中韓の人々が、「日本はドイツを見習うべきだ」とよく言います。私も、ドイツと日本の戦争責任とか戦後のすぐの軍事裁判について勉強しているのですが、ドイツの文献はなかなか手に入りません。そこで教えてほしいのですが、

1 ニュルンベルグ軍事裁判に関する初心者向けの本
2 ドイツは日本が結んだサンフランシスコ平和条約のような講和条約を連合国と結んでいるのでしょうか?
3 ドイツは侵略戦争をしたということを、たとえばポーランドやフランス、オランダなどに謝罪しているのでしょうか?

以上3点、よろしくお願いいたします。

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A 回答 (4件)

次の2点に関してお答えします。



2 ドイツは日本が結んだサンフランシスコ平和条約のような講和条約を連合国と結んでいるのでしょうか?

していません。何故ならロシア・フランス・ポーランド・チェコによる潜在的ドイツ人居住地域の占領が終わっていないという問題があるからです。


3 ドイツは侵略戦争をしたということを、たとえばポーランドやフランス、オランダなどに謝罪しているのでしょうか?

 ドイツが1974年以降どこを侵略したのでしょうか?侵略の定義は僅か30年前に出来たものであり、それ以前の戦争では侵略という概念がありません。ちなみに日本のA級戦犯が裁かれたのは対米英中蘭に対して宣戦布告したことです。侵略に関しては裁かれていません。
 ドイツとしてはポーランド戦に関しては住民投票を無視し、ドイツ系住民に対するポーランド軍及びポーランド警察の住民弾圧から住民救済をするために出兵したのです。オランダは通過点として通っただけです。フランスはフランスが先に手を出したのであってドイツ側から宣戦布告した訳ではありません。

 ドイツのWW2に関する公式見解は全てナチスが悪いのであってドイツ国民も被害者である。ドイツとしては被害を受けた住民に対して被害相当額の弁済はするというものです。

この回答への補足

>ドイツが1974年以降どこを侵略したのでしょうか?侵略の定義は僅か30年前に出来たものであり、それ以前の戦争では侵略という概念がありません。

私が「ドイツの侵略戦争」といったのは、1939年のポーランド侵攻のことですが、これは侵略戦争とはいえないのですね。そうですか、侵略の定義は僅30年前にできたものですか?これは知りませんでした。

>ちなみに日本のA級戦犯が裁かれたのは対米英中蘭に対して宣戦布告したことです。侵略に関しては裁かれていません。

おっしゃるとおり、東京裁判では、訴因に「侵略」という言葉は入っていませんね。改めて児島襄の「東京裁判」を読み返してみたのですが、訴因の一覧表(上の132~133ページ)には「侵略」という表現はありません。これも目からうろこでした。

>ドイツのWW2に関する公式見解は全てナチスが悪いのであってドイツ国民も被害者である。ドイツとしては被害を受けた住民に対して被害相当額の弁済はするというものです。

こういうことをもっと日本人は勉強して、中韓などの言いなりにならないでひとつひとつ反論していくことが大切だなあと感じました。反論だけで和解は生じませんがお互いの言い分を言い合うことがその第一歩であるような気がしました。

どうもありがとうございました。

補足日時:2005/08/23 21:00
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「ドイツの戦争責任と謝罪」について知りたいなら、


以下のサイトから行き届いた答えが得られると思います。

あなたが本当にドイツ人のやり方から学ぼうとする方ならば、
多くの意味で力付けてくれるでしょう。

 

 

参考URL:http://www.geocities.jp/dasheiligewasser/
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この回答へのお礼

拝見しました。これからしばしば訪問しようと思っています。早速お気に入りにも登録しました。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2005/08/23 22:10

戦勝国は敗戦国から賠償金を取る事は禁じられています。


日本はその為に 有償無償の政府間援助と言う言葉のあやを使って賠償してきました。no1さんも言われているとおり目覚ましい経済発展が有ります。

ドイツは国家に出来ないので個人に対してを中心に賠償してきたと思います。

ニュールンベルグはユダヤ人虐殺で有り、東京裁判は人道に対する裁きです。

ヨーロッパは日本で言えば戦国戦であり、私の知る限りでは日本のような謝罪はしていません。
独裁者ヒットラーに従った事の重大さを常に認識する様に ハイルヒトラーと言えば刑務所ーーと戒めています。

