臓器移植法について、あまり理解できていません。

 例えば・・・
 あるところにA君がいました。A君のお姉さんは心臓を患っていました。ある日、A君が交通事故で亡くなりました。A君の家族は涙ながらも、“Aの死を無駄にすまい”と、お姉さんに心臓を移植することにしました。
 ところが、A君とは関係のないBさんが“医者に5000万、A君のご家族にも5000万払うから、心臓を譲って欲しい”と言い出したら、どっちに移植するんですか?相談で決めるんですか?

 僕は医学部に進みたいんですが・・・臓器に値段はつけたくないなぁ・・・。

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A 回答 (4件)

臓器移植法では、臓器の売買や金銭の授受等を禁じています。

したがって医者は、Bさんの申し出を絶対に受けてはなりません。

闇ルートについてですが、先日、宇和島で腎臓売買の事件が起こりましたよね。それに関連して、病院に「臓器を買ってほしい」という怪しい電話がこれまでにもたびたびあったことが明らかになりました。
現実問題として、闇ルートは存在するのだと思います。
医者は闇からの申し出は毅然と断る、高いモラルを持たなければなりません。
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移植の優先尺度は、『組織適合性と疾患の致命度(移植の緊急性)』によります。

仮にA君とA君のお姉さんの組織適合性に問題なければ、おそらくお姉さんに移植するでしょう(こら!ソコの貴方、近親間の~はとか言うんじゃありませんよ(笑))。これはお金の問題ではありません。一般にドナー登録している人々の中には、近親者に移植の必要があってもしものために登録、あるいはかつてそういった経験があって登録するという方が多くいて、こうした気持を無視することはできないのです。(「特定の人の適合を調べることは認められません」と言って拒否した後に家族から臓器提供そのものを取り下げられるよりは、一旦調べた上で「あわないから使えない」と説明したほうが納得できるでしょ?)

一方、お金を積んで~というのはその時点でお金を提示したものは違法行為を働いていることになります。売ったら売ったほうも同じです(これは常識の範囲でしょう?)通常は、移植コーディネーターを介した(組織は日本臓器移植ネットワークです)移植へ提供されます。原則匿名であり金銭の授受は認められていません。

闇ルートなるものは存在しません(存在してはいけないし、もしあったとしても本道を歩む医師であれば関わる必要もありません。もし貴方が将来医師になり、さらにもしかしてそういったルートからの誘いを受けたとして(笑)も、そのときは医師の良心によって貴方の行動を決めるべきです。)

>僕は医学部に進みたいんですが・・・臓器に値段はつけたくないなぁ・・・。

値段はつけませんって。医師にとって必要なのは「一般常識」ですよ(笑)。

社団法人日本臓器移植ネットワークのURLを書いておきます。

参考URL:http://www.jotnw.or.jp/top.html
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 NO1の追加です。

 海外では、お金によって臓器の売買の例もあるようですが、日本ではないでしょう。というか、無いことを願い公正な判断で移植が行われていることを、願うのみです。

 実際、いつ臓器提供者が現れるか、現れたとしても、自分(親族)に移植可能な医学的判断がされるかってのはわかりませんので、そのような状態を作るのがむつかしいかな?と思います。
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 臓器移植の移植先は、臓器提供者やその家族の意向だけで、移植先を決定できないようになっています。



 確か、臓器移植コーディネーターと呼ばれる専門機関があり、そこで移植希望者の中から提供者の臓器にあった患者さんを決定して、臓器移植が行われます。

 したがって、国内では金銭の授受によって移植順序が決定されるような仕組みには、なっていません。移植希望者リストの中から、最適者を選んで決定されます。

この回答への補足

返信ありがとうございます。

 もひとつ疑問ですが・・・なんか・・・闇ルートというか・・・存在しないんですか?危険な匂いが・・・。裏から圧力かけるとか・・・。

補足日時:2001/10/11 11:16
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Q臓器移植法A案?

恥ずかしながら私は政治には興味がない人間なのですが、臓器移植法A案可決には知りたいことがいくつかあります。

1)A案からD案まであったみたいですがどういう内容の案だったのか。
2)なぜ「脳死=死」と「臓器移植」は一つの案になってるんでしょうか?

