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このサイトの集団自決に関する質問を見ていて、ふと疑問に思い質問させていただきます。
タイトルのとおり、責任の所在についてです。
集団自決について、軍による強要を主張する人たちがいますが、回答を見た限りでも、軍・政府の方針として集団自決を支持した事実はないという意見も多数あります。
私個人の認識も、自決の強要があったのは事実だが、それは命令として実行されたものではなく、現地の軍人が、独自の判断で強要したものというものです。この場合、軍人の個人的な判断で行われたのだから、その責任を取るのも命令した個人で、軍組織そのものが集団自決そのものに責任を持つ必要はない(無論、民間人を戦火の巻き添えにした罪は非難されて当然ですが)のではと思うのです。
しかし、一方では軍人は国家の官吏であり、特に強制力を持つ存在であるから、彼ら個人の行動が、軍の意志を体現しているとの受け止め方も、強制される側から考えれば、納得できる気がするのです。
そこで疑問に思ったのですが、軍人個人の責任と、軍組織としての責任を分ける隔てはどこに有るのでしょうか。
これが個人的な犯罪であれば、軍法に照らすなり法律に当てはめた判断ができるのでしょうが、正規の命令ではないが、軍人の権限でなければおそらく実行できなかったことの責任は、いったいどちらが負うのでしょうか。
できれば、国際的な常識や過去の類似例の定説など、あればそれを含めてお教え願えないでしょうか。

この手の質問がしばしば意見の応酬になっているようなので、先に断っておきますが、あのような悲惨な状況に追い込まれるまで戦争を継続したこと、そも将来の明確な展望を描かず、戦争の泥沼に足を突っ込んだ事は政府・軍の責任(あるいは国民全体の)だと思いますし、沖縄戦が想像を絶する地獄であり、人間性の維持が困難だったのだろうことは一応認識しているつもりです。また当時を体験された方の言葉は、重いものと認識しています。
質問の発意は、条約や協定ではこういう案件はどう判断されるのかということを知りたいという好奇心で、それで政治的にうんぬんとか言う意図はありません。
蛇足とは思いましたが、きつく言われると凹む性質なのと、私自身が以前同じような過ちを犯していましたので… ご理解のうえ、ご回答願えれば幸いです。

A 回答 (10件)

現在の自衛隊を例にして「軍の装備を使ったら軍の責任だ。

」等と回答される方がいますが、かなり乱暴だと思います。

確かに現在の日本国内で自衛隊員が武器を持ちだして、私的に使ったとすればその責任を組織が問われることはあるでしょう。しかし、それはあくまで今の日本国内での話であり、沖縄戦当時の出来事にその前提を持ち出すことはナンセンスです。
例えば、現在においてもスイス国内で軍事装備によって私的な事件が起きたとしても、各家庭に軍事装備があるわけですから国家がその責任を問われるとは思えません。前提となる条件が違えば全くその論理は崩れます。

たとえ軍事装備が私的に使われたとしても時代や歴史的背景、民族的な考え方によって様々な判断があるわけですから、軍事装備が使われたことだけを取って軍だけににその責任があるというのはあまりにも乱暴な考え方だと思います。

あくまでもことの原因の判断はその時代考証や民族的な背景などを考慮して行われるべきものであり、単純化して考えるのは危険があると思います。
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この回答へのお礼

二度目の回答ありがとうございます。
ご指摘の通り、自衛隊は平時の存在で、沖縄戦当時の日本軍と同列で比較はできませんね。足がかりとしては、どうかなと思いますが、踏み間違えると大きな過ちを犯すかもしれません。気をつけます。
スイスの事例については以前、小銃を使用した事件が多くなり、軍が何か対策を講じているという記事を目にしたことがあります。これは個人と組織の責任の取り方の違いを考える上で参考になると思えます。

最後のご指摘の通り、今回の質問は沖縄戦の背景を無視して単純化しすぎた答えを求めすぎていたようです。責任の所在がすっきりすれば、問題の本質が見えるかと思いましたが、これは質問者たる私のの認識が甘かったと知り、反省しております。また、このことに気付かせてくださったgatt_mk様には感謝いたします。ありがとうございました。