戦後責任や謝罪そのものが不要なことだと考えます。

インド植民地 仏領シンドシナ(ベトナム)上海共同疎開 北京共同疎開 等などの植民地政策に対して イギリス フランス ポルトガル スペイン オランダなど謝罪していますか。

戦後50カ国だった国が現在190カ国程度ありますが、現在の世界を作ったのは、十字架上の日本ーーといって国際連盟を脱退した(人種差別問題と植民地政策)日本の行動にある事も知っておく必要があります。

この回答への補足

>戦勝国は敗戦国から賠償金を取る事は禁じられています。

サンフランシスコ平和条約では大多数の連合国が賠償金を日本から取ることを放棄しましたが、日本は、東南アジアの国々の一部には先方からの要求があってのことですが、賠償金を支払ったと認識しているのですが・・・。

ドイツが謝罪をしていないことは事実のようですね。また、植民地政策を取ったヨーロッパの国々も。

どうもありがとうございました。

補足日時:2005/08/23 20:52
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答えではないです。


それは身近な中韓の方に言われたのでしょうか?
(すいません、ニュースソースで聞いたことないもので)
どういう意味で見習うべきかがはっきりしませんが、
ドイツは北大西洋条約機構(NATO)の加盟国で軍隊を持っています。
仮に彼らの言う謝罪をすれば同じように自衛隊を増強し、
アメリカとの軍事関係を増強しても構わないということなのか、
その主張の根本にあるものを聞いてみたいと思いました。
身近な人の場合そう言ってみて頂きたいなぁ、そこで戦争になっても責任取れませんが・・。

謝罪という点では、金銭面でも円借款という援助を行っていました。
それで現在の中韓の繁栄した状況があるわけです。
そのことを棚に上げて、さらなる金銭を要求しようというのは
過去の歴史から見ても言いがかりとしか思えません。
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この回答へのお礼

>それは身近な中韓の方に言われたのでしょうか?

1998年の日中友好30周年記念番組(確かTBS)で日中の著名人による意見の交流会(生番組)がありましたが、ソニーの会長か社長の出井さんが日中の溝と和解について発言したとき、中国側の出席者が、「それならドイツとポーランドの間で行われたことを見習うべきだ」という趣旨のことを言いました。このとき出井さんはカチンときたようで、「揚げ足を取らないでほしい」とやや感情的になったのが印象的でした。中国側は、そう言えば日本はへこむとでも思っているような風情でした。

他にも韓国のノムヒョン大統領も先日のドイツ訪問でそのような趣旨の発言をしたことをネットニュースで読んだことがあります。

サヨク系の本では結構出てきます。

早速のコメントを感謝いたします。ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/23 20:27

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その抑止力があるとすれば核でしょうか。つまり、今度大戦をやったら勝者はいないという意識が辛うじてそのような事態を食い止めているのかもしれません。

第二次大戦は規模が大きかったから目立つだけで、歴史的にはむしろよくあるパターンが再度繰り返されたように見えます。

つまり経済的に貧しい国が、富国強兵・富国強兵で軍備を増強して富裕国へ攻め込むというパターン。第二次大戦ではこのパターンの国がドイツと日本の2国あったので規模が大きくなりましたが、世界史的にはゲルマン人のローマ帝国侵略とか、突厥の中国蚕食とか、中世の十字軍も広い意味でいえばそうであるし、日本史でも武田軍の信濃侵攻とか、島津軍の九州北上みたいなもの。これらの場合...続きを読む

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あまり自信が無いので他の投稿を待っていたのですが、悪しからず。 まず御質問者におわかりいただいているのか否かが、回答者の側に良く分からない部分が大きいように思えます。 どう答えたら良いか窮する意味があります。