無知な私は単純に「臓器移植」だけを可決すればいいのに、と思いそれからこの事を詳しく知りたいと思うようになりました。

わかる方教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

1)A案
脳死は人の「死」とする。本人に拒否の意思がなく家族が同意すれば移植可。臓器提供者は年齢0才から。
B案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。臓器提供者は12歳以上。
C案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。脳死判定を厳格化する。移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。臓器提供者は15歳以上。
D案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。15歳以上の移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。15才未満では家族の同意と第三者期間の確認が必要。臓器提供者は0歳以上。
2)については#1様の回答の通りでしょう。
付け加えれば、「脳死」になると脳の機能が完全に停止するので、自発的な呼吸ができず、心停止する。そこで人工呼吸器で生命を維持する状態になる。脳死になっても「心臓がドキンドキンと打って・・」といってもそれは機械的に生かしているだけの状態と言えるのではないか。さすれば、それは人間として「生きている」といえるのだろうか。その状態ではもはや「死んでいる」のではないか。ということです。

1)A案
脳死は人の「死」とする。本人に拒否の意思がなく家族が同意すれば移植可。臓器提供者は年齢0才から。
B案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。臓器提供者は12歳以上。
C案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。脳死判定を厳格化する。移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。臓器提供者は15歳以上。
D案
本人に臓器移植の意思がある場合のみ脳死を死とする。15歳以上の移植には本人の意思表示と家族の同意が必要。15...続きを読む

Q民法上の家族、臓器提供など医療上の家族について

民法上の家族、臓器提供など医療上の家族について
臓器移植に家族の同意」というマスコミがあった。
そこで、家族とは
昔、学問の哲学で、家族とは{社会を構成する最小集団」ーという主旨を教わった記憶がある。
それで「家族」ですが、
今、相続など民法上の問題にかかわっていることもあり、臓器移植の「家族」に巡り合いそれでは家族とは、その範囲は・・・と。
そこで、家族とはどうなりますか

Aベストアンサー

民法には「家族」についての定義はありません。「親族」というのは定義されていますが。以下の通りです。

第725条 次に掲げる者は、親族とする。
1.6親等内の血族
2.配偶者
3.3親等内の姻族



また、臓器提供については、「臓器の移植に関する法律」という別の法律で規定されています。そこでは「家族」「遺族」という言葉が使われていますが、その範囲については厚生労働省のガイドラインで以下のようになっています。


第3 遺族及び家族の範囲に関する事項
1 臓器の摘出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については、一般的、類型的に決まるものではなく、死亡した者の近親者の中から、個々の事案に即し、慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが、原則として、配偶者、子、父母、孫、祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし、これらの者の代表となるべきものにおいて、前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとすることが適当であること。ただし、前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が出された場合には、その状況等を把握し、慎重に判断すること。
なお、死亡した者が未成年であった場合には、特に父母それぞれの意向を慎重かつ丁寧に把握すること。
2 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても、上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。


(参考)
http://www.jotnw.or.jp/jotnw/revision.html

民法には「家族」についての定義はありません。「親族」というのは定義されていますが。以下の通りです。

第725条 次に掲げる者は、親族とする。
1.6親等内の血族
2.配偶者
3.3親等内の姻族



また、臓器提供については、「臓器の移植に関する法律」という別の法律で規定されています。そこでは「家族」「遺族」という言葉が使われていますが、その範囲については厚生労働省のガイドラインで以下のようになっています。


第3 遺族及び家族の範囲に関する事項
1 臓器の摘出の承諾に関して法に規定する「...続きを読む

Q改正臓器移植法適用二例目で脳死判定された若い男性の心臓、肺、肝臓、腎臓

改正臓器移植法適用二例目で脳死判定された若い男性の心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、眼球が移植されましたが、この男性は生前に書面による移植の意思表示がなく、ご家族の判断で移植を承諾したと公表されています。ところが、この男性が「移植などしたくない」と生前に言っていたとのある知り合いの方の発言もあるそうで、事の真相は死人に口無しにより今となっては確かめようもありません。移植によって助かる命があり、多くの方々が移植臓器を待っているのですとの説得を受け、ご家族の方々が事実上承諾させられてしまっているというシーンも目に浮かびます。臓器移植による金銭授受などないことを祈りつつも、このようないい加減なことで人の命の終焉が左右されてよいのでしょうか。ものすごく疑問を感じます。この改正臓器移植法の実態、真実を教えてください。

