教育学概論の授業で、ルソーの教育思想についての説明と現代との社会問題との関係について考慮しなさいというテーマなのですが、いまいちピンときません。お願いします。

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A 回答 (1件)

どのあたりでピンときませんか?


多分、概論でルソーなら、「エミール」あたりがテキストでしょうか。

桑原武夫『ルソー』(岩波新書)
堀尾輝久『ルソーエミール入門』(有斐閣)
梅根悟『ルソー「エミール」入門』(明治図書)
坂倉裕治『ルソーの教育思想』(風間書房)

この辺りと、教育学事典、哲学事典などでルソーの思想のポイントは整理できると思います。

現代の社会問題ということですが、要するに教育問題ということでしょうか。
図書館で教育系雑誌などを眺めれば、取り上げられている問題の代表的なものを拾えると思います。
上手に探せば、授業のテーマと似たような論文も見つかるかもしれません。盗用はいけませんが、大いに参考にすることはできると思います。

その教授の意図するところの実際はわかりませんが、例えば現代の社会問題・教育問題を考える上での指標としてルソーの教育観を用いるとか、ルソーの教育思想を現代はどのように解釈し、具現化させていったか。又、結果的に起こっている教育問題の数々は、ルソーの教育思想に遠因があるのか、或いはルソーの思想に反しているからこそ問題が生ずるのか・・・等。

かなり単純な解釈ですが、概論でしたら、その程度で終わらせておいてもどうでしょう。
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Qルソーって二人いるのですか?

憲法の本でよく出てくる
ジャン・ジャック・ルソー
というひとがいます。きっとこれがあの有名なルソーかとおもっていました(中江兆民は東洋のルソーですよね。
ところがネットサーフィン中に
http://www.tabiken.com/history/doc/I/I069L100.HTM
ケネー・ディドロ・ルソー
社会契約論を示したとかいています。
別人なのでしょうか?
ルソーは二人もいるのでしょうか?
素朴な疑問ですみません。宜しくお願いします。

Aベストアンサー

>ケネー・ディドロ・ルソー

ケネー、ディドロ、ルソーは3人の別の人です。

最後のルソーはジャン・ジャック・ルソーのことです。
よく読むと解ると思います。

Q小学校での思想教育

私の小学校時代は先生は必要以上に、共産主義を絶賛してました。そして日本のことを悪く言いました。今でも忘れられないことは、飛行機の工作で、翼に日の丸を書いたところ、星の形にぬりつぶされました。実際、かなり多くの教員が「日教○」でした。

知識のない小学生にこんなかたよった教育をしていいのでしょうか?そもそも、左翼団体が教員の多くを占める状態というのはいかがなものでしょうか?義務教育なのに教員の思想を教えてよいのでしょうか?私の小学校だけでしょうか?

Aベストアンサー

私は自分が学生の頃は一度もそのような先生に遭遇したことがなく、本当に恵まれていました。

しかし我が子の通う中学校で自虐史観を知らぬ間にやられてました。反日のプロパガンダに使われてきた(今はもう「出どころが違う」と確認されている)首だけの死体の写真を「日本兵の仕業」だと体育館のスクリーン一杯にうつし、感受性の強い年頃の生徒を動揺させた上、日本はどれだけ残虐な行為をしたかを2時間説明したそうです。
その名も『平和教育』。なんなんだ広島市。

さっそく学校へ電話し「どの先生が呼んだ講師か」と「講師の連絡先」を聞き、直接講師の方と話をしましたが話になりませんでした。日教○の強い弱いは地区的なものもあるでしょうね。

子どもには「学校で教わることや、先生が言う事、テレビで言う事も全てが正しいわけではない。」と常々言い聞かせています。「お母さんが言う事も間違っているかもしれないのだから疑問に思ったらすぐに自分で調べる事。」と、「素晴らしいと思う考えにもたいてい逆の意見があるからそれも一応調べること。」これをよ~くよ~く言っています。
PTAはこの件で先生を責めることはあまりないです。
だって…すでに現在の小、中学校の親って、自虐史観どっぷりで育ってきた人たちなんですもの。一緒になって「そうそう日本は昔恥ずかしい事をしたのよ。」などと家で言ってたりして…。

