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量子力学においては、波動関数の収束という解釈にせよ多世界解釈にせよ、「観測」によって量子的重ね合わせ状態がある一つの状態に確定する、または多世界の一つが選択されるとされています。
そこでマクロの世界にまで量子的重ね合わせ状態が存在するのか?というのが「シュレディンガーの猫」という思考実験なわけです。

「シュレディンガーの猫」の実験を下記のように少し変更してみたらどうなるか?
(1)猫のかわりに人間が実験台になる。人間だから猫を殺す毒ガスが出るかわりにランプが点灯するような仕掛けにしておく。箱の外の人は開けてみて彼にどうだったか聞くまでは結果が分からない。
(2)猫の実験結果を1人の実験者が観測するが他の実験仲間には教えない。
(3)これが「シュレディンガーの猫」という実験であることを知らない者が観測し猫の生死を知る。

(1)に於いては被実験者は結果を知り彼にとっては量子的重ね合わせ状態は存在しないが、箱の外の人間には開けてみるまでは分からない。それらの人々にとっては量子的重ね合わせ状態はいぜん存在するのか?
(2)に於いても同様。結果を観測した人間以外には人間には量子的重ね合わせ状態はいぜん存在するのか?
(3)に於いては観測者は実験の意味を知らないという点では猫と同等なわけで、彼が観測して量子的重ね合わせ状態が解消するならば、そもそも猫が死んだ時点で量子的重ね合わせ状態は解消するのではないか?
つまりこの「シュレディンガーの猫」というパラドックスはもとより起こりえない。

それともこれらは結果(波動関数の収束でも多世界選択でも)は出ているが単にそれが確認できてないだけで、量子的重ね合わせ状態の不確定さとは別の問題として解釈するべきなのか?
自分としては特に上記(3)が気になっているのです。人間と猫とどこが違うのか?

参考になる意見を頂けたら嬉しいです。

gooドクター

A 回答 (8件)

#7です。

結局同じ事を言ってるのかもしれないな、と感じ、質問者様の意図を誤解しているかもしれないので、論点をまとめてみました。

>「シュレディンガーの猫」をガラス箱を用いてやれば、猫が死ぬ・死なないは直接観察できるからパラドックスも起きない。(#6の補足より)

 結果としては、私もそう思っています。何故なら、

>密閉した箱と何が違うのか?ガラス箱の方は外からの光の作用で波動関数が解消されたのか?そんなわけはない。(#6の補足より)

 結果としては「違うわけはない」です、私も。理由は、箱の蓋を開ける前に、観測結果は確定していると思えるからです。

>本質的にはパラドックスでないことがパラドックスのように語られた。(#6の補足より)

 だとすれば、そうですよね。ただ私は「シュレーディンガーの猫」の、次のような歴史的経緯は、無視できないと思っています。

 量子的結果に関する現在の標準的解釈は、コンペンハーゲン解釈とフォン・ノイマンの観測理論に基づいています。この二つの最大の問題点は、コンペンハーゲン解釈は物理学に、認識論が実在を支配するという考えを持ち込んだ事と、フォン・ノイマンの観測理論は物理学に、少なくとも意識を持った観測者を要請した事だと思っています。
 二つの考えを正直に適用してゆくと、ミクロ/マクロの境界を確定するのは不可能である事から、巨視的な系である「猫」という生物にさえ、量子的重ね合わせ状態を適用せざる得なくなるという、二つの考えの問題点を、非常に象徴的に示したのが、「シュレーディンガーの猫」ではないでしょうか?。
 象徴的であるだけに、確率の混同だとか、思弁にすぎないとか、色々言われるわけですが、私は、量子力学の観測理論の本質を捉えた、非常にスマートな議論だと思っています。

 以上の事柄に対する常識的な解決策が、デコヒーレンス理論だと思っています。そこで解決できない事は以下です。
 ・実在が確率的である理由.
 ・実在は観測結果に依存する事もある(EPR相関).
 ・波動関数の収縮のからくり.

 次に前提とする事は、
 ・自然は無目的かつランダムである.
 ・従って、コヒーレンス状態は(重ね合わせ状態やEPR相関)は、自然散逸し、波動関数はべらぼうに高い確率で、古典的結果に一瞬で収縮する.