Aベストアンサー

>0.1%生きる可能性があるのなら、

脳死から復帰できる可能性は0%ですよ。
99.9%死んでいるというのは見た目の話です。
現代の医療では脳死から復活させる技術はありません。

一応世界中の報告例含めれば0.0000001%ぐらいは可能性ありますが、
そんな確率まで含めるのなら心停止や肺停止も復活する可能性がゼロとは言えなくなります。
心停止して葬儀時に生き返ったなんて例もあるぐらいですから。

そんな例まで可能性として含めるのなら、どんな状況でも生きているという判断しか出来ません。
さきほど挙げたような「頭部の無い人間」も生きてることになってしまいます。
しかし法律上ではそれは死亡したものとみなされています。

結局は、法律上で線引きを作るしか無いんですから、
意思表示が出来ず自主的に内臓機能が動かない状態で復活する可能性が99.99999999%無いものは「ほぼ死亡」とみなさざるを得ないということです。


それに、医療業界もそこまで低い可能性のものまで治療を続けてたら
今度は助かる可能性の高い人達を助けられなくなりますよね。

実際には殺すわけじゃなくて「延命医療の停止」ですから、
99.99999999%助からない人への治療のために99%助からない人を見捨てるべきか
という問題も発生するでしょう。

>0.1%生きる可能性があるのなら、

脳死から復帰できる可能性は0%ですよ。
99.9%死んでいるというのは見た目の話です。
現代の医療では脳死から復活させる技術はありません。

一応世界中の報告例含めれば0.0000001%ぐらいは可能性ありますが、
そんな確率まで含めるのなら心停止や肺停止も復活する可能性がゼロとは言えなくなります。
心停止して葬儀時に生き返ったなんて例もあるぐらいですから。

そんな例まで可能性として含めるのなら、どんな状況でも生きているという判断しか出来ませ...続きを読む

Q臓器移植について

臓器移植法が出来てからは、本人や家族の希望する身内の人への移植は、認められていないのでしょうか?

Aベストアンサー

 現在の臓器移植法では、身内への提供についての是非については、明文化されていませんでした。

 そこで、昨年7月に聖路加国際病院(東京都中央区)で、脳死と判定された60代の男性から、腎臓を家族らの2人に移植するのを厚生労働省が認めました。

 そこで、厚生労働省の臓器移植委員会は会議を開き、提供された臓器を公平に配分すると言う臓器移植法の基本精神に反するとして、7月上旬に現時点では認めないことを決めて、厚生労働省は臓器移植法の運用に関する指針を変更することとしました。

Q 改正臓器移植法により尊厳死が自由にできる?

 改正臓器移植法により尊厳死が自由にできる?

 

 現行では、脳死の患者がいて、治る見込みがまったくなく、家族も希望しているのに尊厳死は認められていないと思います(そのように理解しているのですが、もし尊厳死が認められる方法があればあわせて教えてください)。したがって、患者もそのままだし、家族も治療の精神的、経済的負担はそのままずっと続いていくと思われます。

 ところが改正臓器移植法により、患者が明示的に臓器移植を拒否していなければ、家族の同意で臓器移植が認められるようになりました。これにより、尊厳死が自由にできるようになったと思われます。

 すなわち、家族側にしてみれば、「治らないなら、さっさと治療を中止したい。でも尊厳死をお願いすると医者から同意されない」という場合、同法により治療中止の要件が整ってしまうことになります。「そういえば、父親は大昔に、自分が死ぬときは臓器を提供したいといっていたような気がしないでもない、証拠はないけど。」といえば、それだけで実質的に当初希望していた尊厳死が実現できてしまうことになります。

 何かとても怖い気がします。家族が脳死患者をもう不要だと思えば、家族の意思で患者を生かすも生かさないも判断できるように法律が変わってしまったとしか思えません。臓器提供しなければ尊厳死が認められないのに、本人の明示的な意思がないのに、家族の一言で(臓器を提供することにより)尊厳死が認められるというのは違和感を感じますが。かなり直接的な言い方をしていますが、家族も患者も臓器提供にはなんら関心は無い、でも早く延命治療を中止したいので、臓器提供を理由にするということにつながらないでしょうか?

