質問投稿でgooポイントが当たるキャンペーン実施中!!>>

十字軍といえば神の名において行われたという悪名高き侵略軍として有名ですが(個人的に世間一般の認識として思っていますが)宗教騎士団である聖ヨハネ騎士団、テンプル騎士団などの騎士たちは、ほかの十字軍兵士たちのように、略奪、強姦などの行為を行ったのでしょうか?
また、騎士団に所属していても、騎士ではないひとたちはどうだったのでしょうか? 詳しく教えていただければ幸いです。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

十字軍と一口に言いますが、大規模な略奪行為が有ったのは、第一回十字軍に関してであり、他は大規模なものは起きていません。



第一回十字軍で虐殺行為が多かったのは、十字軍に参加した人のほとんどが他国の状況を知らなかった事に由来します。
その他に、
民衆十字軍などは、キリスト教国であるハンガリーで略奪をしてハンガリー軍にけちらされています。
これは、補給物資も物資を購入する資金も無く出陣したためです。
また、ビザンツ帝国領内を通過する時、ビザンツ帝国軍が交通整理を行っています。
これは、数日滞在すると近隣の食料を食べつくしてしまうため、一ヶ所に滞在しないように、また部隊ごとに違うルートを通る事により、食料の無くなった地域での略奪行為を防ぐ目的で行われました。
しかし、ビザンツ領内をぬけると、交通整理を行う者もなくなるため、勢い略奪行為に走りました。
また、十字軍に参加した兵士・騎士たちは、宗教的使命に燃えており、ビザンツ帝国軍が、イスラム兵を捕虜にする事を、神の使命に背く行為と考え、ビザンツ領外での同行を拒否し、捕虜は全て殺害し、イスラムの村々を略奪・虐殺して進軍します。
これは、当時のヨーロッパでは当たり前の行為というより、正義とみなされていましたので、騎士であろうと積極的に参加していました。
エルサレムが陥落した時には、市内の住民で生きている者が全くいなかったとも言われています。

状況が変わってくるのは、十字軍国家が設立されてくるようになってからです。
エルサレム王国を初めとする十字軍国家では、国民がイスラム教徒であっても略奪・虐殺する行為は、自国の勢力低下につながります。
そのため略奪や虐殺などは、急激に減ってゆきます。
第2回以降は、こうした十字軍国家が間に入り、虐殺・略奪は少なくなります。
テンプル騎士団も、ヨハネ騎士団も、エルサレム王国の管理化に入り、略奪などは以後しなくなります。
    • good
    • 0

テンプル騎士団についてはかなり蛮行があったようです。

テンプル騎士団の「白地に赤十字」は、その後も異教徒の恐怖の対象でした。

聖ヨハネ騎士団にもなにがしかの蛮行はあったと思いますが、神殿騎士団の様な組織的な物ではなかったと思います。と言いますのは聖ヨハネ騎士団は別名「ホスピタル騎士団」とも言いまして、宗教の如何を問わず、傷病者の救護にあたったそうですから。

ただし、彼らは騎士である前に聖職者でしたから、略奪も強姦もそれほどおおっぴらに行ったとは思えません。仮にも清貧・貞潔・従順を旨とする誓いを立てていますので。
ただ、略奪行為については後年、イスラム商船などに対する海賊行為は行っていたようです。奴隷売買なども行っていました。

騎士団に所属する騎士以外の人は、多くは従士従卒として従軍しました。一人の騎士に付き、十人程度の従士が付いていたようです。

ほかに、学問の得意な物は修道士として財産の管理など、司祭は霊的指導を行ったそうです。
    • good
    • 1

詳細な資料は分かりませんが、実質的にはあったと思います。

そもそも、当時の戦争(というかつい100年かそこいらくらい前まで)は食料などは現地調達が基本でした。わざわざ敵地にやってきて敵国民から食料を買う理由は全くないわけです。そこに小麦が食べごろになっていたら、刈り取ってパンにしてしまえばいいわけです。これは現代の感覚では略奪ですが、当時の感覚では「戦争なんだから当然」の行為なわけです。これはおおむね洋の東西を問いません。「戦争は国を荒らす」とはそういうことなのです。

