キリスト教カトリックの最大の会派は、今でもイエズス会とありました。

イエスのみの一神教で、多神教を信望する者は異端とし迫害するくらいの唯一神。であるならば、聖母マリアはどんな位置付けなのでしょうか?。
またゼウス・マリアと江戸時代の仙台のキリシタン信者は弾圧の際にも「マリア」を最大の保護者として祈った。

唯一神であるならば、イエス様だけを祈ると推察されます。

クリスチャンの方には申し訳ありませんが、江戸時代の背景も含ませて、マリアの位置付けを知りたいのです。
しろうとだと緩やかな多神教に思えてなりません。

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A 回答 (15件中1~10件)

No.6です。



私の前の回答は、やや言葉足らずでした。

私はクリスチャンではないので、現代のキリスト論を語るつもりはありません。

ただ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が唱える一神教というのは、それぞれの教義が確立した当初は「万能なる神」のみを信仰とするべきで、他の対象を信仰することは、信仰対象のズレをもたらしかねず、認められないものでした。(神を見立てた肖像画・彫刻も、神ではなく、その絵や彫像そのものが信仰対象となる恐れがあるとされ、認められなかったのです。)

それが、言葉の通じにくい他民族や教育を十分受けていない人たちへの普及のために分かりやすく、既存のものとオーバーラップさせる必要があったために、絵や彫像への信仰を認めたり、土着の母性信仰とオーバーラップさせるためにマリア信仰を黙認したり、という教義の解釈を現実に沿って微妙に変えてきました。

・・・という時代の経過と共に信仰対象が拡大され、現代の解釈とは大分違うものでした。

そのため、「マリアの位置付けを知りたいのです。
しろうとだと緩やかな多神教に思えてなりません。」という質問に対して、本来一神教であったキリスト教が、そうでない人々に教えを広めるために、多神教も母性信仰も取り込めるような柔軟な教義解釈に変わったんですよ、という点をお伝えしたかったとご理解ください。
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この回答へのお礼

二回目の書き込み有り難うございます。

皆様の真摯な書き込みに頭が下がります。

お礼日時:2006/08/01 06:23

私、一番問題なのはこういう議論に宗教者が加わる事だと思っています。


何度も宗教家に「宗教史学」的な質問をした事がありますが、結局のところ「彼自身の信仰心」が学問的な目を曇らされている事に気づくだけでした。客観的な考察が全く不可能なのです。やむを得ない事ではありますが。

かといって、宗教心のない人間で、それだけ熱心に宗教史学を研究する人も少ないようなんですね。

「客観的にマリア信仰の変遷を知りたい」という質問者さんの力に、もう少しなれればいいのですが。そう言う意味では出来るだけ「信仰の篤い人の意見」はご遠慮願えればと思います。
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この回答へのお礼

二回目の書き込みに感謝します。(No,9)

質問者の私としては、難しい領域に入ってしまった感があり早めに、このトビを閉めます。

 とても勉強になりました。熱心な信者の方には申し訳ありませんでした。正確な教えは後日、直接問い合わせしてみます。
されど、Scull様がおっしゃる発言は、恐れながら同感の部分が少しあります。けっして信心している対象をどうこう語るのは良い気分にはなれないと思います。

ただ歴史考察の範疇で客観的に、「何故?」の感覚で問い合わせしたのです。

不毛な宗教論争に立ち入る気はなく、一般社会人の素朴な教養程度故の質問でした。
書き込みして頂いた方々に改めてお礼申し上げます。

お礼日時:2006/08/01 06:33

キリスト教に限らず、現在まで存続している古来よりの宗教は、いずれも当初の教義から変質してきているようです。


経典の解釈の仕方も時代、聖人によって違うようで、その聖人(僧)が説いた教えが新たに宗派となって枝分かれし、今日に至っているため、原理主義と呼ばれる一派以外は大抵、始祖とはイコールでない教義を信奉していることになります。
(厳密には原理主義もイコールではありませんが)

よって、一神教であるはずのキリスト教が、マリアその他の聖人を崇めることに抵抗を示すプロテスタントという一派が興り、比較的寛容に偶像崇拝を受け入れはじめていたカトリックと対立した、というのが二者のスタンスであったと記憶しております。
gartさまのおっしゃる通り、「それは多神教・偶像崇拝にあたるのではないか」という反発がキリスト教内部から起きたという事だと思います。

つまり、同じ宗教の中でも、一神教、偶像崇拝に対する意見がさまざまに別れ、議論が繰り返されているのが現状であるという事になります。

マリアの位置付けを把握するのは中々難しいようです
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この回答へのお礼

