あの・・・
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の神はもともと同じ
だって聞いたのですが・・・本当ですか?

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A 回答 (6件)

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が進行の対象としている神は同一の神です。

ひどく大雑把に書きます。

三つの宗教のうち一番古いのがユダヤ教でヘブライ人(ユダヤ人)が信仰していました。(ユダヤ教が成立するまでにはそれなりの過程がありますがここでは省略します。)この宗教は珍しくも全知全能とされる神をあがめる「一神教」であり、ヘブライ人とその神の間には「神をヘブライ人はあがめ、神はヘブライ人に『神の国』を与える」という内容の契約が結ばれています。そうした経緯や内容を記したものが「旧約聖書」です。

そうした中で、「神の国が近づいた」として信仰刷新運動を行ったのがイエスで、彼はユダヤ人の信仰は形式主義に陥っていると非難したのです。その結果、イエスは十字架にかけられ死にますが、その後に「イエスは復活した」という信仰がおこり、ここに神は人間のために自らを犠牲にして新しい契約を示してくれたとパウロが理論つけして成立したのが「新約聖書」であり、キリスト教です。キリスト教では、父なる神・子なるイエス=キリスト・聖霊の三つは同じ神の三つの現れ方であるとしています。

で、もともとユダヤ教は地中海の東岸のエルサレムを中心としてパレスチナ地域から周囲にひろがっていたわけですが、上に述べたパウロやペテロがローマ帝国内で熱心に布教しローマ帝国自体の拡張もあって西ヨーロッパなどにもひろまります。

さて、アラビア半島のメッカに生まれ、隊商の長などとして活動していたムハンマド(マホメット)が地中海地域との貿易のなかでユダヤ教・キリスト教と接触、影響されて神の啓示をメッカで説きだして成立したのがイスラム教です。ムハンマドに神の啓示を伝えたとされるのは天使イブラヒームですがこの天使はキリスト教ではガブリエルと呼ばれています。クァルーン(いわゆるコーラン)はイスラム教の聖典ですが、もとはムハンマドの言行録です。またイスラム教ではユダヤ教徒とキリスト教徒を「啓典(聖典)の民」と呼んで同じ神を信仰するものとして認めています。なお、アッラーとはアラビア語で「神」という意味です。

つまり、この三つの宗教は同じ神を信仰していますが、その成立過程や広まり方が異なっていて信仰の内容はいくつかの点において違いがあり変わっています。そして主としてヨーロッパのキリスト教徒がユダヤ教・イスラム教を敵視して排斥したことから現代に繋がる宗教対立が生じています。

余計なことを長々と書きましたが、この三宗教の信仰する神は同一です。
最後に、これら三宗教の「神」と仏教で言う「仏」とはまったく異なる概念のものであり、まして「真理」の別名などではありません。また、日本、北欧、インド、北米、アフリカなどの地域で神とされるものもまたそれぞれ概念が違います。従って「神とは何か」という問いは、どの宗教の神のことかを明確にしない限り意味はありません。
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この回答へのお礼

大変丁寧に教えて頂き、ありがとうございます m(_ _)m
いったいこういう知識は何処で学んでいるのでしょうか?
素晴らしいと思います。

ここを借りて申し訳ありませんが・・・
レスして頂いた皆様 ありがとうございました m(_ _)m

お礼日時:2001/09/20 23:22

イスラム教の創始者ムハンマドは、大天使に会って、自分の使命を告げられました。


六信五行の中にも「天使を信じなさい」という掟があります。

その天使というのは、キリスト教で信じられているところの天使です。
で、イエスという人は、ユダヤの教えが堕落して教条主義的になったのをテコ入れした人なので、根本的にキリスト教とユダヤ教は一緒の神を持っています。

キリスト教が広まって、ローマに伝わると、中東の方にも当然布教されたでしょう。イスラム教が現れるより前に伝わってもおかしくないです。なにせ600年はあるんですから。
で、その宗教観を引き継いだのがムハンマドというわけです。