 それとも、脳死患者の場合、今まで尊厳死が認められなかったが、家族の負担、治療に要する国庫負担など総合的に考え、やむをえないということなのでしょうか?

 もちろん、今回国内初の例となった方々のことを言っているわけではありません。ただ、今回の事例をみていて、今後、臓器提供を理由に延命治療中止件数が急増するのではないかと素朴に思っただけです。

 

 改正臓器移植法により尊厳死が自由にできる?

 

 現行では、脳死の患者がいて、治る見込みがまったくなく、家族も希望しているのに尊厳死は認められていないと思います(そのように理解しているのですが、もし尊厳死が認められる方法があればあわせて教えてください)。したがって、患者もそのままだし、家族も治療の精神的、経済的負担はそのままずっと続いていくと思われます。

 ところが改正臓器移植法により、患者が明示的に臓器移植を拒否していなければ、家族の同意で臓器移植が認められるようにな...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも脳死というのがどういう状態かご存じでしょうか?


人間の「死」の定義は医療技術の進歩によって曖昧になってしまいました。

昔なら心臓が長時間止まった時点で死亡とされていましたが、
現在は医療により臓器を半永久的に動かし続けることが可能になってしまったからです。

極端な話、頭が吹っ飛ばされて完全に頭部が無くなった人でも、
血管をつなぎ合わせれば臓器を動かし続けることも出来てしまうわけですよ。


しかしそれを「生きている状態」と呼んで良いものか。というのが現在の議論です。


それを生きている状態とするならば、
ES細胞で培養した心臓などの臓器もそれぞれ「生きている」ことになります。

だから脳の生死が基準であり、
脳死患者は「人間の形をした物体」つまり死体だと考えるべきだということです。


延命中止件数は一時的に急増するでしょうが、
それは現在治る見込みの無い死体を大量に延命治療してたからであって、
そもそも治療してたことがおかしかったのだと思います。

Q脳死と臓器移植について。

脳死や臓器移植のことについて無知なので教えてください。

今の法律を変えて、脳死を人の死、と認めた場合
これまでより臓器提供・臓器移植は増えるのですか?

教えてください><

Aベストアンサー

若干、質問の意味がわかりかねますが、
ご質問の内容は、
現在の原則として心臓死を人の死とし、
臓器提供の意思表示をしている場合にのみ、
脳死判定を経て、脳死を人の死と認める制度から、
意思表示の有無にかかわらず、
脳死段階で人の死を認めた場合、ということですよね。

現在の臓器移植法では
本人や本人がそういう状態になったときの親族の
同意がない人から
臓器をとることはできませんので、
仮に脳死を心臓死と同じく人の死と
定義を変更しても
臓器移植の増減には大きな影響はないと思います。

私は臓器移植法の施行直後から、
いろいろとかかわりもあり、医師とも話をする機会が非常に多かったのですが、
当時、医師からは、正直施行当初の臓器移植法と社会環境では
絶対に臓器移植は増えない、と言われました。

その理由は脳死判定の手順や
条件が厳しすぎることなどもありますが、
最大の問題は国民の理解が進んでいないことと、
脳死判定の信ぴょう性だと言われました。

よく、普通の人は勘違いしているのですが、
脳死と植物人間は決定的に違うということです。
簡単に言うと植物人間状態というのは、
脳が生きている状態で、
回復の見込みは薄いですが、
回復の見込みがないとも言い切れない状態ですが、
脳死とは文字通り、もはや脳が機能せず、
ほうっておけばそう遠くないうちに心臓も停止する状態で
絶対に回復の見込みのない状態を言います。

医学的にはそうわけられるのですが、
普通の人は脳死状態に陥っているといわれても、
心臓が動いている以上、
回復の見込みがあるんじゃないか、と
期待してしまうものなので、
脳死段階でもう死んだことにしていいですよ、と
言いづらかったわけです。

さらに遺族の心情的なものですが、
遺体となったらきれいなままで送ってやりたい、
死んだあとで遺体を切り刻まれるというイメージに
拒否感を持つ遺族も多いです。
(同様の理由で解剖も拒否されることがありますし)

