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最近、ネットの書き込みや仕事上でも「そうゆってました」とか「どうゆうことでしょうか」と「ゆ表現」を使う人が目立つのですが、これがどうしても気になります。
確かに口語では「そうゆう」「どうゆう」と使いますが、文章では「そう言う」と「いう」と使うべきではないかなと思います。どうも「ゆ表現」は幼児語みたいでとても知的に思えないのです。
しかしいまや大学生くらいの年齢の子たちはみな「ゆ表現」を使っています。小学校、中学校の国語では今はそう教えるのですか?
それともこの言葉遣いもかつての「ら抜き言葉」と同じでやがて一般的になってしまうのでしょうか。

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A 回答 (7件)

そうですね、話し言葉としては「発音のゆれ」と言って、どちらでも良いですね。


と、この『良い』も「よい」と「いい」の2とおりの発音がありますね。
言葉で迷ったときは、やはり主務官庁である文化庁の『国語施策情報システム』です。
「参考資料」→「各期国語審議会の記録」→「第5期」
のところに詳しく載っていますよ。

ただ、書き言葉としては「いう」であって「ゆう」は間違いです。
パソコンとインターネットの発達で、特別に国語をしっかり勉強した人でなくても、誰でもが気軽に文章表現ができるようになりました。
その反面、このような間違った文字表記や、誤字脱字、誤変換が大手を振ってまかり通っているのも事実です。

これは単に、日本語の標準的な書き方を知らないだけ、忘れただけですから、社会に広く認知されるようなことはないでしょう。

まあ、ネットは乱れた日本語のデパートと割り切って、あまり深刻に考えないで起きましょうよ。

参考URL:http://www.bunka.go.jp/kokugo/
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この回答へのお礼

ネットやPCでの文章表現はとても難しいですよね。なぜか長文はとても目が疲れるんですよね。
しかし私の会社の人たちでも社用メールで「部長がそうゆってました」と書く人がちらほらいるので困惑しております。ただどうやらこの表現は女性がほとんどのようです。そして失礼ながら、あまり知的ではなく、他人に依存する傾向のある女性に多いように感じます。一種の甘え表現なのかもしれないですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/09 14:54

  口に出して意志を傳へる、とか、口に出して説明する事を、「いふ」と表記するのが、國語の正しい書き方ですが、現在の政府指導の國語表記では、「喋るやうに書く」といふのが、指導方針で、これを「現代假名遣ひ」と言ひます。


  これにより、「現實にユウと發音してゐるから、ユウと書く」といふのが、當然の成り行きです。その表示に違和感を感じ、幼稚に感じるのは、これが國語の正しい表記ではないからです。
  「現代假名遣ひ」といふ、正しくない假名遣ひを肯定した上で、「正しい、正しくない」を議論するのは、意味の無いことですが、このやうな變な表記が一般的になり、存在を主張するのは、大いに考へられます。
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この回答へのお礼

ついに先生の登場ですね。時々レスしているところを拝見しますよ。しかし、実にあちらこちらに出現されますね。
IMEの設定をそれにされているのは実にお疲れ様なこってすと申し上げるほかはないのですが、たぶんほとんどの方には意味が伝わってないと思いますよ。
天邪鬼な私としては、現代仮名遣いが正しくないとおっしゃるなら縦書きにするか右から左に書くのが正しいのではないですかなどと考えてしまいますが。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2006/07/10 21:57

 #4さんのおっしゃるとおりなのですが、少し補足します。



 なぜ、揺れが生じるのかということです。
 話しことばを書くことはできないで、説明が難しいのですが、表記と発声は必ずしも一致しないことは押さえておく必要があります。

「言う」や「云う」の実際の発音は、実は「いう」より「ゆう」側に近いのです。さらに正確に言えば「ユー」です。西日本の人ははっきり「ユー」といいますが、東日本でも「ユー」と発声されることがあります。

「いや、わたしは"いう"としか言いません!」という人でも、意識していないだけで、「こんなときは経験がものいうよね」とか「そういうことにしておけばいい感じ♪」とかいうときは結構「ユー」と言っているものです。(それでも「そうゆった」とはいいません)

 ただし、ご質問は"どう書くのか"、ということですね。それはもちろん「いう」です。本来の回答はそれで完了です。
 しかし、そう格式ばらないところで「ゆう」と書いたからと言って、そう間違いだとも決め付けられないのではないか、ということを私はいいたいのです。
 むしろ、発音に敏感だったり、自分の耳に忠実なだけなのかもしれません。少なくとも「ら抜け」や「こんにちわ」とは意味が違います。
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この回答へのお礼

はあはあ、「ら抜き言葉」とはちょっと違うんですね。
今気づいたのですが、私も「そうゆう」が気になるくせに「そーですね」と伸ばす表現はさほど気になりませんでした。この伸ばし表現は私が子供の頃にちらほら出てきたもので、作文で使うと当時はよく教師から怒られたものでした。
もう「私ゎ」になるとそもそも日本語に見えなくなってしまうんですよね。歳取るってこういうことなんだなあ。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/10 21:50

