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日本が 天候不順で稲作が十分ではない時にそれでも 年貢を納めると言った 経済音痴の将軍や地方の殿様たちは なぜそれほどまでにアホなのですか

A 回答 (4件)

そんな政治をしていたら


300年も続きません。

そういうのは、徳川を悪者に
したい明治政府の宣伝だし。

実証研究をしないマルクス史観に
基づくものです。

実証研究が進んだ現在
江戸時代の農民はかなり豊かな生活を
していたことが
明らかになっています。

法令にしても、百姓の了解を得ないと
何も決められない、という
状態のところが多かったのです。

年貢など、当初五公五民だった
のですが、
生産性が向上したため、事実上
4公6民、場所によっては2公8民なんて
ところも出現しました。

武士は年貢を上げたいのですが
百姓の力が強く、上げることが出来ません。

かくて、下級武士はどんどんと貧しく
なっていきます。

支配者が被支配者よりも貧しい、
なんてのは、世界史でも、珍奇なことです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2023/06/29 15:56

アホだからそういうことをやったのであって、アホでない将軍や殿様はケースバイケースで年貢の減免措置をとっていましたよ。

それができない藩主は改易とかしっかり罰せられました。島原藩なんてそれができなかったので改易+藩主の斬首。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2023/06/29 15:56

不作の時は、年貢減免や免除の上、城に備蓄していた米を放出した名君もいます。


飢饉が予測され米価が高騰し始めた時に、藩内の米をかき集めて売って借金を返済、藩の財政改善に成功したぞーってアピールしたのは家老クラス。結果は当然、最悪の状況になり、いまだに悪家老として地元で語りづかれているとか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2023/06/29 15:55

そんな話は徳川はあくどい政治をした、だから俺らが徳川を倒し新政権を作ったという明治政府の作り話。


徳川幕府は当時世界では類を見ない善政だった。その遺産が現在の日本人の精神に多く残っている。
悪政をやったのはわずか。これが全国であったかのような嘘をプロパガンダした明治政府。戦後の教育まで明治政府のプロパガンダは生きていました。士農工商というのも明治政府のプロパガンダ。
飛騨郡代・代官を務めた大原彦四郎、亀五郎親子による悪政
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210314-OYT1 …
そういえば渋沢栄一は藩の代官に金をせびられ苦労したという。こういう小悪党は全国にいたでしょう。現代にもいますね。
質問者さんのように今だにプロパガンダに毒された人がいるのには驚きでもあるが安倍さんのような明治政府派もいるのです。

学校で習った日本の歴史は史実を集めたのではなく芝居の台本(信長記)やプロパガンダが史実として入っています。教える教師も嘘を信じています。
60年前に習った高校の日本史もプロパガンダ(戦後政府も)満載でした。高校生なので素直に信じてしまいましたね。

極論すれば歴史教科書はプロパガンダです。教科書検定もプロパガンダを反映したものです。自主歴史教科書もこれまたプロパガンダです。日本だけには限りません。中国、韓国、北朝鮮などは反日の嘘だらけ。これは日本を悪者にしないと国が亡びるからです。でも国民は信じています。
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