授業の一環で調べたら、一神教よりも多神教のほうが、寛容で、性格が穏やか。ということになったのですが、それはなぜそうなるのでしょうか?そして、一神教だけれども寛容な国々もある。たとえばイスラム教。なぜなんでしょうか?お願いします。

A 回答 (8件)

多神教が寛容で、一神教が非寛容であるという事は、はっきり言いまして誤りです。



多神教でも、アスティカ神話では、非寛容で、対立する種族の神を追放しています。
また、バビロニア神話などでも、相手を隷属させる事があります。

一方、一神教においても、バハイ教においては、非常に寛容で、多神教の神も、唯一神が、地域や時代により使わしたと考えます。

イスラム教では、本来キリスト教、ユダヤ教には寛容でしたが、多神教に対しては、徹底的に非寛容を貫きました。
これは、ユダヤ教、キリスト教が、アッラーと同一の神によってもたらされた宗教と考えたからです。
キリスト教などに対し、イスラムの寛容性が無くなったのは、19世紀くらいからです。
それは、キリスト教徒が、イスラムへの支配者として現れたためです。

また、私は、一神教・多神教という区別自体が、絶対的なものではないと考えるようになりました。

これは、いくつかの宗教で、多神教から一神教への流れが有ったり、一神教から多神教への流れが見えるからです。

ゾロアスター教では、一神教から多神教へ移行し、現在また一神教への移行が見られます。
ヒンズー教でも、一神教から多神教へ移行し、現在では二神教的性格を有しています。
キリスト教でも、本来一神教であるはずですが、過去には何回かの二神教的異端が現れていますし、現在のキリスト教自体が、真の一神教とかけ離れた存在なのではないかと考えます。
特に、カトリックは、キリスト教の宗派の中で、最も多神教的性格を有すると思われます。

日本神話でも、多神教から天照への統合といった、一神教へ統合される過程にあったのではないかと思われます。
戦前の「天皇は神」といった意見は、あきらかに一神教の考え方です。

先に少し書きましたが、バハイ教は、一神教でありながら、全ての宗教・神を認める立場で、他宗派の聖典を読む事が、義務付けられています。
信者になることも、信者を辞めることも自由です。
全ての宗派を尊重する事がモットーのバハイ教は、国連にも認められたNGOとして活躍しています。

そんな一神教もあるのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます☆

授業に生かしていきたいと思います。

お礼日時:2005/11/10 22:32

 一般的に一神教はユダヤ教を母体とした、キリスト教とイスラム教の三つになります。

他にもあるとは思いますが一神教の性格を述べる場合に念頭に置くのはこれらでしょう。他の神を敬うことを禁止し他の神を否定しています。歴史的にも攻撃的で排他的です。占領、殲滅を繰り返してきました。イスラムが寛容だというのはイスラムの宣伝と初期の歴史で他宗教を支配下に入れそれを統制するために他宗教も認めたためのものでしょう。ただ他宗教に対する差別は税制などであったはずです。ユダヤ教自体が排他的で攻撃的な民俗宗教ですからその性格を引き継いでいるのではないでしょうか。
 一方多神教は世界各地にみられる原始的な宗教です。さまざまな性格があるとは思いますが、他の多神教の部族と交流を続けてきたり、混合したりを繰り返してきているために、それほど他の宗教を気にしなくなったのではと想像します。日本の神道も仏教と混合していますし(ちなみに仏教に神はいません。仏はキリスト教で言う聖者のようなものです)。まあ、神道自体が日本各地(日本以外もありますが)の宗教全体に名前を付けて統合したようなものですからね。
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皆さんがおっしゃる通り、宗教が寛容かどうかという区別は難しいと思います。

だから、明確な答えと言うものは無いでしょう。
しいて言えば、多神教は自然発生的に生まれたが一神教は一人の聖人によって創られたものだから性格が違うのかもしれないですね。
日本は多神教ですが、大和朝廷が日本を統一する前に先住の人たちが祀っていた神を大和朝廷側の神様に置き換えた形跡も見られます。
出雲大社のオオクニヌシ・諏訪大社(全国の諏訪神社)のタケミナカタ、また全国に祀られているスサノオノミコトの多くは先住民の神様だったのではないかと私は思っています。所謂、国神(くにつかみ)と言われている神様たちです。被征服者の神を征服者の神に置き換えるのは寛容とは言えないでしょうが、それも日本の歴史です。そして、その時点で敵であった相手の神も、置き換えたとはいえその後も大切に祀って来たのも日本の歴史です。
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答えは出尽くしているかも知れませんが。


