いつもお世話様です。
戦後、62年が経ち日本が列強と戦争していた大事な事実をあまり思い出すことなく暮らしております。
学校では大した歴史は教えてもらえず、自分なりにいろいろ勉強しました。
勉強する前は「あんな大国と戦争して日本は勝てると思てたんやろか」なんて漠然と考えていました。
ハルノートを突きつけられ、生きるか死ぬかの選択であったと理解していますが、ここで疑問が生じます。
大東亜共栄圏の大義名分の下、列強による植民地支配から逃れるために日本は立ち上がります。結果、アジア諸国の独立に繋がったとも考えます。  ですが、敗戦後アメリカは親切でした。GHQは日本を復興させます。  勿論、日本人の努力・朝鮮戦争の恩恵もありますが。
私はよく友人などに「明治維新が少しでも遅れていたらロシアの植民地になっていたんちゃう?」なんて話しますが・・もし、日本がハルノートを突きつけられた時、和平を選択していたら日本の運命はどうなっていたのでしょうか?
実際は大東亜戦争を戦ったのですから考え得る想像になりますが・・どうかご意見お聞かせ下さい!よろしくお願いします。

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A 回答 (18件中11~18件)

そもそもアメリカは「ヨーロッパの大戦に参加したかった」のです。

当時はイギリスとドイツが戦争中でしたから。ただし宣戦布告もされて居らず、「対外戦への不参戦」を公約に掲げていたルーズヴェルトとしてはこちらから仕掛ける事も出来ず、指を銜えて見ているしかなかったのです。

イギリスへの協力を実現する為には、三国同盟国からの「宣戦布告が必要」だったのです。その為、満蒙の利権と絡めて日本を窮地に追いやり、「日本から宣戦を布告させる」方法をとったのです。ハルノート以前から様々な圧力がかかっており、ハルノートはいわば「最後通牒」でしかなかったのです。勿論「これを呑んだとしても、更なるハルノートが提示されるだけ」です。対米開戦は「日本の選んだ道ではない」のですから。

ちなみに「対米開戦を決定した御前会議」は12月1日との史料は見ましたが、ハルノート以前に確証するモノはあるのでしょうか(勿論、それ以前に、対米開戦の「可能性を検討する事」は当然あり得るでしょうけど)?
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この回答へのお礼

ご意見、ありがとうございます。
私はドイツに追い詰められたイギリスがアメリカにヨーロッパ戦線に加わってもらいたかったのかと考えておりました。
対米戦は、ぺリー来航以来の宿命だったと思います。
日露戦争で満州の東清鉄道の利権を勝ち取った日本でしたが経済的に困窮していた為、資金の見通しを立て難くアメリカの事業家ハリマンの資金提供に依存しようとしましたが、小村寿太郎の猛反対にあい、断念しました。日本・アメリカは、この利権を巡り・・本当の対立が始まったのかも知れませんが。

お礼日時:2007/07/26 00:18

日本が開戦を決断したのは、諸説ありますが11月5日の御前会議です。

ハル・ノートが突きつけられた時点(日本時間11月27日)で、真珠湾攻撃のため、すでに機動部隊はヒトカップ湾を出航(11月26日)していました。
もしも日本が和平を選択し、機動部隊を呼び戻した場合、日本は中華民国から撤兵(ハル・ノートの条件)しますので、大量の石油を消費する必要もなくなり、二次大戦特需で高度成長できたかもしれませんが、軍によって和平を潰される可能性の方が、はるかに高いでしょう。
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この回答へのお礼

なるほど!
的確なお答えありがとうございます。
私はずっと不思議でした。
大東亜戦争の後、高度成長を成した日本が何故、アジアに侵出したのか!国民を食べさせるため仕方なく侵出したのなら戦後も今日の様な経済発展はないのでは?と言う風に。。。
明治維新以降、軍の力が大きくどうにもならなかった。そして、原爆が広島に投下され、「降伏しなければ又、原爆を投下する」というアメリカの勧告も国民には知らせず、軍部は突き進んだ。原爆を投下したアメリカはさることながら日本の軍部にも責任があるな。と新たな発見にもなりました。

お礼日時:2007/07/25 21:46

もし、政府が軍部の反対を押し切ってハルノートを受諾していたならば、恐らく軍部による大規模なクーデターが発生し政府は転覆、軍事政権が樹立されるか、最悪の場合内戦状態になっていたと思います。


それでなくとも、226や515、10月事件、3月事件など当時はクーデター未遂事件が頻発しておりましたので、ハルノート受諾による大規模クーデターは確実に起こっていたと思われます。

