中・対日政策は、交戦状態にある他国に対する、中立国の行為として公平なものではない」
と述べています。

パール判事(東京裁判裁判官)も同様の事を語っています。

【「宣戦布告」をせずに戦争を仕掛けたのはアメリカだった】(動画)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30717527
《1:05 「国際法の基本原則によれば、もし一国が武力紛争の一方の当事国に対して、武器、軍需品の積み出し禁止し、他の当事国に対して積み出しを、その積み出しを許容するとすれば、その国は必然的に、そのその紛争に軍事干渉することになるものであり、宣戦布告の有無にかかわらず、戦争の当事国になるものである。」
(東京裁判裁判官ラダ・ビノード・パール※国際法の世界的大家)》


大東亜戦争については、日本がだまし討ちで真珠湾攻撃をしたのが始まりだと言う意見をよく聞きます。
しかし、私は以上の事から、アメリカは真珠湾以前から宣戦布告無しで戦争を仕掛けていたという事になると思います。


欧州については、それにより連合国は勝利できました。
しかし、アジアでは戦後に中国が共産化してしまい、アメリカの計画は失敗しました。
更に朝鮮戦争が起きて、戦前の日本が共産主義とも戦っていた事に(今更のように)気が付きました。
戦勝国は、その選択の後始末を未だに続けることになってしまっています。
「太平洋戦争が起きたのは日中戦争が原因でも」の回答画像9
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大きくは太平洋戦争の起因が日中戦争であることは間違いない。



日本陸軍は、中国国民党政府の首都だった南京を占領すれば、日中戦争は終わると考えていた。
ところが、国民党政府は首都を奥地の重慶に移し、米英の兵器・軍需物資などの支援を受けつつ徹底抗戦を続けた。

一方の日本は、物資も欠乏しはじめ、国家総動員体制という非常事態を宣言し、一般国民から鍋やヤカンなどの金属製品の供出を求めざるを得なかった。渋谷の忠犬ハチ公の銅像も、本人(本犬?)に御臨席頂いたうえで出陣式を挙行し、銅像を兵器にしてしまったくらいだ。

戦況も、補給線が伸びた日本軍は苦戦を強いられ、参謀本部の兵棋演習(戦争のシミュレーション)でも、どうやっても日本軍は中国軍に敗戦してしまう結果となった。

それで陸軍は、米英の中国への支援物資を送るルート(通称:援蒋ルート)を絶たなくては勝ち目がないと、その補給ルートの遮断を考えた。

当時の主な援蒋ルートは、ベトナム北部と中国の国境を抜ける道だった。
それで、当時は独軍に占領されていたフランスの植民地だったベトナム北部に陸軍を進駐させ、そのルートを遮断した。

しかし、米英はビルマ(現ミャンマー)から中国雲南省に抜ける新たな援蔣ルートをいくつか造り上げて対抗した。

それに困った日本は、終に米英を恫喝する手段に出た。ベトナム進駐を南部にまで拡大し、中国への支援を止めなければ…という具体に、英国の植民地ビルマとマレー・シンガポールや米国の植民地であるフィリピンに対して軍事的な圧力をかけたわけだ。

当時の日本は、米英と戦うつもりはまだなかった。
しかし、この米英に対する恫喝が、米英との恫喝合戦をエスカレートさせ、ハルノートの登場となって、終に日本も米英戦を覚悟し、戦うからには先制攻撃しか勝機は無いということで、真珠湾攻撃とマレー半島上陸作戦を同時敢行するに至った。

当時の日本人は、米英人の気質も習慣もまだよくわかっていなかったのだろうし、日本の発展のためには中国市場の確保が極めて重要で、それを失うことは亡国を意味するとしか考えていなかった。

現代的視点でみればバカな話だが、当時としては是非もなかったのだろうか。

戦前戦中の植民地時代の市場囲い込み経済戦争では、日本は大敗北し、原爆まで落とされた。
ところが、戦後の自由貿易時代に入ると、数十年に渡ってその恩恵を最も受け、最も経済的に成功したのは日本だった。
不思議と云えば不思議な話ではあるが、当時の日本人のほぼ全員が「戦争に負けて良かった」と心の底から思っていた。
戦争に負けてほとんどの国民が喜んだ国と云うのも、相当珍しいかもしれない。
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日米開戦1カ月前の1941年11月、日本は中国やフランス領


インドシナの支配をめぐって、
アメリカとギリギリの交渉を続けていました。

その交渉を無視する形で、突如米国がハルノートを
突きつけました。

ハルノートの内容は。
中国とフランス領インドシナからの撤退や、
アメリカが支援していた蒋介石率いる国民政府への支持、
中国における治外法権と租界の放棄、
日独伊三国軍事同盟の実質的な破棄
などを日本に迫るものでした。

しかし、こんな要求を飲めるはずがなく
日本側はこれをアメリカの最後通牒とみなし、
1941年12月1日に日米開戦を決定しました。

ちなみに、 ルーズベルトは「日本の真珠湾攻撃」に先立つこと
5ヶ月の昭和16(1941)年7月23日に,
対日戦を決定する「日本爆撃計画」に許可の署名をしています。