素朴に、しろうとの質問でしたつもりでしたが、皆様が真剣に回答して頂き恐縮してしまいます。

この質問で、当初の「多神教」では?、という素朴な疑問はgartなりに解決できました。

お礼日時:2006/08/01 06:40

 クリスチャンといってもプロテスタントの多くの宗派はキリスト以外の崇敬を禁じていたりします。


マリアに祈りを唱えるのはカトリックの特徴かもしれません。
 私も昔、同じ様な質問を神父様にした事があります。判りやすく、その時の回答を説明します。

 聖母マリアはその母性を以って崇敬の対象にしています。決して崇拝の対象ではありません。
 キリストは三位一体の理を以って神と同一です。マリアは人間性を持ったキリストにとって母となります。マリア無くしてキリストの存在はありませんし、現在のキリスト教もなかったでしょう。私たちは神の子でもあり、その母マリアは私たちの母でもある訳ですから、母マリアを崇敬するのは当然だと思います。
…とのことでした。

しかし、崇敬の念が崇拝になってしまってはいきすぎです。そういった信者が多いのも事実でしょう。
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この回答へのお礼

コメント有り難うございました。

かなり良いヒントになりました。

お礼日時:2006/08/01 06:36

直接の回答ではないのですが、以下の点について気づいたことがあるので投稿することにしました。



> イエスも神様の使途にすぎない、という表現は印象的です。

「使途」は、おそらく、「使徒」のことだと思うのですが、使徒というのは、例えばGoo国語辞書(http://www.goo.ne.jp/)によると、「キリストの福音を伝えるために遣わされた者。…」とあります。(少なくとも、キリスト教では)イエス様が当のキリストなわけですから、「イエスも使徒にすぎない」といってしまうのでは(肝心の「キリストの福音」がなんであるのか曖昧になってしまうので)大いに問題があると思います。

イエス様が神様である、ということは、カトリックであれ、多くのプロテスタントであれ、キリスト教の中でとても重要な部分だと僕は思います。

> 三位一体の説ならば、人であり聖人であり完全な神である。
> しかしイエスは神格化される前は「神の子」と名乗るが、神ではない。

もしかしたら、質問された方は、イエス様が、預言者、聖人、神様であることを三位一体と言うと考えておられるのではないでしょうか。(すでに No.7の方が書かれているように)三位一体の三位は、父なる神、子なる神(イエス様)、そして、聖霊なる神のことです。

> クリスチャンの方には申し訳ありませんが、…

僕は、このような質問こそ、お近くのカトリックや、プロテスタントの教会で神父なり、牧師なりに直接尋ねられてはいかがかと思います。経験的に言って、おそらく、このような質問はむしろ歓迎されると思います。

僕はカトリック信者ではありませんが、例えば、教皇なり、マザーテレサなり、毎日聖書を読んでお祈りしている多くのカトリック信者が、本音と建前でカトリックの信仰をもっていると言ってしまってよいのか、非常に疑問を感じます。
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この回答へのお礼

有り難うございます。

直接問い合わせしてみます。

お礼日時:2006/08/01 06:35

《ルカの福音書 1:46-55》


46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、
47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。
49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、
50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。

ここからきているものだと思います

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~HN3Y-SRT/mes/m2005_1 …
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この回答へのお礼

有り難うございました。マリア様は謙虚で、その霊性は主である神を口にするのも恐れ多い人々には、親しみやすい存在として憐みを持って、信じる心の中に存在すると言いたいのですネ。
あえて神の名を出さずとも、ゼウス・マリアと親しみやすく言える存在の彼女の超自然的霊的存在があるので、全ての信仰はつじつまが合う、と言いたい気がしました。

お礼日時:2006/07/29 20:38

イエスが神格化したのは、死後相当経ってからですね。


それ以前のイエスは「神の子」とは名乗りますが、「神ではない」と言えます。三位一体、マリア信仰、こじつけて信仰されている各種聖人、あまたある「記念日」(聖書をひもときますと、イエスは「過ぎ越し祭」以外の祭日を祝うなといっています)。

「キリスト教原理主義」という言葉があるように、相当のキリスト教(特にカトリック)では本来の「イエスの教え」とかけ離れた信仰になっていると言えるでしょう。

正に「本音と建て前は違う」です。
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この回答へのお礼

本音と建前は違うのですネ。

三位一体の説ならば、人であり聖人であり完全な神である。
しかしイエスは神格化される前は「神の子」と名乗るが、神ではない。

時代変遷があって解釈が違うわけですネ。

神は人間が考え出したもの故に概念は、大きく解釈しておかないといけないのでしょうネ。

有り難うございました。しばらく反芻してみます。

お礼日時:2006/07/29 06:43

ものすごく簡単に言いますと


「本音と建前は違う」
という事になります
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この回答へのお礼

