A 回答 (43件中21~30件)

まぁ少なくとも殺人は善ではないかな?


ホッブズは、殺人を押さえつけないと「万人による闘争」になってしまうと考えましたが、それについてはどうお考えですか?
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 まず、殺されるのはあまり好きではありません。


 この問題は、法律できめられるものではなく、宗教などのドグマできめられるものでもなく、多数決できめられるものでもないと思います。
 それは一人一人の感性の問題です。
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殺人、つまり人の命を奪う行いについてですが、特に理由


は無くても、たいていの人は「悪」と答えるでしょう。
しかし、理由を考えると答えに詰まります。

この問いに対して、明快に答えられるのは宗教だけです。
特に一神教です。日本人にはなじみが薄いですね。

では一神教(例えばキリスト教)ではなぜ殺人が罪であり
悪かというと、人の命は神が与えたものであり、それを
人が勝手に奪うということは許されないからです。

例えば、最近はそうでもないらしいですが、一昔前のキリ
スト教では自殺も罪であり、教会で葬式をしてもらえなか
ったそうです。


それでは宗教を信じない人たちはどうかというと、殺人は
必ずしも悪ではありませんでした。
わかりやすいのは共産主義の国家ですが、社会システム上
殺人罪というのはあったようですが、社会システムの安定
を守るため、あるいは政府の権力を維持するために、当局が
不穏分子とみなした人たちをどんどん粛清(=殺人)していきました。

なぜ共産主義の国家では人の命がこんなに粗末に扱われる
かというと、思想的に人の命に絶対的な価値が無かったか
らですね。人の命よりも政府の権力維持や社会システムの
安定の方が、大事であったからです。
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悪は悪として純粋です。


悪は悪として正しくあるのです。
善と悪に苦しむ人間は不純です。
善と悪を差別しない人間は純でも不純でもない。

この回答への補足

これは殺人は悪に分類されるということでしょうか?また「善と悪に苦しむ人間は不純」とありますが、善と悪に苦しむ人間は「善い」のか「悪い」のか(表現が適切ではありませんね)ということをご説明お願いします。

補足日時:2002/04/14 05:42
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#12 seinaです。



> 法律には矛盾が含まれているに正しいと言えるのでしょうか?

法律が正しくはない部分はあります。矛盾も、粗もありますし。
けれど、法律は『基準』ではないでしょうか。違反すると、注意や罰金や拘束がある『決まり』ですね。
取り敢えず無難にやっていけるように定められた基準ですかね。
その基準全てを盲目的に信じる気にはなりませんが、この場合はまぁ、「正しい」とみて良いんじゃでしょうか──現在の倫理観からすると、ですが。

──駄目ですね。素人な所為か、結局道徳に還ってしまいます(汗)
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No.4の方への補足についてコメント



> 今ある法律的、道徳的、宗教的規範は本当に正しいのでしょうか?

上記の疑問は成り立たない(答えを得られない)と考えます。

悪を規定する今ある法律的、道徳的、宗教的規範といった「規範や基準やルール」(以降、規準群に略)に、正当性を問
う余地はないと思います。悪を判断するには規準群が必要なように、何らかの正当性を判断する場合でも、規準群があって
初めてそれが可能になるということは同意していただけると思います。
ところで、悪を規定する今ある規準群に対して、その正当性を規定する規準群はありますか?
私はないと思います。そして実際ないのだとしたら、「今ある法律的、道徳的、宗教的規範は本当に正しいのでしょうか?」
という疑問は、判断不能な疑問ということで、成り立たない(答えを得られない)と考えます。

しかし、仮に悪を規定する今ある規準群に対して、その正当性を規定する規準群が存在するとしたならば(別にこれか
らつくられる可能性だってある)、その場合には「今ある法律的、道徳的、宗教的規範は本当に正しいのでしょうか?」
という疑問は成り立つのでしょうか(答えを得られるのか)?
私の考えでは、答えは得られるが、同様の疑問が無限に続く可能性があることを指摘したいと思います。つまり、悪を規
定する規準群に対して、その正当性を判断できる規準群があるので、この疑問は成り立つ(答えを得られる)。しかし、
その正当性を規定する規準群が「正しいかどうか?」という疑問が残る。それを解消するために、新しい規準群をつくる。
以降、循環。