私は自分が学生の頃は一度もそのような先生に遭遇したことがなく、本当に恵まれていました。

しかし我が子の通う中学校で自虐史観を知らぬ間にやられてました。反日のプロパガンダに使われてきた(今はもう「出どころが違う」と確認されている)首だけの死体の写真を「日本兵の仕業」だと体育館のスクリーン一杯にうつし、感受性の強い年頃の生徒を動揺させた上、日本はどれだけ残虐な行為をしたかを2時間説明したそうです。
その名も『平和教育』。なんなんだ広島市。

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Qフランス文学のルソーの「エミール」を読んだ方へ

今、ルソーの「エミール」を読んでいるのですが、エミールとは想像上の人物ですよね?実際、ルソーには子供がいたのでしょうか?この本はルソーが子供を産む前に書かれたものなのでしょうか?それともその反対でしょうか?この本を読むにあたってどんな点に注意すればよいでしょうか?

Aベストアンサー

> エミールとは想像上の人物ですよね?

その通りです。

> 実際、ルソーには子供がいたのでしょうか?

ルソーは五人いた自分の子供をつぎつぎと養育院(孤児院)に送っています。
そのことは、以前
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4004558.html
で回答しているので、興味がおありでしたら、参考にどうぞ。

> この本はルソーが子供を産む前に書かれたものなのでしょうか?

ルソー自身が『告白』の中で言っているのですが、『エミール』は「二十年間の思索と三年間の労作」がかかったものだということです。執筆されたのは、五人の子供を孤児院に送ったあと、ということになります。

そのことは、『エミール』の中でもふれられてあり、
「父親の義務を果たすことができない者は、父親となる権利はない。貧困も、仕事も、世間への思惑も、自分の子供たちを、自分の手で養い育てる義務から免れる理由にはならない。

読者よ、わたしの言葉を信じてもよい。誰でも子供を持ちながらこれほど神聖な義務を怠る者に予告しておく。その人はいつまでも自分の過失について後悔の涙を流し、しかもけっして慰められはしないだろう。」(『エミール』第一篇)
という箇所などは、ルソーの自責の念があらわれたものでしょう。

つまり『エミール』というのは、正規の教育を受けなかったルソーが、独学で本を読むことで自分の教養を築いていく過程で思い描いた理想と、当時のイエズス会による「不断の監視」をモットーとする厳しい学校教育に対して批判、『人間不平等起源論』などの人間と社会に対する考察、そうして自分が子供に与えることのできなかった理想の教育といったものがこめられている、と考えることができると思います。

> エミールとは想像上の人物ですよね?

その通りです。

> 実際、ルソーには子供がいたのでしょうか?

ルソーは五人いた自分の子供をつぎつぎと養育院(孤児院)に送っています。
そのことは、以前
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4004558.html
で回答しているので、興味がおありでしたら、参考にどうぞ。

> この本はルソーが子供を産む前に書かれたものなのでしょうか?

ルソー自身が『告白』の中で言っているのですが、『エミール』は「二十年間の思索と三年間の労作」がかかったものだということです。執筆さ...続きを読む

Q橋下徹・前知事の教育思想はサッチャー似?