単純に「なるほど」と思います。

お礼日時:2006/07/29 06:38

勘違いしている方もいるようですが、キリスト教ではイエスも神です。


人間でしかない預言者とは区別されます。
しかしイエスは神ですが父なる神も存在する事になっています。
また聖霊なる神も存在します。
しかし3つの神が存在するわけではなく、神はあくまで一つです。
かといってイエスが神の分身とか化身というわけでもなく、父・子・聖霊のどれも完全なる
神であるとされています。
これを三位一体といいます。
マリアや聖人への崇敬はもとより唯一神そのものへの捉え方も、
キリスト教はユダヤ教やイスラム教に比べて、複雑な要素をはらんでいるわけです。
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この回答へのお礼

有り難うございます。なかなか複雑ですネ。

お礼日時:2006/07/29 06:37

江戸時代のクリスチャンには詳しくないのですが、キリスト教そのものの一神教について言うならば、厳密にいうと、イエスも神様の使途にすぎませんので、一神教たるキリスト教の信仰対象ではありません。



イエスではなく、彼が伝えたとされる「神の言葉」と神そのもののみが信仰されるべきなのです。

なので、キリスト教の原則としてはイエス=キリストの肖像画や彫像も絵や像そのものが信仰対象になるということで、禁止されていました。

ただ、キリスト教が民族を越えて普及されるために、もともとその民族が持っていた土着信仰と結びつけるのが一番手っ取り早かったので、モノが信仰の対象になっていたらそれをキリストと結びつけたり、女性を重視していた民族宗教に対しては、信仰の対象となっていた女性とマリアを重ねて同一視させるといった手法が用いられました。
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この回答へのお礼

イエスも神様の使途にすぎない、という表現は印象的です。
他の回答者の意見を重ねて、納得してしまいます。

お礼日時:2006/07/29 06:35

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夜間ミノーはスロー~ミディアムリトリーブで誘います。
(ブルブルする程度から2回転/秒ぐらい)
日中は中~高速リトリーブ(3~4回転/秒)、時にはストップ&ゴー、
ロッドでジャークなどを行います。
バイブレーションも高速巻きやリフト&フォール、ジャークを織り交ぜたリトリーブ、
日中の場合ただ巻くよりもアクションを加えるほうが魚は釣れやすいです。
ベイトが溜まっていてピンポントで見せる必要がある場合は、
ステイさせたりスローに誘ったりもします。
日中バイブレーションもボトムでスローに誘って食う場合がありますが、
一般的に高水温期はシーバスも動きが活発で反射食いを狙う釣りが釣果的には高いです。

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日中の場合ただ巻くよりもアクションを加えるほうが魚は釣れやすいです。
ベイトが溜まっていてピンポントで見せる必要がある場合は、
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どなたかユダヤ教キリスト教イスラム教共通点をいくつか教えていただけませんか?

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元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさんあります。

1・「聖典」の共通

ユダヤ教は『旧約聖書』(ただしこの呼称はキリスト・イスラム教からのもので、ユダヤ教徒自信は単に「聖典」と呼びます)を唯一の聖典としています。

キリスト教は『旧約聖書』にイエスやその弟子の言葉や手紙を収めた『新約聖書』が加わります。

イスラム教は『旧約聖書』と「『新約聖書』の中の4福音書」に加え、ムハンマドの言葉をそのまんま記した『コーラン』が加わります。

2・共通の預言者

預言者とは、予言者とは違い、「神の言葉を預かり伝える人」という意味です。
3宗教とも、この預言者の存在を重視しています。
そして、預言者は一人ではなくて何人もいます。
当然、共通の預言者もいれば、一方は認めるけど一方は否定される預言者もいます。
共通のモノとしては、

アブラハム・ノア・モーセが有名どころですね。
で、そこにイエスが加わるとキリスト教。
さらに、ムハンマドが加わるとイスラム教です。

ユダヤ教は、イエスもムハンマドも認めません。
キリスト教はムハンマドを認めません。
イスラム教はすべて認めますが、最大にして最後の預言者がムハンマドであると主張します。


3・聖地イェルサレム

共通の聖地もいくつかありますが、やはり最大のモノがイェルサレムですね。
まぁ、ユダヤ教の聖地であり、そこから分派・影響を受けて成立したのがキリスト・イスラムの両宗教なので、聖地が同じってのも仕方ないですね。
ただ、イスラム教はイェルサレムよりもメッカの方が重要視されますね。(といっても、イェルサレムの重要性も無視できませんが)

とまぁ、今思いつくのはこれくらいですかね。
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元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
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たくさんのアヴェ・マリアがありますが、その中で有名なのはだれが作曲したアヴェ・マリアだと思いますか?

