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例えば、
・世界(地球)は平面じゃ無くて球形だとか、現代ではビッグバンによって宇宙が生まれたなど、科学が進歩するにつれて、神が世界を創造したという教えと矛盾が大きくなってきたとか、
・奴隷が存在することが当たり前だった古代、神が人間を作ったという宗教で、奴隷も人間扱いし、肌の色が違う人間も受け入れて……現代ではゲイやレズビアンまで認めるかどうかなど、宗教の教えと社会の変化で起きている矛盾に対処しなければならなくなってきたり……

神が世界や人間を作ったという設定が、時代が進むにつれてどんどん揺らいでいるように見えます。
では、
このまま科学が進歩し続け、社会や人々の意識が変わっていく中で、宗教の教えに近づいて、やはり神の教えは正しかったという時代を迎える事はあるでしょうか

A 回答 (10件)

>時代が進むにつれてどんどん揺らいでいるように見えます。



私もそう思います。

かっては天上の世界は完全なものであり地上の世界とは全く異なるものと思われていました。でも今は星々だって地上と同じ科学の原理で説明できますよね。

私たちの意識というものも脳内神経のネットワークによってつくられていることもあきらかになっています。いくら聖人君子であっても脳の特定部位を刺激すれば怒ったり泣いたりするんですよ。

文献学の世界でもそうですね。かって膨大な仏典はすべて釈迦が説いたものだとされていました。ところが現在では釈迦の説いたと言われるのはごく一部で、法華経などの大乗仏典は釈迦没後数百年たって成立したものであることもわかってきました。法華経が釈迦出世の本懐などというのは勘違いだったのですよ。

ただ人間というのは弱い者です。何かにすがりつきたいと言う気持ちがなくなることはないでしょう。したがって宗教は弱体化はするもののなくなりはしないと思います。

PS 東洋哲学をもちあげて世界の科学者があこがれているかのようなご回答がありますが、彼らが憧れたのは「全てを許しつつみこむ思想」であって他宗を邪宗と排撃する宗派ではないでしょう。

アインシュタインの言葉を引用しますね。
「すべての組織された宗教に反対です」
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科学的であれ、宗教的であれ、


真理は明快であると思いますが、単純ではありません。

生命の誕生一つにしても、人知の及ばない領域です
これを単純と言うなら、頭が疑われます。
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この回答へのお礼

>これを単純と言うなら、頭が疑われます。
科学では重力に惹かれて物体が落下するとか、この世界の出来事はごく単純です。ただし、まだ知られていない原理も多い。でも、ニュートンがリンゴが墜ちることから重力の存在に気づいて以降、世界の真理がひとつ明らかになったみたいに、科学は単純な真理で進歩して、矛盾が似なくなっていきます。

一方、宗教では、現実の世界、例えば、この世界に精神と体が一致しない人が居るというのは、アダムとイブの話からはどうやっても説明しきれない。それをなんとか誤魔化すためにどんどんとややこしいこじつけが必要になる。宗教は現実との整合性をとるごまかしのために単純では居られないと言うことです。

また、「頭が疑われます。」などと相手を見下した傲慢な姿勢では、この世界の中の真理を見失ってしまいますよ。

お礼日時:2024/07/07 07:13

このまま科学が進歩し続け、社会や人々の意識が変わっていく中で、


宗教の教えに近づいて、
やはり神の教えは正しかったという時代を迎える事はあるでしょうか
 ↑
あるんじゃないですか。

そもそも、神の神秘を探りたい、
という狂おしいまでの欲求が
科学の発展をもたらした
と主張する人もおります。
(江崎玲於奈)

ビッグバンなんて、天地創造の神話と
整合性がありますし。

同性愛者の性病に感染する率は、通常人の数十倍にも
なる、という資料も出ています。
これは神に逆らったから?
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科学万能を信じている信者の方のご質問かと思われますが。


真の科学者は、「宗教は科学と矛盾する」とは決して言わない

科学が進んだからといって、生命の謎が解明できたわけではありません。
科学が進んだからこそ、あり得ない生命の不可思議な謎が深まったのです
科学が進んだからこそ、この謎を解明する事は不可能である事が分かったのです。生命を解明する事は限りなくゼロであることがわかったのです。
科学が進んだからこそ、人間の知恵がいかに浅いか分かったのです。

生命は「神」が作った、この方が説得力があります。
だから
科学者は宗教を否定しないのです
科学の分からない人(アホ)が宗教を否定するのです

日本初のノーベル賞 湯川秀樹
「素粒子の研究に、ギリシャ思想は全く役に立たないが、
仏教には多くを教えられた」

アインシュタインは、こうも語っています。
「科学的探求は特殊な宗教的感情をひき起こしますが、これは、
愚かな狂信的宗教感情とはまったく違ったものです」
「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものがある
とすれば、それは仏教です」と言っています。

量子力学の育ての親ニールス・ボーアも
「原子物理学論との類似性を認識するためには、
われわれはブッダや老子といた思索家がかつて直面した
認識上の問題にたち帰り、
大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でも
ある我々の位置を調和あるものとするように努めねば
ならない。」と、
同じようにシュレーディンガーもハイゼンベルグもアインシュタインも
東洋哲学に目を向けていますね
空の概念など、量子論と似てますからね
 そのシュレーディンガーは
「西洋科学へは東洋思想の輸血を必要としている。」と言う
 そして、ハイゼンベルグは
「過去数十年の間に、日本の物理学者たちが物理学の発展
に対して大きな貢献をしてきたのは、東洋の哲学的伝統と、
「量子力学」が、根本的に似ているからなのかもしれません」
と言う。

