最近、テレビなどで若い人が「なので」という言葉をよく使うように思います。
意味としては「だから」その丁寧語の「ですから」と同じだと思うのですが、私の感覚では「なので」は文章の頭にはつかないものです。
「雨なので自転車でなくバスで来た」という使い方をしませんか?
「雨が降っていました。なので自転車でなくバスで来ました。」という感じの使い方をとても頻繁に耳にするような気がします。
我が家の辞書には「なので」という言葉は出ていませんでしたが、gooの辞書によると「連語」とあり「だから」の接続詞とは違うので、やはり「だから」と同じように使うのは間違いではないでしょうか。
こんなことを気にするのは私だけですか?皆さんは気になりませんか?私は聞く度に違和感を感じます。
テレビでは「笑っていいとも」木曜日の井上和歌さんがみんなの疑問に答えるコーナーでよく使うように思います。

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A 回答 (5件)

私はもう慣れてしまいました。



#1の方がおっしゃるとおり、「なので」は接続詞としては誕生間もないので、違和感をもたれるのでしょう。新しい語の誕生に立ち会ったと思えば、腹も立たないのでは? (いや、怒ってはいらっしゃらないでしょうが)

hemhem523 さんは、文頭の「だから」「なのに」「でも」「だって」に違和感をお持ちですか? 皆語源は「だ」の活用形ですよ。文頭の「が」なんてのもありますね。

だから、走ってはいけないんだよ
なのに、なぜ、歯を食いしばり(元歌は「だのに」)
でも、負けないよ
だって、女の子だもん
~ということになる。が、実はそうではない

ちなみに、もう定着した「だから」があるのだから、わざわざ新しい「なのに」を使う必要はない、とおっしゃるかもしれません。でも(!)、「だから」と「なので」は違います。「なので」の方が因果関係が緊密でなければならないのです。

○いい子だね。だからもう寝なさい。
×いい子だね。なのでもう寝なさい。

それに最近、「だから」はいらだちの表現として使われることが多くなりました。

だから、さっきから言ってるじゃないか
だから、今やろうと思ってたのに。

井上和香さんの場合、はっきり理由を説明するには、「なので」がふさわしいのでしょう。
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この回答へのお礼

そうなんです、怒ってるわけではないのです。
ただ、急激に耳にするようになり、違和感を感じているのです。
おっしゃるように言葉の新しい意味の誕生に立ち会ったと考えることもできますが、とにかく頻繁に耳にするので・・・・。
「だから」は確かに最近は苛立ちの表現としての使い方もありますから、きつい感じがするのかもしれません。

お礼日時:2005/09/15 11:16

「なので」の接続詞的用法は、若い世代にほとんど定着したといえるでしょう。


「だから」は断定的で強い印象を与えるので、「なので」のソフトな語感のほうが好まれているのだという見方もあります。

近年の若者言葉は、他人との衝突を極力避けようとする曖昧表現や婉曲表現が多いですね。
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この回答へのお礼

No..3の方のとおり、「だから」は苛立ちをあらわす言葉としても使われるので「なので」のほうがソフトに聞こえるのだと思います。
ただ、若い世代だけのように感じます。ということはまだ完全に定着したわけではないのでしょうか。

お礼日時:2005/09/15 11:25

1.「なので」は独立した単語ではない。


  「だから」は接続詞として独立した単語ですが、「なので」は独立した単語ではありません。
   なので、「なので」で始まるこのような文は本来正しい日本語ではありません。

2.「なので」は、以下の2つの形で合成されます。
  いづれも活用形の一部が「ので」に付いてできたもので、「なので」として独立したものではありません。

   (1)形容動詞の連体形+「ので」
    (例)きれいだ -----> きれいな[ので]
                   
   (2)断定の助動詞「だ」の連体形「な」+「ので」
    (例) 雨だ -----> 雨な[ので]
               
3.しかし、「なので」を嫌うなら、「ならば」も嫌いますか?
  「ならば」は本来、以下のように合成されて出来ました。ただし、「ならば」は既に独立した接続詞として認知されています。

   (1)形容動詞の仮定形+「ば」
    (例)きれいだ -----> きれいなら[ば]
                
   (2)断定の助動詞「だ」の仮定形「なら」+「ば」
    (例) 雨だ -----> 雨なら[ば]
               
4.結論
 「ならば」が接続詞として認知された以上、「なので」も井上和歌さんの孫の時代には、接続詞として認知される可能性は高いと思います。従って、将来のホープ(の可能性)に今のうちから敬意を表するか、それとも、認知されるまでは、どうなるかはわからなわけですから、やはり、軽蔑するか、さーどうするの選択ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

「ならば」も「なので」と同じような成り立ちなのですね。ただ「ならば」は書き言葉のイメージがあり、実際あまり耳にしません。
確かに孫の代には「なので」も接続詞として辞書に載るのかもしれませんね。