これを恐れた為、日本政府は真珠湾攻撃をするしか道はなくなったのです。
逆に言えば、それを見越した上でのハルノートだった、ともいえます。
アメリカ恐るべし。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。
アメリカ・・恐るべし!〔笑〕
イギリスのチャーチルにそそのかされたせいかと考えたりしていましたが日露戦争終焉直後から日本は仮想敵国でありオレンヂ計画がありましたね。
その頃の日本はルーズベルトに感謝していました。
正に、原住民をアメリカ大陸から追い出し、黒人を奴隷として開拓させた国だけのことはあります。世界が同じようだったかも知れませんが。
そして現在の日本も又、アメリカ恐るべしだと私は考えます。

お礼日時:2007/07/25 19:14

私見ですが、ハルノートは日本にその内容を飲ませることが目的だったのではなく日本に開戦を決意させるのが目的だったのではないでしょうか。


アメリカも自国から日本に仕掛けるのは国民感情など対処しなければならない問題が多かったはずが、日本に先制攻撃させることで大義名分を得たかったのではないかと思います。
だから、仮にハルノートを受け入れてもその後さらに過酷な要求を押し付けられて最終的には開戦せざるを得なくなっていたのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

早速にありがとうございます。
要するに黄色人種のくせに列強と肩を並べ、その上、アジアに勢力を広めて行った日本を何としても潰したかった。
悲しい現実です。

お礼日時:2007/07/25 19:17

ハルノートには石油の供給再開のことは書いておらず、日本政府は中国、インドシナから軍隊等を撤収せよ。

というような内容だったと思います。
受け入れて撤収してしまえば、資源のない日本はより生活が苦しくなり
ほうぼうで内乱が起こるでしょうね。
なにより、軍隊も意味がなさなくなり、外国に侵略されることも考えられます。
外交能力がないのか、軍部が暴走したのが悪いのかはわかりませんがハルノートを突きつけられた以上、戦争するしかなかったのでしょうね。
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この回答へのお礼

ハルノートは日露戦争以降の日本の東アジアで構築した権益や領土の返還と軍の撤退、軍事同盟の破棄だったと記憶しています。
たくさんの兵の血で造った利権です。
到底、無理な話ですね。
ご意見、感謝します。

お礼日時:2007/07/25 19:24

「米英討つべし」という国民感情論(大手新聞に煽られ過ぎたのも背景にありますが)もあり、開戦しなければ政府は政体を維持できなかったでしょう。


それにハルノートには、日本が到底飲めないであろう条件を意図的に盛り込んだものであり、決して受け入れなかったでしょう。
大東亜戦争が始まる前から、列強に肩を並べたくて必死に軍拡して中国をはじめとするアジア方面への侵略を常に狙ってきた日本。
なので、たとえこの戦争がなくてもまたどこかで口実を作っては戦争を始めたでしょう。
たいした力もなく慢心が日本中を覆っていましたから、一回手ひどく殴られなければ、目が覚めなかったのではないでしょうか?(軍民合せて300万の死者を出さなければいけませんでした。 涙)
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この回答へのお礼

あの戦争は無謀なようにも思いますがいろんな意味で重要で大切な避けて通れない戦争であったと再認識しました。
貴重なご意見ありがとうございます。

お礼日時:2007/07/25 19:27

私は開戦が遅くなっただけだろうと考えています。


当時の世界情勢を鑑みると、仮に妥協し受け入れても、妥協部分を修正要求したり、さらなる要求を突きつけてさらに日本を窮地に追い込ませたでしょうから。

また、ハルノートを提示された時点で海軍航空部隊は鹿児島湾にて真珠湾攻撃の訓練をしていました。

あと、アメリカが日本に親切にしたのはまったくの政治的な思惑からです。日本はアメリカのカーテンにするためです。
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この回答へのお礼

OSCAR-さんのご意見にもアメリカ恐るべし!と、感じてしまいます。
アメリカから押し付けられた憲法9条を未だ守ろうとする動きが悲しいです。
日米安保は必要でしょうが自国を守るのはアメリカ?ぞっとします。
話が反れましたがすみません。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/25 19:32

ハルノートを突きつけられて、和平を選択したら日本は滅んでいたでしょう。


世界中から馬鹿にされ、戦争を仕掛けられていたでしょうね。
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この回答へのお礼

戦い・・あるのみだったことが、皆様のご意見頂戴してよく理解出来ました。
世界って怖いですね。ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/25 19:35

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Qいわゆる「大東亜戦争」は自衛戦争か?

