日蓮宗が法華経唯一信仰だということは存じ上げております。先日奇妙な出来事がありましたので質問させて頂きます。とある仏壇屋に行きまして「観音経」が置いてないか聞いたところ「ない」と言われました。店内を見渡すと創価学会の池田会長のポスターが貼られていて、どうやら学会系の仏壇屋だったようです。「観音経」は正式には

「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」

と称し、れっきとした法華経の一部です。だから学会系の仏壇屋にも置いてあるはずだと思い、正直解せませんでした。創価学会は法華経の各品の中でも取り上げないものがあるのでしょうか?

創価学会における法華経の位置づけにお詳しい方がおられたらご回答して頂ければ幸いに存じます。

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A 回答 (3件)

こんにちは。


人数も多いのだし、学会の人が答えてくれたら良いのですけどね。

私も学会員ではないので、憶測混じりになりますが・・。

お題目ありますよね。「南無妙法蓮華経」です。
これは、法華経に帰依しますという意味なのですが、では、お題目と法華経そのものとどちらがより重要かという議論があるそうです。

言ってることが通じてると良いのですが・・。普通に「法華経に帰依します」というお題目の意味だけを考えれば、法華経という経典の方がお題目より上位に来そうなのですが、それではお題目は付録になってしまいます。そうではなくて、お題目だけで充分、お題目に経典の功徳はすべて備わっていて、経典より上位に来るという考え方があります。他の日蓮宗諸派は、この考えを採りませんが、創価学会はこの考えに立っていたはずです。ですからかれらの葬式では、経典の読誦はなかったと思います。お題目オンリーです。経典の読誦さえいらないのです。彼らの勤行もそうですね。ひたすらお題目を唱えていて、他の宗派のような勤行はないです。
つまり経典を置いてないということだと思います。創価学会の忠実な下請けでしたら、たぶんこれが理由ではないかと思います。他の何か経典を置いてましたか?

もう一つ可能性があるのは、観音経は、法華経の一部ですが、観音経として分離させた単体では販売してないという可能性はあるのかもしれません。重要視する品とそうではない品がありますが、如来寿量品などを置いて観音経だけを読むと言うことはあまりしないのかもしれません。
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この回答へのお礼

>つまり経典を置いてないということだと思います。創価学会の忠実な下請けでしたら、たぶんこれが理由ではないかと思います。他の何か経典を置いてましたか?

パステルカラーのお洒落な装丁のお経がおいてありました。どの品か失念しましたが、間違いなく法華経の一部でした。

>もう一つ可能性があるのは、観音経は、法華経の一部ですが、観音経として分離させた単体では販売してないという可能性はあるのかもしれません。

普通の仏壇屋さんなら「般若心経」を含めた観音経のお経がちゃんと売ってます。学会系はどうなんでしょうね。

謎が深まるばかりです…。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/29 08:55

創価学会の題目で上げるお経は、法華経の中の「方便品(ほうべんぽん)」と「じゅりょうほん(漢字わかりません)」です。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

>「じゅりょうほん(漢字わかりません)」です。

如来寿量品第十六のことかな…。

お礼日時:2006/03/29 08:50

こんにちは、g6200さん。



私は創価学会員ではないので、詳しくは分からないのですが、個人的に気になったんで知人(学会員)に聞いてみたところ、本人も「そこまで深くないから自分も分からない」と言っていました。「ただ、たまたま置いていなかったのじゃないなら、日蓮正宗と対立してるからではないか」と言っていました。

「池田会長を深く崇拝してる人には、法華教より池田会長を重んずる傾向があるので、個人的に何かあったのではないか」との話でした。
私も学会員ではありませんが、信者の数が多い分、十人十色で様々な考えの信仰してる人がいるので、一枚岩ではない、といったところではないでしょうか…?

