プロが教えるわが家の防犯対策術!

このような問いをしてみたくなったのは、原始時代の人間に現代人の様な美醜は無かったのではないかと“ふと”思ったからです。

請う、ご意見・ご感想。

質問者からの補足コメント

  • 今回はニャンポコさんの再回答を期待していたのですが、、、

    残念。

      補足日時:2022/06/24 11:40
教えて!goo グレード

A 回答 (11件中1~10件)

面白い視点ですね。

でも、ちょっと苦しいですかね。

現代人は容姿の美醜に囚われ、苦しむ人が多いから、その因は人間の悪行によるものである、ということですね?

原始時代はおそらく、美醜には今ほどとらわれていなかったとは考えられます。生きること自体にほとんどの時間を費やし、外敵から身を守ることで頭がいっぱいであったろうと思います。

形の良さよりも、男なら体の大きさ、女なら太っていて健康そうな人が美しいとされていたのかも知れませんね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

苦しくは無いのでは?

質問の意図を受け止めていただきました。
有り難うございます。

ところで、輪廻と因果が関わる、と云う事へのお考えは?

お礼日時:2022/06/22 09:32

★ (№3お礼欄) ~~~~~~~~~~


・・・
肉体が滅びるように、精神も滅びるのだと思います。
でも、骨が残るように精神も残る“部分”があるのでは?

これが、いわゆる霊魂と云う奴で、心の種となるように思います。
・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ 特殊な神観として 因果応報説が――その主観内において――否定され切らないでのこるのは 確かにこの:
★ いわゆる霊魂と云う奴
☆ であり または 生命性のことだと わたしも考えます。


つまりあるいは ものごとの事実についての因果の法則が人間の意志にもかかわって――《個》としてであろうと一定の社会としてであろうと かかわって――良し悪しや美醜をふくめた心の問題をめぐる応報として捉えられるるのは それは まさにこの心霊体ないし生命性のチカラによるのだと考えざるを得ません。



★ 輪廻や因果に付いては、捉え方が違うと思
☆ えないのですが。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ブラジュロンヌさんがよく使う「ビミョウ」に違う様に思うのですが、そこをうまく把握出来ないでいます。

お礼日時:2022/06/24 11:38

その間違っているところを、指摘してください」←あなたには無理



これには進化論否定が必要なので・・

「動物から人間に進化したのでは無く 初めから 進化過程は決まってた・・」・・と 考えられる人で無いと分からない・・

・・・・・・・・・・・・・・・
人間が物を作る時 頭の中には既に完成図があり 材料を揃え 各行程を経て 頭の中に描いた物が実体化する・・

神も これと同じ事を しただけ・・

進化論は 最初と最後を省略し 行程だけを論じたもの・・
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事を有り難うございます。

わたしには無理でした。

お礼日時:2022/06/22 09:45

そう思うと、動物的ゆとりの顔は持っていたように思います」←そうですか



初歩的な部分から あなたが間違ってるだけだと思いますよ
    • good
    • 1
この回答へのお礼

その間違っているところを、指摘してください。

お礼日時:2022/06/22 09:34

古代人は、どのような宗教・哲学・生き方・教えだったか知りませんが、



現代人は、ほぼ悪魔崇拝者や犯罪カルト信者や拝金・唯物・利己主義者の無神論者や偽物の宗教信者しかいないという事もあり、地獄文明社会を形成し続けているのですな、


本物の神・宗教・哲学・生き方・教え

人間も含めて生命の本質は霊魂であり、肉体は霊魂の仮の宿言わば衣であり、肉体が死ねば、生命の本質である霊魂は衣を脱ぎ捨て、自分に相応しい霊界に帰ります。

簡単に言えば、因果応報の法則で、善行を行なってきた善人は霊界の上層である天国に帰り、悪行を行なってきた悪人は霊界の下層である地獄に堕ち、善行・悪行を行ってきた普通の人々?は霊界の中間である中間層に帰るという事ですね。

天網恢恢疎にして漏らさずで、神も全てお見通しで、宇宙の森羅万象の全てがアカシックレコードにも記憶されており、霊界に帰った時に自分の現世での全ての行い・言動・心の思いなどを見せられるので、誤魔化す事もできないのです。

付け加えて、この世での経験や思いや行い・言動など以外、権力や地位や名誉や財産や家族などはあの世に持って行けず、これらに執着する人々ほど天国の門は閉ざされるという事です。

また、覚醒して、地球人類・日本国民の味方として良心と利他愛に従って善行を行っている本当の善人が、この世で地球人類の真の敵であり悪魔崇拝者でもある闇の勢力によって飴と鞭による支配構図の鞭である暗殺・冤罪投獄・首・左遷・デマ流し・民事訴訟などによる預金・財産の差し押さえ等で潰されて地獄のような経験をしようが、肉体の死後には霊界の上層である天国に向かい入れられるのも当然なのです。