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Aベストアンサー

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確かにハルノートを突きつけられればルクセンブルクやモナコなど平和を愛する小国でも自衛の為に立ち上がるでしょう。この場合は立派な自衛戦争と言えます。
しかし、当時の日本は平和を愛する国とはいえません。既に10年余りの間(途中に停戦はありましたが)中国を侵略しつづけていたのです。その10年間米英は数々の警告(日本の侵略は九ヵ国条約違反の為)を発しますが日本は無視し続け、結果として経済封鎖やハルノートに至ったのです。
封鎖されるべくして経済封鎖され、突きつけられるべくしてハルノートを突きつけられたのを、日本の自衛戦争に結び付けられるでしょうか。

又、ソ連の脅威があるからといって、日ソ両国間の間にある国を占領してよい、ということにはなりません。
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「満蒙は日本の生命線」だったのでしょうか。。。
この言葉は柳条湖以前から言われていたようですが、当時の満州における日本の既得権は、関東州(遼東半島の先端部分)と満鉄付属地だけであり、面積比で満州全土と比べればハナクソ程度のものです。とても生命線などと呼べる代物ではありません。
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Q公明党は創価学会??

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>必ず創価学会の会員なのでしょうか?

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>そしてなぜ創価学会が政治に進出してきてるのでしょうか?

 組織票があるので当選しやすく
政治家になれば特権がありますので

>創価学会は選挙でも力が出せるほど力のある宗教団体なのでしょうか?

 学会員が、たくさんいますので

>創価学会が無宗教に嫌われる理由とは?

 騙して勧誘するからです。

>創価学会ってネットでよく叩かれてますがそんなに悪い団体なのでしょうか?

 これは、経験したり知人にいないとわからないですが、
興味あるなら 入信してみればわかります。
 なにしろお金に汚い団体ですので

Q大東亜戦争(太平洋戦争)での日本兵の戦い方について

大東亜戦争(太平洋戦争)での日本兵の戦い方について
戦争映画が好きで、よく第二次世界大戦のものを見ます。
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日本兵が大声を上げ、九九式短小銃を構えて私を撃ってくださいといわんばかりに敵めがけて突進していくのですが、アメリカ兵に射撃されてしまいます。
うまく説明できないのですが、戦時中本当に日本兵はこのような戦い方をしていたのでしょうか?
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アメリカ海兵隊のような感じではないですよね
銃撃シーンもありましたが、部隊が全滅後にに上記のような感じです(万歳突撃でしょうか)
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わかりにくい質問かと思いますが、当時の日本兵の戦い方、戦術、環境などを教えていただければ、と思っています。
そこら辺詳しくお願いします!

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現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退してくれたのです。だから、知らず知らずのうちに日本軍の中で「突撃すりゃなんとかなる」というノウハウが積み上がってしまったのです。

それが甘い考えだったと思い知ることになったのがノモンハン事変を始めとするソ連軍との国境紛争でした。一般的に、ノモンハンの敗戦は「現場部隊がフヌケだった」ということで総括されてしまったといわれていますが、実は日本軍とてバカじゃないのでちゃんとそれはそれで調査はしました。しかし、その結論というのが絶望的なものだったのです。
どういうことかというと、ソ連軍は日本軍より大砲の性能が優れていて、弾薬量も格段に多かったのです。しかし、これはどうしようもない問題でした。なぜかというと、製鉄技術がソ連に比べて劣る日本では、ソ連軍に対抗しうる性能の大砲はどう頑張っても作れませんでした。さらに、弾薬についても当時の日本ではそんなに湯水の如く使えるほどの大量生産をすることはできなかったのです。なにしろ当時の弾薬の生産といったら関西の町工場でちまちま作っていたのです。ご存知のように、大量生産するためには大規模工場が必要で、それによってコスト圧縮効果が発生するわけです。ソ連やアメリカのような重工業の大規模工場なんてものが当時の日本では作れなかったのです。
だから、それを認めると「もう国として日本はソ連に対抗できない」という絶望的な結論に至ってしまうので、「現場が悪い」と責任を押し付けてしまったのです。

緒戦の勝利による驕りもあり、日本軍は米軍に対しても自信満々で突撃戦術をかましましたが、諸兵連合効果の戦術を得意とする米軍によって叩きのめされてしまいます。どうも米軍相手に突撃じゃ歯が立たないと分かって、The Pacificで再評価されることになったペリュリュー島戦から持久戦術に切り替えることとなります。The Pacificでも原作として使われているユージン・スレッジ氏の回顧録を読むと、ベテランの海兵隊員がペリュリューで「日本軍がバンザイ突撃をしてこない」と戸惑っている姿が描かれています。

