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イスラエル建国の三枚舌外交の中で、1番重要なのがバルフォア宣言なんですか?

A 回答 (5件)

紀元前1300年頃、モーセが神からユダヤ教の基となる「十戒」を授かった。


神は「ヘブライ人(ユダヤ人)が律法を守るのなら、ヘブライ人にパレスチナを与える」と告げた。

これが「神との約束」。
パレスチナは「約束の地」。

ローマ帝国の支配によって、欧州各地に離散したユダヤ教徒は、少数派であったために迫害され、仕事に就くことさえ苦労した。

キリスト教もイスラム教も金貸しはダメとしていたが、ユダヤ教はOKだった。

ユダヤ人は金貸しとして生きる道を拓く。

第1次世界大戦の時、イギリスはオスマン帝国と戦争中。
戦費を何とかしたいイギリスが、ユダヤの金に目を付け、「ユダヤが金を出してくれたら、パレスチナにユダヤ人居住区を作る」と約束。

これが、バルフォア宣言。
ユダヤからすれば、祖国建設のお墨付きを得たことになる。

ただ、アラブにも「オスマン帝国内で反乱を起こせば、オスマン帝国内にアラブ人の国を建国する」と約束。

これが、フセイン・ホフマン協定。

また、フランスとロシアには「この戦争に勝ったらオスマン帝国は山分けにしよう」と約束。

これが、サイクス・ピコ協定。

イギリスは戦争には勝利したが、約束は反故にして、後処理は国連に投げて逃げてしまう。

結局、ユダヤとアラブの対立が激化する。

国連がパレスチナの土地の分割を採択。
アラブ:47%
ユダヤ:53%

不平等な土地分割。

その後、1948年5月14日、イスラエル建国。
1948年5月15日、第1次中東戦争
1956年、第2次中東戦争
1967年、第3次中東戦争
1973年、第4次中東戦争

イスラエルがすべて勝利して、アラブの土地をすべて奪う。
バルフォア宣言通り、パレスチナ全土がユダヤ人のものとなる。

国連は「占領は国際法上認められない」として「ガザ地区、ヨルダン川西岸地区」からの撤退を通告。
イスラエルは拒否。

1993年。オスロ合意(ノルウエーの仲介)「共存すれば」
イスラエル:「ガザ地区、ヨルダン川西岸地区」から撤退。
この地域のアラブによる暫定自治を5年間認める。以降更新。
アラブは国を奪われたまま。

イスラエルにとっては、「神との契約」による「約束の地」への建国は、ユダヤ人の国を作るというシオニズムの結果。

このお墨付きを与えてしまったのはバルフォア宣言。

まあ、アラブからすれば「ふざけんな!」でしょうけど。
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この回答へのお礼

大変詳しく教えていただき、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2023/11/09 21:00

#4



そもそもだけど、あの土地は、分割決議前は「イギリス委任統治領パレスチナ」の一部であって、その前は「オスマン帝国」の領土。パレスチナの占有物だった時代なんかない。
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>イスラエル建国の三枚舌外交



意味が分からん。あなたに頭の中にはあなたにとってのストーリーがあるんだろうけど、イギリスはイスラエル建国のために三枚舌外交をしたわけじゃない。

イギリスにとって一番重要だったのは、サイクス・ピコ協定。
ユダヤ人にとって一番重要だったのは、バルフォア宣言。
アラブ人にとって一番重要だったのは、フサイン=マクマホン協定。

パレスチナ分割決議は、バルフォア宣言もフサイン=マクマホン協定も満たしている。

第一次世界大戦後にフサイン=マクマホン協定を反故にしたのはイギリスに非があるけど、第二次世界大戦後のパレスチナ分割決議をボイコットしたのは、パレスチナに非がある。
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しかし、元はイスラエルからユダヤ人を追い出したアッシリアやバビロニアの問題もあるでしょう。

居座った連中の一部がハマスのようなテロリスト。

共産ゲリラの日本赤軍がテレアビブ空港でテロを行った事があるので、共産連中はテロ擁護派かもしれません。
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サイクス・ピコ協定のほうだと思います。


密約だったけどばれてしまい、アラブ人とユダヤ人からイギリスの信用が落ちました。
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