宗教って黎明期は比較的寛容かも知れません。いろんな考えの人たちを吸収して人数的な勢力拡大を図りたいですからね。今では過激な部分ばかり目立ってるイスラム教もキリスト教・ユダヤ教には寛大で、「税だけ収めてくれれば改宗しなくて良し」というスタンスだったようです。
ただ、ある程度の規模になると、勢力拡大(この場合、宗教を国教とした国家の意向も考えられます)を恐れた他の宗教(やはり国家の利害絡み)からの攻撃などもあり、本来は寛大である宗教の中にも過激な宗派も出てくるでしょう。これは中世から現代までずっと引きずってますしね。
多神教の場合、国家の利害と結びつきにくいようにも思えます。だから寛容に見えるのだと思います。
宗教が精神だけではなく、政治を動かすようになった時点で寛容性失うって感じだと専門外の私は思っています。
まとまらない文章ですみません。
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イスラムの母体はキリスト教で、その母体はユダヤ教です。

宗教を必要とした始まりは感謝であり,目的であったとおもいます。植物を育ててくれる太陽に感謝を捧げる太陽神、火の威力に畏れをかんじた拝火教,山の幸海の幸に恵まれたところにうまれた多神教,過酷な環境で一生懸命に生き祈らざるを得なかったところで生まれた一神教,必然なかに霊感が宿った時、宗教になったとかんがえます。
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一般論としてはそうかもしれませんが、絶対的なものではないでしょうね。


一神教は、ひとつ神以外は認めない、他の神や宗教は邪教だと排除しがちなので寛容ではないようにみえるのでしょう。
多神教は、多くの神を認めるので寛容のようにみえるのでしょう。
八百万の神がいる、という日本では寛容すぎて無宗教的になってしまっていますしね。

ちなみにイスラム教は寛容ではありません。
偶像崇拝を禁じていることから他宗教、特に仏像・仏画は昔から破壊し続けています。バーミヤンの大仏の破壊などは記憶に新しいところでしょう。
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イスラム教って寛容でもないと思うけど。


最近のテロは例外としても、過去にもエルサレムなんかの問題でキリスト教と衝突を繰り返してるし。
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性格については分かりませんが、寛容ということに関して言えば、多神教では、いろいろな神のいろいろな正義・真理があり得るのに対して、一神教では、唯一の神の唯一の正義ということから、多神教の方が自分と異なる価値観に対して寛容になる可能性は高いかもしれませんね。

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征服と交易により諸文明が融合され、学問が進んだ結果、科学的な分野でも発展を遂げ、イスラーム帝国は世界の先進国として地位を確立します。
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イスラームは教祖であるムハンマド自身が剣を持ち戦っています。ムハンマドが戦ったのは自分の出身であるマッカのクライシュ族です。
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Q聖書はユダヤ民族の聖典である。後にユダヤ教と呼ばれ

聖書はユダヤ民族の聖典である。後にユダヤ教と呼ばれる。イスラム教の教祖であるアッラーのアブラハムはユダヤ民族のノアの箱船に乗って大洪水から逃れたユダヤ民族の子孫であり、ユダヤ教の教えを、大洪水から逃れて辿り着いたイスラム国で教えたので、イスラム教の教典の元はユダヤ教の聖書である。

キリスト教はどのような経緯で誕生したのでしょう?

ユダヤ教>イスラム教の誕生の流れは理解出来ましたが、キリスト教の誕生の歴史が分かりません。

ナチスドイツはキリスト教ですよね?なぜユダヤ教を迫害したのかも理解出来ません。

キリスト教がユダヤ民族の聖典を奪い取り、ユダヤ教と名付け、旧約聖書としてユダヤ民族の歴史をそのまま奪い取ろうとしたのがキリスト教という認識で良いのでしょうか?