また、当時の感覚では異教徒というのはそもそも同じ人間ではない、というふうに考えるのが普通でした。これはキリスト教徒もイスラム教徒も基本的にはあまり変わりません。私たちはゴキブリを潰すのに躊躇はしませんね。しかしゴキブリは噛み付くわけでも毒針があるわけでもなんでもないのに私たちは目にすると全くためらうことなく殺します。異教徒というのは、ゴキブリと同じです。目に付いたら殺してもかまわないんです(あくまで極論ですが、感覚的にそういうものだと考えてください)。
だから逃げ遅れた異教徒の女を強姦して殺したからといってもたいして気にも留めなかったと思います。感覚的には、虫を捕まえて脚をむしって遊んで殺したくらいの感覚だったと思います。
そもそも十字軍が発生したきっかけは神の代理人であるローマ教皇が絶大な影響力を持つようになり、神の名においてエルサレム奪回を呼びかけたことがきっかけです。当時、教皇のいうことは神がいうことと同じでしたから、当時の人はあまり躊躇しなかったと思われます。
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q十字軍がイスラムに嫌われる理由

イスラムのテロリストたちによって、十字軍が悪の象徴とされているようです。
十字軍というのはイスラムに対して何をしたのでしょうか?
歴史上侵略戦争はよくあることですし、ことさら十字分が特別なことをしたとは思えないのですが。
しかもずいぶんと昔の話ですね。

十字軍がイスラムに嫌われる理由を教えてください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

欧米のキリスト教国はイスラムに対して自分達の価値観を押し付けてくるから嫌いなのでしょう。
特にアメリカは自分達の民主主義の制度が一番正しいものであり、国王制で女性を虐げているイスラム社会は間違っているとして自分達の価値観をイスラムに当てはめようとしますね。
しかしながらイスラム社会は欧米から見ると正しく無いかもしれないですが、彼らは彼らなりに幸福で平和な暮らしをしているのだから『放っておいてくれ!』と言いたいのだと思います。

欧米のキリスト教国は、昔から世界各地で平穏に生活している現地人を力で押さえつけてのし上ってきた歴史がありますから、イスラム各国はそういう欧米強国の体質が嫌なのでしょうね。
今のイラク戦争にしても大量破壊兵器を所有しているという大義名分で始めたのに結局は何も無かったですね。
フセイン大統領を倒すために結局はイラクが泥沼状態になってしまった訳ですし、アメリカは単に石油の利権が欲しかっただけみたいだし、イスラム各国にとっては奇麗事を云って実は自分達の利益しか考えていないアメリカは嫌いでしょうね。

十字軍というのはそうした欧米キリスト教国の押し付けがましい体質の象徴ですね。

欧米のキリスト教国はイスラムに対して自分達の価値観を押し付けてくるから嫌いなのでしょう。
特にアメリカは自分達の民主主義の制度が一番正しいものであり、国王制で女性を虐げているイスラム社会は間違っているとして自分達の価値観をイスラムに当てはめようとしますね。
しかしながらイスラム社会は欧米から見ると正しく無いかもしれないですが、彼らは彼らなりに幸福で平和な暮らしをしているのだから『放っておいてくれ!』と言いたいのだと思います。

欧米のキリスト教国は、昔から世界各地で平穏に...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qイエス・キリストの死亡日はいつですか?

