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日本は、戦前は自由民権運動や大正デモクラシーなどが、おおいに盛り上がり戦後も天皇主権から国民主権に違和感なく変わることができました。なぜ日本は、このように民主化しやすいのですか?国民の教育水準が高いからですか?

A 回答 (5件)

元々民主的な国だったからです。



日本以外のアジア国家はなかなか民主化できません。ミャンマーは軍事独裁に戻りつつありますし、タイは日本同様立憲君主制ですが、民主主義の手続きが上手くいかず何度も過激な民主化運動が起きて、そのたびに軍部がクーデターで国内統制しています。今も軍部が主体の政治体制になっています。

インドなんかはどんなに頑張ってもカースト制度を撤廃できず、民主化が進みません。

民主政府を作るのに最も大切なことは「全ての国民が平等で1票を持っている」という認識です。特に「階級差がなく平等に権利を執行できる」という認識がないと、多数決になる選挙結果を受け入れることができません。

階級社会や民族同士の対立があると「選挙結果も優位にいる集団が細工しているのではないか?」と疑われてしまうのです。

だからアジアにかぎらず途上国が民主化しにくいのは、そういう「社会そのものがまだ平等ではない」からです。

これに対して日本は武家政権が始まったことで平等になっていきます。

階級社会の重要な点は「上位階級と下位階級が移動できない厳然とした差がある」という点ですが、武士は「実力で上位に行ける」ので、様々な仕組みがありつつも他の国よりは「緩い階級制」でした。

これが一段と鮮明になったのが江戸時代で、武士はそもそも全体の3%しかおらず、ほとんどが農民、農民たちは武士に搾取されているわけではなく、村や街を《自分達で作って運営していた》のです。

加賀百万石は百姓の国、といわれたように自治の権利がかなり浸透していたのです。
 このような国家体制だと「みんな割と平等、武士も町人も百姓も同じ日本人」という認識が育っていきます。

だからこそ明治になって「四民平等」になると、不思議なくらいそれまでの階級社会がなくなってしまったわけです。

これがアジアの中で日本が最初に近代化民主化できた一番大きな要素です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。大変勉強になりました。目からウロコが落ちました。

お礼日時:2023/05/03 05:54

自由民権運動も大正デモクラシーも戦後の国民主権も、看板だけで、中身は、一部の特権階級による支配ですからね。


よって、現実的には、国民のレベルが低く、一度も民主化してません。
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外国の多くは、トップダウンの国です。



つまり、上が決めて、下がそれに
従う、という方式です。


これに対し、日本はボトムアップの国
です。

下がワイワイやって決めて、上がそれを
承認する、という方式です。

日本がこの方式なのは、
和を以て貴しとなす、という国だからです。

島国なので、外敵に備えるよりも
仲間内の和を重視するようになったためだ、
と言われています。

それで民主制に馴染む訳です。




国民の教育水準が高いからですか?
 ↑
ワタシは副次的だと考えていますが、
それもあると思います。

江戸時代、既に識字率は世界トップ
であったと言われています。
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世界的に観れば、日本は古代から国民を大事にしていた。

天皇と豪族・官僚など支配層以外の民を「大御宝」と呼んで民の為の政治・行政を行うという精神があった。その精神の発露のひとつが聖徳太子の十七条憲法だ。

教育水準が高かったのも、特に江戸幕府八代将軍吉宗が顕著だが、読み書きができない民が多くてそれが搾取に繋がる実態を嘆いて、キチンとした行政を執行するためには文字・法令教育にとどまらず、倫理教育、歴史教育など学問を全国民に行き渡らせることが重要と考え、日本全国に一般庶民を対象とした教育施設の寺子屋の開設を推進したからだ。
その結果、幕末頃には女性も含めての識字率が世界最高峰に達していた。

平安時代以降のほとんどの天皇が、名目的には主権者ではあっても、実質的には政治的には象徴的存在にすぎず、官僚や武家などの合議制で政務を遂行していたことはご存知でしょう。政治の基本的構造自体は今の民主体制と大差ないと言ってよいほどだ。

教育水準のことも関係していると思いますが、古代からの話し合い文化の伝統が、現代的な民主主義に似ていたということが日本の民主化をスムーズに浸透させたものと思います。
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日本は「外圧に弱い国」だからです。


江戸時代に、徳川幕府は、日本を極端な封建社会にしました。
特に、キリスト教を禁止したのは、最大の愚行でした。
キリスト教は、横の繋がりを重視する宗教だったため、上下関係の厳しい、独裁政権にしたかった徳川幕府には、邪道だったのです。
そして鎖国をして、日本は世界の文明の進化から取り残される結果となりましたが、それを打破したのは、黒船によるペルー来航でした。
 これにより、260年余りも続いた鎖国が解消し、徳川幕府も倒れました。
 しかし、この時の民主化は、不十分なものだったため、その後、軍による独裁政権を許し、戦争へと進みました。 
 そして敗戦になり、日本はGHQの支配下になり、それにより日本国憲法が制定されました。
 すなわち日本の民主化と言うのは、すべて外国からの圧力によりなされたもので、かつて日テレでレギュラー番組を持たれていたジャーナリストの故・竹村健一さんは、「幕府政治の終焉は黒船によるものそして戦後の民主化はマッカーサーによるもの。こんな自主的なものが何も無い国は珍しい」と、嘆いておられました。
 昨年2月に始まった、ロシアとウクライナ情勢が未だに終結しないのは、
日本と違って、外圧に強い国、お互いに自国の正当性を主張して譲らないためです。
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