でも、中世ヨーロッパが、君主の権力を充足させるべく、また、教皇も権力をきわめるべく、戦いを挑んだりするのに宗教を大義名分にしたため、今ではなんだか、キリスト教・ユダヤ教対イスラム教という図式ができあがっていますけどね。
もっとも、中世のヨーロッパでは、キリスト教もユダヤ人を迫害していたんですが。(理由:イエスを処刑したのはユダヤ人だった)
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 神がもともと同じか、という質問でしたが、ルーツは同じとお答えしたいと思います。

3つの宗教の教典ですが、ユダヤ教の聖典は旧約聖書、キリスト教は旧約プラス新約聖書、イスラム教は旧約聖書がベースとなったコーランです。教えをまとめたものの起源が同じならば、おそらくもともと信仰されていた神も同じだったと思われます。
 ちなみに信仰する神ですが、ユダヤ教は唯一神ヤーヴェ、イスラム教も唯一神アラー、キリスト教は色々ありますが、三位一体の「父、子、聖霊」のうち、父がこのヤーヴェやアラーにあたるもののようです。
 聖地が共通してエルサレムとなっていることからも、もともと同じだったとみて間違いないでしょう。

 素人が長々とすみません。
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たしか、キリスト教はユダヤ教の中のひとつが広がっていったと聞いたことがあります。

紙はひとりではなく、教えはひとつではないでしょうか。

しかし、仏教の場合では、大日如来が他の如来に形をかえて姿を現すのだ聞いたことがあります。
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 あくまでも私個人の考え方ということで。


 神(仏)=「真理」だと思います。神や仏というものは,その地方,その宗教で呼び方が違うだけで,本当は同じなんだと思います。
 よく言われることに「万教帰一」か「万教同根」かとあります。私は「万教帰一」が世の争いをよんでいるように思えてなりません。
 人は土や水から生まれ,また土や水に還るのに,その伝え方伝わり方がちょっと違っただけで,このような世になってしまった・・・。

 神も仏もみんな同じです。隣の人の信じる神は神でないというから,争いがおこるのです。

 関係ない話ですが,イスラム圏内の国に入るには,自分の宗教を書かないと大変とか・・・。
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私は以前学校で


「キリスト教はユダヤ教を母胎として生まれた」
と言うような事を聞きました。

社会の先生が言っていたので多分間違えは無いであろうと思いますが私自身深く調べたわけではないので参考程度に見てくだされば光栄です。

イスラム教ですがこちらの話は聞いたことが無いの分かりません。力不足ですみません。m(_ _)m
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「白蝶草」としている雑誌がありまして混乱しています
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命名者の意図はどちらでしょう?

ちなみに白蝶だとふつうシロチョウとよむお約束では?
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Aベストアンサー

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参考URL:http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/sanyaso/san70.html

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こんばんは。
#8です^^ご質問ありがとうございます**
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ご質問の意図とズレてしまっているかもしれません・・。お許しを!

こんばんは。
#8です^^ご質問ありがとうございます**
>>自分達の信じる神だけが善であるのですから、他の神は悪とし、それを滅ぼそうとして争いが生じているのではありませんか?

私は神様は一人しかいないと信じています。
それは、天地を創造し、イエスキリストをこの地に授けてくださった、父なる神お一人です^^
ですから、“ほかの神”はいないと思います。
ただ、事実、父なる神以外の存在を神だと考えていらっしゃるかたも大勢います。それはサタン故に、または人間自身の私欲によって生み...続きを読む

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蝶モチーフ・蝶柄が大好きです!蝶モチーフのアクセサリー。蝶柄の布・服・パジャマなどなどインターネットで買えるお店を教えて下さい!

