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全てまたは多くの宗教に共通するものとはなんでしょうか?

個人的予想では慈愛の精神、天へのあこがれ、
救済、不殺生といったものが候補に挙げられるのかなと思
うのですが、どうでしょう。
宗教に詳しい方お願いします。

A 回答 (10件)

【経典が存在する】 経典が存在しない神道は、従って土着信仰のひとつ。



【帰依する】 説く教えに対し、何の疑いを持たず従わなければならない。

【すべてがひとつのものから生まれている】 すべては神なる存在(創造主)がつくり出した、よってすべてのものは神の支配下にある。もしくは、森羅万象あらゆるものが神、仏という宇宙生成と同根のものを持つと考える。

多くの宗教に共通するものとしては、この三つしか思い当たりませんでした。
「救済」「不殺生」といったものは、宗教によっては捉え方が違ってきますからね。たとえば「ポアする」という言葉を使っていた低俗な新興宗教があったでしょう。釈尊をベースとすると言いながら、釈尊が最も強く戒めたものを、いとも簡単に行なっていた連中が。
またキリスト教的なものは、仏教とは違い、人間のみを捉えた人間優位の宗教だと言うことができるかもしれませんね。血塗られた歴史もありますから。
キリスト教徒さんから反論を受けそうですが、仏教にはキリスト教が行なったそれはありません。キリストが死んだときの姿、仏陀が死んだときの姿の違いが、そのまま現われているのでしょう。
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「祈り」ではないでしょうか?私はそう考えています。


祈りといっても、儀礼を伴うもの、そうでないものがあります。
宗教研究者の数だけ「宗教」の定義があると言える状況なので、
なんとも言えません。そういっていては、議論にならないのですが・・・

この回答への補足

みなさんありがとうございます。
様々な観点からのご指摘とても参考になりました。

補足日時:2001/02/10 15:10
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 専門家でないのですが、以前美術に関わる仕事をし、様々な宗教主題の作品や作家に関わったとき感じ、考えたことを書きます(私自身はなんの宗教にも属してません)。


 ただ、ご質問が教義中心、かつ全てまたは多くの宗教、となるとストレートな答えを探すのは困難かと思います。旧約聖書、神道などいくつかの宗教教義では不殺生、慈愛や死後に関して漠然としている部分も見受けられます。また身近な森や山を信仰し超越的な意味での天に対する感覚のない宗教もあります。
 基本的な共通項として大雑把に挙げられるのは、「宗教の教義発生は共同体的なもの」という点かと思います。その共同体が暮らす地域の自然環境(風土)や政治的な部分、慣習的な部分等々(その地域の人々の広い意味での生活)に、単純な自然発生的ではない、正当な理由や根拠を与えようとするものかと思います。
 実際の生活からでた宗教的感覚が、共同生活を上回る基準倫理として機能すると、先に書かれている方がいるように、別の思考回路の人間に排他的(共同体の内でも外でも)になりますし、生活を上回らなければ日本のような世間的感覚に満ちた寛容な感じになるかと思います。生活を上回る基準倫理というのは、個々人の生死や生理的な恐怖や安心にも深く介入しながら共同体をより強固にしていく働きです。この倫理基準は政治的な意味合いをもったり、個人の思考の根拠になったりします。
 あと、共同体の外の脅威(侵略的外的や資本主義)にさらされたとき(これまでの生活が脅かされそうになるとき)、宗教が、民族、共同体等の概念といっしょになって浮上しやすいことが多いのも、宗教の大雑把な特徴の例証かと思います。
 世界的宗教(原初は当時の新興宗教)といわれるものは、たいてい宗徒が増えるときに政治的、あるいは流通的、文化的な経緯(総じて言えば生活の変化)があります。経緯のなかで旧来の宗教が新しい宗教に、あるいは新が旧に影響を受け教義が変わっていくことが多々あります。そうした中で大きな宗徒(地域)を抱えるいくつかの教義間ほど、共通した理念がでてきやすくなりはします。
 余談ですが、最近の日本の新興宗教に関して。経営者の方でなく、信じている人と話す機会(複数の宗派)を無理やりもたされたことがあるのですが、ああ、この人たちは不安や恐怖をとり現世的利益がもらえる新しい集合体=共同体(生活基準)を求めているんだな、と思ったことがあります。そういった意味では宗教は私も含め誰でも入信してしまう危険のあるものだな、とも思いました。今は新興宗教は基本的に「悪い」と決めつけるメディアが洗礼する宗教(共同体基準)が主流ですが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とてもまとまっていて参考になりました。’

