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陸軍大将等は沢山処刑されましたが海軍軍人で東京裁判で起訴された人はいないと思いますが、事後法でも起訴する方法がただたんにみつからなかっただけなのですか?適当な解釈があれば教えてください。

A 回答 (15件中11~15件)

A級戦犯は「平和に対する罪」ですから、戦場における個々の犯罪ではなく、それを指揮した者に対しての起訴ですね。


ですので、No.1 さんのおっしゃるように、政治の中枢にいて戦略を決定する立場の者や、戦争遂行を煽った者に限られています。
捕虜虐待や残虐な戦闘行為については、A級には該当しませんが、それに責任のある指揮官はA級戦犯とされました。
陸軍出身者が内閣を初めとして、当時の日本の戦争遂行に深く関わったこと、残虐な戦闘行為は陸軍が関係する戦闘と不可分な関係があることなどにより、結果として、陸軍関係者が多く、海軍関係者が見当たらないということになったのでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうござます。ただ貴方がおっしゃられる残虐な戦闘行為とはどうゆうことかぞんじませんが戦闘員どうしで戦って残虐でない戦闘などあるはずがありません。非戦闘員の殺傷は残虐以外なにものでもないと思います。

お礼日時:2005/09/18 23:20

当時、日本の主導権を持っていたのは陸軍でした。

組閣も陸軍出身の軍人の方が多いです。また、中国侵略を率先してやったのも陸軍です。海軍は主に海戦だったので戦犯に当たる行動は出来なかったのでしょう。
もし、真珠湾攻撃を考えた山本五十六が生きていたら戦犯になっているかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。山本五十六がもし生き残っていたらおそらく八つ裂きにされたでしようね。

お礼日時:2005/09/18 23:24

及川大臣 井上清美 山本五十六が海軍の三羽がらすとも言われていましたが、戦争に成るとして三国同盟反対を一度は成功させました。



海軍は戦争の開戦阻止に全力でした。
その為に開戦の指導者がいないためにA級では裁けませんでした。
BCきゅうはNO2さまのご指摘通りだと考えます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/09/18 23:27

主な理由は、A級戦犯になるような戦争犯罪を起こす機会が無かったという事だと思います。


都市を占領して市民を殺戮するとか、捕虜を虐待するとかの機会が海軍の上級軍人にはほとんどありませんでした。
爆撃で市民を殺傷した戦争犯罪は、それを訴追すると連合軍の方が同じ事をもっと数多くやっていることが追求されてしまうので、東京裁判では訴追しなかったようです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。あまりふかく考えることでわないようですね。

お礼日時:2005/09/18 23:06

まずひとつは海軍は海軍固有の問題はともかくとしてあまり政治の中枢にはかかわらなかったのでそういう面では該当者がいなかったということです。


また海軍がかかわった大規模な一般人の虐殺や違法行為もなかったのでそういう該当者もいなかったということです。
ただ、戦争で戦ったと言うだけでは戦争犯罪ではありませんから。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。あまり特別ないみもなさそうなことがわかりました。

お礼日時:2005/09/18 23:02

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