お役に立てなくてすみません;
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この回答へのお礼

maddogさん、ご回答ありがとうございます。家は曹洞宗(道元禅師・永平寺)の檀家なので日々「般若心経」を拝読し、御仏のご加護を願っているのですが、この「観音経」というのは東アジアの大乗仏教圏で最も盛んな観音信仰を成り立たせている大変重要なお経なのです。

>お役に立てなくてすみません;

いえいえ。でも何なんでしょうね。ホントは私が直接創価学会に電話して聞いてみればいい話なんですが、勧誘されると怖いのでここで質問させてもらっています(笑)。

お礼日時:2006/03/27 15:39

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Q法華経の根本的な矛盾について

法華経の根本的な矛盾について

私は最近、法華経全巻を現代文で通読してみました。しかしこの法華経の中で法華経自身が語られるという矛盾について、全く納得ができませんでした。お経や読物としての良し悪し以前に、この矛盾は根本的な問題だと感じました。この矛盾に対し、法華経を支持する立場からの論理的な解説などはあるのでしょうか?

現に私たちが手に取り読んでいる法華経を、現・法華経とし、その現・法華経の中に記され語られている法華経を、記・法華経とすれば、これらは明らかに現・法華経≠記・法華経となります。しかし現・法華経において、この≠な関係は曖昧であり、むしろ=な関係であるかのように記述されており、これは法華経の根本的な矛盾だと思いました。現・法華経=記・法華経という関係はあり得ませんから。なので、この矛盾を解明した論説などがありましたら知りたく思います。

Yahoo知恵袋でも同様の質問をしてみましたが、あまり意を得たご回答を頂けませんでしたので、質問の内容を若干あらためまして、失礼ながらこちらでもお願いいたします。
  

Aベストアンサー

 私の専門は浄土教のほうなんですが、鎌倉仏教全体を勉強しようと思いしばらく日蓮聖人の法華経理論の勉強をしておりまして、その中で法華経に触れているうちに同じ疑問を抱きました。質問を読んで感銘いたしまして筆を執った次第です。

>>しかしこの法華経の中で法華経自身が語られるという矛盾について、全く納得ができませんでした。

 ヤッパリそこで引っかかりますよね??私としては『妙法蓮華経』だけでなく、異訳の『正法華経』『添品妙法蓮華経』や梵本の法華経も比較検討してからここで質問してみようと思ったのですが、『妙法蓮華経』の資料が多すぎて抜け出せない所です。
 異訳経典との比較について言えば、日蓮聖人の『法華取要抄』には「羅什三蔵は広を捨て略を好む」とあり、『妙法蓮華経』を訳した鳩摩羅什三蔵は逐語訳よりも意訳を好んでいると指摘していますから、日蓮聖人自身は『妙法蓮華経』のみではなく他の異訳の法華経の研究もされていたことがうかがえます。
 
 これを踏まえましても、『妙法蓮華経』を含めた「法華経」にはいろんな分からないことがあります。一つにはこの質問にあるような疑問。もう一つよく言われる疑問は「法華経には法華経の内容が書かれていない」一口にこれを「法華経無内容説」といったりするんですが、この質問もこれに付随するものだと私は考えています。
 なぜなら、「法華経」の内容と、現在説かれている状況(お釈迦様が説いている状況)、過去に説かれていた状況が記されていれば、この質問も生まれなかったはずです。『妙法蓮華経』を読むと、お釈迦様が説法されている状況と、過去に「法華経」が説かれた経緯しか記されていないのが問題であると言えます。

 では、「法華経」内容はいかにして読み解くか。
 これに日蓮聖人は「身読」ということを説かれておられます。『単衣抄』には

法華経の第四に云く「如来の現在にすら猶怨嫉多し」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、天台大師も恐らくはいまだ此の経文をばよみ給はず、一切世間皆信受せし故なり、伝教大師も及び給うべからず況滅度後の経文に符合せざるが故に、日蓮日本国に出現せずば如来の金言も虚くなり多宝の証明もなにかせん十方の諸仏の御語も妄語となりなん、仏滅後二千二百二十余年月氏漢土日本に一切世間多怨難信の人なし、日蓮なくば仏語既に絶えなん

とあり、また『寂日房御書』には

日蓮は日本第一の法華経の行者なり。すでに勧持品の二十行の偈の文は日本国の中には日蓮一人よめり

とあり、日蓮聖人の思想の中核を表すといわれる『開目抄』にも

末法の始のしるし 恐怖悪世中の金言のあふゆへに但日蓮一人これをよめり

とあって、天台大師智ギ(ギの漢字は化けてしまうのでカタカナ表記にします)や伝教大師最澄は「法華経」を読誦して居られましたが、「法華経」に説かれているような時代とは相応していない方々であって、自分(日蓮聖人)こそが「法華経」に説かれている法華経の行者が遭遇するはずの受難に遭い「法華経」そのものを身をもって体験した唯一の法華経の行者であるとしています。
 このように身をもって「法華経」の内容を体験することを「身読」といいます。これをもって日蓮聖人は「法華経の内容」を感知感得し「南無妙法蓮華経」の題目を広めていかれます。