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ちょっとネットサーフィンしてたら可愛らしいネットショップ発見しました(^^)
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偉大な宗教家として歴史に名を残した人は、えてして、単なる宗教家ではなく、政治的な能力でもすぐれていることが多いような気がします。そう、まさに今、チベットのために戦っているダライ・ラマ14世のように。彼は、インド、中国、米国、日本などの大国間の政治力学を利用してチベットのために戦っており、極めて社交的な性格であるうえに、ウィットに富み説得力のある話術を英語で使いこなし、世界中の世論を味方につける能力を持っています。

キリストの場合は、ユダヤ人国家がローマの属国であったという状況の中、ローマへの反逆も辞さない一部過激はとは一線をかくした人物です。聖書の中には、キリストを憎悪するユダヤ人たちが、なんとかしてキリストに反ローマ過激派のレッテルを貼ろうと試みるものの、キリストが政治的センスにすぐれ温厚な性格であることによって、彼をわなにはめようという試みは、ほとんど失敗してしまうシーンが出てきます。あの、「神のものは神へ、カエサル(皇帝)のものは皇帝に返せば良い」という有名なセリフは、別に宗教的に深いことを語っているのではなく、「ローマによる穏健かつ寛容な支配が不満なのか。税金くらい払え」という意味であるように思われます。

仏陀の場合はさらに過激で、2つの大国にはさまれたシャカ族の王子として生まれ、おそらくは将来を悲観し、政治から逃れるため出家してしまったとすら解釈できる人間です。仏陀が出家のため宮殿から出ていこうとすると、妻は子供が出来たと言って出家を止めようとします。しかし、仏陀は、「それでも自分は出ていく。子供には『邪魔者』とでも名づければよい」と言い放った人物です。

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さて質問2についてですが、ムハンマドは勢力を拡大していく中で、既に精密に確立された教義を持つユダヤ教との論戦で、大苦戦をすることになります。ユダヤ教徒からは、ムハンマドは天使の概念を理解していないなどとの批判を浴びるわけです。ムハンマドは論戦ではなかなか勝てませんでしたが、商業・貿易などの社会的要素においては、ユダヤ教を圧倒することになっていきます。ムハンマド本人がどの程度自覚していたかは分かりませんが、彼からみたユダヤ教は、一神教としての純粋性が低いものであり、ムハンマドはそれを乗り越えることで、ユダヤ教・キリスト教・イスラムの中で、もっとも純粋な一神教を作り出すことになります。ユダヤ教は一神論だと思っている人も多いのですが、実はユダヤ教における神の概念は、神は1人しかいないというよりも、民族ごとに守り神がついているが、ユダヤ人についているヤーヴェこそが最強の神だという発想なのです。聖書の楽園追放の物語を読んでいると、りんごを食べた2人を見て、神々(複数形!)が、あ~だこ~だと議論しているシーンが出てきたりして、なかなか愉快です。
ムハンマドはこの不純物の混ざった一神教というユダヤ教の特性を一掃することにより、1民族のための宗教ではなく、あらゆる民族のための世界宗教へとイスラムを育て上げていくことになります。

ムハンマドから見た場合のキリスト教の欠陥は、偶像崇拝の禁止が徹底していないことだと思います。また、神にざんげをする場合、キリスト教ではプロテスタント系を除けば、ほとんどのケースで聖職者を通じて神にざんげをするのに対し、イスラムでは個人が直接神にざんげをするという原理によって、神と人間の対話(および契約)という性格が強いものになっています。あるフランス人キリスト教徒が書いた説に、イスラムの本質はユダヤ教の再興であるというものがあり、これはキリスト教徒の立場からすると、ある程度の正当性がある議論だと思います。

