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「白人だって黒人だって、黄色人種だって皆同じ人間だ」って言葉には特別違和感はありません。「日本人だって北朝鮮人だってジンバブエ人だって皆同じ人間だ」これもOK。しかし「日本人だって北朝鮮人だってジンバブエ人だって皆同じ人間だから、同じ人権だ」といったらおそらく違う。
まぁ理由はそれぞれ国が違い国家が保障する人権が違うからでしょう。
その視点で見ていくと人権とは「イデオロギー的なもの」に感じますが、どうなんでしょうか?
アムネスティとかわが国の人権団体の掲げる人権とは、どういった立場での人権でしょうか?

A 回答 (6件)

もともと、「人権」という考え方は


大変に「イデオロギー的」なものです。
生まれた経緯からいっても、完全に「政治的イデオロギー」あるいは「プロパガンダ」の産物です。

まず、「人権宣言」の元ともなった、米国の独立宣言ですが、
その中には、

 創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。

とあります。
ここで注目して欲しいのは、「創造主」という言葉です。
「創造主」とはだれか、、、。
もちろん、「キリスト教の神様」です。
つまり、「キリスト教の神様」によって与えられた権利な訳です。
ということは、「キリスト教」の信者でない人には「権利」は与えられていないという論理が成り立ちます。
そして、この論理のもと「キリスト者以外の人」の「人権」は、たとえ侵害しているようでいても侵害していないのです。なぜなら、キリストの神を認めなないなら、そもそそ「権利」自体発生しえないのですから。

もちろん、これに続く「フランス人権宣言」もあくまでも「キリスト者」のための「権利」の主張です。

では、「世界人権宣言」はどうでしょうか?
宣言内容を読む限り、キリスト教色は大分薄められているように思います。
しかし、前文に「国際連合の諸国民は」という文言があることから、やっぱり「国際連合の加盟国」で無ければ「人権」は認められないことになります。
また、「法の支配によって人権保護すること」とあり、「法の支配」がなければ「人権」はあり得ません。

と、以上のように「イデオロギー的でない人権」なんてあり得ないと思います。

>人権には本来持ち備えた人権とは別の人権が存在し、後者を人権と呼んでいるのか、前者を対象としているのか?もしくは融合したものが望ましいのか?

人権は、最初は「キリスト教の神」が与えるモノでした。
それが、国際的合意を得て、「法」が与えるモノとなったわけです。
つまり、「本来持ち備えた人権」などなく「法」が与えているに過ぎません。
では、「法」とは何か?
もちろん、国連が定める「国際法」でしょう。
そして、この「国際法」が及ぶ範囲は「国連加盟国」までです。
それ以外は及ばないのではないでしょうか?
少なくとも「法治国家であることが最上である」と僭称するのであれば、「法を超える」ことは許されないはずです。

では、「国連加盟国」ではどうか?
これは「国際法」と「主権国家の法」がどちらが上位に来るかでかわるのではないでしょうか?
勉強不足なため、そこまではまだ調べ切れていませんが、もし「主権国家の法」が「国際法」に勝るのであれば、いくら北の国が「自国内」で「拉致」をしまくってようが、言論弾圧してようが、「人権侵害」とはいえないでしょう。(「日本人の拉致」は、日本国内で行われているので「日本の法」が適用されるでしょう)

逆に「国際法」が「主権国家の法」より上位にくるのであれば、北の国が行っていることは「人権侵害」になり得るでしょう。

長文になってしまいましたが、もともと「人権」とは「イデオロギー的」であり、現在の「人権」といえば「法」が定める「人権」です。
つまり、「生まれながらにしての権利」を与えるかは「法」しだいとなります。
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この回答へのお礼

結論にいたる過程のディテールにこだわれば、若干の相違はあるものの、「なるほど」と素直に感じました。
個人が生きようとすればするほど、隣人との関係を無視できず、合理性、利便性などの知恵を働かせた方が生活の安定が望めることが検証され、この共同体は国家になる。国家はその運営上、法律を定め円滑な運営に努めるが故人権を与える。と考えたほうが、やはりスッキリします。
国家>法律>人権としたほうが、矛盾が少なく感じます。が、しかし、恐らくはこの状態に「普遍性や絶対的真理はない」ように感じますが、そうであっても、気づく気づかない、思う思わない(または思いたくない)にかかわらず、大衆に浸透したものなのかと感じます。

人権>法律>国家であると捉えれば、人権運動によって明日にでも国家が変わりそうなモンですが、その限りでない現状を考えたら、なおさらです。

大変参考になりました。
秀逸なご回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/11/07 20:49

では背理法で検証してみませんか?