2日後に在米の日本資産を凍結。
8月1日にアメリカ,対日石油輸出禁止。

つまり、米国は戦争を前提にして交渉し
ハルノートを突きつけたわけです。





具体的になにが原因なのかがよく分からないので教えてください
 ↑
イラク戦争と同じです。
米国は何としても戦争したかったのです。
日本としては、やられる前にやっちまえ
ということで真珠湾です。


当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、国民の1/4が
失業し、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
はっきりしません。

これに加えて、当時は社会主義運動が盛んに
なりつつありました。
うかうかしていると、体制すら崩壊しかねません。

また、米国は英国フランスなどにも大量の資金を
貸し付けており、彼等が敗戦になれば、貸し金が焦げ付く
可能性がありました。

それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
それでハルノートなどをつきつけたり
ABCD包囲網を敷いたりして、日本を追い込み
戦争に持ち込んだのです。

戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きずり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。
ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」

また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。
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日米による「満州」の取り合いです。



日本やアメリカがアジアに進出し始めたときには、ほとんどの地域が他の欧米の列強によってわけられて植民地・または植民地状態になっていました。
その中で日露戦争の結果、ロシアの勢力が後退した満州が空白地となったので、日本とアメリカが自分の勢力下に置こうとしていました。

先に日本が取ってしまったので、アメリカとの対立が激しくなりました。
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太平洋戦争が起きたのは、日中戦争が原因では有りません。


イギリスはインドやアフリカ諸国を抑え、オランダやフランスも、東南アジアに進出していました。
日米戦争を含む所謂、太平洋戦争は、増大する日本の国力を米英が、怖れ、5.5.3.協定なるものを日本に押し付けて来たからです。
当時は大鑑巨砲主義と言う、時代の名残りで、
軍艦を作るのに、イギリスが5、アメリカが5、日本が3、と言う理不尽な協定を米英に押し付けられ、業を煮やした日本は切れて、ハワイの真珠湾を攻撃し、米英に宣戦を布告し、世界大戦に突入したのです。
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当時は西洋列強の植民地支配が地球全体に広がっていて「西洋国自体が、地球のどこまでを自分のモノにするか?」という競争の時代だった、ということが土台にあります。


この時代、欧米以外で植民地になっていなかったのは、日本とタイと南米の一部の国(植民地じゃないけど事実上の白人国)と中国ぐらいでした。

そして清国が倒れて、中国領域の分捕りあいをしようとしたときに、割って入ってきたのが日本だったわけです。

当時の日本は日清・日露戦争で勝利し、第一大戦も戦勝国の地位に居たため、朝鮮半島から満州国を作り、今でいう中国東北部の権益から中国中心部への侵略を狙っているとされていました。

この日本の動きが、欧米の神経を逆なでしたのが太平洋戦争につながります。
当時すでに上海租界や香港割譲などで中国に足場を築いていた西洋列強からみれば、朝鮮半島から満州国を作り中国を南下しようとする日本は脅威でしかなかった、わけです。

満州国は日本から見れば(軍部の暴走はあったものの)本土防衛の一部と考えられていました。

なぜなら当時すでに清国は崩壊し、中国国内はソ連共産党の協力を得た八路軍(のちの中国共産党軍)や西洋列強を後ろ盾にした国民党軍などが内戦状態だったからです。ようするに清国の後、中国の政治権力を八路軍が握れば共産国になってソ連が有利、国民党軍など西洋列強が協力する軍が勝てば、後ろ盾の西洋国が有利という状態だったからです。

もし共産党軍が勝てば、日清・日露戦争以来ずっと日本が守り続けてきた黄海にソ連の軍艦が寄港するようになって遼東半島が意味なくなるし、西洋国が勝てば日本海から東シナ海の沿岸部にその国の軍艦が並ぶようになって、いずれにしても「日本本土が守れない」ことになるからです。

それが満州国成立と日中事変の日本側の論理で、逆から見れば中国の各軍部と後ろ盾の西洋各国は「日本がこれ以上進出するのは何としても避けたい、できれば満州国も潰したい」と言う思惑で一致したのです。

この思惑がいわゆるABCD包囲網と呼ばれる日本側の認識になり、これで強硬になった日本に対してハルノートが付きつけられて太平洋戦争になった、のです。
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第二次大戦なら、まずナチスがヨーロッパで大暴れ。


日本はドイツ、イタリアと同盟組んでましたから、それ以外の国にとっては敵国。
アメリカは、最初、大西洋を挟んた地理的条件のため不参加でしたが、イギリスのチャーチル首相の要請で参戦を表明。ヨーロッパ戦線に志願兵の派遣から。ドイツの兵站を断つために、アジア周辺に目を向ける。ヨーロッパからも、日本をどうにかしろと圧力。
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日本軍が中国大陸で戦争、勢力拡大→アメリカが経済封鎖(今、北朝鮮がやられてる感じ)→真珠湾攻撃。

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日中戦争だけが原因ではないね。

色々な事が積み重なって戦争起きたと思うけど、一番の原因はABCD包囲陣ですかね。石油の輸入禁止にされてそれを打ち破るためにしたって言うのが数多くある理由の中で一番有力ですかね。
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