勿論「そういう」が正しい言葉です。


でもネット上では「そうゆう」などと使う人が多いのも事実です。
かく言う私も、ネット上では「こんばんわ」や「こんにちわ」と言ったような挨拶をします(勿論正しくは「こんばんは」「こんにちは」ですが)。
別に深い理由があるわけではないんですけどね。

でもこれがなかなか微妙なもので、例えば関西弁で文字表記する場合は「そう言ったやろ?」と書くよりも「そうゆったやろ?」と書いたほうが味が出る…という言い方が正しいのかどうかはともかく、関西弁らしく見えると思います。
だから理由の一つとしてはなるべく話し言葉に近く、味を出すように、ではないかと。

中には素で間違っている方もいますけどね。
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この回答へのお礼

やはり「そういう」が正しいでよかったですか。あまりに「そうゆう」が多いので最近の教科書はそうなったのかと思いました。
このようなことが気になることが「歳をとった」ということでしょうかね。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/10 21:44

「いう」で使うべきです。


言葉というのは時代と共に動いていくものですが、
それは本来の使い方がどうなのか知った上で動いていくべきだと思います。昔は連絡手段が限られていたので、言い伝えの回数が増えていくたびにだんだんと勘違いや聞き違いで変化していったこともあるでしょうが、今日情報のやりとりは多種多様になっており、正確に情報をつかむことを心がければ、それなりに間違いはなくなるはずです。

特にこういう投稿欄では、なるべく誤字、脱字を
ないようにして、書いた後に何度も読むようにして
チェックを怠らない、というのがマナーだと思います。

日本語を大切にしましょう。
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この回答へのお礼

ネットやメールというのはまだ10年が経っていないものなのに、これだけ一般的に広まりました。しかし、まだマナーや約束事が確立されていないのですよね。

関係ありませんが、最近は「確率」のことを「確立」と書く人が非常に多いですね。変換キーを押すだけなので間違いそのものに気づかないケースが増えましたね。私はそのうち「ペンで字が書けない」子供がでてくるんだろうなあと今から憂いています。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/09 14:47

もともとの派生は「なまり」からではないでしょうか?



「じてんしゃ」を「じでんしゃ」と言うのは、関東のなまりなのだそうです。

「ふんいき」を「ふいんき」とか、「じっぷん(10分)」を「じゅっぷん」とか、結構ありますので、私はどちらかと言うと、それらを書き表すときに口語どおりに書いてしまうことに違和感を感じます。

「間違い」が時代とともに正しくなってなってしまうのは嫌ですが、「使いやすい言葉」が時代とともにスタンダードになるのは仕方ないかと思います。
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この回答へのお礼

なまりだとすると指摘すると馬鹿にしているみたいですからなかなか難しいですね。

「役不足」「情けは人のためならず」のように本来の意味とは逆の意味になっている言葉もありますものね。時代と共に言葉も変わってゆくものでしょうが、違和感を感じるのはそれだけ年をとったということなんでしょうかね。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/09 14:42

 単なる不勉強です。

今でも小学校1年生では「そういう」と教えています。また大学生くらいの年齢の人たちがみな「ゆう」を使っていると言うことはないと思います。
 ただ不勉強な人に混じって、面白がって間違った使い方をする人も少なくありません。
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この回答へのお礼

なるほど。確かに、こういう表現を使う人は漢字に弱い人が多いような気がします。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/09 14:38

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【こういうこと】

「こお」、「ゆう」でない理由
http://www.bunka.go.jp/kokugo/frame.asp?tm=20090823231358
「事」でない理由
http://www.bunka.go.jp/kokugo/frame.asp?tm=20090823231358

日本語について詳しくは、主務官庁である文化庁の『国語施策情報システム』をどうぞ。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/

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どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
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  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
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  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
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さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
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いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

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私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
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はじめまして。元研修担当のスコンチョといいます。(^_^)

ビジネスマナーでは仕事が終わった人を見送るときには
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時代の流れとともに「ご苦労様でした」も容認されるレベ
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Aベストアンサー

『次の書類を送付いたしますので、ご査収のほどお願い・・・』

送る行為は、相手にも関わる事なので、
「送付いたします」と、致しますと言っていても、
「ご」を付けなければ「送り付ける」という意味になります。
「ご」は相手に対する「謙譲語」です。

「ご送付します。」か「ご送付致します。」が正しいです。
「する」の謙譲語は「いたす」なので、「ご送付致します。」が
正しいのです。 二重敬語になるかもしれませんが、こちらの方が
丁寧です。

「お送り致します。」でもOKです。

・「ご」を必要としない場合は、「送付させて頂きます」になります。

例えば「ご連絡します」の「ご」も同様です。連絡するのは
自分の動作ですが、「連絡」を受ける相手に対する敬意を表すため、
謙譲の接頭語「ご」を付けます。

相手に頼む場合は「お送りください。」です。

http://mc2.civillink.net/biz/biz.html

http://allabout.co.jp/gm/gc/297603/

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Aベストアンサー

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn.x=29&jn.y=11&kind=jn&mode=0

私は辛い(つらい)→づらい、と考えて「づらい」を使っています。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

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Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
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Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
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