なお、ユダヤ教・キリスト教が共通して持っている問題点があるのですが、イスラムはこの影響を、ほとんど受けておりません。一神教の弱点のひとつに、「唯一絶対の創造主がいるのなら、なぜ世の中に悪などという不要で有害なものまで作ったのですか?」という質問に、正面突破では反論することが出来ないことがあげられます。ユダヤ教・キリスト教は、いずれも神と悪の最終戦争という思想をもち、前者においてはダニエル書、後者においては黙示録にその思想が表明されています。なぜ、一神教であるはずのユダヤ教やキリスト教に善と悪の最終戦争などという二元論的思考が紛れ込んでいるのかというと、おそらく、ペルシャのゾロアスター教の影響だと思います。ゾロアスター教は典型的な二元論的宗教で、神と悪の対立という概念を持っています。イスラムはこの、神と悪による最終戦争という思想を持っているようには見えません。それだけ、一神教の純粋性だけを見れば、イスラム教が最もすぐれた宗教だということになります。

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偉大な宗教家として歴史に名を残した人は、えてして、単なる宗教家ではなく、政治的な能力でもすぐれていることが多いような気がします。そう、まさに今、チベットのために戦っているダライ・ラマ14世のように。彼は、インド、中国、米国、日本などの大国間の政治力学を利用してチベットのために戦っており、極めて社交的な性格であるうえに、ウィットに富み説得力のある話術を英語で使いこなし、世界中の世論を味方につける能力を持っています。

キリストの場合は、ユダヤ人国家がローマの属国であったという...続きを読む

Q7匹の蝶を………

こんにちは。
今、蝶集めのイベントでつまってます。
最初の蝶は全く解りません。
2回目の蝶は捕まえられない蝶(イベントが発生しない蝶)がいたり、7匹集めて宝箱は出現するのですが取れません。
あれは必ずしも青い蝶だけを集めるんでしょうか?
また、スフィアのイベントをクリアしたらタイムリミットが5秒少なくなり、カウンタが赤くなりました。
解りにくい質問で申し訳ございませんが、宝箱を取る方法と、蝶イベントの回数を教えて下さい。
お願いいたします。

Aベストアンサー

下記のHPで地図付きで説明してあります。

参考URL:http://www6.ocn.ne.jp/~una/ff10/minigame.htm

Qイスラム教とキリスト教は同じ神様なのに、なぜ言ってることが違うの?

イスラム教とキリスト教で信仰されているアッラーとゴッドは、同じ神だと本で読みました。なのに二つの宗教は教義が違います(豚を食べてはいけないとか1日5回メッカに向かってお祈りしろとか)。コーランも聖書も同じ神の発言録なのに、言ってることが全然違うのはなぜなのでしょうか?
 信者の人たちはこのことをどう解釈しているのでしょうか?

Aベストアンサー

宗教というのは、実は土着信仰やその民族の文化によって容易に変化するものなのです。たとえば、キリスト教でも大きな分かれ目としてカソリック・プロテスタント・ギリシャ正教(ロシア正教)に分かれますが、それぞれの地域の文化に合わせて「教え」を選んでいるからです。またカソリックの総本山はイタリアのバチカンですが、イタリアはマリア信仰が厚くまた昔の土着の神様(日本でいえばお地蔵さんみないなもの)が祭ってあったところを、聖人の名前に変えて祭っていたりします。これはイタリアだけの風習です。
 アメリカもキリスト教の国ですが、同じ宗派でも白人の通う教会と黒人の通う教会ではミサの形式が全然違います。白人は祈りや説教を大切にするのに、黒人は讃美歌を歌って踊って神を賛美するからです。

このように、宗教というのは人種とか文化とかによって変化するものなのです。


>神様は全知全能・唯一絶対の存在のはずなのに,言うことが矛盾してるのはおかしくないですか?