この質問に関しては、一度締め切り、私の頭を整理したうえで、必要であれば再度質問をさせていただきたく思います。
この場を借りてですが、他の回答者の皆様も、回答ありがとうございました。今後、この疑問にどう向き合えばよいか、足がかりが見えた気がいたします。

お礼日時:2007/10/22 00:10

条約や協定にその判断基準を求めることはできないと思います。



また責任を、刑事的責任や民事的責任や社会的道義的責任と分けて考える必要があると思います。

ただ、この沖縄の件をどの分野の責任として捉えるかは難しい問題かもしてません。軍事裁判の可能性もあるし・・・

例えば、オーム真理教の松本智津夫死刑囚は直接手を下してなく証拠なしの証言のみで死刑です。

今の時代なら暴力団の組長は直接組員に指示した証拠がなくても有罪になることがあります。

会社や軍隊などの組織では部下の犯罪や不祥事など直接責任がなくても監督責任や結果責任をとる形で責任が生じる場合もあります。

アメリカがイラクやキューバの基地で捕虜を虐待したことがありますがこれは現場で手を下した者が主に処罰されました。ラムズフェルドやチェイニーなどがジュネーブ条約対象ではないと勝手に決め国内の犯罪者の保護する法律の対象範囲外の海外の軍事基地で好き勝手やって良いという状況を作りだしたことに対してアメリカは道義的責任があると思います。

いろいろなことにいろいろな責任があるので簡単に答えは出せないと思います。
また多くの方は自殺されている事実を認め日本人として責任が何かを考え今後この様なことを起こさない様にするには何が必要かを深く考えることが重要だと思います。

最後に沖縄の方に対して盗んだ人と勝手な推論をしている日本人と思えない方は、ご自分の意見のように証拠を出してから言うと責任があります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
仰るとおり、単純に一つの責任で線引きできる問題ではありませんでした。私の頭の中では「命令違反で自決強要したなら個人が悪くて、組織は指導や管理の責任はあっても、自決そのものまで責にはないのではないか」と考え、それを補強する材料として条約判断を期待していたのですが、浅はかでした。私の言う責任そのものが、多様な形を持つことに思い至りませんでした。ご指摘は、目から鱗の思いです。
本当はポイントを差し上げたいのですが、締め切り直前で回答内容を精読する前にポイントを出してしまったもので。言葉での感謝でご容赦ください。
また、私の回答がご不快を招いたようで、また読み返してみて、自分でもひどいことを書いた思い謝罪いたします。戦争であれば、そういう事態もありえるかと思い、また軍人が敵兵や仲間の遺体から武器弾薬を補充した事の記述(小説や体験記などで、詳しく事実関係を調べたものではありません。小説にいたってはまったくのフィクションです)・戦国の落ち武者狩りなどのイメージから、憶測で記述してしまいましたが、配慮が足りませんでした。本当に申し訳ございませんでした。
回答者以外にも、本文を読んで気分を害された方全てに、改めて謝罪申し上げます。

お礼日時:2007/10/22 00:35

No.7の方に同感いたします。



悲惨だったのは当然わかるけど、悲惨だったからっていって国に責任があるわけでもないと思います。証拠が無い以上は。結局沖縄問題で騒いでいる左翼連中は中国、韓国、朝鮮がやってることとなんら変わりは無いのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
私は右でも左でもないですし、どちらの意見でも、私が納得できる意見なら信じてしまう性質なので、何とも言いかねますが。ただかの国が無茶苦茶を言うことがあるのは知っていますし、そういう意見は笑い話か、事実を調べる興味の元として使わせてもらっています。
質問の意図として、悲惨さは視点の外に置いて、純粋に個人と組織の責任の線引きをしたかったのですが、どうにも中々、思うような明瞭な線引きはできないようです。質問の事例が悲惨なだけに、いっそう困難なのですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2007/10/21 23:52

残念ながら、「手榴弾を誰から貰ったか?」はハッキリとしておらず


(直接見たり貰ったりした人が皆無)
軍側も 「住民に渡した」と言う証言も、証拠(命令書)も無い以上
一般には『盗んだ』と判断されます。

会社の備品(会社の車など)を勝手に持ち出して 事故を起しても
それで 会社の責任を問われる事はありません。

また、元OBが 多数の人数で暴行などを行なっても
それで 学校などが責任を負わされる事も ありえません。
(学校内部で犯行を練ったりして 学校側が感知出来る条件下なら 責任を追求できますが
 その組織に所属する人が多いだけでは 責任を追求できません)
例えば、密入国の中国人が多数いたとして、その責任を中国政府が負うと思いますか?