 つまり、
>>現・法華経=記・法華経という関係はあり得ませんから。なので、この矛盾を解明した論説などがありましたら知りたく思います。
ということを考えるとき、「身読」という解釈をもって「現法華経=記法華経」の式が成り立つわけですよ。また、「法華経」には内容が無いのではなく、読み解くべき者(ここでは日蓮聖人)が現れたときその内容(ここでは「南無妙法蓮華経」)も明らかになるってことですね。

 私自身は専門ではなく、あくまで勉強途中なのですが、「身読」ということについて御紹介させていただきました。私もまだこの質問の答えの出せないのが現状で、ここに書いたのは参考意見程度に受け取っておいてください。
 法華経系の研究者としては田村芳郎氏、末木文美士氏の二人を推薦いたします。田村氏は法華経の信仰者であり仏教学者としても幅広く研究されておられます、また末木氏の『日蓮入門 現世を撃つ思想』(ちくま新書)などは読みやすくとても参考になりますよ。
 それでは失礼いたします。

合掌 南無阿弥陀仏 

 私の専門は浄土教のほうなんですが、鎌倉仏教全体を勉強しようと思いしばらく日蓮聖人の法華経理論の勉強をしておりまして、その中で法華経に触れているうちに同じ疑問を抱きました。質問を読んで感銘いたしまして筆を執った次第です。

>>しかしこの法華経の中で法華経自身が語られるという矛盾について、全く納得ができませんでした。

 ヤッパリそこで引っかかりますよね??私としては『妙法蓮華経』だけでなく、異訳の『正法華経』『添品妙法蓮華経』や梵本の法華経も比較検討してからここで質問してみ...続きを読む

Q創価学会の法華経方便品第二の十如是

あるサイトをみていたら法華経方便品第二の十如是のあとに諸仏を信じなさいというような言葉が本当はある・・・それを削除してあるからそのため十如是は意味が解らないと書いてありましたがこれは何か物的証拠があるのでしょうか?
私自身親が創価学会のため子供のころから本当は違うんじゃない?という本音を押し隠してきましたがあるとき爆発して今は平穏に暮らしています。
ですが、親とこれから話し合いになったときに論理的なことも知っていたいので・・・他に何か知っていることがありましたら教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは。

 ご質問文を拝見していて、2つの観点から少々補足いただいた方が、回答を検討される方々にわかりやすくなるかな、と思いまして、お邪魔します。
 (余計なお世話かもしれません。自分が有用な回答を用意できるわけでもないのですが。)

 一つ目は、ご両親やご家庭に関してですが、いま平穏にお暮らしであれば、そのままご両親とは距離を置いて生活し続けるというのはできないものなのでしょうか?
 また、ご両親とお話しになる際には、いつも教義・経文のかなり細かい内容の問答になるのでしょうか?
 老婆心ながら、ヘンに理論武装して教義問答を始めると、余計に話しがややこしくならないか??と感じたものですから。

 二つ目は、法華経に関して、ご質問者さんは現時点で、法華経をどういうお経だと考えておられるのでしょう?
 古今広く信仰され研究されたお経ですが、評価や見解はまちまちです。そのあたりから書き始めれば、冊子ぐらいの情報量になっていくと思います。
 学会の方やその他の日蓮主義系の信仰をされる方もいろいろで、けっして一概には言えないのですが、たいていの方は、「法華経はお釈迦様が説いた」と信じておられるように思います。
 ご質問者さんは学会から抜けたということですが、どういう法華経観をもっておられるかで、回答する方は、どのあたりから、どういう話しで回答を用意するが考える手がかりになると思います。

