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JRは2000年代に入ると、次々と急行を廃止していき2023年現在、全て廃止されました、JRグループ全てから急行という種別が消えたわけですが、どういう思惑があったのですか?それに加えて、日本全国にあったホームライナー◯◯やムーンライト◯◯という列車も廃止寸前ですが
貧乏人には厳しい時代になりました

A 回答 (5件)

おはようございます。



「急行列車」の定義としてまず挙げられるのが、一部の駅を通過することによる“速達性”。ただ特急列車よりは停車駅が多いため、その分、急行券の料金体系は特急料金よりも安く設定されています。

 もうひとつの定義は、“車両設備と旅客サービス”です。客室と出入口が区切られた車両を使うなど、基本的に特急列車用よりは低いものの、普通列車用の車両よりはグレードの高い車両が使われるほか、グリーン車や、また「ビュフェ」と呼ばれる簡易食堂車が連結されたこともありました。

 まとめると「急行列車」とは、“料金”“速達性”“旅客サービス”の面で、普通列車と特急列車の中間の位置付けにある列車といえます。

昭和30年代ごろまで、特急列車は一部の幹線のみでしか運行されず、多くの人にとって、「優等列車といえば急行列車」という時代でした。

 ところが急行列車を取り巻く環境は、特に昭和40年代から昭和50年代、大きく動きます。

 まず新幹線網の充実が進み、在来線の特急形車両が大量に余りました。そしてこれを機に、老朽化していた急行形車両の代わりに余った特急形車両を使って、急行を特急へ格上げする動きが生まれます。

 さらに、毎時の発車時間を揃えて利用しやすくした「エル特急」が各地で大増発されると、利用者が急行列車を選択するメリットが根本的に薄れてしまいました。

そうして特急網が整備され、“特急利用”が大衆化していくなか、スピードと設備で特急に及ばず、車両の老朽化も進んでいた急行列車は次第に“中途半端”な存在となり、ダイヤ改正のたびに姿を消します。昼間に走る定期急行列車は2009(平成21)年、岡山~津山間の急行「つやま」廃止でなくなりました。そして最後にただひとつ残っていたのが、夜行の急行「はまなす」です。

函館や長万部周辺から札幌行き下り急行「はまなす」を使うと、早朝に新千歳空港へ到着することが可能。マイカー移動などより安全で定時性に優れ、身体的負担も少なくて便利でした。また青森行き上り急行「はまなす」は、札幌駅を22時ちょうどに発車。室蘭方面へ帰る人が札幌に遅くまで滞在でき、便利でした。
このように急行「はまなす」は、リーズナブルで使い勝手が良かったことから、根強い一定の利用者がありました。それが最後まで生き残ってこられた理由のひとつかもしれません。
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急行では差別化できなくなったからですね。


普通列車の設備がよくなってきて高速化して来たからそれに対して料金を取るような速度、設備であれば特別急行のレベルになってしまう。

終焉期の急行は設備は特急並みでも速度が出ない(出しても意味が無い)夜行列車か速度は速くても設備がお粗末な列車しかないので利用者が敬遠する列車でしたね。

ホームライナーはもともとは車両基地に回送する列車に客を乗せるものでしたから低料金でも増収になりましたがやがて主客転倒してホームライナーのために列車を仕立てるようになったので低料金ではペイしないと言うことでしょう。
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新幹線もあるから、減らさないと収益が維持できないのでしょう。

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>JRは2000年代に入ると…



甘い、甘い。
急行の削減と廃止は、国鉄時代の昭和40年代末期 (1972~75頃) に顕著となりました。
JR 化されて平成初めに急行は、昼行は短距離ばかり、夜行で長距離が少し残っていただけす。

急行の削減は言うまでもなく、赤字に陥った国鉄の増収策です。
急行を特急に格上げすることで、少しでも赤字を減らそうとしたのです。

また高速道路の整備が進み高速バスが台頭したきたことも影響し、競争力を高めるにはより快適性のある車両が必要で、4人ボックスシートを転換クロスシートに置き替えを図ったのです。
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安心したまえ, 急行という「種別」はまだ存在してるから.

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