大阪市長選に出る橋下徹氏は大阪都構想のみならず教育改革にも力を注いでいますが、彼の進める教育の原理はサッチャー元首相、あるいはブッシュJr.前大統領に似ていると思いますが、どうなんでしょうか。
また、サッチャー氏の教育改革は失敗したというのが定説だそうですが、(俗に言う“偏向歴史教育”からの脱却などは成功したのかもしれません)どうして保守派は失敗したはずのサッチャー流教育改革を今も持ち上げるのでしょうか?安倍晋三氏の『美しい国へ』にもそのようなことが書いてありましたし、学者の中西輝政氏や民主党の松原仁氏も『サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道』で彼女の改革を称賛しているそうです。

Aベストアンサー

 サッチャー女史は評価は色々あるけれど、一流の一国の宰相までつとめた人物。

 それと、たかが府知事を三年ちょっとしかやってない、ケツの青い政治家見習と比較するとは・・・噴飯ものです。彼のやっていることが教育改革などお笑いです。ただの教育の中立性を犯すだけの勇み足だと思います。

 選挙に落ちればすべては泡のごとし

Qルソーの著作の意図、目的

ルソーの社会契約論はのちのフランス革命の思想的な土台となったらしいですが、
ルソー自身がその著作を書いた意図、目的はなんだったのでしょう。

未来の市民革命の土台になることを意識して書いたのでしょうか。
それともただの知的追求心から?自己顕示欲?王政への批判?
ロックなどの先行世代への批判?、、、etc

ちなみにルソーの著作はまだ読んでません。
そのうち時間があれば読みたいのですが、、どうしても気になるので回答ください。
できれば読んだことある方!お願いします(図々しいですがw)

Aベストアンサー

ジツは読んだことがないのですが(友達のヒュームのほうは読みましたが)、回答が無いようですので一応参考になりそうなリンクを。

ルソーの野生の証明 - 質問・相談ならMSN相談箱 http://questionbox.jp.msn.com/qa632015.html

『社会契約論』を読む http://www1.ocn.ne.jp/~aktiv/lectures.2001.4.6.html

Q現代日本の教育と社会問題

現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。
僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います。
たとえば戦前は、戦争に勝つための兵士にするために独善的な国家感を子供に教え、国家のために日本人が死ぬのが正しいと教えました。
戦後の教育はその戦争が経済にかわりました。今はつまらない暗記ばかりの授業を学校で8時間も教えます。僕にはあれは社会の大多数の平均的な能力の子供を経済の発展に利用するために、社会で会社組織の一員として没個性的で退屈な作業を文句を言わずにこなせるのが目的の訓練だとしか思えません。「子供を自分の意見を持たず、大多数の意見に従い、与えられた課題をこなすことようにしむけること」が戦前も戦後も変わらない教育の目的ではないかと思います。私はこれを変えない限り日本の社会問題は解決しないと思いますが、ほかにどのような解決策があるでしょうか。

現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。
僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います。
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Aベストアンサー

「現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。」

 これは不毛な主張です。教育は確かに社会を良くするためであるとはいえますが、人間が人間である限り、争いなどは避けれません。それに加え、マクロレベルになると必ず「非合理性」がつきまといます。
 分かりやすい例証をいえば、NHKの公共料金はみな払うべきだが、かなりの人数が支払っていません。しかしその未払いの人の多くはNHKを見ています。これは非合理性です。
 どのような事項にも必ず計算可能ではない何かがつきまといます。これは社会の構造上のもので避けられません。教育をどんなにしても、根本的には解決できません。


「僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います」

 これはこのままではちょっとあれですが、ある意味では鋭い見方です。これは軍事国家だけでなく、国民国家一般にとって、義務教育とか普遍的な教育というのは絶対的条件です。1つはナショナリズムの醸成です。別に愛国心とかいわなくても、国民が同じ教育を受けているだけで、ナショナリズムは作られます。
 これはベネディクト・アンダーソンが明らかにしたものです。教育ではたとえば日本の歴史、日本の文化、日本の童話など、徹底的に日本が教えられていきます。これが「国民」を生み出します。アンダーソンは「想像の共同体」と呼びました。
 国民国家は近代以降、教育がかなり重要であることを見いだしました。ですから、教育というのは本来は社会的で誰もができるものですし、その権利を担っているのですが、その教育権は国家がすべて吸い上げました。日本だけでなく、世界のほとんどどこでもそうですね。