まず戦後の日本は、アメリカの経済力を借りて経済復興した事は、御存知ですよね。 これは、特に朝鮮戦争が原因で朝鮮半島での米軍の軍事行動を「後方で支援する」ための支援基地として「日本の位置」が重要になりました。 特に朝鮮戦争特需で日本人は金を掴むことができ、その後の文化・教育・メディア方面など様々な領域に渡り経済活動が発達しました。 「特にアメリカの友人である朝鮮人は」朝鮮半島での米軍の軍事活動を正当化する上でも優遇されました。
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>中国やロシアが日本にせめてくるのを防ぐためですか?
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Aベストアンサー

条約を結んだのが中国ではなく、清国であるというのが理解のカギだと思います。

イギリスや日本といった国民国家は、国民が滅亡するまで戦います。
国家の敗北を国民の敗北と認識するからです。

国民国家以前の国家の指導者の考えでは、外寇より内乱が怖い。
国民が死ぬまで国家のために戦ってくれないから。

たとえば、1945年終戦の段階で、日本の指導者層の一部がおそれたのは、陸軍のクーデターによる赤色革命だったりする。それが怖くて、アメリカに降伏した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%95%E9%9B%B2%E5%8D%81%E5%85%AD%E5%B7%9E
外敵と戦うよりは、内敵と戦うために割譲するというのが、行動パターンです。

人海戦術を使えるのは、人民が国家と一心同体になれることが必要であり、清国の段階ではそれは不可能というか、発想すらしないでしょう。

清国自体が、明の内乱に付け入って本土支配に成功しているのですから

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無知なので、第二次世界大戦についてくわしく知るところがないのですが、第二次世界大戦をロシアの目線から説いたものや第二次世界大戦がロシアに与えた影響について知りたいのです。なにか参考になる文献などをご存知の方、いらっしゃいませんでしょうか。
どんなささいな資料でも大変助かります。

Aベストアンサー

こんにちは。
ロシアに関する情報サイトを挙げておきます。
英語やロシア語のものが多いですが。
http://www.slavweb.com/jp/Russia/defense-j0.html
↑ここの歴史→第二次大戦をご覧ください。

ちょっとズレますが、日露戦争についての小説に
司馬遼太郎さん著“坂の上の雲”
というものがあります。
全8巻という長編ですが、戦争への流れやその進み方
当時のロシアがどういう感じだったか、
何故日本のような小国が勝つことができたか等
分かりやすく書かれています。
全てが事実ということはないのでしょうが、
もしご興味があれば、読まれてみてください。
それでは。

Q日中戦争は侵略戦争か

日本は中国を侵略したと云います。ではそのメリットとは何でしょうか。石油があったわけでもない、戦艦や戦闘機を作る必要もない、陸軍省「5ヵ年計画」も対ソ連戦争を目的にしたものでした。それゆえ石原莞爾も永田鉄山も日中戦争には反対だった(そんな事してる場合じゃないと)。そこで日中戦争を侵略だという人にお聞ききしたい。日本は、誰が何のために中国を侵略したのでしょうか。果たしてその人物は、日中戦をどう着地させようと企んだのか、よろしく教えたまわれかし。

Aベストアンサー

 当時の日本は、外交を担当している内閣と軍は同格の存在(統帥権の独立)で、内閣の意向を無視し、日本にある軍参謀本部の指示も無視して、現地日本軍指揮官・参謀が戦線を拡大してしまったので、開戦時に着地点を考えて開始したとは思えません。現地日本軍には、中国政府と交渉する窓口がありませんから。
 圧倒的に勝ってしまえば、中国政府と日本政府の間で、日本に有利な戦争終結になるはず程度の思惑であったのでしょう。

 しかし、満州のように、中国政府から半独立の地域(張作霖の息子の張学良の支配地同然)とは異なり、日華事変による日本の進軍地域は、中国の中心部に近く、中国側が停戦できるような自然・社会的ラインが存在していませんから、現実を踏まえて具体的ラインを想定していたとは考えられません。