そもそも、どんな規準群にせよ、それ自体の正当性に疑問を投げかけるというのは意味のある行為なのでしょうか?
規準群というのは、その正当性が前提とされていて、それが失われてしまうと役に立たなくなります。規準群自体の正当性
を疑うと機能しなくなるのです。悪を例にとってみますが、悪を規定する規準群の正当性に、疑問を抱いている人がいたと
して、その場合殺人は悪だ、という判断や、殺人は悪でない、という判断をはたしてできるものなのでしょうか?
少なくとも自信をもって判断はできないはずです。「殺人は悪だと思いますか?」という疑問すら抱きそうな気がします。
(言い訳はなさけないけど、ちょっとしたユーモアのつもりの例えなので、気分を悪くしたらごめんなさい)

結論として私が言いたいのは、規準群とはそれ自体の正当性を問えるものではないということです。その正当性を疑った人
は規準群の恩恵を得られなくなり、その正当性を保証するために別の規準群を利用しようとする人は、無限に循環するのが
落ちとなる。規準群の正当性は、ただそれを正しいとする以外の何によっても保証されず(だから疑問を抱いたところで答
えがない)、宗教のように受け入れるか、否かにかかっていると思います。
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その前に、悪って何ですか?とりあえずあなたの見解でよいので、その辺をはっきり示してください。

この回答への補足

私にもよくわかりません。ただし法で定められているものだとは思っていません。僕の中で悪だと思っているのは「覚悟のない者」です。

補足日時:2002/04/14 05:32
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悪です


日常の感覚が大切です
普通の人はそれを知っているから車にも乗れる、殺したくないし殺されたくない
人は悪いと知っていてもそれをすることがあります
その時にはいろいろ理由を考えます
当たり前のことをするのに理由は要りません
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結論はから言うと、殺人以前に他の命を奪う行為自体が『悪』という意見です。


殺人が、人類にとって「必要最低悪」か「それ以外の悪」かという事だと思います。

哲学は、難しいですね。
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>殺人を犯すどうして逮捕されるのか?


これは善悪の問題ではなく
殺人を認めてしまうと報復の連鎖が起こり
国家なり社会なりといった
共同体が維持できなくなるという問題だと思います。

>殺人は悪だと思いますか?
もし悪だというのなら
殺生はどうでしょうか?
なぜ人間は殺してはいけなくて
他の動物は殺してもいいのか?
ここにあるのは差別です。
時代が時代なら
白人は殺してはいけないが
他の人種は殺してもいい、と同じ理屈です。

要は、余裕の問題です。
余裕がないときは
とにかく自分が生き残ることを考える筈。
少し余裕があったら肉親を守る筈。
もう少し余裕があったら同じ共同体に属す者を守る筈。
と、自分に近い存在から
余裕が広がるにつれ、だんだんと自分から遠い存在までを
守ろうとするんだと思います。

私は正直なところ
団塊の世代の人口の多さに疎ましさを感じることが
最近頻繁にあります。

でも、自分が殺されたくないので
殺人を許可する所には住みたくない、と
だから殺人はいけないに同調してしまう
そんな卑怯なレベルです。
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あまり哲学に詳しくはないのですが、最近、英語の哲学関連の文献を読む機会があり、そもそもの用語の使い方からして、閉口しています。文献自体は、古代、中世哲学ではなく、近代、現代哲学に関わるものだと思うのですが、その分野もカバーしている英語の哲学の辞書(分厚い物である必要はありません)か、英語の概略書のようなものがあれば、教えて頂きたいと思います。
多少、古い辞書や文献でも構いません。
できれば、邦訳されているものであれば、両言語を確認できるので、なおよいですし、日本語の辞書、文献でも、英語での用語が載っているものであれば、意味があると思います。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


Ernest Sosa,(編集)“A Companion to Epistemology”,Blackwell Publishers(http://www.amazon.com/Companion-Epistemology-Blackwell-Companions-Philosophy/dp/0631192581/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798674&sr=8-1&keywords=A+Companion+to+Epistemology)
認識論中心ですが、辞書形式です。古いです。

山崎 正一(編集)『現代哲学事典』、講談社現代新書(http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-225-%E5%B1%B1%E5%B4%8E-%E6%AD%A3%E4%B8%80/dp/406115625X/ref=sr_1_fkmr1_2?ie=UTF8&qid=1415798208&sr=8-2-fkmr1&keywords=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E8%BE%9E%E5%85%B8%E3%80%80%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E3%80%80%E6%96%87%E5%BA%AB)
もっと古いです。外国語が載っていたか覚えていません。ただ、安価です。

廣松 渉 (編集)『 岩波哲学・思想事典』、岩波書店(http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%83%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E5%BB%A3%E6%9D%BE-%E6%B8%89/dp/4000800892/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415798992&sr=8-1&keywords=%E5%93%B2%E5%AD%A6%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%BE%9E%E5%85%B8)
古いですが、各語句に対応する英語を含めた外国語も載っています。


Ernest Sosa,(編集)“A Companion to Epistemology”,Blackwell Publishers(http://www.amazon.com/Companion-Epistem...続きを読む

Q殺人について「善」「悪」を教えないと、子供は成長してどうなるか?