真の科学者は、「宗教は科学と矛盾 する」とは決して言わない
仏教は、とても知性的な宗教です。
若手の理論物理学者の間で盛んに仏典が読まれているのも、
「諸行無常」「諸法無我」の仏説が、現代科学と
少しも矛盾しないばかりか、科学のめざす真理を
先取りしている感すらあると、気づいているからです。

人工知能の研究で知られるマサチューセッツ工科大学でも、
やはり仏典が研究されていますが、
「人間の心のしくみを探るのに、仏教以上の教えはありません」
と、研究をリードするマーヴィン・ミンスキー教授は語っています。

量子論における量子の概念と仏教の不二の概念
天文の空間の概念と仏教の空の概念
物理の時空の概念と 久遠の概念 同じです
宇宙 物質 生命科学 等
はるかに 仏教の理論が優れています
深層心理学のユングやフロイト等 仏教の一部分を説いた
と言える程です
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この回答へのお礼

21世紀の現在
質問に書いたように
・科学が解明しつつある世界観
・現代の社会の中で、様々な民族や思想があって優劣は決められない

 これら現実は、一つの神が世界を作ったという教えかから外れてますね。多神教の仏教の事例は意味がありません。

 あなたはこの単純な現実から目を背けて、聞きかじりの知ったかぶりの引用を繰り返すだけになってしまっています。

>科学が進んだからこそ、人間の知恵がいかに浅いか分かったのです。
 仰るとおりですし、これからも科学が進歩し続けるにつれて人間の知恵の不足は明らかになっていくでしょう。
 でも、それは質問の趣旨と関係ないでしょ。この質問は、例えば、神がアダムを作りその肋骨からイブを作ったという教えが、科学の進歩の果てに証明されて矛盾がなくなるのかどうかと言うことです。

長い文章は自分自身を誤魔化してしまいますよ。
科学的であれ、宗教的であれ、真理は単純明快だと思います。

お礼日時:2024/07/05 09:21

確かに科学は進歩し、世界や宇宙についての知識は増しましたが、それによって悪や罪や煩悩の問題は解決したでしょうか。

残念ながら、人類は自分の力では何も解決できず、それどころか、文明の発達と共に解決不能の問題は増大し、苦悩は深まっています。それが現実です。
「神が世界や人間を作ったという設定が、時代が進むにつれてどんどん揺らいでいる」などという事実は一切ありません。神が世界と人間をお造りになったというのは真理だからです。
神は永遠なるお方ですから、時代の流れによって教えが変わることはありません。ただし、進歩的な考え方を持つ人は時代に合わせて教えの解釈を変えようとするでしょう。そのことについては、神を信じる人の中でも賛成の立場に立つ人もいれば反対の立場に立つ人もいます。
仰るとおり、性的少数者を受け入れるべきかどうかについては、宗教の側が社会の変化に応じていない面はあると思います。
とは言え、科学に合わせて解釈を変える必要は全くありません。
聖書は世界(地球)が平面であるとも球体であるとも教えていませんし、ビッグバンを肯定も否定もしていません。それらは地上の問題であって天上の問題ではなく、科学と霊的な事柄とは何の関係もないからです。
「聖書の教えは科学と矛盾する」と言っている人は、きちんと聖書を読んだこともなく、科学について真面目に考えたこともありません。そういう人はただ神を信じたくないので言い訳をしているだけなのです。
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と言うか本当の神の教え?なんてないと思いますよ。


無いと言うよりは誰もが知らない。わからない。
まず、地球が平面の時代から広大な宇宙の中の一つの非常に珍しい小さな点である事はわかったのですから
地球の環境や人類も含めた多数の生物への配慮が大切だと考えます。
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個人が特定の宗教を盲信してるかによるでしょう。



敬虔な信者になるほど、科学的に証明されたものでも嘘、でたらめだと言い張ります。
何故なら、今まで信じていた教えが違うとなれば、精神崩壊し、自暴自棄な行動に出るからです。

いずれ、科学技術から袂を分かって、自分たちの信じる世界に閉じこもって生きていく人たちが増えるでしょう。
アーミッシュがいい例です。
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当然あります


神は心の中にいる
物の世界の単語ではありません
そこを混同しているからこういった疑問が湧いてくるのです
神は、心の世界の中で「光あれ」と叫んだ
宇宙にあるどこかの星の上で叫んだのではありません
物の世界と心の世界を混同しないよう注意したい
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この回答へのお礼

>神は心の中にいる
それはユダヤ教やキリスト教などの教えを否定してませんか。

モーゼやノアの箱舟、ゴルゴダの丘でキリストが磔にかけられたなど、心の中の世界では無く、私たちが生きている現実世界の中の出来事として信者に教えているわけですね。
 その世界を作ったのが偉大な神という教え。でも、その神が作った現実世界と宗教で語る内容がずれてきています。

お礼日時:2024/07/04 16:55

ないでしょうね。



サンタクロースは親だということを分かっていながら、知らないフリをしてプレゼントを待ち続ける子供のような感じになっていくんだと思います。
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質問者さまは和食と洋食と中華、どれが正しいかなんて議論します?


宗教と科学と社会だって、食事と同じように食べたいものを食べたい量だけ食べればいいですし、ジャンルが混じったって構いません。
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