 あなた様が「僕は日本人」というだけで、実はすでにナショナリズムの醸成に成功しているわけです。日本人という観念は作られたものです。ご存じのように、日本にはアイヌなど少数民族を含む場所です。ところが、明治維新以降に一挙に排除したわけです。

 網野善彦という日本で最も有名な歴史家がいます。『日本の歴史をよみなおす』という本がありますがぜひ読んでみてください。これは日本人は昔からみんな「農業を営み、地域社会のなかで生まれ死んでいった」という教科書的な歴史観を完全に嘘であることと暴いています。

 考えてみれば日本全国一律して農業など変な話です。今の日本の歴史学においては、とくに沿岸部は魚などの交易がきわめて活発であったことが証明されています。そして、当然ながら昔の人たちが「私は日本人」だなんて思っていたわけではありません。

 福祉国家というケインズ主義的な国家観は完全にこうした国民の管理の形式です。国民国家は程度の差はあれ、管理国家です。

「戦後の教育はその戦争が経済にかわりました。今はつまらない暗記ばかりの授業を学校で8時間も教えます。僕にはあれは社会の大多数の平均的な能力の子供を経済の発展に利用するために、社会で会社組織の一員として没個性的で退屈な作業を文句を言わずにこなせるのが目的の訓練だとしか思えません。」

 これは少々一面的で行き過ぎた見方です。国民国家の時代にあって教育がなくなれば、たちまち世界は崩壊します。今の世界秩序は良くも悪くも「経済社会」です。矛盾は解決していく必要がありますが、教育を受け、企業で働き、日本人として生きるということに問題があるわけではありません。問題はナショナリズムのあり方です。ナショナリズムが悪いのではありません。


「子供を自分の意見を持たず、大多数の意見に従い、与えられた課題をこなすことようにしむけることが戦前も戦後も変わらない教育の目的ではないかと思います。私はこれを変えない限り日本の社会問題は解決しないと思いますが、ほかにどのような解決策があるでしょうか。」

 これもミスリーディングです。完全に勉強不足ですよ。

 自分の意見を持たず・・って持つことですが、逆でこれほど尊重されている時代もないくらい自己実現だとか個性が強調されています。それに大学教育とは意見を述べる場です。これほど言論が自由に活発にかわされている場所もありません。

 たしかに愛国心問題など日本の教育にはいくらか恣意性が入り込む可能性があります。しかし社会問題の要因は、制度的要因もあれば、心理的要因もありますし、経済的要因、社会的要因もあります。実は都市開発なども関わると言われています。

 社会問題は多面的に見なければなりません。

「現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。」

 これは不毛な主張です。教育は確かに社会を良くするためであるとはいえますが、人間が人間である限り、争いなどは避けれません。それに加え、マクロレベルになると必ず「非合理性」がつきまといます。
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Qルソーによるホッブズ批判

質問です。ルソーはホッブズを批判しましたが、その内容についてです。

ルソーのホッブズ批判としては、「自然状態」や「自然法」の解釈の違いが最も重要な点ですよね?それらほど重要でない批判には「ホッブズは社会契約を二重契約だとしていない」などがあると思います。

これらを踏まえて質問ですが、ルソーの「一般意思と主権は不可分だから、主権は譲渡不能である」という理論はホッブズ批判にあたるのでしょうか?
ホッブズは「主権は譲渡不能である」という趣旨のことは言っています。ただホッブズの社会契約の考え方が「コモンウェルスに権利を譲渡する」というものであるため、ルソーのその理論はホッブズ批判にあたるのではないかと悩んでいます。

ルソーのその理論とホッブズの考えが合致しているとするなら、ホッブズの言う「主権」と「社会契約においてコモンウェルスに譲渡される権利」とは異なった概念なのでしょうか?


