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ここ最近、霊感がある人は羨ましいなぁって思います
特に理由は無いんですけど^^;

自分は、まったくっていいほど何も感じ無いんですけど
霊感を強くするには何をしたら良いでしょうか?

良く、霊感強い人と一緒にいると自分も強くなるって聞きますが
自分の周りにはいません。。。

あと、霊が見える人はオーラなんかも見えるんですか?
江原さんみたいに。

A 回答 (10件)

僕自身、今までに自分の手が伸びたり首がヘソのあたりにある写真が撮れてしまいました。

「霊感」を信じていないけれどすごくイヤでした。
そして、たまたまこの体験を話した友人は、自分が霊の声が聞こえる霊感の強い体質だそうで、僕に共感させたいのか霊感の強い家族のことや今まであった異常な体験を延々と話されましたが結果的にその友人が気持ち悪く思えただけです。
怖い話が好きな人は周囲にそんな人がいればラッキーかもしれませんが、それ以外の人にとっては度が過ぎると変人扱いされます。

したがって、「霊感」があってもあまり利点があるように思えないので無理をして心霊スポット等に行かないで下さい。なぜなら、気分をイヤな感じにする写真が撮れてしまいますので・・・
あと、霊感の強い友人が言うには、成人するまでに霊的体験しないとそれ以降霊感はなくなるらしいです。
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人には頭脳系の得意な人、運動系の得意な人などがいます。

霊感も人の持つ能力の一つです。そして同じ運動系でも走るのが得意な人、水泳が得意な人、球技が得意な人が居るように、霊能も見るだけ、対話ができるなど様々なタイプがあります。
一般人でも野球が得意な人は多いですが、その中でプロになるのは極少数。霊能も同じです。そしてそれぞれに練習法があります。

霊能者の一部は「与えられた」能力です。この人たちは使命を持っているので「羨ましい」対象ではなく、荒行です。嫌でも使命は果たさねばなりません。

悪魔や悪霊でも霊能はあります。つまり、高い指導者に付かなければ低級霊の力によって霊能が目覚めてしまう事もあるのです。
私の知人では50体もの低級霊によって霊能が目覚め、死に瀕しても身体から腐敗臭が漂う中、心臓だけが動いていて死ぬ事すら出来なかった人が居ます。父が一体ずつ供養した結果、最後の一体を供養した事で、漸く心臓が止まりました。
私は自称霊能者を見るたびに、かの知人と同じようにならなければ良いがと思ってしまいます。

自分の為に霊能を欲するなら、まずは自然に親しむ事です。そしてその気を感じる事が出来るようになることが第一段階です。
私は全国的には判りませんが、新潟の弥彦神社奥宮の気の違いが判る、
浅草神社の鳥居の内外の気の違いを感じる事が出来る、伊勢内宮の鳥居の内外の気の違いを感じられる(遷宮が終わるまでは多少乱れています)など確かめていきましょう。
お住まいの近くでも、多くの寺社を訪ねて、それぞれの持つ気の違いを感じるように、してみて下さい。
最初は自分の中の気を全て吐き出さねばなりませんから、何も感じないですが、次第に何か違う気配を感じ始めると思います。その気配を素直に受け入れ、自分の感情がどのように反応するかを観て下さい。
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NO.1です。


NO.5さんのように霊感を持つ人を否定するということではありませんよ。たまたま否定的な意見が出揃ってしまいましたものね。太古から世界中で霊媒というお仕事があるということは需要があるということです。同時に悪質な霊感商法や療法もあるので、真偽のほどは私のような平凡な人間には死ぬまで分からないし、興味もありません。

私の担任の御祓いが発覚したとき、校長や教頭は即平謝りでしたが、担任を庇う同僚教師もいました。
「ほら、例えばね、あなたがたとえ冗談でも『御祓いでも』って自分で言ったわけでしょ?で、○○先生がたまたま霊能力者を知っていて、その人に御祓いを頼んだのは親切な気持ちからだと思うのよね。私だって江原さんとかが知り合いだったら絶対紹介すると思うもの。悪気があったわけじゃなくて、むしろあなたの事を考えてしたことだと思うのよ。」
プライベートで何を信じても勝手ですが、スピリチュアルを教育現場に持ってきたのが問題だと解っているのか・・・今、こういうことがブームなので、みんなワケが解らなくなっているようです。

他人に迷惑をかけず、公私混同がなければ、趣味の範囲で霊感を鍛えてみてもよいのではないでしょうか。
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漫画家のつのだじろうさんが、割と丁寧に解説してますよ。