この持久戦術は大変に効果的で、ペリュリューのノウハウを積極的に取り入れた硫黄島戦で米軍が大変な犠牲を強いられたことはご存知のとおりです。
しかし、日本人つーのは大変にストレスに弱い民族でございまして、この「押されてもじーと我慢して粘り強く戦う」つーのはなかなか耐えられないんですね。いいや、日本人は粘り強いだろと思うかもしれませんが、日本人てのは自分たちで思っているほど粘り強くありません。てか、逆境にはとても弱いんですね。なぜかっていうと、サッカーで日本代表が相手チームに押されると見てる方がもう耐えられなくなりますよね。大概「負けてもいいからもっと積極的に攻めないとダメだ」と批判されます。これが南米のチームなんかだと相手に攻めさせて、それでいてカウンターの機会を粘り強く待っています。そういうことができない。
だから、沖縄戦では持久戦術を主張する八原参謀に対し長中将が「こんなグダグダやってないで一発突撃でパーッといけ!」と主張して司令部は内部崩壊します。

また、捕虜についてですが、日本兵は捕虜になってはいけないと教えられていたので、基本的に捕虜も取りませんでした。また、味方の兵士を救出しようとする米兵にも容赦なく銃撃を浴びせました。また死体のフリをして近づいた米兵に襲い掛かることもよくやったようです。それを米兵は分かっていたのである意味当然なのですが「相手が捕虜を取らないんだから、こっちも捕虜を取る必要はない」と負傷している日本兵も情け容赦なく殺しました。ユージン・スレッジ氏の回顧録にはそういった「むき出しの獣性と敵意」が戦場に満ちていたことが書かれています。太平洋戦線で日本兵の捕虜が極端に少ないのは、「生きて虜囚の辱めを受けず」という思想が根本にはあったのですが、そういった事情も影響していたようです。

現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退...続きを読む

Q創価学会について

私の友達が彼女と別れたらしいんですが理由を聞くと彼女の家に遊びに行った時創価学会の人だとわかったからだそうです。
私は創価学会の事をまったく知りません。創価学会の人は恋愛対象にならないんでしょうか?
もし好きな相手が創価学会の人だったとき皆さんどうしてるのか教えてください。
ちなみに私は創価学会の会員ではありません。

Aベストアンサー

創価学会は胡散臭いので、学会員ともお付き合いしません。

宗教と言うより、池田大作個人崇拝なのが理由です。

参考URL:http://www.toride.org/ikesho.html,http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1306/130626ikeda-naturalized.html

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> プロパガンダ(政治的宣伝・広告でしたっけ?)という
> 言葉も最近、耳にしますね。でも、自分としては定義を
> 認識して使いたいので、この6つ・・・特に左翼と右翼
> を教えてください。

 左翼も右翼と同じです。定義はカバーできません。
 本義は、議長から見て左側にいたからですが、その後変遷していますし。基本的には、従来の秩序を破壊して新しい秩序を構築しようとした人々ですが、歴史の実証を経ない頭で考えたレベルだったのでたいがい失敗していますし、共産主義もその一つです。

 現代においては、私が使うように共産主義者という意味で使うケースもありますが、単に保守派に反対する勢力を指すこともあります。
 保守派に付いては、No.16 で述べたように、本義は従来の秩序を保守するという程度の意味であって、「従来の秩序」の内容を問いません。時代時代、社会社会によって具体的な保守の対象が異なります。

 リベラルも同様です。定義はカバーしきれません。自由主義という意味ではありますが、どういう観点での自由かは、使う人が勝手に決めて(もしくは雰囲気で決めもせず)使っています。
 ある程度、下記にまとまっていますから、素養程度に抑えておくと良いでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EA%A5%D9%A5%E9%A5%EB

 タカ派、ハト派は、単純に言えば武力行使推進派と交渉推進派ですが、これもケースバイケースで具体的な内容が変わります。

> プロパガンダ(政治的宣伝・広告でしたっけ?)という
> 言葉も最近、耳にしますね。でも、自分としては定義を
> 認識して使いたいので、この6つ・・・特に左翼と右翼
> を教えてください。

 左翼も右翼と同じです。定義はカバーできません。
 本義は、議長から見て左側にいたからですが、その後変遷していますし。基本的には、従来の秩序を破壊して新しい秩序を構築しようとした人々ですが、歴史の実証を経ない頭で考えたレベルだったのでたいがい失敗していますし、共産主義もその一つです。

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QAKB48で創価学会の人は……

仲川遥香、岩佐美咲は創価学会ですが、その他にいますか???

自分が推している渡辺麻友は創価学会ではないですよね?