それとは別に医師が脳死判定を行った結果、
脳死であるという判定が正しいのか、
行った手順で脳死が確定なのか?という課題もあります。
(一応、現在の手順でも正確に行われれば、
 判定ミスはありえないらしいですが)
さらに臓器提供を前提とした脳死判定では、
提供される臓器を一刻も取り出したい、という思いで、
脳死判定がおざなりに行われるのではないかという危惧も示されました。
(第一例が出るまでは、下手したら功名心にはやった医者が
 必要のない脳死判定を行うのではないかとも警戒されました)

その後、改正を経て、施行当初の
臓器移植不可能法といわれたころに比べれば、
ずいぶんと条件が緩和され、
数も地味に増えてきていますが、
臓器移植を一般的な医療に近い形まで
増加させたいのであれば、
法律の整備もですが、
それ以上に遺族となった時の心構えや
脳死に対する正確な知識の頒布、
さらに医療サイドでの厳格な運用が
(一度でも脳死でない人を脳死と判定すればおしまいです)
求められるのではないかと感じています。

若干、質問の意味がわかりかねますが、
ご質問の内容は、
現在の原則として心臓死を人の死とし、
臓器提供の意思表示をしている場合にのみ、
脳死判定を経て、脳死を人の死と認める制度から、
意思表示の有無にかかわらず、
脳死段階で人の死を認めた場合、ということですよね。

現在の臓器移植法では
本人や本人がそういう状態になったときの親族の
同意がない人から
臓器をとることはできませんので、
仮に脳死を心臓死と同じく人の死と
定義を変更しても
臓器移植の増減には大きな影響はないと思います。

私...続きを読む

Q臓器移植法改正について。

こんにちは。いつもお世話になってます。

今日、臓器移植法改正が叫ばれていますよね。その論点の一つは、「15歳未満からの臓器提供を認めるか否か」ということだと聞きました。

今までは民法の関係などから、15歳未満は意思決定能力(?)がないという理由で、認められていなかったようです。そこで、
(1)みなさんは、15歳未満でも認めていいと思いますか?
(2)もし、これに関するいいサイトをご存知の方がいたら教えてください。

私は個人的に賛成です。移植のために外国へ行く子どもたちにとって、長旅は精神的・肉体的にもつらいことだと思いますし、費用も馬鹿にならないと思います。そのほかにもありますが、皆さんのいろいろな視点からの意見を聞きたいです。お願いします。

Aベストアンサー

「皆さんのいろいろな視点からの意見を聞きたいです」 とあるので私見を述べます。

「ヒトの死」 って何だ、と思いますか。例えば、片腕なくなった状態で 「死んだ」 と思いますか。悪性腫瘍で臓器摘出受けた段階で 「死んだ」 と思いますか。神経疾患で心臓すら動かなくなり人工心臓をつけたが意思表示ができ思考も可能な状態を 「死んだ」 と言いますか。

「死」 をどう定義づけるか、またどのように 「死」 に向かい合うか、これは最早個人の価値観で、絶対的なものはありません。

今回の中越、以前の阪神、大地震の際義捐金が集まるのは何故でしょう。もちろんすべての人が寄付する訳ではなく、中には見返りを期待している人もいるかもしれませんが、多くはそうではないでしょう。自分ができる範囲で、困っている他人に渡せるものを少しでも渡せれば、と思っているだけでしょう。

つまり、臓器移植のドナーとなるヒトが考えていることは、この二つの整合性が取れている、と言うことです。

「ヒトの死」 を、昔は 「心臓死」 で捕らえていましたが、科学の進歩により 「脳死」 の概念がでてきました。殆どの場合 「心臓死」 に引き続き速やかに 「脳死」 に至りますが、「心臓死」 をしてもその代替が効く以上 「脳死」 にはなりえないことがあることは承知しています。ところが 「脳死」 に至った場合は、回復はしません。ときに、「植物状態」 と 「脳死」 を混同して、「脳死」 も回復するなどと妄言を吐いている人もいるようですが、科学的には 「脳死」 は回復しません。ただ、その判定基準 (現在の竹内基準は大方認められていますが、完全と言えるか、と問われれば、まだ問題は残っているでしょう) が難しいだけです。個人的には 「脳死」 こそ 「ヒトの死」 である、と断言します。

