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祖父が旧電電公社の電報電話局長とかいう職名だったのですが、ど田舎では比較的出世した方なんでしょうか?
失礼ながら子会社の子会社のトップというイメージしかなく。
それでも祖父は出世した人として親戚の中では一目置かれてました…

質問者からの補足コメント

  • 旧大蔵省が出してる職員録という本にじーさんの名前載ってました。

      補足日時:2024/03/31 23:31

A 回答 (3件)

手もとの資料によると、昭和47年(1972年)時点の日本電信電話公社の局数は、


・電報電話局 1,354局
・電話局    177局
・電報局    25局
・市外電話局  11局
    計  1,567局
ということです。
電電公社職員は国家公務員でした。本社採用はキャリア官僚に準じるパスで、本社で数年下働きをしたら地方の小さい電報電話局の局長として赴任する例が一般的だったようです。その後は全国8か所の地方管理部門(電気通信局)や本社部門に戻るコース。

電話局は現業部門です。地方採用の現業職員は定年までに局長になって職員録に名前が載れば出世したと言えると聞きました。十分名士と言えるでしょう。
全国の職員数は30万人以上だったので、局長は単純計算で200人に1人です。

ちなみに、同時期の全国の市町村数は約3,200なので、局長のイスは市町村長より少ないことは確かです(責任や権限の範囲はともかく)。


なお、電話交換機の階梯(アナログ電話網構成)は、
・端局(EO)約7,000局…少なくすくなくとも半径7km内に1局。
・集中局(TC)526局;単位料金区域毎
・中心局(DC)81局…県庁所在地や主要都市
・総括局(RC)8局…北海道〜九州まで地方ブロック毎
…でした。

地方の山間部や離島には数十〜百回線程度の小型交換機だけの無人局も相当ありました。

参考までに、同じ時代の郵便局は、全国に2万局余。郵政省直営は約4分の1で、残りは地元有力者などに委託した特定郵便局。

戦前は郵便も電信電話も逓信省の事業で、昭和30年代までは田舎の郵便局内に電話交換機があって交換手がいました。その局数がどっちにカウントされていたかは知りません。
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この回答へのお礼

すごく詳しくありがとうございます!!
助かります。
そもそも国家公務員扱いということを知りませんでした。彼は九州の何局かの長を務めた後に本社にも行ってとか行ってないとか…
当時の人の中ではよく頑張った方だということが理解できました。

お礼日時:2024/04/01 01:18

ド田舎なら警察署長、駅長の次ぐらいの名士でしょう。

(特定)郵便局長は地元の有力者がなるからもう少し上?

出世というのなら地方採用の一般職なら出世頭でしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
地元の名士だったのですね…

お礼日時:2024/03/31 23:31

ド田舎では電報電話局は沢山有りませんから、特別な人の様な身分かと


役所の助役と同じくらいの位置付けではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考になりました。

お礼日時:2024/03/31 22:22

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