 法華経は、評価が二分されるお経で、「実質、何も書かれていない」とするもの、「仏典の最高峰」とするものと極端です。
 法華経を評価する方々の中にはある種の秘教的な内容があるのだとして解釈を加える方もあります。ご質問文に関する事柄もそれに類する話しではないのかな、という印象を受けましたが。
 十如是に関してもお経の翻訳や解釈に伴ういろいろな研究成果が上っています。

 どこから、どういう形での情報を求めておられるか、もう少し整理していただけると、有用なのではないかと思いました。

 

こんにちは。

 ご質問文を拝見していて、2つの観点から少々補足いただいた方が、回答を検討される方々にわかりやすくなるかな、と思いまして、お邪魔します。
 (余計なお世話かもしれません。自分が有用な回答を用意できるわけでもないのですが。)

 一つ目は、ご両親やご家庭に関してですが、いま平穏にお暮らしであれば、そのままご両親とは距離を置いて生活し続けるというのはできないものなのでしょうか?
 また、ご両親とお話しになる際には、いつも教義・経文のかなり細かい内容の問答になる...続きを読む

Q法華経の文言

 http://okwave.jp/qa4932206.htmlにおきまして、回答番号:No.11 様が、ご回答中に、「仏の教えは仏の教えのみが解ると法華経にもあるでしょう。」と仰せられています。
 私も、別のことで、その人のことはその人しか分からない、という思いを持ってきておりますので、どうかお教えください。
 1. その法華経の文言とはどういう文言なのでしょうか?
 2. その文言を普通はどのように、解説(お教え)しているのでしょうか?

 どうかよろしくお願い申しあげます。

Aベストアンサー

妙法蓮華経。方便品第二。

佛所成就。第一希有。難解之法。
唯佛與佛。乃能究盡。諸法実相。

佛が成就したところは、第一のものであり、稀にしか無いものであり、理解し難い法である。それはただ佛と佛とだけのみ、すなわちよく、全ての法のありのままのありかたが究め尽くされるのである。

ここの事でしょうか?間違っていたらご容赦ください。

Q創価学会の仏法と日蓮宗のそれはどこがちがうのでしょうか?

家は日蓮宗なのですが友人に折伏され学会員になりました。同じ法華経だからと思い入会したのですがどうなのでしょう。御書を学ぶ事は良いのですが、選挙や折伏などわずらわしく思っています。

Aベストアンサー

ここは哲学スレでしたね。

>同じ法華経だからと思い入会
の方の回答です。

日蓮大聖人の6人いた弟子の中の一人の系統を
継いでいるのが創価学会です。
その他5人の系統が日蓮宗です。
(細かく言うと色々と分かれるのでしょうが)

仏教も釈迦の教えがいろんな宗派に分かれましたが、
「同じ仏教だから、どれでも同じと思い信仰した」
という人がいたらどう思いますか?

同じように、日蓮宗と創価学会は、出所は同じ
日蓮大聖人とはいえ、まったく違うものといって良いでしょう。

御書の内容も、微妙に違いますよ。
(自分たちの都合の良いように修正したり追加したり)
まぁどちらが?とは言いませんが・・・

私は御書をあんまり読まない不良学会員ですが、
お互い、勉強していきましょうね。

Q創価学会の法華経経典の存在、位置づけ。

創価学会の法華経経典の存在、位置づけ。
南無妙法蓮華経の題目で、妙法蓮華経(法華経)を南無(帰依、信心)するわけですが、
どうして、法華経を実際学ばないのでしょうか?(学ばせないのでしょうか?)
「南無御書」のような気がします。
法華経経典は教義上どう扱われているのでしょうか?また、どういう位置づけなのでしょうか?

Aベストアンサー

創価学会 壮年部の者です。

>法華経を実際学ばないのでしょうか?

・一般信徒の立場として、創価学会ほど『法華経』を
学んでいる信徒はいないでしょう。数年前までは、
連載で『法華経の知恵』ということで、連載もされて
いましたし。
また、『法華経』は「南無妙法蓮華経」の説明文みたいな
物ですから、『法華経』だけを勉強したところで、理解が
できるわけありません。


>法華経経典は教義上どう扱われているのでしょうか?
>また、どういう位置づけなのでしょうか?