キリスト教は悪魔のような感じですかね。

なぜユダヤ民族の歴史をそのまま略奪した略奪者のイエス・キリストがここまで信仰されているのか理解出来ません。イエス・キリストもノアの箱船で助かったユダヤ民族の子孫ですよね?なぜキリスト教は自分の祖先であるユダヤ教とイスラム教をこの世界から抹消しようとしているのか疑問です。

聖書はユダヤ民族の聖典である。後にユダヤ教と呼ばれる。イスラム教の教祖であるアッラーのアブラハムはユダヤ民族のノアの箱船に乗って大洪水から逃れたユダヤ民族の子孫であり、ユダヤ教の教えを、大洪水から逃れて辿り着いたイスラム国で教えたので、イスラム教の教典の元はユダヤ教の聖書である。

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Aベストアンサー

なんて話の長くなるテーマを…

イエスキリストがいた時代にキリスト教になったわけではないと思います。
パウロの功績や後世、教会の共同体の働きによって、ユダヤ教と別離したものだと私は理解しています。
最初はユダヤ教イエス派、といったくらいのものだったのではないでしょうか。
しかし、ユダヤ教の指導者たちの反発もあって十字架にかけられるころにはユダヤ教の異端としてみられていたのではないかと思います。
イエスは略奪者ではありません。同じ神を信じていたはずのユダヤ教からはじかれたのです。
もし、当時の指導者がイエスを受け入れていたら、ユダヤ教とキリスト教は一緒になっていたかもしれませんね。
そしてイエスを十字架にかけた罪を、ユダヤ教徒に重ねることはなかったでしょう。
いまさらいってもせんないことですが、ユダヤ教徒をイエスを十字架にかけたとみるキリスト教徒がいるのは事実です。


時にイスラエルの掟を破るイエス。安息日に仕事をしてはならないという掟を破り、目の前で苦しむ病人を癒しました。
他にも様々な仕方でそれまでの慣習に逆らったりして、一部のイスラエルの民から反発を受けました。
イエスは斬新だったのです。実のない慣習や戒めよりも、人命を大切にする行いをしました。
その行いを真理とみて付き従ったのものと反発したもの、どちらも同じくユダヤ教徒であるイスラエルの民でした。
旧約には、メシア(キリスト)が現れるという預言書があり、それはイエスだと受け入れた人々がありました。それが弟子や信者たちです。そうとは認めなかった者たちが今も続く伝統的なユダヤ教徒です。
イエスも含めて神と考える、うーん、イエスを神の化身といったらわかりやすいでしょうか?三位一体の神として信仰するものをキリスト教徒とするならば、ユダヤ教徒はイエスをメシアではないと否定=神の一部を否定することになります。それは熱心なキリスト教徒にとってみれば罪深い業なのだと思います。
イエスがいたら、石を打つなと止めそうなものをね。


キリスト教がこんなに多くの信仰を集めているのは、イエスを通して神はイスラエルだけの神ではなくなったからだと思います。
パウロはギリシャ語も堪能な人物でした。その彼が異邦人へも信仰の道を開いていき、ユダヤ教と大きく違っていきました。その役割はやはり大きかったでしょう。
神はイスラエルを選びました。しかし、神の力が及ぶのは万物のすべて。小さい花にいたるまで。そう信じるのがキリスト教なのだと思います。
その存在が神と人々の結びつきを強めたメシア……キリスト(メシアと同じ意味です。油を注がれたもの。聖霊…神の力とともにあるもの)としてイエスが多くの信仰を集めることは、私にとってなんら不思議には感じません。




私自身ずいぶんと学びから遠ざかっているので、理解と解釈に間違った内容があるかもしれません。
もう、詳しくは、『キリスト教史』(平凡社)をご覧になって!
あるいは近くにキリスト教系の大学や宗教研究の熱心な大学があれば、公開講座など受講されても理解が深まると思いますよ。
その場で話を聞けるし、一番お勧めです。



蛇足

イスラムとの違いは最後の預言者についての認識の違いも大きいですよ。
イスラムでは最後の預言者はムハンマドです。イエスのことも預言者とは認めていますし、わりとイエス好きは多いです。マリア好きも。一部の学級委員長タイプのムスリムたちはお堅いかもしれませんが。
キリスト教はムハンマドを預言者とは認めていません。最後の預言者はイエスといった主張です。