創価学会の勧誘には本当に迷惑しています…

Aベストアンサー

相手が誰かも分からずに頭がおかしいだとか決めつけるのは良くないことですよ。人間として。
質問者さんの気持ちは分からないのですが自分の知っている創価学会は幸せになれる学会だと思っています。
質問者さんの立場だったら何も心境は変わらないんだと思いますが全員が全員、悪い人では無いです。
何も知らずに決めつけるのは良くないですよ。本当に。

質問者さん、AKBファンですよね。
自分もAKBファンです。
例えるとAKBをあまり知らない人に「AKBファンは全員キモイ」「ヲタク」等々の暴言言われたら嫌ですよね?
自分は嫌でしょうがないです。何も知らずに決めつけられるのは。

話がずれましたが創価学会に入っている人全員が悪い人ではないです。
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自分が言いたかったのは何も知らずに決めつけないでほしいってことです。
前も言いましたが自分は中1なので。創価学会のことにはまだあまり詳しくないです。
自分は「人間として」回答しました。創価学会員かどうかは捨てて。

もしまゆゆが創価学会員だったら何なんですか?
まゆゆが創価学会に入っていることを知ったら今まで大好きだったまゆゆを敵の目で見るんですか?
それはファンとして許せません。
創価学会員=悪
みたいな考えはやめてほしいです。

長文失礼しました。

相手が誰かも分からずに頭がおかしいだとか決めつけるのは良くないことですよ。人間として。
質問者さんの気持ちは分からないのですが自分の知っている創価学会は幸せになれる学会だと思っています。
質問者さんの立場だったら何も心境は変わらないんだと思いますが全員が全員、悪い人では無いです。
何も知らずに決めつけるのは良くないですよ。本当に。

質問者さん、AKBファンですよね。
自分もAKBファンです。
例えるとAKBをあまり知らない人に「AKBファンは全員キモイ」「ヲタク」等々の暴言言われたら嫌です...続きを読む

Q大東亜戦争あたりの戦争に繰り出された人のモラル

昔から私は日本人はモラルが高いと思っていますが私の祖父に戦争で中国にいた頃の話を聞いたのですがある日本兵が中国人に銃を向けて「俺がうつ弾を避けて逃げれたらお前は自由だ」といい逃げる中国人を遊びで殺すのをよく見たといっていました。(どれぐらいか知りませんが・・・・)

これはたまたまうちの祖父が運悪く悪い集団心理にかかった集団にいたからこういった残虐な日本人の行為をたくさんみたのか?それとも戦争している人は日本人であっても残酷になる人がたくさん出てくるのか?色々考えています。中国人を遊び半分に殺す日本人の話を私以外に戦争時代に生きていた人から聞いた人いませんか?

後日本以外のアメリカやヨーロッパなのど兵隊は敵国の人を残虐に殺すという事はよくありましたか?

Aベストアンサー

>中国人を遊び半分に殺す日本人の話を私以外に戦争時代に生きていた人から聞いた人いませんか?

質問者様が求めているものは、【資料】と【噂話】のどちらでしょうか。

【関東大震災で朝鮮人が虐殺されたという説】はありますが
【朝鮮人が虐殺されたという証拠】はありません。

不確かな伝聞情報は集めても意味がないと思いますが。
私には、【質問者様が祖父から聞いたという行為】自体が検証不能ですし、
↓の理由から、祖父様の証言が事実とも限りません。

A:自称当事者=本当に当事者 とは限りません。
B:本当に当事者としても、その証言が事実とは限りません。

A,Bから、検証されていない証言に証拠能力はありません。

それに、自称中国帰りの方には↓のような人達もおり、自称加害者すら怪しい状態です。

【中国帰還者連絡会】(中帰連)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%B8%B0%E9%82%84%E8%80%85%E9%80%A3%E7%B5%A1%E4%BC%9A
(中国の撫順戦犯管理所に戦争犯罪人として抑留された旧日本軍の軍人が帰国後の1957年9月24日に結成した団体。
中略
731部隊・南京事件・強制連行などについて積極的に証言し、証言者への協力を行なうことでも知られる。
上記の活動について『撫順戦犯管理所に抑留された旧日本軍将兵が中国側に洗脳されたもの』と主張するものもいる)

↑から、彼等の証言は、専門家からは全く信じられていません。

【中帰連・撫順戦犯管理所洗脳プロセス(南京関連)】
http://www.youtube.com/watch?v=RAdq0kAn24o



質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>後日本以外のアメリカやヨーロッパなのど兵隊は敵国の人を残虐に殺すという事はよくありましたか?