私はシューベルトのアヴェ・マリアが好きなので歌いたい(ソプラノ)と思っているのですが、やはり難しいでしょうか?

それと、シューベルトだけでなく、ほかの作曲家が作ったアヴェ・マリアの難易度などもたくさん教えてください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

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独唱で歌われるのですね?声楽をされているんでしょうか?シューベルトのアヴェマリアはとてもきれいな曲ですが、なかなか難しいです。音楽的なことはとりあえず置いておいたとしても、まず、ドイツ語の発音の壁があります。(ラテン語だったら楽なんですけどね) そして、息が続くのか?たっぷりな息で歌わないと台無しになってしまう曲です。
音楽的にもかなり高い技術が要求されるところがあります。というわけで、「きれいだな」と思っただけで挑戦するには、初心者には難しいかもしれません。まだ有名どころでいえばカッチーニやグノーが歌いやすいかも…  でも、歌えるようになってみたいですよね~

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3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

イエスキリストを殺したのはユダヤ教の偉いさんなんですよね。でもブッシュ大統領率いるアメリカはイスラエルと仲がいい。むしろイスラエルが親でアメリカが子供のような関係らしいですが。今は、ユダヤ教とキリスト教は仲がいいんでしょうか?

◆宗教戦争ではイスラム教VSユダヤ教はよく聞くのですが、イスラム教VSキリスト教、もしくはユダヤ教VSキリスト教は聞きません。

基本的に対立しているのはイスラム教とユダヤ教なんでしょうか??

◆アメリカをコントロールしているのはイスラエルとかも何かで見ましたが、ユダヤ人はそんなに頭が良くて、お金と権力を持ってるんでしょうか。大昔、ユダヤ人は金融(金貸し)ビジネスをやっていたらしいですが、その名残でしょうか?

※ネットや本などを軽く呼んだ程度の凄く薄い知識で書きましたので、私の質問の中で、間違っている所があればご指摘下さい。

宗教の質問はとても難しいのですが、どうしてもわからないことがあり、質問させて下さい。

3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

イエスキリストを殺したのはユダヤ教の偉いさんなんですよね。でもブッシュ大統領率いるア...続きを読む

Aベストアンサー

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教的には水と油」です。イスラエルは「政治的バックボーンとしてアメリカを利用」し、アメリカは経済的・軍事技術的支援をユダヤ資本に依存しています。もっと「ドロドロとした関係」です。

2.イスラム対キリスト教の対立は、十字軍遠征にさかのぼります。イスラムの支配地を制圧した十字軍は「足首まで血に浸かった」といわれています。
ユダヤ教とキリスト教の対立は、ローマによるユダヤ王国占領後、ローマがキリスト教を国教としたときまでさかのぼるのではないでしょうか。亡国の民ユダヤはヨーロッパ各地で迫害されゲットーと呼ばれる居留地に押し込まれたりしました。近年ではナチによるユダヤ人迫害などがありますが、基本的にユダヤ人はどこの土地でも嫌われています(ユダヤ人側に原因がある事も多いのです)。
イスラム、ユダヤ教、キリスト教、そしてそれぞれの会派は「おのおの同士」で対立しています。近親憎悪に近い物がありますが、教えの解釈を巡った対立や、宗教指導者の地位を巡った対立もあります。

3.そうとも言えますが、ユダヤ人たち自身が「ヨーロッパの戦争」に基本的には関与しなかったというのも理由です。彼らはとにかく「自分たちはユダヤ人」と思っていますので、ドイツに住んでいても「ドイツの事には無関心」だったのです。それでいて兵器産業でもうけたりしていた為、嫌われる原因となっています。
ユダヤ人がヨーロッパの戦争を陰で操り、その土地の国民が苦しむ事で潤ってきたという見方をする人も結構いますね。現代でもユダヤ資本の多くは兵器産業に大きく関わっています。