ムスリムたちのいう天国も面白いですよね。死んだら美女のハーレムが得られるそうです。そうです、女性でも!それじゃ女性はうれしくないのではと思えば、女性も死んだら男性になれるそうです。あら、みんな幸せになれますね!お嫁さんも男になると思えば、旦那さんとしては複雑でしょうけど(笑)今どきは女性は美男のハーレムを築けるっていう宗派もあるみたいですけど。
信仰の形は地域によって結構ばらつきがありますしね。飲酒も厳密に禁酒しているところもあれば、神に謝って飲んでいるところも(笑)

ただ、ユダヤ教もイスラム教も認めると、キリスト教徒としてはその信仰を否定されることにつながります。
その逆も同じですね。
信仰は生活にも人格形成にも密接にかかわります。その人がその人らしくあるための「何か」の一部分なのかもしれません。それを否定されることは、すべてを否定されるような気持ちがするのです。
50年信仰を深めていたとすれば、その50年分がどこかへいってしまうような、そんな空虚な気持ちになると思うのです。それが一生分であれば、その一生はいったい何だったのだと受け入れるのは容易ではありません。
自己を否定しないために、他宗教を受け入れられないといったことがあるのだと思います。
……まあ、それと相手を害することは別なので、いつか神の導きがあるように祈っていればいいと思いますけどね。


長文失礼しました。

参考URL:http://www.heibonsha.co.jp/book/b160354.html

なんて話の長くなるテーマを…

イエスキリストがいた時代にキリスト教になったわけではないと思います。
パウロの功績や後世、教会の共同体の働きによって、ユダヤ教と別離したものだと私は理解しています。
最初はユダヤ教イエス派、といったくらいのものだったのではないでしょうか。
しかし、ユダヤ教の指導者たちの反発もあって十字架にかけられるころにはユダヤ教の異端としてみられていたのではないかと思います。
イエスは略奪者ではありません。同じ神を信じていたはずのユダヤ教からはじかれたのです。
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Qイスラム教とユダヤ教とキリスト教の争い、対立関係は?

宗教の質問はとても難しいのですが、どうしてもわからないことがあり、質問させて下さい。

3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

イエスキリストを殺したのはユダヤ教の偉いさんなんですよね。でもブッシュ大統領率いるアメリカはイスラエルと仲がいい。むしろイスラエルが親でアメリカが子供のような関係らしいですが。今は、ユダヤ教とキリスト教は仲がいいんでしょうか?

◆宗教戦争ではイスラム教VSユダヤ教はよく聞くのですが、イスラム教VSキリスト教、もしくはユダヤ教VSキリスト教は聞きません。

基本的に対立しているのはイスラム教とユダヤ教なんでしょうか??

◆アメリカをコントロールしているのはイスラエルとかも何かで見ましたが、ユダヤ人はそんなに頭が良くて、お金と権力を持ってるんでしょうか。大昔、ユダヤ人は金融(金貸し)ビジネスをやっていたらしいですが、その名残でしょうか?

※ネットや本などを軽く呼んだ程度の凄く薄い知識で書きましたので、私の質問の中で、間違っている所があればご指摘下さい。

宗教の質問はとても難しいのですが、どうしてもわからないことがあり、質問させて下さい。

3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

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Aベストアンサー

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教的には水と油」です。イスラエルは「政治的バックボーンとしてアメリカを利用」し、アメリカは経済的・軍事技術的支援をユダヤ資本に依存しています。もっと「ドロドロとした関係」です。

2.イスラム対キリスト教の対立は、十字軍遠征にさかのぼります。イスラムの支配地を制圧した十字軍は「足首まで血に浸かった」といわれています。
ユダヤ教とキリスト教の対立は、ローマによるユダヤ王国占領後、ローマがキリスト教を国教としたときまでさかのぼるのではないでしょうか。亡国の民ユダヤはヨーロッパ各地で迫害されゲットーと呼ばれる居留地に押し込まれたりしました。近年ではナチによるユダヤ人迫害などがありますが、基本的にユダヤ人はどこの土地でも嫌われています(ユダヤ人側に原因がある事も多いのです)。
イスラム、ユダヤ教、キリスト教、そしてそれぞれの会派は「おのおの同士」で対立しています。近親憎悪に近い物がありますが、教えの解釈を巡った対立や、宗教指導者の地位を巡った対立もあります。