・具体的に・・・細かく長くなりますが・・・
 満州事変と支那事変(日華事変・日中戦争)は、ある点で性格を全く異にしています。

<日本の政権構造と満州事変・日華事変・太平洋戦争(=対米戦争)の詳細経緯>

 戦前の政治体制では、軍(皇軍=天皇の軍隊。陸軍=参謀本部、海軍=軍令部)と内閣(=行政府)は同格の存在として、天皇の下に並立しています。(統帥権の独立)
 明治・大正時代までは、枢密院が天皇の補佐として実質的に日本の政治・軍事を統括した国政の主導機関として機能していましたから、並立する軍・内閣を統合するシステムが存在・機能していました。

 ところが、昭和になると枢密院の権威の低下と(枢密院は事実上、その構成員の個人的力によって動いていました。明治時代の枢密院のメンバーは、明治維新の立役者であり、倒幕軍の指揮官を経て新政府の高官となった人が多く、軍・政両方に幅広い人脈を持ち、両者を統括する力を持っていました。)、天皇自身のリベラルな考え方(美濃部達吉の天皇機関説とほぼ同じ考えを持っており、御前会議では、ほとんど異議を唱えませんでした。例外は2・26事件と終戦の決断の二つといわれています。)の結果、軍と行政を統合した国際的視野を持った政治判断が失われてていきます。

 この、政治=外交と軍事を統合する視野を欠いたまま、満州事変・支那事変(日華事変・日中戦争)が起こっていきます。
 ですから、中国本土への介入が日本と言う国家にプラスかと言う国家としての戦略的判断なしに、支那事変が起こり継続されたと考えています。

・満州事変
 「石原莞爾」という特異な才能の元で、演出されました。

 上に述べたような政治状況の中で、政府・参謀本部ともに「満州では、張学良と極力事を構えない。」方針でした。(満州の軍閥、張学良の兵力は、満州に駐留している日本軍の10倍あるといわれていたからです。)
 ところが、満州派遣日本軍(=関東軍)の参謀であった石原莞爾・板垣征四郎が、この方針を無視して軍事行動を起こし、張学良軍を電撃作戦で圧倒、軍事作戦としては大成功をおさめ、満州を占領してしまったのです。
 この大戦果に、参謀本部・日本政府ともに関東軍の軍事行動を追認し、満州国建国に至ったのです。(ここまでは、石原莞爾の戦略通りの展開となりました。)

 その結果、石原は陸軍同期の中で最も早く大佐となり、陸軍内部で「軍参謀は中央の方針に反しても、作戦で戦果を挙げれば、出世する。」という認識が生まれることとなりました。

 石原莞爾は、満州を取って「日本・朝鮮・台湾・満州を日本の経済圏として開発することに専念すれば、アメリカに対抗できる。」との見方を持っており、そのための戦略として、満州を勢力下に置いた後は、他国との軍事衝突は外交力を総動員して回避し、軍事費を抑え経済開発に専念するというものでした。

 日本は、当時一等国と呼ばれたイギリス・アメリカ・フランスに比べて支配地域が遥かに小さいため、イギリスなどのように植民地を未開発のまま薄く搾取する政策を取るのでは、これらの国に対抗できませんでした。
 そのため、支配民族のレベル向上による独立運動激化のリスクを知りつつも、占領地を徹底的に開発して国力向上を目指しました。

 国際連盟では、リットン調査団の報告にもかかわらず、常任理事国である日本の行動を容認する意見も強く(第一次大戦後の国際的な厭戦気分が影響しています。当初、ドイツもこの傾向を利用して、英・仏と戦うことなく国土の拡大を行ないました。)、石原莞爾の思惑通り事態は進むかと思えました。
 ところが、国際連盟で討議している最中に、日本軍が満州から中国に侵攻を開始(熱河作戦)し、面子をつぶされた国際連盟の諸国の態度が一変します。 

<理由>
 第一次世界大戦後の世界平和の空気の中で、「中国に関する9カ国条約」1922年が結ばれ、(列強がヨーロッパの戦線に全力を傾けていた隙に日本が対華21カ条の要求をしたことが遠因)
 中国の門戸開放
 列強の中国に対する機会均等
 中国の国家としての主権尊重の原則
が確認されました。
 この条約に対する日本の違反に対して、『満州は中国ではない』という論理が、一応成立する余地があり、満州族の清朝皇帝溥儀を擁立しました。
 ところが、熱河作戦の地域は、山海関を越えていて満州ではありません。