お礼日時:2005/09/15 11:21

私も違和感を感じます。


根拠はありませんが、イチローの影響ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

えっ、イチローが何か言ってました?
確かに彼のような知名度もあり、注目度が高い人の発言は急速に認知されると思いますが。

お礼日時:2005/09/15 11:11

おっしゃるように「なので」は、名詞・形容動詞に付くのが基本ですから、それが何かわからない状況で、いきなり「なので」と言われると違和感はありますね。



しかし、それは「だから」とほとんど同じだと言えるのではないでしょうか。たまたま、「だから」は用例が広まって接続詞として独立した扱いを受けるようになったというだけで、元は助動詞と助詞ですね。

「だから」に違和感はなく、「なので」に違和感があるというのであれば、五十歩百歩、大同小異と言えなくもありません。
「なので」、気になるときは気になるし、気にならないときは、なりませんね。いかがかな?この「なので」は。(笑)

単純に接続詞でないから、文頭にあるのは変だとも言い切れませんよね。言葉には省略や、言わないでもわかるという日本語の特徴もありますし、文章技法もありますから。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございました。
「だから」のように後に「なので」も接続詞として
独立するかもしれませんね。

お礼日時:2005/09/15 11:08

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Aベストアンサー

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  さっきまでこの雨粒は空中を漂っていた、
  雨粒が空中を漂っていたときの余韻。

☆「雨粒の寛(くつろ)ぎ」
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  雨上がりの葉の上で、
  雨粒が「のんびりしている」
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  つい先刻、葉の上に降りてきたばかり
  のように見えるので。

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 ヒトに限らずほ乳類の多くは塩辛味、甘味を好みます。これは塩辛味はタンパク質系統の味(血や肉など)、甘味は炭水化物系統の味(でんぷんや果実など)と理解して、「これは食べても安心だ」と本能的に察知するようです。対して酸味は腐敗を、苦味は毒を含む味として認識します。子どもが塩辛味・甘味を好み、酸味・苦味を嫌うのは本能的には正しいことです。

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大人になると酸っぱいもの、苦いものでも平気で食べるのは、「食べても大丈夫なように作られている」という知識と経験で補完されている面もあるようです。(発酵させて作る酢や酒類、薬効を期待する茶などは典型ですね。発酵と腐敗、薬効と有毒は同じ現象が無害か有害の違いですから)

あくまでも私見ですが…

「塩気」、「甘気」は共に塩辛味、甘味が「かすかに感じられる」状態を指す言葉ですね。味覚では塩辛味、甘味は舌は鈍感とされ、多量であってもすぐにその味に馴れてしまう。子どもが塩辛いスナック類や、かなり甘いお菓子でも平気で大量に食べてしまいますね。
 ヒトに限らずほ乳類の多くは塩辛味、甘味を好みます。これは塩辛味はタンパク質系統の味(血や肉など)、甘味は炭水化物系統の味(でんぷんや果実など)と理解して、「これは食べても安心だ」と本能的に察知するようです。...続きを読む

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「日本人は、家では靴をはきません。
なぜなら、たたみで生活しているので、そういう習慣ですから」

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言わないですね。
「なぜならいちごですから」とは言わないですね。

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awayuki_chさん、こんにちは。

>「なぜなら~からです。」それとも「なぜなら~ですから。」という形でしょうか。

どちらの言い方が正しいか?ということですね。

「なぜなら~からです」のほうが自然ですね。
「なぜなら~ですから」のほうは、ちょっとキツイ言い方かな?と感じます。

例文です。

「日本人は、家では靴をはきません。
なぜなら、たたみで生活しているので、そういう習慣だからです」

といわれると、ああそうか、日本人はたたみで生活しているので
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います: 丁寧語
おります: 謙譲語、丁寧語
謙譲の「おる」は、あるところに存在している状態をさす「居る」のときに使うものです。「鈴木は社内におります」のような場合ですね。
(ちなみに、敬語は用法であって文法ではありません)

第三の人・モノに使えば、「います」より「おります」のほうがやや丁寧、それだけです。
「あちらにビルが建っています」
「あちらにビルが建っております」
「この水族館にはクマノミがいます」
「この水族館にはクマノミがおります」
あとは、相手にあわせてどれくらい丁寧に言いたいのか、という気持ちの問題になるでしょう。ただし、文章全体として統一する必要はありますね。

ちなみに、相手に関連するものが存在しているかどうかで使う場合は、「おる」に謙譲表現の語感が残っていることから使わないほうが無難でしょう。
「お宅に犬はおりますか」△→「犬はいますか」○

したがって、
「膨大となっている取引量」が自社のものでも、相手会社のものでも、自社と相手会社のものでも、第三の組織のものでも、「います」でも「おります」でもいいことになると思います。やはり相手と自分の気持ちの問題でしょう。

います: 丁寧語
おります: 謙譲語、丁寧語
謙譲の「おる」は、あるところに存在している状態をさす「居る」のときに使うものです。「鈴木は社内におります」のような場合ですね。
(ちなみに、敬語は用法であって文法ではありません)

第三の人・モノに使えば、「います」より「おります」のほうがやや丁寧、それだけです。
「あちらにビルが建っています」
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「この水族館にはクマノミがおります」
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