3.そうとも言えますが、ユダヤ人たち自身が「ヨーロッパの戦争」に基本的には関与しなかったというのも理由です。彼らはとにかく「自分たちはユダヤ人」と思っていますので、ドイツに住んでいても「ドイツの事には無関心」だったのです。それでいて兵器産業でもうけたりしていた為、嫌われる原因となっています。
ユダヤ人がヨーロッパの戦争を陰で操り、その土地の国民が苦しむ事で潤ってきたという見方をする人も結構いますね。現代でもユダヤ資本の多くは兵器産業に大きく関わっています。

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教...続きを読む

Qイエスキリストがユダヤ教から敵対視された理由?

こんにちは

イエスキリストが処刑された理由は、ユダヤ教に敵対視されたからですよね?
私の理解としては、ユダヤ教側がイエスキリストをユダヤ教が待ち望むところのメシアとしたが、それをイエスが否定したことが敵対視するきっかけになったというものやユダヤ教を批判したというものだったのですが、ネットでたまたま調べたら、イエスキリストが「ユダヤの王」を名乗ったことがユダヤ教側の反感を買ったというものを見つけました。

私の勘違いだったのでしょうか?

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Aベストアンサー

No.3,5です。
たびたびすいません。

やっぱり<民衆を扇動した>ことが死刑になった原因だと思います。

ただし、ユダヤ人(ユダヤ)によって処刑になったのではなく、ヘロディオンによって処刑になった。


ヘロデ大王はイドマヤ出身で混血のセム人種。
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ローマとは親密で、エルサレムがローマに陥落させられると、ローマからユダヤの王位をもらったのがヘロデ大王。

自分に対して敵対的であったユダヤ教の指導層最高法院の指導的なメンバーたちを迷わず処刑していた。
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ヘロデ大王は、ソロモン神殿をたてたことで、ユダヤ人たちに受け入れられました。
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ユダヤ教を冒涜することは神を冒涜することで、神を冒涜したものは石打の刑と法律規定で決まっていました。

イエスは石打の刑にあっていません。
ローマ方式の磔刑となっています。

ピラトはサンヘドリンに、ローマにたてつく疑いのあるものは、誰であろうと連れてくるように命令していました。

ピラトは冷血な男で裁判なしの即処刑でその名をとどろかせていた人物です。

ピラトとヘロデ家の人々は仲がよかった。
なので、ヘロデアンの神殿祭司たちやサンヘドリンの人たちは、ローマにたてつく人々をかたっぱしから捕まえてピラトに引き渡していた。

暴動を起こしてローマにたてついていた人々を捕まえていた中に、サウロがいた。
彼もヘロデアン。
ヘロデ家とは親戚なのでそれなりの地位を与えられており、暴動を取り締まる役目を担っており、なのでイエスの教えに従うものを者たちを迫害していました。
(恐らくサウロはヘロデアンなので神殿祭司側の人なので、イエスの教えに従うものは煙たい存在だったのでしょう)


イエスなき後、ヤコブがひきついだわけですが、サウロは何故か3年間の謎の期間の後、突如ヤコブに弟子入りしました。
しかし、すぐに裏切りました。
それで破門され追放されてしまいました。

コリントの手紙やテモテへの手紙で、その時の悔しさが書かれています。

サウロはヤコブの殺害を謀り、神殿から突き飛ばして殺人未遂を起こした。
サウロはこの時逮捕されましたが、ヘロデアンなので、逮捕 実は手厚く保護されました。

イエスの後をひきついだヤコブは人びとから信望されており、それをよく思わなかったサンヘドリンは、ヤコブが神を愚弄したとして、石打の刑に処しました。
サウロの破門の恨みが、やっとここで適ったわけです。

たくさんの人びとがヤコブを助けてくれと嘆願しましたが、聞き入れられず処刑されました。

サウロはほとんどトーラを否定して、自分の思想を新しい契約だとしました。
例えば食事に関する規定、割礼の否定、人びとは皆罪人で自分の神学のみが救いだ としました。

2世紀初頭のものとされるエビオン派の文書 ペトロスの宣教では、サウロは 律法の背教者、邪悪な虚偽の雄弁者、イエスの教えを歪めるもの となっている。

ヘロデオンや親ローマ権力者との強力なつながりを見れば、サウロがイエスのメッセージから民族的情熱を剥ぎ取り、その代わりに法定権力に服従しろという指令を盛り込み、元の教えを去勢してしまった理由がわかる。
サウロは祖先であるヘロデ大王と同様、自らのユダヤ教を軽視していた。
サウロが打ち立てた新しい契約は、ヤコブと元来のイエスの弟子たちの教えを完全に否定したもの。

