ちょっと変わったマニアな作品が集結

 昨年、大阪近鉄バファローズはオリックスブルーウェーブと合併して消滅してしまいました。

 なぜ、近鉄は球団を他の企業にそのまま身売りしようとしなかったのでしょうか?

 オリックスとの合併という方法を選択したために、近鉄の選手たちは不本意ながらも、ライバルのオリックスに移らざるを得なかった訳です。それに漏れた選手たちは楽天に入団しました。しかし、所詮は近鉄・オリックス両球団からあぶれてしまった選手が多く、その結果、楽天の力不足は明らかです。(岩隈、磯部クラスは別ですが)
 
 これでは選手たちは離ればなれになり、近鉄ファン
もオリックスや楽天をそのまま応援する気持ちにはなれないと思います。

 近鉄をどこかへそのまま譲渡すれば、選手もファンも良かったのでは、と考えて今でも残念です。
 近鉄はなぜオリックスとの合併にこだわったのでしょうか?経済的な理由?それとも、何か他の理由?

 事情に詳しい方、どうぞお教えください。

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A 回答 (2件)

あくまでもこれは推測です。


関西地区のフランチャイズを考えると、当時は大阪に近鉄、西宮(甲子園)に阪神、神戸にオリックスという配置でした。ご存知のように阪神は関西を代表するチームであり、そのファンの分布は大阪-神戸間に限らず関西全土に広がっています。
その中でパ・リーグの近鉄とオリックスが本拠地を持っていてもなかなか両チームともファンが増えません。
仮に近鉄が身売りをしてもそのまま大阪を本拠地としていては、両チームともにファンの新規獲得は期待できません。
そこで、オリックスと近鉄は合併して、在関西のパリーグのチームを1つにしてファンの数を増やしたいというのが狙いだったと思っています。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2006/07/28 21:27

球団数を減らして1リーグにしたいという狙いがあったようです。

(パリーグも巨人戦がほしい。)
1リーグ化はうまくゆきませんでしたが、交流戦もその流れからです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/28 21:28

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Qオリックス不人気の理由は?

オリックスはどうして不人気なんでしょうか?

イチローや仰木監督のいたころは客も多く入っていましたが、

二人や田口が退団し、近鉄と合併してからは球場は閑古鳥です。

オリックスは阪神大震災の時に神戸を盛り上げましたが、

現在のオリックスはその神戸すら見すてる有様。

(合併後、フランチャイズは兵庫大阪だったが、現在は大阪のみ)

多くの人口を有する関西圏の球団なのに、平均観客動員数は12球団最低レベル。

一方阪神は断トツの1位。オリックスは大きな差をあけられている。

どうしてオリックスは人気がないのでしょうか?

関西マスコミも阪神ばかり取り上げてオリックスはほとんど無視です。

Aベストアンサー

個人的な意見ですが、

「オリックスがナベツネオーナーち画策して近鉄を消滅させた」
と思ってるからです。
当時の近鉄に球団を保有する力がなかったのは判ります。
そこで新規にチームを買い取ると名乗りを上げたのが
ご存知堀江モンのライブドアです。
しかし、ライブドアが良い悪いではなく、
オリックスが新規参入を断り、断固合併を譲りませんでした。
結局、ライブドアは流れたものの、現在も12球団ありますよね。
つまり、そのあと楽天が新規参入したからです。

だったら無理に合併して分配ドラフトなんかせずに
楽天にそのまま「バッファローズ」を譲れば
近鉄は消滅しても「バファローズ」の歴史は消えなかったんです。

また、自分のご都合主義の分配ドラフトのせいで
弱小イーグルスを産み出しました。
近年のようやく闘えるイーグルスになるまでは
セパ交流戦を含めてもプロ野球のレベルを下げた要因です。

主力はオリックスに取られましたが
あの時から「バファローズ」は楽天が引き継いだものと思い
大阪在住ですが、楽天を応援しています。
死んでもオリックスだけは応援したくないですし
「バファロース」を名乗るのも許せないです。

個人的な意見ですが、

「オリックスがナベツネオーナーち画策して近鉄を消滅させた」
と思ってるからです。
当時の近鉄に球団を保有する力がなかったのは判ります。
そこで新規にチームを買い取ると名乗りを上げたのが
ご存知堀江モンのライブドアです。
しかし、ライブドアが良い悪いではなく、
オリックスが新規参入を断り、断固合併を譲りませんでした。
結局、ライブドアは流れたものの、現在も12球団ありますよね。
つまり、そのあと楽天が新規参入したからです。

だったら無理に合併して分配ドラフトなん...続きを読む

Q近鉄バファローズのファンはどこ行った?

2004年に近鉄バファローズは解散し、選手たちは主にオリックスバファローズと
楽天イーグルスに分裂しました。
この当時の近鉄ファンの多くは球団廃止に猛反対し、「近鉄がオリックスと合併
するならファンをやめてやる!誰がオリックスなんか応援してやるもんか!」と
激怒していました。

あれから7年。
近鉄ファンはどこへ行きましたか?
「オリックスファンになった」「失望し野球自体観るのをやめた」「パリーグを
見限って阪神ファンになった」等といろいろな方がいらっしゃると思いますが、
皆さんの身近な元近鉄ファンは今どうしてますか?