何か間違って理解していることがあれば指摘してくださるとうれしいです。詳しい方の解答をお待ちしています。

Aベストアンサー

この点に関しては『リヴァイアサン』を見れば明らかだと思います。
第十八章「設立による主権者の諸権利について」を見てください。ここに《コモン-ウェルスを設立する行為とはなにか》として

「ひとつのコモン-ウェルスが、設立されたといわれるのは、人々の群衆の、各人と各人とが、つぎのように協定し信約するばあいである。すなわち、かれらすべての人格を表現(Present)する権利(いいかえれば、代表Reprisentativeとなること)を、多数者が、いかなる人または人々の合議体にあたえるにしても、各人は、かれらのあいあだで平和に生活し、他の人々にたいして保護してもらうために、それに賛成して投票したものも反対して投票したものもひとしく、その人または人々の合議体のすべての行為や判断を、それらがちょうどかれじしんのものであるかのように、権威づける、ということである」(p.37『リヴァイアサン 二』水田洋訳 岩波文庫)
とされています。

代表者は「人々がかれらじしんのあいだで協定して、ある人または人々の合議体に、かれらすべての他人にたいして保護してくれることを信頼して、意志的に服従」(p.35)することによって主権者権力を持つに至ります。
つまり、この代表者に統治を委ねたその瞬間から、主権は譲渡されることになります。
ここで主権者=統治者ということになり、主権を譲渡した人々は「臣民」ということになっていきます。「臣民たちは統治形態を変更しえ」ず、「主権設立にたいして、抗議するものは、だれでも不正義たらざるをえな」くなり、「主権者権力の直接の放置なしには、いかなる授与によっても譲渡されえない」ということが導かれていきます。

それに対してルソーの『ジュネーヴブ草稿』の《主権とは》という項目には、このように書かれています。

「…国家のうちには、国家を支える共同の力が存在するのであり、一般意志はこの力を発揮する。この二つの要素がたがいに働きかけることで、主権が作りだされるのである。だからこそ主権というものはその本性からして法的な人格にほかならないことが理解できよう」(p.335『社会契約論/ジュネーヴ草稿』光文社 中山元訳)

つまり、ルソーの言う主権とは「共同体の利益と存続を目的として一般意志が行使されること」(同 p.497「解説」より)ということなのです。

すなわち「主権が譲渡されえない」のは、そもそも「意志」が譲渡することができないからです。
第二に「意志」というのは「人民全体の意志であるか、人民の一部の意志にすぎないか」というものであり、「人民の一部の意志」は「一般意志」とは呼べず、このことから「主権」は分割されえない。
そこから「一般意志は代表されえないという第三の特徴が生まれる」(p.498)

つまり、ルソーの主権概念は、ホッブズに真っ向から否をとなえたものと言えるでしょう。
すでにご存じかとおもいますが、そもそもルソーはホッブズの『リヴァイアサン』を読みに読み、そのうえでホッブズがうち立てた自然法学を批判し、作り直すことによって、『人間不平等起源論』を書いていきました。その意味で、ホッブズの「鍵概念」はルソーによってことごとく「批判的継承」されていっている、といっても過言ではないかと思います。

なお、文中にも引用しましたが『社会契約論』巻末の中山元氏の解説は、「一般意志」を大変わかりやすく解き明かしてあります。もし未読でしたら、ぜひご一読を。

この点に関しては『リヴァイアサン』を見れば明らかだと思います。
第十八章「設立による主権者の諸権利について」を見てください。ここに《コモン-ウェルスを設立する行為とはなにか》として

「ひとつのコモン-ウェルスが、設立されたといわれるのは、人々の群衆の、各人と各人とが、つぎのように協定し信約するばあいである。すなわち、かれらすべての人格を表現(Present)する権利(いいかえれば、代表Reprisentativeとなること)を、多数者が、いかなる人または人々の合議体にあたえるにしても、各人は、か...続きを読む