丹田(おへその下あたり)に精神を集中して、修行とか、梅干の種の中にある、「天神さん」を食べるといいとか。

見えたからって、ひとつもいいことは、無いのに・・。
とかは、思いますけど。
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「霊感」「霊能者」「オーラ」、そんな都合の良いものはこの世にありません。

No.1の回答は恐ろしいですね小学校の教師にそのような人間がいるとは。

質問者さんはまだ若い方なのかなあ~もう少し人間を生きてみて下さいね、世の中には善人ズラして他人を陥れる人間や明らかなウソを平気で付く人間、そしてそれに感化されて他人を巻き込む迷惑な人・・・、そんな人って結構沢山いる事に気がつきます。
自分で「霊能力者」なんて言ってるヤツはそんな種類の人間です、羨ましがる必要なんてぜんぜんありません。
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私も20才位までは、強く感じる力がありました。

特に中学生のころはいろいろな体験をしました。今は若干です。
霊感は、もって生まれたものだとは思います。ある程度の訓練で維持できたり、強くできたりするものだと感じています。
ですので、後付けでどうこうできるものではないのかなぁ、とは思います。
私が思うに、霊感とは遥か昔は、全ての人間(原始人とか)が持っていた、潜在能力ではなかったかと思います。
それが自分の生命を守る為の能力だったり、宗教の対象と捉えるきっかけになったのかと。
それが文明を持つようになり、必要性が薄れたことにより退化いていったのだと。
その中で、人により、太古の能力、遺伝子が蘇るんではないのかと感じます。
第六感というのもそういう類で、なごりなのかもしれません。

別に、「霊感」を疑う人がいてもしょうがないとは思います。
但し、証明もできないのに、全否定・うそつき呼ばわりはしてほしくないですね。
霊感のない人が、霊の存在の有無を論じるのは自由ですが、自分には無いから=霊もいない、と言い切れるのでしょうか?
確かにいろいろなメディアでみる、そういうことを語る人の中に、インチキな人もいることは否定できません。
信じる人には、人生に関わっている、信じない人には関わっていないだけ、でいいのではないでしょうか?
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霊や霊感を信じる信じないは個人の自由ですが、


やはり占いや血液型と同様に「遊び」だと思います。
お化け屋敷のオバケがニセモノだと知りつつも楽しむ、
そんな感覚に近いのかも知れません。

心霊写真や霊についても、たまたま起こった現象を怖がって
楽しむくらいのスタンスが良いのではないでしょうか。
霊感の強い人=霊の存在を楽しむ人、と捉えるならば、
気持ちの持ちようで今すぐにでもなれるはずですよ。
真剣に自分は霊感が強いと思っている方がいるとするなら、
きっと非常に思いこみが激しい人なんでしょうね。

テレビに出てその手の発言や活動をしている人は、
霊の存在の有無よりも商売として行い「霊感の強い人を演じている」のであって、見ている側が盲目的に信じるのはどうかと思います。
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NO.1です。

追記です。

私自身は霊感とかあんまり信じてないです。霊感もないです。
そういう人が世の中にいてもいいと思うけど、身近にいると困りますよね。
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霊なんていません。


だから,霊感があるって言う人は,
1.嘘をついている
2.思い込みが激しく,勘違いしている
3.職業として言っている
以上の3つのうちどれかです。
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yamtya123さんの質問を見て合点がいったことがあります。



以前、我が家に霊能者が来た時の事です。
「ほら、今何か音が聞えただろ?よく耳をすませてごらん。これがラップ音だよ!」
「・・・ほんとだ!聞こえた!!今、パシッていった!」

一人目が霊能者で、二人目は彼を我が家に連れてきた小学生の息子の担任教師です。我が家に事故が続き、「御祓いでもしてもらったらいいのかな?」と冗談で言ったら本当に連れてこられたのです。結局我が家のお墓を二人で御祓いして帰りました。オーラも見えるそうですよ。

担任の話では、この霊能者と一緒にいるとありえないような不思議な日輪を見たり、神社でお神酒徳利が浮かんでくるくる回るのを見たり、本当に不思議な事ばかり起こるのだそうです。だから、そういう人と一緒にいると実際霊感が強くなるのかもしれません。担任はこの霊能者から離れられないようです。

この話は結局学校にもばれて、担任は今大変難しい立場にいます。
その道に進む真剣な気持ちがなければ、霊感は人生に無用のものかもしれません。
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