回答:↓と動画

1:【通州事件の真実 01 Sさんの体験談】(1937年に中国で起った日本人への虐殺事件)
http://www.youtube.com/watch?v=U7vJtEzXo_g


2:【黄河決壊事件】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B2%B3%E6%B1%BA%E5%A3%8A%E4%BA%8B%E4%BB%B6
(日中戦争初期の1938年6月に、中国国民党軍が日本軍の進撃を止める目的で起こした黄河の氾濫である。事件当時は黄河決潰事件と表記された。中国では花园口决堤事件(花園口決堤事件)と呼ばれる。犠牲者は数十万人に達し、農作物に与えた被害も住民を苦しめた。)

当時の中国国民党は「黄河決壊事件は日本軍が引き起こしたものである」という捏造情報を流しています。
(現実では日本軍は決壊の修理や避難民の救助を行っていますが、それに対して国民党ゲリラが攻撃を仕掛けています。)
いわゆる南京事件は、↑の死者を日本にせいにする為のものです。


3:【「細菌・毒ガス戦/中国が最初の違反者だった」信夫淳平博士(昭和史研究會報)】
支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた「敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査」(内藤裕史編・解説「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒ガス戦の事例は十三件、細菌戦の事例は二十件であった。
 右の調査は、その年月日、場所、種類、方法、被害、概要を一覧表で記録している。
 例えば、昭和十二年九月七日、宝山城付近にて中国軍はコレラ菌を井戸に投入し、このためその井戸水を飲んだ日本軍及び中国人民数十名が罹患している。
 また、昭和十三年七月二十六日、九江においても同様の理由で日本軍百二十九名、中国人民五百名の罹患者を出している。
 また、重慶を脱出した国民党軍の元軍政部防毒処勤務将校の情報をまとめた「支那軍の化学組織系統の概要」(昭和十六年六月二十六 日付、前掲「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、中国における毒ガスの研究及び製造は、「軍政部兵工署理化研究所」において行われていた。
 中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。
 日本軍は中国軍から、大量のソ連製毒ガス兵器を押収している。


4:【戦時中の朝鮮人】(当時は併合に拠って日本人ですが)
戦時中は、朝鮮人の軍人・軍属もいました。
彼らは志願兵でしたが、戦力としては使い物にならない者が多く、
多くは捕虜収容所の職員にされましたが、連合軍捕虜からの評判は最悪でした。
(東京裁判で捕虜虐待などで処罰された者の多くは朝鮮人でした)

【ニッポンは誤解されている】
(日本教文社 アルフレッド・スムラー著 元仏の雑誌Paris Match特派員)
「別に日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だったことに注意しておかなければならない」
これらの朝鮮人BC戦犯を擁護する行動を、日本の左翼がしていた事が信じられない。
朝鮮人が日本人に比べて、ずっと残酷だったことは、連合国の捕虜の間では常識だった。


5:【アメリカの「日系アメリカ人」に対する処遇】

【第442連隊戦闘団(アメリカ日系人部隊)】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC442%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E5%9B%A3
(アメリカ政府は、アメリカ国内の日系人社会の動向を、黄色人種に対する人種差別的感情を背景に(実際に同じく敵国であったドイツ系やイタリア系アメリカ人については、大がかりな強制収容は行われなかった)不安視していたことなどから、1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。)


6:【ベルリンでのソ連兵】
ソ連兵が攻め込んだベルリンでは、その後何故かベビーブームが起っています。


7:【文化を与えたと自称している白人の植民地統治】

【西欧の植民地喪失と日本/オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所】
(オランダ人ルディ・カウスブルック著 草思社)
「日本軍抑留所を体験したオランダ人がいまだに耐えがたいとするものは何かというと、自分たちより“劣等の人種”に恥をかかされたということなのだ。他の白色人種にやっつけられたのならまだしも、“非西洋の侵略者”に征服されるとは、これこそ耐えられないことなのである。」(92p)
―中略―
「われわれオランダ人は、過去四十年間もの長きにわたって日本人に対する不満を延々と述べつづけてきているが、こういった(オランダ人の現地人に対する残虐な扱いが20頁にわたって記述されているのを承けて─引用者注)自分たちの悪弊が日本人の振る舞いとはちがっているとでも思っているのだろうか。泰緬およびパカンバル鉄道施設工事の犠牲者数はどうのこうのとか、虐待は云々とか、隅から隅まで調べ上げて、犠牲者名簿や追悼の書を出版したが、自分たちが手を下して殺害したり、虐待して死に追いやったりしたインドネシア人には心を砕くこともなく、彼らの名前は、永遠に誰の知るところでもない。私がひじょうに怒りを覚えるのは、ウィレム・ブランツのように、自分たちの暗黒の過去を 知りすぎるほどよく知っていながら、日本軍抑留所(ブランツも私も入っていた抑留所では、オランダ人のしたような戦慄すべき行為はおよそ見られなかった) でひどいあつかいをうけたと激しく怒りたっては、あっぱれな嘘を長年にわたって言いつづけてきた者がいるということである。」(119p)