 
関係のない、他人を自分の都合で殺すことは「悪」だと感じます。
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自由な意見をお待ちしています。
 

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#6の者です。たとえば、

>自然発生的に生じるのではなく

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「日常生活の中で放置しておいて学ぶこと」という意味なのか、
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したままプラグマティックに用いられているのが「分かりやすい
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スタンスからは、小生の記する言葉の方が明快なのです。

そうした「状況に応じてプラグマティックに『XXは悪い事だから
やっちゃいけない』と道徳的に教える」のでは、その「状況」に
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Q英語での哲学問答サイト

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 なるべく原典に近い言語でQアンドAをしたいと思います。
 
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初歩の哲学から難解な哲学まであって…
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英語に自信がおありなら覗く価値はあるかと
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Q紅一点という言葉は存在しますが、黒一点という言葉が存在しないのは、何故だと思いますか?

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沢山の雑草というか、ただの草のなかに花が一つあれば目立つし美しくもあるけど、たくさんの花の中に雑草が一つあっても何の意味もないし、気づきもしないから表現するに値しないってことじゃないかな。

Q院試対策として英語か仏語で哲学史の勉強がしたい!おすすめの本を教えてください!

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真剣に考えていなかったこともあり、私は語学をほとんど勉強してきませんでした。
英語は大学に入学して以来ペーパーバックを二冊読んだ程度で、おそらく高卒の直後から実力はまったく伸びていません(2005年4月に受験したTOEFL IBTで520点程度)。
フランス語の勉強を始めたのは三ヶ月前の12月からで、もう少しで基礎文法が一通り終わるくらいの実力です(コレクションフランス語の入門編、初級編、文法編を一通り学習した程度)。
また、専門的な哲学の講義を受けたことがほとんどなく、哲学史全体の流れなどがまったくわかりません。

そのような私ですが、2008年9月末から行われる東大文学部の学士入学試験、2009年1月末から行われる東大大学院人文社会系研究科の修士課程入学試験を受験することを考えています。
前者については哲学あるいは倫理学の専修過程、後者については哲学研究室あるいは倫理学研究室を志望するつもりです(来年度、直接に研究室を訪問して決めたいと思っています)。

入学試験対策として、語学の勉強と哲学(史)の勉強を並行して進めていきたいと考えています。
フランス語に関しては、さしあたり、渡辺諒『フランス現代思想を読む』『20世紀フランス思想を読む』を購入しました。仏語の原文と日本語訳、加えて丁寧な解説が載っていることから、目的に適っていると考えたためです。
しかし、英語に関しては、適当なものが見つけられずにいます。「自分が院試の勉強をしたときにはこれを使った」、あるいは「おそらく、これはいいと思う」というものがありましたら、教えて頂けますでしょうか。仏語のものも、なにか他に良いものがあれば教えて頂けると幸いです。
ご回答のほど、どうぞよろしくお願い致します。

こんにちは。大学院進学志望の大学三年生です。
私は将来、フランス哲学の研究者になりたいと思っています。
大学1、2年の頃はなんとなく興味があり、趣味として哲学を勉強していたのですが、今から半年前の大学3年の夏頃から、真剣に哲学を勉強したいと思うようになりました。
それからの半年間は、所属している大学に哲学科がないので、所属しているゼミ(応用倫理学)の先生に他大学の授業を紹介して頂いたり、自分で研究書を読んだりして勉強してきました。
しかし、半年前までは研究者になることを真...続きを読む

Aベストアンサー

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェンスを示すだけの意思疎通をこなすには、
半年や一年の学習ではスパイの訓練でも受けない限りまず無理だと思う。

で、哲学書つまり第一次資料の原書は、学部では数ページの短いものや抜粋しか読まない。
サルトルやバルト、フーコー、ミッシェル・セールやルイ・アルチュセールくらいは一冊二冊読んでみましたと言ってすむけれど、
デリタやクリステヴァ、ドゥルーズ、ガタリを一冊読むように学部生に期待している人は誰もいない。。。