女/子供が死んだ責任を追及するのなら、その両親が一番の責任者ですね。
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この回答へのお礼

三度目の回答ですよね。ありがとうございます。No.3・6の方とは反対の方向性を持った回答は、私の考えのバランス(視点の偏り)を図る上でもとても参考になります。

手榴弾について、軍組織の立場で渡したという証言や物証はないのですか。戦災に遭われた方の証言は多く耳にしますが。渡したのは個人としての兵士ということでしょうか。もちろん、本当に盗んだ人も、拾った人も、死体から奪った人もいるでしょうけれど。
大量に盗まれたなら、現代人感覚で言えば、管理責任を問われる事例かなとも思えます。

中国の例に関しては、密入国している中国人を取り締まりはしないでしょうが、先の密出国の取り締まりは強化するのがあるべき姿ではないかと思います。password様の指摘とは、少しピントがずれているかもしれませんが。

改めて、三度もご回答いただきありがとうございます。

お礼日時:2007/10/21 23:44

#3です


この種の質問がいつも事実が有ったか無かったに終止するのであなたの質問の真意を少し取り違えてしまった気がします。
思い込みは真実を見誤ると言ったCMが有ったようですが、気をつけなければと思いました。

あなたの質問はある組織なり集団に属している個人が犯罪を犯した場合、それが組織の責任か個人の責任かの線引きは何処でするのか?ということですね。

私は軍律にも国の法律にもまったくの素人ですので絶対ということはいえませんが、私なりの考えでよろしければ述べます。

その線引きは私たち一般の国民が判断するにしても、国家機関が判断を下すにしても、その犯罪の規模と証拠(物的証拠が有ればそれにこした事はありません)が基準になるべきだと思います。

たとえば、つい最近広島で米兵の女性への乱暴事件が有りましたが、米軍は既に4人の身柄を拘束しています。
これは勿論日本の法律で裁かれるわけですが、もし米国の法律で裁かれるとしても米軍が関与したという事にはならないと思います。
しかし、この米兵が4人ではなく数十人であったり、乱暴された女性が集団であったり、また米軍の所有する銃またはその他の兵器を所持し、それを使って乱暴したなら、当然、軍の責任は問われると思います。

また、例が悪いですが、もし自衛隊員が一人で、何処かの家に強盗に入ってもその隊員の責任ですが、隊の制服のまま或は隊の車や武器を持っての強盗ならば、自衛隊としての責任は問われると思います。

沖縄の集団自決も、あのような大勢の人々が女も子供も軍の武器を使って自決したのですから、軍が解体して無くなった今、国家の責任は問われて当然と思います。
沖縄の場合、集団という事が犯罪の規模であり、手榴弾というのが物的証拠だと思います。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。文意をストレートに伝えられない質問文ですいません。

線引きを犯罪の規模と証拠を基準に行うというのは、確かに一つのやり方だと思います。社会的影響(反響)の大きさが、事件を個人から組織へ、責任の所在を変えていくのは正しい判断なのでしょうね。
また、米軍の実例や、自衛隊の例えも同じ武装組織として、考察の足がかりになると思います。実は私も同じようなことを考えたことがあったので。
ただ、その場合犯罪行為自体は犯した当事者のもので、自衛隊が追うべきは、人員や備品の管理能力の低さではないかと思うと、頭が混乱してしまい、明快にこうだと言えなくなってしまうのです。
たぶん、私があまりに厳格な線引きを求めすぎているのだと思いますが、反面では日本的感性に依存した考えかなとも思い、腑に落ちないのです。
同じ考えを持つ方がいてくれて、心強く思います。