まず
何時如何なる時においても人権は存在する
しかし権利範囲を迫害や侵害・教育の不備などが犯しうる
と仮定します

この仮定が崩壊する事象が発見できた場合
人権が万人に常にあるわけではないとほぼ証明できると思います

逆にこの仮定が崩壊しなかった場合
人権は常に誰の手にもあることがほぼ証明できたといえるのではないでしょうか?

ただし裏事情などもあることや
そもそもすべての知識を得ることができないため
全事象についての検証が不能となるので
確定にまでは持ち込めないでしょう…

が、ニヤリーイコール確定とまではできるのではないでしょうか?

如何でしょうか?

仮定は崩壊しましたか?
それとも成立しましたか?
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この回答へのお礼

なので、帰謬法的結論を導き出しても、あまり意味があるとは思いません。
つまり、
>何時如何なる時においても人権は存在する。
と前提した場合の「人権の定義」が不明確で流動的であるが故、基準を「日本国憲法」が定める人権を基準にした場合と、アメニスティが定める人権を基準にした場合とでは、結論が変わる結果になると思います。
つまり、「生きる権利」は双方存在しても「他者の同等の権利」を剥奪した場合、「生きる権利」が減算され、場合によっては「0になる国」と、生きている限りは演繹的に「生きる権利」は最低保障される国とあるわけです。
有ると無いと同一に考察しても・・・・・。というのが正直なところです。

再度ご回答ありが阿東ございました。

お礼日時:2006/11/10 21:45

人権とは「人としての権利」と素直に(あるいは単純に)解釈しています。


ですから、本来的な普遍的人権というものは間違いなく存在するとは思います。
しかし、おっしゃるように世界を見渡してみれば普遍的人権が浸透しているとはとても言えないのが現状でしょう。
そして、同様のことはこの狭い日本国内においても言えるはずです。
いや、わずか数百人の会社内、あるいは数十人の学級などにおいても。

すなわち人権はイデオロギーによって(多少弾みを付けたり、逆に足を引っ張ったりすることはできても)確立できる性質の概念ではない、ということではないかと思われます。
アムネステイなり日本の人権団体なり、それらの活動の有効性は無論認めますが、このような団体が存在しているうちは本当の人権が確立していることにはならないでしょう。
あたかもバスなどの優先座席が、人の優しさというものが担保されていない証明であるのと同様に。

それはされおき、タイトルでもあるところの
「普遍的人権とは? 」を「普遍的な人権の定義とは何か」と捉えて考えてみたのですが、
基本的には「自由」と言えるように思いました。
無論、【自分というもの】が自由であるためには他者の自由も尊重しなければなりません。
なぜならば、他者にとっては【自分というもの】が他者であるからです。

また、自由でありさえすれば人は満足するかと言えば答えはNOでしょう。
人は常に可能性を求めます。
あらゆる人間の行動は全て可能性を求めてのことではないか、と私は思っています。
そして、問題はその可能性を求める方法の違いでしょう。
ある人にとっての方法が他者の方法と食い違う時、軋轢が生じるのでしょう。
つまり、お互いが自らの主張をするだけで相手の方法論に耳を傾けなければ、一方はもう一方の相手を自分の人権を脅かす存在としてより認識できなくなるはずです。
「普遍的人権を認める」ということは、
『誰もが持つ(と私は思うのですが)【自由と人間としての可能性追求に対する欲求】に関して、自分のことと同様に他者のそれに対する想像力を働かせること』
ではないかという気がします。

この回答への補足

>本来的な普遍的人権というものは間違いなく存在するとは思います。
ここについては、ある意味まったく同感なんですが、
人権といったら唯一無二の物のはずですが、他の回答者様も言われている通り、「イデオロギー的な人権」も平行して存在する。ということを無視できない現状を考えたらどうか?というのもあります。
ダブルスタンダード的なものが、存在することをも踏まえ「どちらが正しいか」を問うたところであまり有益な答えは、期待できないことをふまえたうえで、「イデオロギー的な人権」の優位性、合理性、実効性について考えてみたかったのかもしれません。
↑で追記させていただきます。

補足日時:2006/11/10 21:15
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>アムネスティとかわが国の人権団体の掲げる人権とは