これとは真逆で、地球人類の真の敵であり悪魔崇拝者でもある闇の勢力やこの手先や、これらに加担する闇の勢力の家畜・奴隷に成り下がっている人々が、肉体の死後、霊界の下層である地獄に堕ちるのも当然なのです。

たとえ、洗脳されて、悪政・悪行・犯罪などに加担させられている事に気づかなかったとしてもです。

地球人類の真の敵であり悪魔崇拝者でもある闇の勢力に加担させられている事にも気づかずに、地球人類・日本国民の味方を陥れたり被害を与えても、地球人類・日本国民の味方を潰す蛮行に加担した人々は特にですがね。

わかりやすく例えれば、イエス・キリストの迫害・磔に加担した人々ですね。



また、覚醒し日々改心し良心と利他愛に従って善行を行っている本当の善人が、肉体の死後に霊界の上層である天国に向かい入れられるのは当然ですし、

真逆で悪魔崇拝者や悪魔崇拝者の手先でもあるカルト信者や無神論者・拝金主義者・唯物主義者・利己主義者(自分さえ良ければ他人がどうなろうが社会がどうだろうがどうでも良いと考えている人々)や金・物・欲望の奴隷である社畜・国畜・イエスマンらが、肉体の死後、霊界の下層である地獄に堕ちるのも当然なのです。



また、自殺したり急死したりして、この世に未練や恨みがある人々は霊界に帰れず、この世とあの世の狭間である幽界で幽霊として成仏するまで後悔し苦しみ漂い続けます。

それから、 いくらこの世で権力、地位、名誉、財産、良い個性・才能、科学技術などを持っていようが、これらを善用するか、悪用するかも、神に試されているのです。

これらを世のため人のため・人々の幸福のためなどに善用した人々が、霊界の上層である天国に召され、悪用して人々に不幸をもたらした連中が、霊界の下層である地獄に召されるのも、宇宙の法則としても当然なのです。

霊界の下層の地獄で長い間反省し続けた元悪人の人々が、中間層に戻り、中間層で過ごしていた人々も含め、この世に生まれる必要があると思えば(カルマを償う事も含めて)現世に生まれてくるという輪廻転生を繰り返すのです。

下層の地獄で反省しない悪人ほど、下層の地獄に居続けるという事ですね。

生命の本質である霊魂が自ら進んでこの世に生まれてくる目的は、カルマを償うためもありますが、霊魂を磨くため、霊魂の修行のため、霊魂を進歩向上させるため、欠点を修正し長所を伸ばすため、生老病死や愛別離苦や怨憎会苦や喜怒哀楽などいろいろな経験をし、感動し、生命を謳歌するためです。

そして、生命は神の分霊で、輪廻転生を繰り返す存在で、天国の階段を一歩ずつ登り、神に近づいていく存在です。

そのためにも、日々改心し、自分を支えている神や守護神や守護霊や先祖・先人も含めた人々や自然や動植物やものなどに感謝し、世界人類の幸福や平和を祈り、良心と利他愛を発揮して善行を行う事が大切なのです。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

矢張り古代人からの、因果や輪廻の積み重ねが「現代人」となっているのですね。

お礼日時:2022/06/22 09:39

ホモ・サピエンスが生き残って、ネアンデルタール人が滅んだ、のは何故か?


ホモ・サピエンスは他の生き物と一対一では戦えない弱い存在であった。
だから、大きな集団を作ることで生き延びることができた。
集団を作る能力はあった。言語や歩行や物々交換の為の物を作る為の知能や手先の器用さなどです。
もっとも、重要なのは弱さ。

美醜とは、相手の警戒を緩めて、コミュニケーションをしやすくする為に発達した。
残念ながら、此処でも、因果律しか成り立たない。
しかし、良いことをすれば自分の心は豊かになって、明るく生きられるのは事実であることから、因果応報は主観に於いての心の状態としては、真実と言えるでしょう。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

重要なのは弱さ。

成る程。
これが理性を発達させたのですね。

お礼日時:2022/06/22 09:36

俺が4歳のころ、町並みを眺めてこう思った。

見よ、この人間くささ。覚えがある。そうだ、僕は生まれ変わったんだ。この時代に。待てよ。この考えはこれから生きていくのに邪魔になる。他人に変人と思われる。すぐに忘れよう。そして、長い間忘れていた。

因果応報は無い。造物主が設けられた摂理がある。その摂理とは自分が嫌なことは他人にしてはいけない、自分が喜ぶことを他人にせよ。こうである。頭で理解出来るものではない。心で獲得せよ。体験を通して。巷で起こっている万引き、覚せい剤、不倫、巻き添え自殺は被害者にとっていい経験をしているのである。造物主は人に嫌なことをしてはいけない、良いことをせよ。すべての生物は助け合って栄えよ。こう願っておられる。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

k10Traさんの不思議。

クリスチャンであるらしいこと。

お礼日時:2022/06/22 09:28

輪廻転生


生命に限らず、すべての存在は無くならないのです
目の前にあるものが粉々になって飛び散ったら
存在しなくなるのか、そんなことはない、
粉々になって存在するのです
存在の反対は無ではない、存在の反対も存在なのです
生命とて同じです、死んだ状態で存在しているのです
すなわち、すべての存在と同じように、生命も再生するのです、