お礼日時:2007/10/21 23:17

会社内部の行動としての不正行為は 会社側に監督責任がありますが


職種以外の行動については 会社に責任が生じる事はありません。
その程度の【常識】も知らない方が いらっしゃいますねw
(会社員と言えども、公務外で窃盗を行なった場合は 会社には何の責任も生じません。
 会社業務内部での犯行は 会社に監督責任がありますが、私生活まで監督する義務はありません)


また、原爆被害者や東京大空襲の被害者と 何らかわりが無いのに
ワザワザ偽造してまで 行なっている理由を全く知らない方もおられますねw
サイパンを始め 各地で 【連合軍による虐殺】を怒れ 自害した例はありますが
その責任は 侵略して来た側の責任ですね。
(中国等で『弄り殺された実例がキチンと伝わった』のは 日本政府の責任ではありませんね)


アメリカがインディアンを全滅させたり
中国で日本人民間人が虐殺しまくったりして
その結果 『辱めを受ける前に自害すべきだ』と日本人が考えても 別段 政府の責任にはなりません。
国際法上、違法行為を続けてきた『中国政府』などを非難すべき事態であって
『民間人を守れなかった責任』は 日本政府に問われる事はありえませんね。
(過去の事例でも 各占領地で住民が死んだ責任は 侵略側が負うのが 通例ですね)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
集団自決も、バンザイクリフなど、外地での自殺も、当事者の心境としては似たものかもしれないですね。手段が違うだけで、どちらも救いなく悲惨です。悲惨というなら、確かに当時の日本人ほとんどが、同様に悲惨だったのかもしれません。

沖縄の方が戦争を語り継ぐのは、その悲惨さを理解し、二度とこんな悲惨な状況を生み出さない努力をして欲しいからと、思っているのですが(一部にそれを利用しようとする輩がいるらしいことは、知っています)、偽造までする輩がいるとして、その理由はNo.3の方の指摘されたお金なのか、それを政治に利用しようとしているのか、もっと他の理由なのでしょうか?

質問の本筋ではありませんが、私の言う政府や軍の責任や罪というのはきっと、現在の視点から見た、心情論なのでしょうね。No.4の方のお礼でも書きましたが、これから抜け出すのは難しいです。

質問の意図から、外れ始めている気がしますが、もう少し、回答を募りたいと思います。

お礼日時:2007/10/21 15:12

>できれば、国際的な常識や過去の類似例の定説など、あればそれを含めてお教え願えないでしょうか。



それは回答不能な質問ではないでしょうか?軍というのは国が組織しているものを指しているのですよね?その軍は国家に所属している前提になるわけですから、国の法律や憲法などによっても持っている権限は違います。

また国の成り立ちや人種分布などによっても考え方は変わります。日本のような単一民族であれば、多くの人が同一思考になりやすい面が高いですが、人種や文化背景がバラバラであれば、たとえ軍人の命令であってもそれに従うとは限りません。
だから軍が正式に命令として下した事実がない限り、たとえ軍人からの指示であったとしても、軍の命令ではなかった言わざるを得ないのだと思います。
常識といえるのは唯一それだけだと思います。

一番問題なのは当時の事実を今の常識で判断する点です。沖縄の人々を集団自決に追いやったのは軍人個人でも日本軍でもありません。その当時の日本人全員の意志と考えなければなりません。なぜなら、そうしなければ日本国家が維持できないとみんなが思っていた(思わされていた)わけですから。その国家を作り上げたのも国民です。
その責任を後世の日本人全員が負っていくことが重要なのではないかと思います。教科書には「国民全員が沖縄の人たちを集団自決に追い込んだと言える。」と書けばいいと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに軍隊というものを十羽一絡げに判断はできませんね。インドと日本の軍隊では制度比較もできませんし。質問として不適格かもしれません。
また、どんな軍法も法律も条約も、理性に裏付けられた行動を基準に定められているなら、地獄のような場所では適応できないのかもしれません。どうなんだろう。
「一番問題なのは…」以下のご回答は、私の考えととても近いようにに感じます。今の視点から抜け出そうと意識はしているのですがなかなかうまくはいかないようです。