おかしいですが、エホバ(ユダヤ・キリスト・イスラムの唯一神)の言葉は「預言者」という人間を通じて広められる、と考えられています。これがある意味「唯一神」である神と人間の文化の変化のすり合わせの発明と言えるのかもしれません。

イスラム教は「最後の預言者」といわれるムハンマドが記したコーランを信じる人々です。ムハンマドはアラブの人で、キリスト教では実践しにくい砂漠の過酷な地域で神を崇拝する方法を記したため、アラブ地域に瞬く間に広まっていきました。地域的にはキリスト教もあまり普及しておらず、ユダヤ教はユダヤ人だけのものですから、当時のアラブ地域で標準語だったアラビア語で記したコーランはブームとなって広がったのでしょう。

そのコーランにおいては、キリスト教を広めたイエス・キリストも「預言者」であったと書かれています。もちろん、モーゼも預言者ですが「神(エホバ、アラビア語ではアッラーフ)から最後に預言を受けたムハンマド」を信じるから、キリスト教やユダヤ教の神と同じながら、教えがちがってくるのです。

日本人の考え方では「同じ神が預言しているのに、同じ神を崇めるはずのキリスト教とイスラム教が戦争するのは、神が全知全能ではないからだ」と考えますが、それは私たちが多神教の世界に生きているからです。

一神教を信じる人たちは「神との契約は1回で絶対」なのです。それも「神に選ばれて」教徒になる、というメンタリティーはユダヤ教から同じなので、キリスト教徒でもイスラム教徒でも「神が私を教徒に選んでくれた。ありがたや、ありがたや」と考えるので、選ばれてその宗派にはいったら「ほかの教えがあろうが、神の言葉が矛盾していようがどうでもいい」ということなのです。

日本でも、新興宗教に嵌ると、矛盾があっても洗脳がなかなか解けませんから、宗教というのはそういうものなのでしょう。

もう一つ「宗教」について書いておかなければならないのは、宗教は政治と容易にむすびつく、ということです。
日本でも比叡山の焼き討ちなどがあるように、民衆の信仰を集める宗教は政治に対立することが簡単なため、多くの国で逆に宗教を政治に取り込む努力がなされています。

アメリカですら、宣誓は聖書の上において行いますし、イギリスに至っては国王の離婚を認めなかったために、イギリス国教会という国家宗教を作ってしまっています。

日本の場合、多神教で政治と宗教が一つになる時代はせいぜい飛鳥時代ぐらいだったため、宗教と政治を切り離してみていますが、イランなどは神制共和政であり、国家の最高指導者が宗教指導者(今はハメネイ氏)になっています。

こういうことがあるため、政治をつかさどる人々(王族や民主指導者など)は宗教を利用して民衆を操るため、同じ神でも都合よく教義を選ぶこともあるわけです。

神が全知全能かどうか、神が本当に存在するのかどうかは分かりません。
しかし、人々の大きな流れに、本当に神が介入したこと、はありませんから結局それを選ぶのは「人」であって、人は好き勝手に自分の都合のよいものを選ぶ、ということです。

宗教というのは、実は土着信仰やその民族の文化によって容易に変化するものなのです。たとえば、キリスト教でも大きな分かれ目としてカソリック・プロテスタント・ギリシャ正教(ロシア正教)に分かれますが、それぞれの地域の文化に合わせて「教え」を選んでいるからです。またカソリックの総本山はイタリアのバチカンですが、イタリアはマリア信仰が厚くまた昔の土着の神様(日本でいえばお地蔵さんみないなもの)が祭ってあったところを、聖人の名前に変えて祭っていたりします。これはイタリアだけの風習です...続きを読む

Q【蝶と日本史と生物学】蝶(ちょう)について質問です。 質問1: 蝶はいつ飛んでいますか? 秋ですか?

【蝶と日本史と生物学】蝶(ちょう)について質問です。

質問1:
蝶はいつ飛んでいますか?
秋ですか?春ですか?

質問2:
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以上、2点の質問です。

Aベストアンサー

1.春から秋にかけて様々な蝶が飛び回ります。
2.知識がありませんが、これらの画像はアゲハチョウの類(キアゲハ、ナミアゲハなど)をデザイン化したように思います。
http://www.harimaya.com/kamon/column/tyou.html

Qキリスト教・ユダヤ教について詳しい方に、不変なる神を表す表現、silent witness とは

三位一体の神と子と聖霊のうち、聖霊や子ではなく、不変なる神を表現する英語で、silent witness とは、どういう日本語の表現が適切ですか?