『法華経』は、釈尊の説いた最高位の教典です。

しかし、『時』というものがあり、末法の今日では
「南無妙法蓮華経」の御本尊に帰依し、自行化他の
実践の中にしか、成仏の因はありません。
言い方を変えると、『法』である「南無妙法蓮華経」
に帰依することこそ、自身の生命状態を最善へと導く
事になるのです。

今でも、朝夕の勤行の際には、妙法蓮華経 方便品第二
と妙法蓮華経 寿量品第十六の自我偈を読み、その後、
「南無妙法蓮華経」を唱題します。

質問者様が、どういったお立場の方か存じ上げないので、
不明な点があれば、また、ご質問をお願い致します。

創価学会 壮年部の者です。

>法華経を実際学ばないのでしょうか?

・一般信徒の立場として、創価学会ほど『法華経』を
学んでいる信徒はいないでしょう。数年前までは、
連載で『法華経の知恵』ということで、連載もされて
いましたし。
また、『法華経』は「南無妙法蓮華経」の説明文みたいな
物ですから、『法華経』だけを勉強したところで、理解が
できるわけありません。


>法華経経典は教義上どう扱われているのでしょうか?
>また、どういう位置づけなのでしょうか?

『法華経』は、釈尊の説いた最高位...続きを読む

Q【創価学会】の池田大作はなぜ信者から池田大作先生と先生と呼ばれているんですか? 創価学会ではどの程

【創価学会】の池田大作はなぜ信者から池田大作先生と先生と呼ばれているんですか?

創価学会ではどの程度の役職に就いている人から先生と名前の後ろに先生という敬称を付けられるのでしょうか?

Aベストアンサー

もともと創価学会は、日蓮正宗の信徒団体として、教育者であった牧口常三郎初代会長と戸田城聖第二代会長が設立したのが始まりです。
当初は会員の中には教育者も多く、『牧口先生、戸田先生』と自然に先生と呼ばれていました。
池田大作氏が、第三代会長に就任したのを契機に、『池田先生』と多くの会員が呼ぶようになりました。

また創価学会では、牧口先生、戸田先生、池田先生以外に『先生』と呼ばれる人はおりません。

Qなぜ日本人は法華経を愛しているのでしょうか?

私は日本の仏教史について調べていて疑問に思うことがありました。それは、著名な日本の仏教家の多くが法華経をどの経典よりも重要視してきたことです。
天台宗の教祖最澄、日蓮宗の教祖日蓮はもちろん、聖徳太子、道元、白隠なども法華経を最高の経典としています。
また、民間信仰でも法華経信仰が浸透していて、法華経の塔が各地にたてられていると聞きます。
近代の知識人にも影響を与え、有名なところでは、宮沢賢治、石原莞爾、北一輝、高山樗牛らがいます。
朝鮮では華厳経の影響が強いようですが、日本では華厳経の影響はあまり強くありません。
なぜ、日本ではこれほど法華経が愛され続けてきたのでしょうか。法華経には日本文化と共鳴する部分があるのでしょうか。
皆さんのご意見をお待ちしています。

Aベストアンサー

ある先生が言っておられましたが、法華経は論理よりイメージの世界の広がりが大きく、左脳の「ロゴス脳」よりも右脳の「パトス脳」での理解に向いているお経だそうで・・・
中国人や韓国人などの大脳は、欧米人と同じように左脳の働きが強いそうですが、イメージや情念を司る右脳型の日本人には、法華経は打って付けだったそうです。
因みに、同じ法華経を読みながら、中国人である天台智顫は、左脳を駆使して精緻な論理を構築しましが、そうしたロジカルな天台の教義は日本ではあまり花咲かず、法華経のイメージ的な部分から様々な宗派が生まれました。
日本人は七面倒臭い論理よりも、直感や情感が好きなんですね。
宮沢賢治の世界は、まさに論理を越えた情感と直感そのものですよね。

法華経って、絵画的で文学的ですよね。

Q【幸福の科学って創価学会の教えのパクリでは?】 創価学会の教えを参考にして幸福の科学は出来てますよ

【幸福の科学って創価学会の教えのパクリでは?】

創価学会の教えを参考にして幸福の科学は出来てますよね?

