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インパール作戦で日本が負けた要因を教えてください。

A 回答 (4件)

もともとインパール作戦は無謀な作戦でした。


事前の作戦会議でも補給のめどが立たないことを指摘した参謀長を解任してまで無理に実施した作戦であるとともに、米英軍の補給能力を過小評価していました。
一時的にはインパールの近くまで迫ったものの、兵器も食料も無くなり撤退せざるを得なくなりました。
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この回答へのお礼

米英軍の戦力はどうだったのでしょうか

お礼日時:2005/07/08 11:50

確かに補給の軽視は日本軍の伝統的風習といえますが


私は
1.事前の地形調査とそれを克服する手段を見誤った
2.補給の対象は食料、弾薬、兵器、医薬品など多岐に  わたるのにそれらに十分な手配を欠いた。
3.米英軍の戦力の推定が不十分であった。 特に空輸  能力を全く考慮に入れなかった。

これらの要因が重なって負けるべくして敗北したのだと思います。
1.については航空写真や地形図では実際に歩いてこれ  を越える兵士の体力がどれだけ消耗するかなど上  級指揮官になるほど判らぬものです。
  補給の確保については多数の家畜を集めこれらに  積送するなど工夫はこらされたのですがこれらの  家畜に対する配慮を欠き、徒に斃死させて計画が  破綻しても攻撃継続に執着しました。
2.については重量のある兵器、弾薬の輸送を人力にた  よる日本軍は険峻な地形での戦闘に不利な事は自  明である事に配慮が不足した。
  南方戦線での医薬品は弾薬同様に重要なのに伝統  的に軽視されていた。
3.地形などの条件は敵も同様なのですが米英軍には空  中輸送とゆう手段がありました。 特に小火器の  弾薬は補給は容易でした。
  迫撃砲なども弾薬ともに投下できます。
  制空権を失っている日本軍にはこれを阻止する手  段はなかったのでただ傍観するしかありませんで  した。

軍司令官の判断に根本的な問題があったとはいえ出発した兵力の半数が餓死、病死、自殺した責任がうやむやになったのは理解できません。
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辻政信氏によるノモンハン事件と牟田口廉也中将によるこのインパール作戦は、旧日本軍の精神論を振りかざすだけでその無謀ぶりをよくあらわしているものだと思います。



辻政信氏にしても牟田口氏にしても瀬島龍三氏にしてもよく世間に対して臆することなく戦後ものうのうと生き続けたものですよね。詳しくは下記のサイトをご覧ください。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3% …
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この回答へのお礼

やはり「もののふ」のような凛としたものがこの時代の軍人には感じられませんね。

お礼日時:2005/07/08 11:51

雨季での道路のぬかるみによる補給線の遮断が大きいと考えます

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この回答へのお礼

補給がうまくいかなかったのですね。
仮に補給がうまくいったとして勝てたでしょうか?

お礼日時:2005/07/08 10:36

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