Aベストアンサー

日本語表現では「暗黙智」と表現できないでしょうか。全ての知識の根底にあってそれを産み出し、支えている全智全能なるもの。

Q【生物学・蝶】蝶のシジミ科?は羽根が貝のシジミに似ているから◯◯シジミって言うと教えて貰いましたが、

【生物学・蝶】蝶のシジミ科?は羽根が貝のシジミに似ているから◯◯シジミって言うと教えて貰いましたが、

では、◯◯セセリ科?は羽根が鳥のセセリの形に似ているからセセリって言うんですか?

質問1:
セセリってなんでセセリって言うのか教えてください。


質問2:
あと蝶はアゲハチョウ、シロチョウ、シジミチョウ、タテハチョウ、セセリチョウの5種類の科が存在している?

質問3:
迷蝶の迷って日本原産の蝶ではなく台風などによって飛んで来た外来種が日本に居座って生息するようになった蝶のことを言うんでしょうか?

外来種と迷蝶の違いを教えてください。

迷蝶とは言わず迷種だったかも。


質問4:
蝶はススキを食べるそうですがススキのどの部分を食べるんですか?

Aベストアンサー

回答1:
「セセリ」の語源は、「小刻みな動作をせわしなく繰り返す」「繰り返しつつく」という意味の
「せせる【挵る】」から来ているとされています。
ただ、これには「落ち着きのない独特な飛び方から来たもの」とする説と、「花の蜜を吸う時に
口吻を何度もつつくように伸ばす様子から来たもの」とする説があるようです。

回答2:
一般的な分類法ではあとひとつ、「シジミタテハ科」を加えた計6種類の科が存在します。

回答3:
「外来種」の正確な定義は、「人間の活動による影響で持ち込まれた・流入した生物」です。
よって、台風などの自然現象で日本に来たと思われる国外原産の生物は、たとえ繁殖したとして
も外来種とは呼べないのですが、「本当に誰かが卵や幼虫を持ち込んだ可能性はないのか」と言
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飛来したばかりの言わば「第一次移民」も迷蝶と呼ぶことがあり、これまた厳密な区分が難しい
です。

回答4:
ヒメジャノメやキマダラセセリの「幼虫」はススキの葉を食べますが、成虫の蝶はどの部分も食
べないはずです。

回答1:
「セセリ」の語源は、「小刻みな動作をせわしなく繰り返す」「繰り返しつつく」という意味の
「せせる【挵る】」から来ているとされています。
ただ、これには「落ち着きのない独特な飛び方から来たもの」とする説と、「花の蜜を吸う時に
口吻を何度もつつくように伸ばす様子から来たもの」とする説があるようです。

回答2:
一般的な分類法ではあとひとつ、「シジミタテハ科」を加えた計6種類の科が存在します。

回答3:
「外来種」の正確な定義は、「人間の活動による影響で持ち込まれ...続きを読む

Qユダヤ・キリスト教の神は男か?

質問内容は以下の3点です。

1 ユダヤ・キリスト教の神は男か?
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3 アダムは両性具有(アンドロギュヌス・アンドロギュノス)だったのか?