両方、幸福はどのように実現するのか?という人生の問いに答えを出すための宗教ですよね。

Aベストアンサー

「創価学会の教えを参考にして幸福の科学は出来てますよね?」
→それは、あなたの勉強不足でしょう。
ご質問には、具体的な内容が書かれていませんが、それらのほとんどは幸福の科学、創価学会でなくても一般常識として当たり前のことなのです。

Q法華経

うちの母方は『法華経』なのですがイマイチどういう宗教?なのか分かりません。
うちの母は『法華経だから!』と言って『法華経は鳥居をくぐれないから神社には行けない』とか『法華経はお守りをもたない』『法華経の神社はお賽銭箱はないの。お金をとらない。拝む時は手を叩いたらダメ』とか言います。これは本当なのでしょうか?

また、唱え方が『創価学会』と同じですが、『創価学会とは全く違う!』とか創価学会を毛嫌いして母は言います。
それは私も何となく分かりますが…どこが違うかよく分かりません。

旦那の所は、『南無阿弥陀仏』と唱える宗教?なのですが、その宗教(うちの父方も)を嫌います。
ちなみに、『法華経』を説明しても周りに知っている人がいません。

私も小さい頃から法華経を母から言われ唱え信じていますが…正直イマイチ分かってません…。
今さらなのですが、どなたかこんな無知な私に分かりやすく『法華経』を教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

「法華経」は経文の名前で、宗派は別の概念です。
「○○宗」という正式名称があるはずですから、尋ねてみて下さい。
法華経を大事にする宗派には色々ありますが、日蓮宗とその宗派が
メインのようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E5%AE%97

創価学会は、日蓮宗の一派、日蓮正宗の中の1つの信徒団体だった
のですが、宗門とトラブルを起こして破門され、今では池田大作氏を
教祖とする独立した宗教になっているようです。

『法華経は鳥居をくぐれないから神社には行けない』
熱心な信者は自分の信じる宗教こそ最高のものだと考えている
ものなので、他の宗教の施設に入りたがらないのではないでしょうか。
十分理解できる話です。
お寺でも神社でも教会でも何の抵抗もなく出かけていく一般の日本人の
方が、感覚が麻痺しているのではないでしょうか。
「鳥居をくぐれないから」が理由ではないと思います。鳥居がなくても
神社には行かないでしょう。

『法華経はお守りをもたない』
宗派によって教えは異なりますので、何が正しい、ということはない
と思います。
私見ですが、日蓮宗の一派であっても「南無妙法蓮華経」と書いた
紙をお守りとして懐に持っていてもおかしくはないと思います。

『賽銭箱がない』
その宗派の教えなんでしょうね。
ただ「お布施」は宗派によらず尊い行為とされているのではないかと
思いますが。

『拝む時は手を叩いたらダメ』
拝む時に手を叩く(柏手を打つ)のは神道(神社)特有のしきたりです。
お寺で柏手を打つのは、ダメというよりは、間違っています。
お寺や神社でキリスト教徒が十字を切って「アーメン」と祈っていたら
変ですよね?
それと同じレベルの話です。

「法華経」は経文の名前で、宗派は別の概念です。
「○○宗」という正式名称があるはずですから、尋ねてみて下さい。
法華経を大事にする宗派には色々ありますが、日蓮宗とその宗派が
メインのようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E5%AE%97

創価学会は、日蓮宗の一派、日蓮正宗の中の1つの信徒団体だった
のですが、宗門とトラブルを起こして破門され、今では池田大作氏を
教祖とする独立した宗教になっているようです。

『法華経は鳥居をくぐれないから神社には行けない』
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Q【創価学会の広報誌である聖教新聞に載った「創価学会の脱退者を自殺に追い込むように」と指示した紙面のコ

【創価学会の広報誌である聖教新聞に載った「創価学会の脱退者を自殺に追い込むように」と指示した紙面のコピーが見たいです。】


創価学会以外はすべて邪教であり、教団反対者がのたれ死ぬまで攻撃を続けて抹殺せよと命じ、「脱会者を自殺へ追い込め」という、組織を引き締めを狙った上層部からの達しが聖教新聞に載せられました。
(これらのスクラップはネットで各所にアップされています。)


どこにありますか?

Aベストアンサー

聖教新聞のスクラップで有名なものは、おそらくコレでしょう。

「野たれ死ぬまで攻め抜け」

と、書いてあります。

http://ks.c.yimg.jp/res/chie-ans-218/218/682/960/i200


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