お礼日時:2007/10/21 14:37

こんにちは


この問題については最近特にこのネット上では本質が何かずれているように思います。
集団自決に強要はなかったとか軍の関与はなかったと言ってる人たちは沖縄県民が政府からの保証をもらいたくて言っているとの前提に立って否定していますが、私は(認識不足かもしれませんが)、そのようなことは聞いた事がありません。
ただ少数の元軍人が、<沖縄県民に遺族補償をもらうために強制があったと言って欲しいと頼まれて証言した>と言い出した事が発端です。
しかし強制という言葉が削除される以前も以後も沖縄県民がそのような要求をしたとか、政府から補償が出ているとかという話は聞いた事がありません。
沖縄県民が主張しているのはあくまでも歴史を歪曲しないで欲しい、真実を教科書に記載して欲しいと言っているだけだと思います。
ましてや、責任の所在を誰かに求めているとは聞いた事がありません。
しかし、現実問題として軍の関与があったとすれば国に責任がある事は確かであり、国はその結論を忌避したいのは事実でしょう。
しかしそれよりも私たちは現実に起きた事<自決した人たちが厳重に管理されるべき手榴弾という軍の武器を持っていた事、武器を持たないものは野良仕事の鎌や包丁などで我が子を殺し自決したこと>を厳然たる事実として受け止める謙虚さが必要だと思います。
辛い事実を認め受け止める事が二度と同じ間違いを起こさない事につながると思います。

この事をお金にしか関連づけて考えられない人たちを同国民として非常に恥ずかしく思います。
また、質問者の方は条約や協定での判断が知りたいとおっしゃいますが、このような、国が関与しての集団自決という事例を知りませんので私はお答えする事は出来ませんが、ひょっとしてどなたかの回答にはあるかもしれません。
いずれにしても、再度書きますが、沖縄県民は誰かに責任を求めているわけではありません。
きつく聞こえましたか?もしそうならすみません。

この回答への補足

手榴弾の件については、映画や本などで見聞きした記憶があります。
それが、個人の判断で配布されたか上層部の命令で配布されたか。もし個人の判断であれば、そのことについて個人の罪であるか、組織も渡した行為(自決強要)それ自体に個人同様責任を負うものなのかを、ご教示いただければ幸いです。
ただの知的欲求というか好奇心で責任の線引きはどの辺りなのかを、知りたいです。

補足日時:2007/10/21 14:13
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この回答へのお礼

回答くださりありがとうございます。特にきつくて凹んでしまうような文言はありませんでしたよ。気遣っていただきありがとうございます。

私は現在の政府から沖縄で、戦災に遭われた方個人に保証金が出ているという話も知らなかったので、金目当ての狂言という説があるのを初めて目にしました。その手のお金は、県に振興促進資金として払われるものと思い込んでいたもので。勉強になりました。
ただ今回の教科書の記述問題には、政治的要素があるのではないだろうかとは考えています。無論、すべての人ではなく、ごく一部の人たちで、真摯に個人の体験を伝えようとしている方は、迷惑しているのだろうと推察していますが。
しかし歴史の真実という上で、なぜそれが起こり、責任の所在がどこにあるのかを考察することは、無為なことではないと考えます。特に同じ過ちを繰り返さぬためには。などと言っても、本当はただ私の好奇心や欲求を満たしたいというのが、本音なのですが。

お礼日時:2007/10/21 14:13

軍の命令と称して軍人が勝手に命令しても、命令された者に確認のしようがありません。


また、当時の捕虜になる事を禁じたりする教育の影響もあります。

そういった教育をしてきた事。
命令の真為を確認できないシステムを作りあげた事に対して責任が無いとは言わせません。
軍や政府が、人命を非常に軽く見ていた事が、最大の原因です。