Q現代の若者の現状と教育・・・

自分は今大学に通っています。最近よく思うのですが、最近の若者はよく他者を馬鹿にします。例えば、「○○大?馬鹿大じゃん。」とかいうフレーズはたびたび耳にします。しかしながら、自分にとってそのような発言をする人ほど人間味に欠け、魅力を感じないのも確かです。自分は人として大切なものは偏差値だとか出身大学だとかではなく、その人の人間性などの到底口では説明できぬものだと信じています。戦後、焼け野原となった日本を再建することができたのは、我々の祖父母が優れた人間性をもっていたからだと思います(それは貧困が作り上げたものかもしれませんが…)。このままでは、自分たちの世代が日本を壊してしまう気がして怖いです。今、若者を、そして日本を変えるために、我々は何をすべきでしょうか?教育とはどうあるべきでしょうか?数多くの意見を聞かせて頂けると有難いです。

Aベストアンサー

別に何もする必要は無いと思います。
質問者さんが仰るように、そのような罵詈雑言を発する人に人間的な魅力を感じない、というのは同感です。けれども、そういう人は、昔から沢山います。
既に出ていますが、その昔であれば旧帝大以外は大学と認めない、なんていう人も多くいましたし(それこそ、先日、逝去された宮沢喜一元総理なんて、そういう逸話には事欠きませんよ)。

そもそも、「今の若者はダメだ…」なんていう言葉、そのものが、大昔から(それこそ、古代エジプト時代から)延々と言われているようなもので、あまり意味のある言説とはいえません。
全ての時代において、人間は、自分より若いものの人間性をダメと言ってきた生物なのです。

日本の今後を憂いておられるようですが、心配は要らないと思います。
そもそもの、日本の若者ほど、犯罪を嫌う人はいません(50代の方が20代よりも殺人率が高い、なんて国は日本だけです)。学力低下、などといわれていますが、これについてもムードばかりが先行していて、「学力とは何か?」「いつの時代と比較して低下したのか?」などというような議論が全くなされないままに、「こうすべきである!」という耳障りの良い言説が飛び交っているのが現状です。

私は、別にかえる必要など一切無い、という風に思っているのですが、その上ですべきだと思うのは、まず、現状を客観的に知る、ということをすべきじゃないかと思います。

別に何もする必要は無いと思います。
質問者さんが仰るように、そのような罵詈雑言を発する人に人間的な魅力を感じない、というのは同感です。けれども、そういう人は、昔から沢山います。
既に出ていますが、その昔であれば旧帝大以外は大学と認めない、なんていう人も多くいましたし(それこそ、先日、逝去された宮沢喜一元総理なんて、そういう逸話には事欠きませんよ)。

そもそも、「今の若者はダメだ…」なんていう言葉、そのものが、大昔から(それこそ、古代エジプト時代から)延々と言われているよう...続きを読む

Q・ルソーが子供の死に対して「子供が死んだら・・また、子供をつくればいい。」といったのでしょうか?

私の娘の短大の先生の回答で著名な人の「死」に対する考えで・・ルソーが子供の死に対して「子供が死んだら・・また、子供をつくればいい。」と述べたと・・ときいて娘は驚いたそうです。

本当に、ルソーが子供の死に対して「子供が死んだら・・また、子供をつくればいい。」といつたのでしょうか?
教えてください。

Aベストアンサー

 言ったと思います。ルソーに限らず、知識人であれば誰でも、取り返し
のつかない状態になった者に、それを何とか取り返すように、或いはその
状態を誤魔化す為の思弁を用いて説得したりはしないと思われるからです。

 言ってないとは思われません。彼は言葉を話す事ができましたから。

Q現代の教育について。どうかお願いします

いつもお世話になっております。

現代の小学中学高校の教育について、いくつか質問させてください。
初歩的な質問もあり申し訳ありません。
ひとつにでも回答いただければ幸いです。

[1]教育再生会議について
  首相の諮問機関だったと記憶しています。
  ここでの決定は国の決め事に直通するんですか?

[2]中央教育審議会
  今日の新聞に中教審の新指導要領の記事が一面に載っていました。
  上記の質問と類似しますが、ここの決定は国としての決定ですか?  政治家の集まりではないのですよね?