なお、ここでいう両性具有は、神話、魔術、哲学的な意味での両性具有の意であり、両性が合一している状態、あるいはそれが未分化の状態、気の思想でいえば「陰陽和合」くらいの意味です。
ですが、医学的な意味で論じていただいても構いません。
ユダヤ・キリスト教の伝統的な解釈から、語源・言語学的な観点からなどなど、様々な角度から論じていただいて結構です。

過去のわたしの質問のとおり、この質問に正解はありません。
 ――ユダヤ・キリスト教の教学的な意味での正解はありますが・・・――
わたしは、皆さんがこの問題をどのように考えるのか、ただ、それを知りたいだけです。
ですから、怖がらずに、自由にこの質問に答えてください。
そして、みなさんが導き出した答えを教えてください。

Aベストアンサー

ぶっちゃけ話でもいいですか。

(あ) 神に性はありません。

(い) 雌雄の性があるのは この経験世界です。神は その経験事象では
ありませんから 性を超えています。

(う) 《超えている》という規定は 案外むつかしいです。経験事象とし
ての《有る無し》を超えていますし 《因果関係》をも超えています。

(え) ということは 神は有ると言っても無いと言っても どちらの表現
も神に当てはまると推し測られます。有神論も無神論も どちらも間違いだ
とは言えない。

(お) ものごとの原因結果の関係を超えているということは そのような
経験事象に容易に自由にカカハリを持つと推理され得ます。

(か) よって 《性を超えたナゾ》に 人間が性を付与して表現すること
が起こり得ます。

(き) メソポタミアあるいはエジプトあたりの人びとにとっては 神をま
づ擬人化しそこで 性として譬えるなら男もしくは父と見なしたのだと思わ
れます。

(く) 日本人なら 女ないし母と捉えたかもわかりません。ヨーロッパ人
だって 聖母マリアを崇拝するまでに到ったのは 《神=母》派が多いのか
も。

(け) 神によるこの世界における因果関係へのカカハリ――あるいは ひ
ょっとして要らない容喙?――は いわゆる摂理ないし因果応報の説といっ
た見方で現われます。
その具体的な応用――たとえば《この災害は神の怒りだ》説――は 正解が
決められるという性質のものではないはずです。

(こ) 《有る無い》への介入は やはり《よみがえり・復活・再生》とい
う物語として語られて来ています。




(さ) ヒトは 神がおのれに似せてつくったものだと表現されたとき 経
験思想としてなら 男でもありえ女でもあり得るはずです。さらには 《性
を超えた存在》としてつくられたとも推理できます。

(し) おそらく《性を超えた存在》の線で 両性具有といったお話も出て
来たのでは?

(す) 女は 男のあばら骨を抜き取ってつくられたというお話は まづだ
れかさんにおそわったのですが この肋骨という言葉が シューメールあた
りで同時に生命をも意味するということらしい。だから 女=生命 といっ
た類推でそういった話にまとめられたのかと。


(せ) ▲ (創世記 1:27) ~~~~
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ これは 男も女も 社会における一般的な人間としての関係――二角関
係――において捉えた場合の《創造》ではないかと。

(そ) 次は 一般的な関係ではなく 両性が互いに特殊にかたちづくる関
係――ツイ(対)関係――を表わしているのでは?
▼ (創世記 2:7-24 ) ~~~~~~~~~
7: 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に
命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。
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20: 人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に
合う助ける者は見つけることができなかった。
21: 主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あ
ばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
22: そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神
が彼女を人のところへ連れて来られると、
23: 人は言った。
  「ついに、これこそ わたしの骨の骨 わたしの肉の肉。
  これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう
  まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」
24: こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
・・・
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☆ 一般普通の《二角関係》ではなく この特殊なツイの関係は 特にはけ
っきょく《婚姻》としての連れ合い関係を言っていると。
cf.【Q:ヒトは二度造られた?(創世記)】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8868765.html

ぶっちゃけ話でもいいですか。

(あ) 神に性はありません。

(い) 雌雄の性があるのは この経験世界です。神は その経験事象では
ありませんから 性を超えています。

(う) 《超えている》という規定は 案外むつかしいです。経験事象とし
ての《有る無し》を超えていますし 《因果関係》をも超えています。

(え) ということは 神は有ると言っても無いと言っても どちらの表現
も神に当てはまると推し測られます。有神論も無神論も どちらも間違いだ
とは言えない。

(お) ものごとの原因...続きを読む


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