一方、「死体」 をどう捕らえるか、これがまた厄介で、日本人特有の執着があります。少し古い話になりますが、飯塚 訓 (著) 「墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便」 の中に、日本人はばらばら遺体を全て捜そうとし 「足がないと三途の川を渡れないから」 と言う反面、外国人は 「神に召されたのであるから、死体なぞどうでもいい」 に類する話をする、という場面が出てきます。つまり、「死体」 に何らかの意味を持たせるのか、最早それは故人と関係のない 「単なる物体」 と考えるか、の違いです。

一方、溺れかかっている子供を助けようとすることを、貴方は否定しますか、肯定しますか。

治療手段があるにも係らず、その手段を講じず患者を死なせた医師を、貴方は賛美しますか、非難しますか。

そこに、移植可能な臓器があり、移植を受ければ助かる患者がいるときに、手をこまねくだけで患者の死を待つ医師、何とか移植をし患者を助けようとする医師、貴方はどちらを選びますか。

この三質問、できたら回答して欲しいんですが。

科学の進歩に伴って、「死」 の概念が変わりつつあり、一方で移植医療が可能になってきました。そこで生じてきた問題です。「死体」 をものと捉えれば、年齢に係らず、臓器提供を行なうことは、妥当だと思います。死んでしまえば、故人の意思は無視されます、例え本人が生前に臓器提供の意思を示していても、遺族がそれを拒む例は、結構あります。臓器提供どころか病理解剖でも同じです。

最終的には、個人の価値観による判断としか言いようがありません。個人的には制度開始時点で 「臓器提供カード」 に提供意思を示していますし、U.S. では自動車運転免許証の裏に個人の意思 (遺族の了解は必要としません、これは日本との大きな違いで) での提供を明示してあります。「脳死」 こそ 「ヒトの死」 であって、「死体」 はは 「脳死」 段階で自分とは関係がない物体に変わっているものですから、使えるのであれば使ってもらって一向に構わない、と考えているからです。

質問者が考える際の参考になれば幸いです。ただ、「脳死は臓器移植のために生まれた」 という解釈は間違いです。

「皆さんのいろいろな視点からの意見を聞きたいです」 とあるので私見を述べます。

「ヒトの死」 って何だ、と思いますか。例えば、片腕なくなった状態で 「死んだ」 と思いますか。悪性腫瘍で臓器摘出受けた段階で 「死んだ」 と思いますか。神経疾患で心臓すら動かなくなり人工心臓をつけたが意思表示ができ思考も可能な状態を 「死んだ」 と言いますか。

「死」 をどう定義づけるか、またどのように 「死」 に向かい合うか、これは最早個人の価値観で、絶対的なものはありません。

今回の中越、以前の...続きを読む

Q臓器移植の年齢について

日本は15歳未満の人からの臓器移植は禁止されていると聞きました。
小さな子がアメリカに手術をしに行くと聞いたのですが、15歳未満の人が日本で臓器移植して貰うのは禁止されているのですか?
それとも別の理由があってアメリカに行くのですか?
調べてみたんですけど、分からなかったんで解答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本の現在の法律では、臓器移植は本人の意思で行うべきであり、15歳以下では自分の意思で判断できないからという理由で、15歳以下の子供はドナーになれないのです。
従って、提供される臓器がないために外国まで行くのです。

Q臓器移植法施行後、最初に行われた手術は、いつ・何処でですか?

こんにちは。タイトルの通りなんですが、臓器移植法が施行されて、初めて脳死臓器移植手術が行われたのは、いつで、何処の病院だったのでしょうか?
知っている方、教えて下さい!

Aベストアンサー

1999年3月1日、大阪大学附属病院で行われた心臓移植手術が初みたいです。

Q小児の心臓移植

カテが違ってたらごめんなさい。
心臓移植ですが、日本では何歳から移植を認められてるのですか?
それとも日本では心臓の移植はまだ認められてないのですか?
教えて下さい!!

Aベストアンサー

参考URLによれば、日本では15歳未満の脳死臓器提供は認められていないということですね。
(大人への国内の心臓移植はすでに行われています)
心臓移植に限らず、死後提供の出来る腎臓や角膜など以外は子どもへの臓器移植は難しそうですね。
子どもの脳は可塑性がたかくて(奇跡的に回復することがある)、脳死判定が難しいという事情もあるかと思います。

参考URL:http://www.asas.or.jp/jst/reports/heart.html


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