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教...続きを読む

Qマリア像

知識不足なことは百も承知で質問させていただきます、申し訳ありません。

教会の外に、ルルドのマリア像や、ファティマのマリア像、無原罪のマリア像など様々なマリア像が置かれていますが、偶像崇拝が禁止のはずなのになぜここまでたくさん作られるようになったのでしょうか。
日本ならではの理由や歴史もあるのでしょうか。
根本的な歴史、マリア像を美術として見た時の歴史など教えていただきたいです。
マリア像で検索しても、偶像で検索しても出てこないのでこちらに質問させていただきました。
よろしくおねがいいたします。

Aベストアンサー

 キリスト教の「偶像崇拝」って神様の像や絵画を作ってはいけないと言うだけで、キリストやマリア、そして天使と言った神様以外の物であればOKと言うのが一般的です。
 (禁止している宗派が無い訳では有りませんが…。)
   http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1801013.html

 私個人としては、上記リンク先のNo.3さんの下記の意見と同意見なのですが…。
>ローマ帝国内で国教とされたため、それまでのローマ帝国内の信仰(ギリシャ神話、ローマ神話、マトラ教など)と交わり、信仰の対象としての何かが必要になったため、それができるように解釈を変更する口実として、カルケドン派の三位一体が考え出されたと思います。

Qキリスト教があんなに禁欲的なのは何故?

↑他にもそういう宗教はいろいろあるかと思いますが、なぜ、キリスト教はあんなにいろいろと贅沢を戒めたり同性愛、近親婚の禁止などけっこう制限が多いのでしょうか?

 うろ覚えではありますが、私の記憶としてはキリスト教が広まる前の時代、ローマ帝国の時代ではあまりにも快楽にふける人がいすぎた。ローマ帝国が滅んだら、その反動で、それとは真逆の宗教、キリスト教が広まったと聞いています。
 ↑3年以上前のことなのでコレが正しいとは断言できませんが、ちょっと、というよりかなり気になっています。いろいろ調べましたが、「コレだ!!」という答えが出てきてないので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

おおざっぱに記します。

野蛮なゲルマン人たちにモラルを持たせるためにキリスト教が利用された
からです。

ローマ帝国末期、原始キリスト教は被支配層を中心に広がり、
しだいに帝国全体に広がりました。
この時は、今ほど厳しい禁欲的な内容ではなく、厳しい現世の現実からの
救済を目的としたものでした。
戒律はありましたが、それほど禁欲的ではないので、帝国混乱期に
多くの人が入信しました。

その後、ローマ帝国は、非文明的で野蛮なゲルマン人たちが侵入・移住
してきて崩壊します。

彼らは、非常に好戦的で、モラルも低く、略奪を生業とし、自分と血族
以外の社会性を認めず、同性愛や近親性交はあたりまえでした。
そのため、当初は各地で無政府・無秩序な状態が起きるのですが、
そのうち、新たな支配者層が発生しその支配地を広げていくのですが
その過程において彼らは「統率された組織」を必要とします。

その組織作りには、ローマの優れた支配システムと文明、文字や技術が
必要でした。
そこで、キリスト教を利用して先住民とゲルマン人の融和をはかり、
それら「文明」を定着させます。
それに加えて、
ゲルマン人たちを支配者に従わせるために
好戦的、野蛮性を取り除き
血族以上の社会性認識と農耕を受け入れさせ、
安定した労働人口確保、また、近親性交による弊害を避ける
ために自由な性交(同性・近親)を禁じさせることにしたのです。
これに成功した支配者は、近隣を次々に併合。強力な王国を建設する
ことができました。
当然、王国維持のためにキリスト教を国教とし、キリスト教は
原始キリスト教に「禁欲主義」を加えられて大きく変化することになっ
たのです。

仏教もイスラムもヒンズーも儒教もだいたい同じ様なもんです。
だから、全ての宗教は「禁欲主義」の要素が必ず入っているんですね。

しかし、人間の欲(性欲、食欲、名誉欲)はなかなか消せません。
その後のキリスト教は、その「野蛮性」のために社会や国が混乱し
悲惨な戦争や犯罪が行われるたびに「モラル」の高度化が求められ
禁欲主義が一層強固になり、現在まで廃れる事無く残ってきました。

おおざっぱに記します。

野蛮なゲルマン人たちにモラルを持たせるためにキリスト教が利用された
からです。

ローマ帝国末期、原始キリスト教は被支配層を中心に広がり、
しだいに帝国全体に広がりました。
この時は、今ほど厳しい禁欲的な内容ではなく、厳しい現世の現実からの
救済を目的としたものでした。
戒律はありましたが、それほど禁欲的ではないので、帝国混乱期に
多くの人が入信しました。

その後、ローマ帝国は、非文明的で野蛮なゲルマン人たちが侵入・移住
してきて崩壊します。

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