・支那事変(日華事変・日中戦争)
 石原莞爾は、1937年の日中戦争開始時には参謀本部作戦部長となり、内蒙古での戦線拡大(熱河作戦以後)に作戦本部長として、中央の統制に服するよう現地にまで出かけていって現地軍指揮官の説得に勤めましたが、かえって現地参謀であった武藤章に「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と嘲笑される結果となりました。
 戦線が泥沼化することを予見して、石原は不拡大方針を唱え戦線の拡大を抑えようとしましたが、当時関東軍司令長官東條英機ら陸軍中枢と対立し、1937年9月には参謀本部から関東軍に左遷され、支那事変は継続していきます。

 日中戦争を開始した中国派遣軍参謀を評して、石原は「鵜の真似をする烏」と言ったらしのですが、過去の自分の行動が影響を与え、石原の戦略は崩壊することとなって行きます。

・満州事変の性格と支那事変の性格
 高校の日本史の資料・年表程度のものに目を通せば、その実態が分かります。

 満州事変(1931年)当時の日本陸軍の総兵力は45万程度で、「電撃戦での勝利」であったため、兵力・日本経済には大きな影響を与えていません。

 支那事変が、1937年7月に起こり、在留邦人保護と言う名目で継続され、1941年12月には、真珠湾攻撃を行い、アメリカとの戦いに入っていくのですが、それらの時点での主な統計数字を見れば実態が見えてきます。

 真珠湾攻撃をする直前の、日本本土・満州・中国大陸にある兵力は約190万(支那事変後に急激に増え、満州事変前の4倍になっています。参考:現在の日本=人口12000万の陸上自衛隊約16万、中国=人口13億の人民解放軍陸上兵力170万{誤差は大きいかもしれません}程度。)は、とんでもない数字なのです。
(陸軍兵力の急膨張で、士官学校出身の職業軍人は平時にはありえないような出世をどんどんしていったため、陸軍内部に日華事変の停止・撤退を望む声が盛り上がることはありませんでした。)
 対米、南方作戦のために、その後も更に兵員の数だけは増えていき、終戦時には、更に増え650万だったそうです。女性・子供・老人を除外した成年男子に対する軍人の割合を考えれば、国家経済が維持できるはずもありません。

 これだけの兵士を、生産を行わない「軍人」として動員したため、日本の戦前の各種工業生産力は1937年をピークに減少・横ばいを始めます。
 さらに、1938年には国家総動員法・1940年には食料の配給制が国内で始まります。

 アメリカとの戦いを始める以前に、中国との泥沼の戦争で、国力の大きな消耗が起き、顕著に国民生活を圧迫しているのです。

 政治が「軍」をコントロールしていれば、工業生産力を低下させてまで長期に戦いを続けることは考えられません。国益に明らかに反していて、無意味な消耗ですから。

 そして、中国側の焦土戦術(決戦をしないでどんどん内陸部に主力を後退させる戦略)によって、 中国側は「負けなければ勝ち」なのに対し、日本側は「勝たなければ負け」という、抗戦側の理論と侵攻側の理論のギャップで、戦闘を中止して撤退すれば『負け』という状況となっていました。
 
 『負け』ないためには、戦い続けるほかに方法はなく、アメリカから石油禁輸をされた日本(当時の日本産業の動力源は石炭。輸入石油の半分は軍が艦船・飛行機・車両の燃料として消費していました。)は、結局、中国からの撤退か、西太平洋の制海権を手に入れて、オランダ(既にドイツによって占領され、独立国家として機能していませんでした)の支配する領インドシナの石油を手に入れるかの選択となったのです。

付記:第二次世界大戦時の日本軍の人権問題について
 戦場では弱者に被害が続出します。特に補給能力が低かった日本軍の場合、アメリカ軍と日本軍が対峙した太平洋の島々では、弱者である日本兵に餓死・病死が続出しました。日本軍・中国軍と中国民間人が混在した中国戦線では、弱者である中国民間人に被害が続出しました。