イエス・キリストの亡くなった日は何年の何月何日でしょうか?
処刑された日のことです。
13日の金曜日であったのは作り話だという話を聞きましたが。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

聖書『ネヘミヤ記』第二章1節に「アルタシャスタ王の第二十年、ニサンの月」と書かれておりますがはっきりはせず、処刑されたのは、西暦30年4月7日金曜日と推定されています。

Q女ですが学歴コンプレックスです…

私は高卒です。社会人になった今でも学歴が気になって仕方ありません。
年数が経てば気にならなくなるだろうと思っていましたが強くなる一方でした。
家族からは病気だと言われるくらい酷いようです…。

うちの両親は昔から高校まで出れば十分だという考えです。
手に職つけるために専門学校ならいいがそれ以外は駄目だと言われていました。
「高校を出たら働きなさい」「大学や学歴なんて今時関係ない」
という教育を受けていたのでそれが当然なんだと思い込んでいました。
でも実際は全然違いました…。
逆に、親が大学に行けというから進学したという人が多いように思います。
周りの友達はほぼ進学してるし、職場の人も最低でも専門卒です。
学歴関係ない仕事をしていますが大卒に見下されることもあって辛いです。
進路を最終的に決めたのは自分ですが、身近な人の影響や家庭環境は大きいです。
元から出来が悪くて進学させても…という子ならわかります。
しかし私は当時、先生からは公立大学も無理ではないと言われていました。
勉強も好きでした。高校時代は勉強しかしてなかった気がします…。

完全に学歴コンプレックスです。
大学生を見る度に自分が大学生じゃないことにガッカリするし、
相手が大学生、大卒とわかると距離を置こうとしていまいます。
「どうせ高卒を馬鹿にしてるんだろう」と被害妄想に陥ってしまうんです。
ネットで「高卒女は恋愛対象外」「低脳」と叩かれているのを見ると悲しくなります。
学びたいこともあるので、これから大学に行こうとも考えましたが今年で23歳です。
女性の場合は結婚出産とあるので20代後半からの就活は厳しいと聞きました。
夜間部のある大学は調べましたが近くにありません。
通信制の大学は検討中ですが、学部が限られているため学びたいものがありません。

学歴コンプレックスを解消するにはどうしたらいいのでしょうか。
相手(友達や彼氏)には学歴は全く求めてません。自分に満足がいかず自信がないんです。
仕事を辞めて大学に行くしかないのでしょうか。
長文失礼しました。アドバイスよろしくお願いします。

私は高卒です。社会人になった今でも学歴が気になって仕方ありません。
年数が経てば気にならなくなるだろうと思っていましたが強くなる一方でした。
家族からは病気だと言われるくらい酷いようです…。

うちの両親は昔から高校まで出れば十分だという考えです。
手に職つけるために専門学校ならいいがそれ以外は駄目だと言われていました。
「高校を出たら働きなさい」「大学や学歴なんて今時関係ない」
という教育を受けていたのでそれが当然なんだと思い込んでいました。
でも実際は全然違いました…。
...続きを読む

Aベストアンサー

『大卒』というステータスだけが欲しいのなら仕事を辞めてまで進む道ではないと思います。
卒業した後の就職なども当然不利ですし、動機も後手後手となりきっと人生の一貫性が失われる事でしょう。
ただし『勉強をして変わりたい!』という向上心の欲求に起因するものであればリスクを恐れず、
大学に行き新しい人生を切り開くべきだと思います。

20代前半は自分も全く同じで周りの人達とは住む世界が違うようなコンプレックスを
抱いていました。(当方高卒です)
相当悩んだ結果大学には行かずに仕事を続けながら簿記1級→税理士と資格取得に取り組み
今はそれなりに自信も持てて胸を張れる仕事はしているつもりです。
 振り返るとその酷い学歴コンプレックスが大きな原動力となって仕事や勉強のモチベーションを
維持していたと思います。

大学に進んで学びたかった事を思いっきり勉強できる環境が整った時に、あなたのそのコンプレックス
はきっと大きな原動力になると思います。自分に自信が付くと物事の考え方も変わると思います。
しかしながら安易な判断だけはしないように冷静に考えてくださいね。


人気Q&Aランキング