Aベストアンサー

球界再編当時、合併反対の署名活動を近鉄ファン・ブルーウェーブファンと行いました。

その後彼らはサッカーJリーグの大阪を本拠とするクラブの応援をする人
あるいはbjリーグの大阪のチームを応援する人
ほっともっとフィールド神戸で試合があるときだけブルーウェーブのユニを着て観戦する人
オリックスバファローズを応援する人

様々です。

一ついえるのは、私の知り合いで阪神ファンになった人はおられません。
やはりパ・リーガー(パリーグ所属チームのファン)としてはセ・リーグを応援できないみたいです
セ・リーグばかりが注目される事を以前から苦々しく思っていた人たちですからね

Q今更ながら・・・・。近鉄 オリックスの合併の疑問

1.イチローがメジャーに行く前と後のオリックスの観客動員はどう変化したのでしょうか?

2.数年前の横浜フリューゲルスの球団存続の問題とダブります。あのときの横浜Fファンは必死でした。
近鉄ファンも必死でしたか??

3.近鉄ファンがもっと近鉄を応援しに大阪ドームに足を運んでいたら、球団は存続していたでしょうか?

4.なぜホリエモンは「近鉄を大阪に残す。」と当初言っていたが、途中から「仙台へ。」にかわったのですか?
関西には阪神があったから??(それは始めから分かっていたハズですよね。)
じゃー、近鉄ファンのホリエモン、古田への他力本願的な態度に愛想尽きた?

5.(関西は昔、南海・近鉄・阪神・阪急と名門球団が4球団もありました。)
プロ野球の人気衰退ばかりクローズアップされていますが、関西経済の沈下とは関係無かったのでしょうか?

わかることだけでかまいません。
ご回答下さいませ。

Aベストアンサー

1.イチローの放出により確かに観客動員数は激減していますが、
実際はイチローが抜ける前から減りだしています。
このため、オリックス球団は当時球界最高年俸のイチローを
保有しつづけることが非常に厳しい状態となり、
イチローも観客が減りつづける中で自身のモチベーションを
保つことが非常に困難になっていたといいます。
この件に関してはオリックス球団の経営手腕だけではなく
常にグリーンスタジアム神戸(当時)を満杯に出来なかった
オリックスファンにも責任があるといえるかもしれません。

2.近鉄ファンの方々は間違いなく必死だったと思います。
合併後の大阪ドームでの観客動員数の伸び悩みを見れば
いかに近鉄ファンの方々が落胆したかが読み取れると思います。

3.その可能性は否定できませんが、阪神が幅を利かせている関西地区で
客を呼ぶプレーが出来なかった選手たちにも責任があるかもしれません。
この合併にいたる原因の一つに01年のリーグ優勝があります、
この年は近鉄いてまえ打線が大爆発をした年で
リーグワーストの失点(&防御率)ながらもそれ以上に
得点(当然リーグトップ)を取り返しています。
しかし、「打線は水物」といわれるように翌年以降まで
その好調を保ちつづけることは出来ずに
リーグワーストクラスの防御率に足を引っ張られる形で
チームは低迷、当然ファンは失望、
優勝に伴って上がった(上げざるを得なかった)年俸が
球団経営を圧迫するという皮肉な結果となりました。
岩隈などの新しい芽が出始めたばかりなだけに他に
やりようはなかったのかなという気はしないでもないですが。

4.仙台は新球団のフランチャイズとしてあげたものです。
当初は近鉄球団を買取そのまま大阪に置く予定でいました。
ところが、近鉄はどうあっても球団の売却をせず、
合併に伴う分配ドラフトから漏れた選手を中心とした
新球団設立に方針を転換します。
このときもまだフランチャイズは大阪を予定していました。
しかし、合併後も大阪をフランチャイズとして
利用し続けるつもりでいたオリックスと折り合いがつかず
最終的にプロ野球空白地帯でかつてロッテが
準フランチャイズとして利用していた実績のある
東北(仙台)をフランチャイズ予定地にするに至ったわけです。

5.経済の沈下に伴うクラブチームの冷遇はプロ野球や関西に
限ったことではないと思います。
プロ野球に限って言えば、フランチャイズ制度のできた当初は、
場所の確保や交通の利便性の関係で東京、大阪の2大都市圏に
集中せざるを得なかったという事情がありました。
しかし、全国中継というドル箱があるセ・リーグに対して
パ・リーグは地域密着を武器にして行かなくては生き残ることが出来なかった事と、
地方での敷地確保と交通の問題が大幅に解消されたことが
パ・リーグの地方分散を促し、もともとパ・リーグ球団が
集中していた関西地区の球団数減につながったのだと思います。
残った近鉄と旧オリックスはオーナー企業(旧オリックスは前オーナー企業)が
鉄道会社だったためにフランチャイズを移せなかったという事情があります。

個人的な意見も混ざり無駄に長文となってしまいましたが参考になれば。

1.イチローの放出により確かに観客動員数は激減していますが、
実際はイチローが抜ける前から減りだしています。
このため、オリックス球団は当時球界最高年俸のイチローを
保有しつづけることが非常に厳しい状態となり、
イチローも観客が減りつづける中で自身のモチベーションを
保つことが非常に困難になっていたといいます。
この件に関してはオリックス球団の経営手腕だけではなく
常にグリーンスタジアム神戸(当時)を満杯に出来なかった
オリックスファンにも責任があるといえるかもしれません。

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