因果応報は
科学であり、道理であり、数学であり、法則です
あの世は証明できないのと同じに
あの世が無いと証明できませんよ、ね
しかし
科学の原因と結果の法則、物質不滅の法則
質量不滅の法則、エネルギー不滅の法則
からすると、
死んでも無にはならない、チャラにならない
と想像できますよね
因果応報を信ずれば、今の人生、正直に一生懸命生きますね
社会の安定、犯罪防止に役立ちますね。

美醜の感覚器は古代人とて同じです
脳が喜ぶか、脳が拒否するかです
ただ、その境涯により差が出てくるのです
同じ芸術を見ても
感受性の低い人と高い人で違うし
深い哲学のある人や知識と経験のある人と、
ただ無意味に生きてる人と、感じ方は違うのです
ピカソの絵を醜いと感じる人もいます
何の価値もなない駄作を褒め称えるアホもいます
    • good
    • 2
この回答へのお礼

輪廻と因果の積み重ねによって、現代人の美醜が顕著になった、と云うように捉えています。

お礼日時:2022/06/22 09:23

1. 次のようにびみょうな反対意見を述べます。



2. 
★ 輪廻転生
☆ は もし同じ人が一度死んでふたたび同じ人として生まれ変わることだとすれば それは 同じDNAを持った人が過去にはいないからには これまでに現実に起こったことはありません。論外です。


3. 
★ 因果応報
☆ は 因果応報という仮説です。ものごとの因果関係に規則性を捉えたという自然科学的な因果の法則とは 別です。

4. 経験事象が因果の法則に則って現象することについて それとは別に・それらの事象の上に人びとの意志行為が関係していると見なす思想的な見解です。
祟りといったものの見方が 典型です。

5. つまりおそらく:
★ 現代人の美醜が古代人より顕著であると思えば
☆ といった美学の問題だとするならばそれは 神がどう振る舞うかをめぐる神観にかかわる――つまりは 真理いかんや善悪を問うところの――おのおの主観の問題だと考えられます。じっさい 善因善果・悪因悪果などというのが 仮説の内容です。




6. けれども 因果応報の説は 実証されていず 実証されるかされないかが論証できないたぐいの思想です。主観的な神観――または 特殊絶対性――として規定されます。

7. 雷に当たったという原因で身体機能が壊され死んだという結果が生じたと見るのは 物理的な事実であり因果律です。

そしてその上に 生前その死んだ人は或る人に不当な処遇をおこなったという事実があってこれを 突然死という結果の原因であると見るのが 応報の説です。つまり 祟りです。



8. つまり・ただし 因果応報説は 論理に飛躍があります。主観的な・また気持ちの上で多くの人の共感を得ることのある考えです。

9. 
★ 因果応報の真偽は、現代人の美醜が古代人より顕著であると思えば、これを信じざるを得ない。
☆ という見方は 良心・信教の自由にもとづき 自由でありしかもその自由までの思想です。

10. 信じるための根拠が 反論の余地なしとなれば別ですが そうでないと考えられますから 信じることはできないというもう一方の見方をも 許容する心の寛さが 大事だと思います。


11. プーチンやシーチンピンについて因果応報説を当てはめて捉えたい気持ちが湧き起こる と同時にそのほかに 互いにまったく同等・対等の存在としてゐやまひつつ 自由な意見を交わしてゆくことが 大事だとなる・そのようなたぐいの問題ではないかと。


12. ひょっとしてわが気持ちのままを言わせていただくなら この自由で対等な――存在としての――立ち場を実践することが出来たなら・そしてそのような人びとが多く輩出してくるならば ひょっとして因果応報なる愛の鞭はくだって来るかも。――あまいかなぁ。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

輪廻や因果に付いては、捉え方が違うと思います。

「個」そのものが、そっくりそのまま生まれ変わったり、果を受けたりすると云うようには、捉えていません。

肉体が滅びるように、精神も滅びるのだと思います。
でも、骨が残るように精神も残る“部分”があるのでは?

これが、いわゆる霊魂と云う奴で、心の種となるように思います。

霊魂=私、ではないと思います。

お礼日時:2022/06/22 09:19

心と見える身体が繋がってるから・・



心に ゆとりがあれば 顔も 穏やかになる・・

原始人には 今の様な ゆとりは無かった・
    • good
    • 1
この回答へのお礼

原始人は動物性が人間性を上回っていたはず。

そう思うと、動物的ゆとりの顔は持っていたように思います。

だから、現代の理性的ゆとりの表情は“まだ”、と云いたい。

お礼日時:2022/06/22 09:10

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

教えて!goo グレード

関連するカテゴリからQ&Aを探す


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

このカテゴリの人気Q&Aランキング