日本国政府の 「人権」 についての基本的な認識と同じだとおもいます。
外務省のウェブサイトでは人権の 「基本原則」 があげられていますが、そこには質問者さんが 「イデオロギー的なもの」 とおっしゃる 「普遍的人権」 のかんがえかたが表明されています。

(1) その達成方法や速度に違いはあっても、文化や伝統、政治経済体制、発展段階の如何に拘わらず人権は尊重されるべきものであり、その擁護はあらゆる国家の最も基本的な責務であること。
(2) 人権は普遍的価値であり、また、各国の人権状況は国際社会の正当な関心事項であって、かかる関心は内政干渉と捉えるべきではないこと。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken.html

さらにいえば、このような 「普遍的人権」 のかんがえかたは、国連加盟国を中心とする国際社会のコンセンサスであるといえます。それは 「国際連合憲章」(全文、第9章) や 「世界人権宣言」、 「国際人権規約」 をはじめとする各種の具体的な人権条約によって成文化されています。国連憲章、規約 ・ 条約はそれに署名 ・ 批准 ・ 加入 ・ 継承した国にたいする拘束力をもち、人権宣言についても慣習国際法に準ずる国際的コンセンサスとしての影響力をみとめることができます。

こうした 「普遍的人権」 のかんがえかたに 「自然法」 に由来する西洋中心の 「イデオロギー的なもの」 としての問題があるかもしれないことはわたしにも漠然と理解できますが、すくなくとも 「人権団体」 だけがとっぴな人権思想をふりかざしているというわけではないようです。

No.2 補足も拝見しましたが、北朝鮮 (朝鮮民主主義人民共和国) の法律や実情に疎いこともあり、質問文についてのみ回答いたします。 
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この回答へのお礼

実のところ私は個人的に人権団体について、かなり懐疑的な見方をしていましたが、その原理原則を知れば、そうでもなくなりました。
あとは、恣意的な正義を人権を盾に振りかざす団体に、それがご都合主義の似非であることを枝分かれした流派に示す努力でしていくしかなさそうです。

参考になりました。

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/11/07 20:03

人権の中にはイデオロギーを選択する権利も含まれますから


本人がイデオロギーを選択し、
その影響を及ぼされる人々が
自らが選択するイデオロギーとしてそれを容認したなら
それはすなわち人権で認められたイデオロギーの集団での選択で
その集団内のみで人権の権利範囲を一部変更して構わないと思うのですが

それ以外においては人権は普遍で不変で不偏だと思いますよ

ただ人権侵害や
人権を主張しようにもできない、阻害された状態が
当たり前的になっていて
人権が霞んでいる状態はあるでしょうが
それとこれとは別の話

黄色のフィルターと青のフィルターを重ねると当然別の色になりますが
その色に見えるからといってその色のフィルタがあるわけじゃなく
黄色と青があるだけですよね?

黄色のフィルターが人権・青のフィルターが迫害(または阻害)と想像してください
黄色のフィルターは先にも述べたように
ないように見えますがありますよね?
人権も同様にないように見えてもあるのです

なので何故
「日本人だって北朝鮮人だってジンバブエ人だって皆同じ人間だから、同じ人権だ」
が正しくないといえるのか
理解が及ばないのですが?
何故ですか?

この回答への補足

お礼は後ほどさせていただきます。取り急ぎ補足要求への回答ですが、
たとえば、38度線の北方の国では、日本人拉致問題等から人権意識が低いと思いがちですが、その国に生まれたが故、先天的に人権意識が低いのではなく、国家が人権統制しているに過ぎない訳です。
この国の尺度で考えると、拉致行為は人権侵害以外の何物でもないと思いますが、かの国の人民はその限りでもない。

日本との対比で考えると、どうでしょう?
ここで政治批判しようと、ヒトラーの信奉者であろうと、マルキストを自称しようとそれが理由で収容所送りになるなんてことありえませんよね。

封建時代のヒエラルキーの最底辺に生まれた場合、そこには下克上とも革命
とも程遠いものがあると思うに、人権には本来持ち備えた人権とは別の人権が存在し、後者を人権と呼んでいるのか、前者を対象としているのか?もしくは融合したものが望ましいのか?が質問の主旨です。

補足日時:2006/11/05 15:55
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 人権の王様、人権の中の人権、そう!それは生きる権利です!


 
 命あってのモノだねです!
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この回答へのお礼

なんてお礼を書き込んでいいか困惑してますが、まぁね、あの~え~と~~
「生きる権利」は、いいですね。生きてるって素晴らしーですからね。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2006/11/05 01:05

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