サウロとは誰のことかわかりますよね。

このように純粋なユダヤ人、純粋なユダヤ教でなかったローマの息のかかった人たちの都合によって、イエスは殺害されるに至ったわけです。


それでも民衆はローマに宗教も政治も支配されてしまったことにガマンならず暴動を起こしていた。
ローマの息のかかったサドカイ派は、もはや群衆を静めることができないと悟ると、こうなったのは自分達のせいじゃあないと訴えるために、二組の使節を派遣した。
一方はフローロス(ローマのプロクラトル)、他方はアグリッパに対する使節で、サウロ、アンティパス、コストバロスなどみな王家の一族。

ローマに鎮圧を頼んだわけです。
しかし鎮圧は失敗に終った。

そして今度はネロに使節団を派遣した。
ヨセフスによると、「ケスティオスは、サウロとその仲間を、彼ら自身の求めに応じてネロの元に送り、彼らの陥っている苦境を知らせようとした。」

この会合の後、ネロはウェスパシアヌスをパレスチナ方面軍の司令官に任命し、これによってエルサレムの運命は決まった。
4年後、エルサレムはローマに包囲され陥落、前例の無い大虐殺と暴虐が繰り返された。
神殿は跡形もなく破壊されつくし、生き残った住民は切り殺されるか磔刑に処されるか、奴隷として売りとばされていった。


とまあ、サウロがエルサレムの崩壊に関係していたとは知りませんでした。


イエスを殺したのはユダヤ人か???
イエスはユダヤ教から敵対視されていたのか??
一言では片づけられない難しい問題だと思えます。

No.3,5です。
たびたびすいません。

やっぱり<民衆を扇動した>ことが死刑になった原因だと思います。

ただし、ユダヤ人(ユダヤ)によって処刑になったのではなく、ヘロディオンによって処刑になった。


ヘロデ大王はイドマヤ出身で混血のセム人種。
ユダヤ人ではない。
ローマとは親密で、エルサレムがローマに陥落させられると、ローマからユダヤの王位をもらったのがヘロデ大王。

自分に対して敵対的であったユダヤ教の指導層最高法院の指導的なメンバーたちを迷わず処刑していた。
また、...続きを読む

Qユダヤ教キリスト教イスラム教の共通点

どなたかユダヤ教キリスト教イスラム教共通点をいくつか教えていただけませんか?

Aベストアンサー

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさんあります。

1・「聖典」の共通

ユダヤ教は『旧約聖書』(ただしこの呼称はキリスト・イスラム教からのもので、ユダヤ教徒自信は単に「聖典」と呼びます)を唯一の聖典としています。

キリスト教は『旧約聖書』にイエスやその弟子の言葉や手紙を収めた『新約聖書』が加わります。

イスラム教は『旧約聖書』と「『新約聖書』の中の4福音書」に加え、ムハンマドの言葉をそのまんま記した『コーラン』が加わります。

2・共通の預言者

預言者とは、予言者とは違い、「神の言葉を預かり伝える人」という意味です。
3宗教とも、この預言者の存在を重視しています。
そして、預言者は一人ではなくて何人もいます。
当然、共通の預言者もいれば、一方は認めるけど一方は否定される預言者もいます。
共通のモノとしては、

アブラハム・ノア・モーセが有名どころですね。
で、そこにイエスが加わるとキリスト教。
さらに、ムハンマドが加わるとイスラム教です。

ユダヤ教は、イエスもムハンマドも認めません。
キリスト教はムハンマドを認めません。
イスラム教はすべて認めますが、最大にして最後の預言者がムハンマドであると主張します。


3・聖地イェルサレム

共通の聖地もいくつかありますが、やはり最大のモノがイェルサレムですね。
まぁ、ユダヤ教の聖地であり、そこから分派・影響を受けて成立したのがキリスト・イスラムの両宗教なので、聖地が同じってのも仕方ないですね。
ただ、イスラム教はイェルサレムよりもメッカの方が重要視されますね。(といっても、イェルサレムの重要性も無視できませんが)