お礼日時:2001/02/10 15:08

できるだけ大きなくくりで共通点を探すなら、「人間は死んだ後こうなる」と教える点でしょうか。

死について考える、自分が死んだ後どうなるかを考えるというのは、どうやら人間にしかない能力のようです。そして、生きている人間は誰もまだ(本当の意味で)死んだことがないので、その後どうなるかということを実感できません。これは、たいへんな不安をもたらすことです。そこで、どんな形であれ「こうなるんだよ」と教え導く宗教が誕生し、多くの人の心をとらえてきたわけです。
なおこれと同時に、超越者(神)への絶対的帰依を求められる場合が多いようです。これは死後の救済という概念に人間心理として必ず付随してくるものなのか、教団などを維持するために必要とされているのかは、ちょっとわかりません。ほぼすべての宗教に共通しているところを見ると、前者ではないかと思うのですが。
関連して、死後をよりよくするという名目で現世を道徳的にすごすための教え(慈愛や不殺生)を持っている場合が多いようですが、必須条件ではないように思います。
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生老病死、世界の始まり、終わりなど、様々な物事に対する考え方(疑問に対する答え)を提供すること、でしょう。


時には、答えが無いという答えもあります。
「教義を信じる事によって、初めて真実が分かる」という論理を用いて、教義を真実だと信じさせる、強引なやり方もあります。
歴史が長く、多くの人に信仰されている宗教は、
「教義を実践する、真実に近づく」という目標を置くことで、信者が生活する社会を教義に従った世界観の元に形成しています。
慈愛、不殺生は、その宗教が生み出す社会が破綻しないための道具だとも考えられます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とても説得的でした。

ちなみに
>慈愛、不殺生は、その宗教が生み出す社会が破綻
しないための道具だとも考えられます。

この根拠となる事例がありましたら教えてください。

お礼日時:2001/02/10 14:45

貴賎貧富問わず人から施しを受けて存続しているのに、それをを受けることを当然のごとく考えているところ。

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宗教に詳しくはないし、宗教に入っていませんが


感じる所。
*自分や他人のことを信じられなくなった人が何かを(実体のないものも)
信じる為に入る
*心の安定・拠り所を求める
*集中しすぎると自分の世界が狭くなる

こんな傾向がありませんか?
不勉強なのにナマイキなこと言うようですが。
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僕は,先祖代々仏教徒ですが,某(新興)宗教団体に騙されている知人を見ていると,(新興)宗教に共通するものとして,次の3点が挙げられるでしょう。



1.人知を超えている。
  (信心すれば病気が治る,幸せになる...など。実際は逆なんですけどね!)
2.絶対に立ち入れない前提がある。
  (「教祖が正しければ」という絶対に立ち入れない踏み込めない前提の基に成り立っている。実際はそいつらは信者をだましている詐欺師なんですが...。)
3.信者を洗脳する。
  (おまえ,このままだと一生教祖の奴隷としてだけの人生で終わるよ!って言っても聞く耳を持たない。洗脳されて非常にNASAけない人格になっている。)

まあ,こういったトコでしょうか。
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人間の有限性を説き、人間の意志や努力では変えることの出来ないことに対し、謙虚になることを教えてくれると思います。

結果的に、捉え方は宗派によって異なりますが、「死」についての位置づけがでてくると思います。
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他を排除しようとする動きが生まれるところ。

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