日本のオランダ人捕虜の扱いですが、
東京裁判は冤罪が多く、全てが事実とは思えません。
確かに待遇は悪かったかもしれませんが、それは↓の理由によるものであり、人種に対する意識とやらが原因ではないと思います。

1942年、日本はインドネシアのオランダ軍を降伏させました。
彼らを収容した施設ですが、オランダ人がインドネシア人従業員のために作った【宿舎】(牢獄ではない)をそのまま利用することが多くありました。
これに対してオランダ人抑留者たちは、
「こんな事になるなら、こんなに酷い不潔な建物にはするんじゃなかった。奴隷同然に扱ってきたインドネシア人用の宿舎に入れられるのは我慢のならない屈辱であった」と言っています。

つまり、自分たちがされたら屈辱と思う事を、現地人にしてきたという事です。
(捕虜の収容には、牢獄も使用されたと思いますが【宿舎】でさえこの有様なら、牢獄の環境はどうだったでしょうか。)

収容所での死因はコレラや赤痢等の疫病ですが、日本軍でも10%が死亡しています。
(当時は特効薬である抗生剤は開発されていません)
シベリヤと比較する意見もありますが、
日本人抑留者が虐待で6万人(10%)死亡していますが、管理側のソ連人の死亡率は0です。


日本はオランダとは平和条約で賠償金(↑を含めて)を支払って解決済みとなっています。一方、オランダは日本人の資産を「凍結」という名で没収しています。
これは国際法では違法ですが、日本はこれへの返還請求権を一方的に放棄させられています。

http://www.youtube.com/watch?v=g6MmpEuGipQ

>中国人を遊び半分に殺す日本人の話を私以外に戦争時代に生きていた人から聞いた人いませんか?

質問者様が求めているものは、【資料】と【噂話】のどちらでしょうか。

【関東大震災で朝鮮人が虐殺されたという説】はありますが
【朝鮮人が虐殺されたという証拠】はありません。

不確かな伝聞情報は集めても意味がないと思いますが。
私には、【質問者様が祖父から聞いたという行為】自体が検証不能ですし、
↓の理由から、祖父様の証言が事実とも限りません。

A:自称当事者=本当に当事者 とは...続きを読む

Q自民党、日本会議、創価学会、公明党の関係

先月安保法制が自民党と公明党などで強行採決されてしまいました。
自民党と公明党の関係、その背後にある日本会議や創価学会の関係ってどんなものなんでしょうか?
創価学会・公明党が自民党を乗っ取ったのでしょうか?
それとも自民党・日本会議が創価学会・公明党を乗っ取ったのでしょうか?
とある創価学会に批判的なブログでは、池田大作はもうこの世にはいなくて創価学会は日本会議に乗っ取られたと書いてありましたが、実際はどうなんでしょうか?

あとこれは創価学会員に聞きたいのですが、創価学会員は人間革命を読むそうですが、副読本として佐藤優氏の「創価学会と平和主義」という本を読まされるのでしょうか?
例のブログのコメントに書いてあったのですが、実際どうなんでしょうか?

Aベストアンサー

日本会議国会議員懇談会は超党派の保守議連です。
国会議員の1/4がこれに加入しています。

なので、自民党が~ではありません。
ただし、保守議員は大抵この議連に入っています。
共産主義議員ばかりの日本共産党や、全学連の延長線の民主党とは自民党は違います。
いろんな人がいるのです。

たまたま主張が、今の安倍政権押しなだけです。

また、公明党と創価学会の関係でいうと、創価学会は公明党に口出ししないというのが定説です。

一部の変わった信者が戦争反対!などと騒いでましたが、あれが真の姿ではありません。
きっと魔がさしたのでしょう。

基本的に先生(上)が白と言えば白に疑念を抱いてはいけない教義です。
これを支えるのが創価学会信者の役割であって、それに異を唱えることは許されません。
再指導の対象です。

また、自民党は公明党におんぶにだっこですが、取り込んでも取り込まれてもいません。

だからあれだけしか大臣ポストがないのです。

Q大東亜戦争が祖国防衛戦争であった理由を教えてください。

パールハーバーに至るまでの道って、
日中戦争→三国同盟→
→アメリカ、キレる→ABCD包囲網
→日本、困る→インドシナ侵攻
→アメリカ、さらにブチギレ→石油禁輸
→ハルノート