[3]指導要領
  誰が決定するのですか?中教審ですか?
  法律ではないのですか?守らなくてはいけないものですか?
  10年ごとにかわるのですか?

[3]ゆとり教育からの転換について
私の意見を聞いてください。
私はゆとり教育の理念には賛成します。
しかしゆとり教育が今否定されているのは、政府のゆとり教育の導入の仕方がまずかったからでは。
まず、週休2日制、授業内容の削減は何のためなのかわかりません。
詰め込み授業よりも、集団で生活する学校でしかできない、理解を深め応用力を養えるようにさまざまなアプローチの仕方での教育をする。
もちろん必要な計算・読解力を養うこともしっかり。
週休2日制を止め、土曜日も授業をする。
文部省は週休2日で地域との時間を、とか書いていましたが、この時世に非現実的。地域との時間を求めるなら学校として機会をつくるべき。
受験の形態も理念にあわせる。
ゆとり導入後も受験勉強が変わらなかったのはおかしい。
大改革をするのは不可能なのですか?

・・書いているうちにわからなくなってきました。。
でも上記の内容を実現するにはいい先生がなによりも必要ですよね。
ゆとり教育の総合学習の時間を有効活用された先生もたくさんいらっしゃいます。
日本中そんな先生を増やすことは事実不可能でしょうか?

こんな頭がぐちゃぐちゃになってしまった小娘にどうかご意見をください。
乱文申し訳ございませんでした。

よろしくお願いいたします。

いつもお世話になっております。

現代の小学中学高校の教育について、いくつか質問させてください。
初歩的な質問もあり申し訳ありません。
ひとつにでも回答いただければ幸いです。

[1]教育再生会議について
  首相の諮問機関だったと記憶しています。
  ここでの決定は国の決め事に直通するんですか?

[2]中央教育審議会
  今日の新聞に中教審の新指導要領の記事が一面に載っていました。
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Aベストアンサー

[1]教育再生会議について
今、教育関係者、文教行政の関係者でここをまともに相手する人は一人もいません。まぁ、素人が集まって、居酒屋で教育談義をやっている、という程度にしか思っていません。内輪の会合に出ると、官僚自身が「あれは無視してくださって結構ですから」と言うくらいです。

[2]中央教育審議会
こちらは、モノが違います。もちろん専門の教育学者が入っておりますし、その下の作業部会には現職の先生もたくさんいます。まぁ、こちらが現役のジョージファアマンだとすれば、1は亀田兄弟かな? そのくらい実力には差があります。ただ、再生会議の方は言動が面白いのでマスコミにはもてます(それも亀田兄弟に似てるでしょう?)。
中教審の答申は、間違いなく政策に反映されます。

[3]指導要領
  誰が決定するのですか?中教審ですか?
大筋は中教審答申に基づき、文部科学省が出します。法律ではないので、国会での議決は不要です。

  法律ではないのですか?守らなくてはいけないものですか?
  10年ごとにかわるのですか?
法律ではありませんが、判例では法律に等しいという位置付けです。従って、基本的には全ての公立学校が守る必要があります。改訂はほぼ10年ごとです。

[3]ゆとり教育からの転換について
これについては、ご意見は大変よく分かります。ただ、私見を述べる場所ではありませんので、私の見解は省略します。

[1]教育再生会議について
今、教育関係者、文教行政の関係者でここをまともに相手する人は一人もいません。まぁ、素人が集まって、居酒屋で教育談義をやっている、という程度にしか思っていません。内輪の会合に出ると、官僚自身が「あれは無視してくださって結構ですから」と言うくらいです。

[2]中央教育審議会
こちらは、モノが違います。もちろん専門の教育学者が入っておりますし、その下の作業部会には現職の先生もたくさんいます。まぁ、こちらが現役のジョージファアマンだとすれば、1は亀田兄弟...続きを読む


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