 当時の日本は、外交を担当している内閣と軍は同格の存在(統帥権の独立)で、内閣の意向を無視し、日本にある軍参謀本部の指示も無視して、現地日本軍指揮官・参謀が戦線を拡大してしまったので、開戦時に着地点を考えて開始したとは思えません。現地日本軍には、中国政府と交渉する窓口がありませんから。
 圧倒的に勝ってしまえば、中国政府と日本政府の間で、日本に有利な戦争終結になるはず程度の思惑であったのでしょう。

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Q今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。

今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。
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また、そもそも日本は第二次世界大戦中にファシズム政治を行っているいるのか教えてください。

Aベストアンサー

俗説を盲信しているようですが、日本にはヒトラーのドイツや、ムッソリーニのイタリアのようなファシズムはありませんでした。 日本にファシズムが存在したと言う話をでっち上げたのは、アメリカ、イギリス、ソ連を始めとする当時の連合国側であり、第二次世界大戦は彼らによって「ファシズムと民主主義の戦争」だと規定され、後者の当然な勝利によって終結したと説明され、理論づけられたものです。 日本にファシズムがなかったことは、林房雄氏の著書『大東亜戦争肯定論』(夏目書房)を読めば良く解ります。

Qアメリカの太平洋戦争は侵略戦争ですか?それとも?

理由の如何に関わらずとにかく先制的に武力による攻撃を受け
それに応戦する形で始まった日米開戦ですが、これは
アメリカにとっては正当な自衛戦争なのでしょうか?

「侵略の定義」からいけば、日本国の領土内において爆撃等を
加えているので侵略だと思うのです。
しかし、自衛の考え方からいけば、自国の領土内で先に
攻撃を受けたので、自衛だと思いますが・・・
学者達の通説というかそういう見解があれば是非教えて下さい。

あと、原爆投下は明らかにハーグ陸戦法規違反だと思いますが、
それについても、専門家の見解等があればどなたか教えて下さいませ。
何卒、ヨロシクお願い致します。

Aベストアンサー

> 複数あるのは知ってますが、詳しくは知りません。
> ですが、細菌兵器や原爆などの恐ろしい兵器を
> 使用するのは違反だったような・・・・
> あと、一般の市民を無差別に爆殺するのも・・・?
> 貴殿が違反していると思われるもの全てをどうか列挙して下さいませ。
> 御願いいたします。

 そういう、事実に基づかない空論は私の嫌う所です。
 最低でも、条項を示してください。
 読んだことが無いなら、例えば下記をどうぞ。ウィキペディアでもいいですが。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/kaisetsu/other/hague_rikusen.html

> 援軍であって、戦争は、もう始まっているのだと思うのですが・・・?
> すなわち、日中戦争です。ですので日米開戦では決してないと思われますが・・??

 支離滅裂にしか見えないのですが、推敲していますか?
 援軍を出すということは、アメリカ軍は国民党軍の同盟軍だということすね。
 ということは、援軍を出した瞬間に、戦闘をしていなくても日米開戦です。

 世の中の論理はそうだから、ルーズベルトは日本に先端を開かせてドイツと交戦できる状態にしたのです。結論として、あなたの考え方は間違っています。


> けど、私としては、国際社会全体として正当性があるかどうか
> が重要だと思うのですが・・・・・
> その国際社会の代表が国連ではないかと・・・・・・
> たよりないにしても・・・・一つの基準を示しているのかなと。

 あなたが思うのは自由ですが、国際社会はそんなものに縛られたりはしません。
 また、国際社会の代表を国連だという勘違いした幻想を抱いているのも、日本人だけです。

> 複数あるのは知ってますが、詳しくは知りません。
> ですが、細菌兵器や原爆などの恐ろしい兵器を
> 使用するのは違反だったような・・・・
> あと、一般の市民を無差別に爆殺するのも・・・?
> 貴殿が違反していると思われるもの全てをどうか列挙して下さいませ。
> 御願いいたします。

 そういう、事実に基づかない空論は私の嫌う所です。
 最低でも、条項を示してください。
 読んだことが無いなら、例えば下記をどうぞ。ウィキペディアでもいいですが。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/t...続きを読む


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