って道筋だったと思います。(間違ってたらご指摘ください)
んで、ハルノートの条件を飲むのが嫌だった日本はアメリカ相手に一発かまして
譲歩してもらおうと真珠湾攻撃に至ったと思うのですが、それがなぜ祖国防衛のための戦争ということになるのか理屈がわからないのです。
教えてください。

Aベストアンサー

#21です。「アジアから欧米を守っていたのか」じゃなくて、「アジアを欧米から守っていたのか」でいいですよね。

日中事変は後々、侵略か否かの議論につながっていきますので、大変難しい問題です。
しかし「事変」という名がついているように、日米の太平洋戦争に発展するまで、この戦線は事変でした。つまり国同士の戦いとは認定されず、蒋介石政権と日本の戦いです。このとき蒋介石の後ろには英米がついていました。アジア地域に本国があり権益を守れる国は当時は日本しかありませんから、中国(蒋介石政権)と戦っていても、英米と戦っているのと同じです。
また、これとは別に毛沢東の赤軍もあり、こちらにはソ連がついていましたので、当時の中国を国という単位で捕らえるのは難しく、中国側から見ても自国の防衛「戦争」といえるのか?日本もそれをもって祖国防衛「戦争」といえるのかときかれれば、交戦権の発動ではありませんので、戦争ではないです。日本に限らず既得権を守るための争いです。としかいえません。

またフィリピン・インドネシアについてですが、ここは植民地ですから、国権の発動たる戦争は自国で行うことが出来ませんでした。

この時代、近代的主権国家は欧米諸国と日本それと出来たばかりのロシアぐらいしかアジア地域にはいません。
自分の国を守るために、本当の意味で国として戦争が出来たのは、アジアでは日本だけなのです。


確かにそのためににアジアに防衛線を引いたのは事実です。(多大な犠牲がでました)
しかしその前に、欧米諸国が行った植民地政策の内容を考えれば、欧米列強の影響力を少しでも少なくするよう「アジアのために日本が戦う」という言葉は、理想主義的に過ぎるかもしれませんが、まったくそのようなことが無かったと言い切ってしまうのも無理があると思います。
また太平洋戦争までの日本には、その後各国の独立に大きな役割を果たす、アジアの人材が多数留学していました。かれらも近代国家を打ち立てた日本に、同じアジア人として学ぶことがあると思って留学していたはずです。
さらに、太平洋戦争後の各国でそこに残った日本人将校が、各国の独立戦争に参加したという事実もあります。これは当時の日本に理想にすぎないとはいえ、「アジア人のための戦争」が日本人にもアジア人にも心に通じる理想であったためと考えています。

ですから理想主義的に言えば、インドネシアもフィリピンもインドも含めて祖国(多分に日本を意味しない)防衛戦争をしようとしたといえると思います。

私は明治以降戦前・戦中の日本人の見識の高さとプライドを、とても高く評価しています。
戦後の私たちは、犠牲者に対して反省と自戒の念はひつようですが、同時に日本人の誇りも必要だと思います。

#23さんへ
#23の内容に対しては、まったく同感で、確かに戦争はとるべきひとつの手段ですし、経済的な損失を考えれば、今は出来ません。
しかし当時は出来ましたし、戦争に勝てば経済的に利益になったのです。ですから現代に比べれば戦争をさけることはとても難しかったのだと思います。
それと国家と郷土・国民と政府に対する考察もまったく同感です。
ただ私は新聞・テレビ・雑誌で得た情報・結果だけで、外交努力や内政に対する責任を負っている人たちをバカにする勇気を持ちません。日露戦争の講和のことを思い出すまでもなく、つねに私たちは踊らされているのかも知れないと深く洞察する姿勢が必要だと思います。(多分この点は同じでしょう)
ようは国を先に見るか、民を先に見るかの違いなのでしょう。

#21です。「アジアから欧米を守っていたのか」じゃなくて、「アジアを欧米から守っていたのか」でいいですよね。

日中事変は後々、侵略か否かの議論につながっていきますので、大変難しい問題です。
しかし「事変」という名がついているように、日米の太平洋戦争に発展するまで、この戦線は事変でした。つまり国同士の戦いとは認定されず、蒋介石政権と日本の戦いです。このとき蒋介石の後ろには英米がついていました。アジア地域に本国があり権益を守れる国は当時は日本しかありませんから、中国(蒋介石...続きを読む


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