軍に責任が無いという人は、年金での個人の横領が多いのは、個々の責任であり、社会保険庁は、全く悪くないというのと同じです。
簡単に横領でき、それを確認する事もできないシステムを続けてきて、時効で責任追及できないのも、社保庁に全く責任が無いと言っているのと全く同じです。
薬害エイズ問題でも、政府は「放置せよ」との通達を出しているのではなく、見て見ぬふりをしていたのです。
質問者の考え方では、その場合でも「政府に全く責任が無い」と言っているのです。
旧日本軍は、そもそも国民の保護をする事を全く考慮していませんでした。
大切なのは、天皇と一部有力者の保護と、軍組織の維持と拡大だけでした。
そのためには、国民が何万人死んでも何も感じない組織を創り上げたのです。
そんな組織に属していれば、必然的にジャマな住民抹消を考える者もでてきます。
そういった事に関しての責任は重大です。

最近話題の消費期限の偽装問題でも全く同じ構図です。
会社上部では、直接命令する事はなくても、口頭や雰囲気で部下に実質的に命令した場合に、会社上部の責任は無いというのでしょうか。
部下に責任を押し付けて世間は納得しないのは、ミートホープや白い恋人などでも明らかです。

日本軍だけでなく、現在の日本企業、戦後日本で最も問題なのは、本来責任を取るべき人が、全く責任逃れに終始している事です。

アメリカ軍のレイプ事件を例にあげている人がいますが、アメリカ軍人のレイプの場合でも、基地の司令官などが陳謝しています。
常識的な人間であれば、部下の責任であっても謝罪するのが常識です。
沖縄戦の自決強要問題で、部下の責任として責任回避をはかる人は、人間のクズであると断言します。

この回答への補足

質問文が悪かったようで、誤解を与えてしまったかもしれませんので、補足させていただきます。現段階で私は、軍も悪いと考えていますし、国家も悪いと考えています。回答内にある事例についても、相応の罪を負うべきと思います。
ただ、集団自決について軍(あるいは国家)が悪いのは、沖縄戦をあのような環境で(結果論で過程を批判するのは良い事ではないですが)戦う状況にしてしまったことであり、回答内にあるようなシステムや風潮を放置したことにあると考えています。自決に関する責任は、現在質問させていただいている通りです。
以上を踏まえた上で、再度お知恵を拝借できれば、幸いに存じます。

補足日時:2007/10/21 12:39
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この回答へのお礼

回答くださりありがとうございます。
また、質問文の意味が汲み取りにくい文章であったこと、お詫び申し上げます。
お礼というか、回答を読ませていただいた感想なのですが、私自身が個人の犯罪をどこまで組織の責任として問うのかに、大きな迷いを抱いていますので、ご回答の内容を咀嚼し、まとめるのに随分と考えてしまいました(あれもこれもと思考が拡散してしまって)。
私の現在の状況は補足に書いた通りですので、再度お知恵を貸していただければ、幸いです。

お礼日時:2007/10/21 13:49

軍人と言えども 個人的に行なった犯行は、個人の責任です。


(アメリカ軍人のレイプ事件も、アメリカ軍の責任では無く
 個人的な犯行となり、個人が裁かれます)

軍の組織として行なった場合、軍組織の責任となり
その責任は 上層組織の国家が負う事になります。
この場合、命令書などが存在している事が多く
それを根拠に国家賠償や恩給などが受けられる事になります。


尚、戦争に勝った/負けた自体、軍法会議以外で裁かれる事は少なく
「戦争をした責任」を問われる事例は 殆どありませんね。
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この回答へのお礼

「軍人と言えども 個人的に行なった犯行は、個人の責任です」はまさにその通りだと思います。個人の責任で行った行為は個人が責任を負うべきでしょう。
また、正式な命令系統から発せられた命令による被害の補償は、国家が行うのも、当然だと思います。この認識は当たり前ですよね。
「戦争をした責任」については同様に考えています。国権としての戦争の権利を行使することそのものに、異を唱えるわけではないです。ただ曖昧な達成目標だけ掲げて、国益のために最善を尽くさずに戦争を始めるなら、勝ち負けに関わらず、それは国家に対する罪ではないか、と思うのですが、どうでしょうか。

回答くださりありがとうございます。

お礼日時:2007/10/21 11:58

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