とまぁ、今思いつくのはこれくらいですかね。
最後に注意してもらいたいのは、これらはおおざっぱな解釈・説明で、当然宗派によっての違いもでてきますし、その解釈の違いから互いに争ったりしています。

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさん...続きを読む

Qキリスト教とユダヤ教の関係

キリスト教の成立について勉強したのですが
「イエスをキリストと認め、その人格と教えを中心とする宗教」
とあったのですが、キリスト教はユダヤ教を母胎としたんですよね?
しかしイエスはユダヤ教指導層のバリサイ派を批判してせいで
ユダヤ人指導層が抹殺を図りイエスは処刑されたはずなんですが
なぜイエスを死に追いやった指導者のユダヤ教が母胎になって
いるのでしょうか?
キリスト教とユダヤ教の関係がいまいちわかりません。

Aベストアンサー

私も素人ですが、旧約聖書はユダヤ教の聖典、新約聖書はキリスト教の聖典です。ユダヤ教徒は旧約聖書の神モーゼをあがめ、キリスト教はキリストの教えである新約聖書に従います。が、新約聖書は旧約聖書がもとになっているので、聖書というと、両方入っているのが普通。つまり、ユダヤ教から新しく生まれた宗教がキリスト教なわけです。いってみれば、キリスト教はユダヤ教の子供で、親から独立したわけですね。もちろん、ユダヤ教側から見れば、独立して違う宗教を作るのだから異端です。同じことが、キリスト教内部でも起こっていて、カトリックとプロテスタントがそうです。宗教はなんでも、こうやって古いものから新しいものが生まれていき、新しいものは異端として迫害される、というのは他の宗教にもあります。しかし、母体が古い宗教であるという事実は消えず、新しい宗教は古い宗教を無視できません。仏教もいろいろな派があり、その間に争いがあるのは、日本史を見てもわかることです。

Qもしもキリスト、イスラム教が無くなってユダヤ教だけになったら?

地球上でユダヤ教オンリーになったらどうなると思いますか?

全く想像つきません。

Aベストアンサー

ユダヤ教の成立過程があって、バビロンの幽囚がある前後では全く考えが異なります。
そもそもユダヤ教オンリーというのであれば、それ以前の歴史でユダヤ人が絶対的勝者になっていたわけで
現在の先鋭的なユダヤ教ではなく、もっと慈悲にあふれる宗教になっていたでしょう。
現実に初期の頃のユダヤ教はその通りです。

前提条件として現在の迫害色の強いユダヤ教が世界に広まるのか、
それとも古代の穏和な時代のユダヤ教が広まるのか、
あるいはユダヤの歴史で迫害はなかったこととしてカウントするのか、
幾ら三流の歴史小説でもその辺の前提条件すらなくしては書けません。

ちなみに現在の迫害色の強いユダヤ教が広まるとどうなるのか。
ユダヤというのは極端な選民主義、つまり我々は神から選ばれた民という思想です。
ですからパレスチナ問題にみられるように、アラブ人を虐待することを当然のことと思っています。

つまり選民主義による超階層社会が出現することでしょう。
イスラエルに住めるものは地上で一番偉く、日本人も含めて全世界中の人が
どうやってそこに辿り着くかが人生最大のテーマになります。

迫害の歴史をカウントするのであれば、白人やアラブ人には報復として
最下層の奴隷階級が用意されることでしょう。
そこへ落とされれば着る物として自由に与えられない家畜の生活を余儀なくされます。

ユダヤ教の成立過程があって、バビロンの幽囚がある前後では全く考えが異なります。
そもそもユダヤ教オンリーというのであれば、それ以前の歴史でユダヤ人が絶対的勝者になっていたわけで
現在の先鋭的なユダヤ教ではなく、もっと慈悲にあふれる宗教になっていたでしょう。
現実に初期の頃のユダヤ教はその通りです。

前提条件として現在の迫害色の強いユダヤ教が世界に広まるのか、
それとも古代の穏和な時代のユダヤ教が広まるのか、
あるいはユダヤの歴史で迫害はなかったこととしてカウントするのか...続きを読む


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