それよりも、学部生は、レポートや論文を書くために、自分で探した研究者の論文を読むわけだ。
自分で探すことで勉強になっているのと、
日本語だけでなく英語やフランス語で書かれている二次資料をはじめから終わりまで読みきることで、
難解ではなく理路整然とした使える外国語を勉強する。
つまり、研究発表や論文執筆に役立つ語学力が、院に入るときの問題なのであって、
何冊も原書で一次資料にあたる語学力は、もっとあとでドクトラを取るにあたっての課題となるわけです。

渡辺さんの本は、Passageなどの東大現行の語学テキストと並行して、語学書として読み、
哲学史と哲学書は、日本語ですばやくしっかりとお勉強なさるほうがよろしいです。
そして、大学の図書館に海外の論文がたくさん置いてありますから、
興味のあるもの10本くらいコピーを取って挑戦してみられるとよいです。
アメリカではフランス現代哲学の研究は非常にさかんですから、英語の紀要論文がたくさんあります。

んー回答つかないね。笑
哲学の質問じゃないからだろうけど。
東大の院試、文系はどこも変わらないし
コンセプトはずっと今もかわらないと思うから書きますが、
英語もフランス語も、文法レベルは通り越していて、
正しい意味を汲み取り、思うところを正確に伝えられるか。
だから気を大きく持って取り組めばいいんです。
英語でペーパーバックが誤解なく読めて、あらすじや感想がまあなんとか書けるくらいなら大丈夫。
フランス語もそのくらい。文法だけなら準一級程度で十分。
とはいえ、インテリジェ...続きを読む

Q責任とは何だと思いますか?

ニュースで新成人が「社会人としての責任を果たしたい」
と言ってるのを見てふと疑問に思ったのですが、
社会の人々は責任をどのような意味で捉えているのでしょうか。
先の新成人の発言からは「責任は自発的にすべきだと思うこと」
とのニュアンスが感じられます。
しかし実際の社会を例にとると、組織のトップが不祥事の責任を取って
辞任させられたりなど、責任は集団から個人に半強制的に課される
生贄の立場であることが多いと思います。
責任が自分に取って不利なものであるとしたら、
自らそれを課されることを望むのは変な話です。
みなさんは責任をどう捉えますか?

Aベストアンサー

責任という用語は、場合場合によって使い分けが
なされ、その場合に応じて、色々な意味があるのだ、
ということだと思います。

例えば、法律における責任ですが、民事法では
財産が引き当てになっていることを責任と言います
が、
刑法などでは、非難可能性と言うことになっています。

成人における責任とは、社会の構成員であることを
自覚し、それに相応しい言動をとる、ということでしょう。

社長が引責辞任するのは、そういう罰を課して
世間に知らせる、ということでしょう。

Q哲学者ゲーテの言葉 この言葉を英語で知っている方

ゲーテの言葉で気になった言葉があったのですが、英語だとどのように訳されているのか知りたいです。

日本語では、
ただ、ひたすら自分が正しいと思う、道を歩けばいい。
他人がどのような道を歩こうと、気にしてはいけない。
と書かれています。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/entry-10150318612.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012408690
http://topquotescollection.com/go-your-own-way-let-others-talk/
http://lee-byungkyu.jugem.jp/?eid=11

ゲーテの言葉の方がひねくれています。
ダンテの言葉の方が御質問の言葉に近いように思います。

ゲーテの言葉で有名なのは、以下のものです。
自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う。

一方、ダンテの言葉で以下のものがあります。
お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。
Go your own way and let the people talk.
又は Go your own way; let others talk.
ネットの例
http://www.meigennavi.net/pc/word/026/026339.htmhttp://matome.naver.jp/odai/2124529995468747114/2124530021991150065
http://ameblo.jp/salesjapan/en...続きを読む

Q生きる、とはなんだと思いますか?

生きる
という言葉、私は勉強をしていると生きているなぁと感じられます!みなさんはどうですか?

Aベストアンサー

あなたの言っていることは、たぶん存在論ということだと思いますね。生きているぞ、と思う瞬間があれば、そう思わない瞬間があるというわけです。二つの落差を、自我が非連続であると言います。

生きているぞ、と思う瞬間は、人それぞれです。「あなたの=回答者の」と書いてありますが、どうもアンケートに近いことを望んでいるみたいなので、よくこの分野で話題に上がるものを列挙して差し上げましょう。

⑴回想する
幸福な瞬間を思い出す。思い返すことによって、不幸な時間をやり過ごせるし、過去と今の一貫性が見出せます。
割と誰でもしているでしょうが、18世紀には一つの発見だと看做されていました。

⑵感覚主義
快楽にふける。性愛、お酒、趣味、その他諸々。しかしこれは強烈さの探求となり、性愛もお酒もいずれは身体を壊します。また変化を求めるので、全くのところ、さらに分裂した状態が進むだけです。
したがって皆、程々でやっているでしょう。

⑶神を信じる
定期的に信仰を新たにすることで、生きているんだぞ、と教会の人などに教えてもらうわけです。
私はやりませんが、歴史的にそうやって存在を感じる時代があったわけです。

⑷勉強しまくる
勉強すると、様々な知識をえて感覚が多種多様になります(と考える一派がいる)。で、これをもって事物に向き合うと、普通が一つの感覚しかもたないのに、勉強した人は一気に10も20ものことを感じ取れます。感覚主義は身体を壊しやすいわけですが、感度を上げればどうか、というわけです。
まあある意味、現代でもそういう発想は生きているでしょう。

・・・・・・などなど。

>最近生きていないなぁ(無気力に近い)と感じる時が増えてしまいました。

一番上に書いた非連続は決定的には解決しないです。私が列挙したことは、存在論の分野の本にいくらでも書いてあるし、その様態も事細かに分析してあります。そういうものを読んで、自分を客観視するのもよいかもしれませんね。

なお、他に存在論の質問が立っていて、そこでも参考になりそうなことを書いたので、よかったらどうぞ。

あなたの言っていることは、たぶん存在論ということだと思いますね。生きているぞ、と思う瞬間があれば、そう思わない瞬間があるというわけです。二つの落差を、自我が非連続であると言います。

生きているぞ、と思う瞬間は、人それぞれです。「あなたの=回答者の」と書いてありますが、どうもアンケートに近いことを望んでいるみたいなので、よくこの分野で話題に上がるものを列挙して差し上げましょう。

⑴回想する
幸福な瞬間を思い出す。思い返すことによって、不幸な時間をやり過ごせるし、過去と今の一貫...続きを読む

Q英語の哲学てきな質問です。質問も理解できてない・・

質問はis world government necessary to overcome the negative consequence of anarchy?です。
自分の質問の日本語訳は「世界政府は無政府状態の否定的な結果を克服する必要性があるか?」
だと思うのですが、世界政府があるのに無政府状態とはどんな場面なのでしょうか?
それと訳が間違っていれば直してもらえると助かります。。。是非お手伝いおねがいします。

Aベストアンサー

こんにちは。

哲学はよく分かりませんが・・・^^;
Is world government necessary ...?といっているので、
普通に訳せば「無政府状態の否定的な結果を克服するために、世界政府は
必要なのか?」というのが質問の内容だと思います。

英語でエッセイ(レポート)を書いていらっしゃるんでしょうか。
私だったら・・・まずそのthe negative consequence of anarchy とは
何かを文献を元に示して、世界政府によってそれが克服できるかどうかを議論する
と思います。

あんまりお役に立てなくてすみません。
ご参考まで。

Q「完成された人格」とはどんな人格だと思いますか?

あなたが思う「完成された人格」というのはどんな人格だと思われますか?
それをお聞きしてみたくて質問致しました。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

はじめまして。

「人格」という語は、使い方で見方が異なります。
倫理学では道徳行為の主体
心理学では行動の主体
社会学では共同生活の主体
法律上は法律行為の主体
などなど、、、、

従って、ここでは「完成された人格」を「完成された人」ととらえて、回答させていただきます。

「完成された人」それは「無になれる人」「無に帰する人」だと思います。

意識や考えを持たずに、自然に行動できる人
幸も不幸も自然に受け入れることのできる人
自然な行いが、自然に相手に感謝されるような人
喜怒哀楽が自然に溢れ、他人の喜怒哀楽を自然に受け入れることのできる人

そのような人は、死ぬ時に死を恐がりません。自然に死を受け入れることができ、全うした生に満足して、あの世に旅立つことができます。

人というものが、ある有限の有機体の一つの生であるならば、完成された人=魂は昇華され、燃焼され、拡散し、無限の無機体になって宇宙をさまようでしょう。その時、宇宙の全ての理(ことわり)が見えるのだと思います。

それが完成かって?いいえ、完成はありえません。また、無からスタートするのです。

ご参考までに。

はじめまして。

「人格」という語は、使い方で見方が異なります。
倫理学では道徳行為の主体
心理学では行動の主体
社会学では共同生活の主体
法律上は法律行為の主体
などなど、、、、

従って、ここでは「完成された人格」を「完成された人」ととらえて、回答させていただきます。

「完成された人」それは「無になれる人」「無に帰する人」だと思います。

意識や考えを持たずに、自然に行動できる人
幸も不幸も自然に受け入れることのできる人
自然な行いが、自然に相手に感謝されるような人
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