>世の中のあらゆる系は重層的で「観測者」もまた高次の「観測者」に観測される。その「観測者」もまたもまた。。。
逆に「観測者」を遡っていくと相互作用する素粒子そのものとなる。(#7の補足より)

 よって、デコヒーレンス理論をもし認めれば、意識を持つ持たないに関わらず、「観測者」が不要になります。
 わからない事は色々ある上に、物理的実在は既に「古典的実在」ではあり得ない事も認めるが(ベル・アスペの実験)、それでもその実在の相互作用のみに基づいて、観測問題を解決できるという見込みを示したのが、デコヒーレンス理論の価値だと思っています。
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この回答へのお礼

長々とお付き合いありがとうございました。
この場を借りまして他の回答者の方々にもお礼申し上げます。

お礼日時:2008/02/22 05:31

>量子力学的不確定性というのは、・・・観測(何かとの相互作用、干渉)して結果が確定するまではいつまでも不確定な状態であるのが現実の実体であると、EPR相関の実験で確かめられています。



 自分もそのように考えています。

>「シュレディンガーの猫」は実験台の猫にとっては生死しかないわけで・・・

 どうしてですか?。上記を認めるなら、何かとの相互作用、干渉が生じるまで、生物としての猫も不確定な状態にあるはずです。

>ガラス箱の方は、外からの光の作用で波動関数が解消されたのか?そんなわけはない。

 基本的にはそう思っています。もちろん暗箱でも結果は同じです。何故なら、暗箱だとしても空気との相互作用があります。
 猫に宇宙服を着せて、空気を抜きます。宇宙服は毒ガスとチューブでつながってます。それでも暗箱の壁からの熱輻射や猫自身の体内の熱運動があります。
 系を絶対零度に冷やします。それでも周辺環境から電磁波が来ます。重力があります。
 箱を銀河から十分離れた宇宙空間に置いて、宇宙線も遮れるような覆いを被せます。当然、宇宙背景輻射も遮蔽できます。覆いの質量から重力を受けないように、覆いは箱に対して銀河くらいでかいとします。それでも中間子が来ます。
 覆いが十分厳重なら、中間子も遮蔽できるでしょう。それでも真空の量子的揺らぎが残ります・・・。

 何を言いたいかというと、EPR相関の維持は、こっぴどく難しいという事です。なので、放射性物質が検出器に衝突した時点で観測は成立している(毒ガス噴射状態に収縮)、と思えるのです。放射性物質が検出器を素通りした場合でも、上記の外乱が波動関数を解消するので、やはり観測は成立する(毒ガス噴射していない状態に収縮)。もちろん波動関数の収縮のカラクリは、あいかわらずわからない訳ですが。

 もしEPR相関の維持がそんなに難しくないなら、量子コンピュータは、とっくに実用化されているはずです。

この回答への補足

実験台の猫にとってはなにもパラドックスは起きないが、観測者にとってはパラドックスになるというのは、ある種言葉の綾で、この問で回答を頂いた「ウィグナーの友人」というパラドックス的に考えると、世の中のあらゆる系は重層的で「観測者」もまた高次の「観測者」に観測される。その「観測者」もまたもまた。。。
逆に「観測者」を遡っていくと相互作用する素粒子そのものとなる。

補足日時:2008/02/16 00:34
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>この問題(実験)の被験者になるのは別に「猫」でなくてもいい、無生物(検出器)でもいい。



 無生物(検出器)でも良い。そう思います。さらに検出器は、粒子1個で出来てるような、単純なものでも良い。なので「猫」と名づけた検出器の固有関数はあると思います。

>実験結果を知るまでは箱の外の人にとっての(猫の?)波動関数は確定していない重なり合わせ状態にある。

 放射性物質が検出器と相互作用するまで、検出器の「検出状態」と「非検出状態」の重ね合わせは現実に起きている。しかし重ね合わせは、一瞬で収縮する。放射性物質は、手近な検出器と衝突する確率がべらぼうに高いから。
 結果として#3さんと同じ結論になります(確率の混同ではないと思っていますが)。放射性物質が検出器に衝突した時点で観測は成立している。

>測定結果を知ったら過去に遡ってそれが確定した

 従って、箱を開けたときに過去に遡って、結果が確定するわけではない。波動関数は確定していないように思えるのは、たんに結果を知らないだけ。

 ・・・と思ってるんですが。

この回答への補足

量子力学的不確定性というのは、結果は出ているけれどただそれを知る術がないから不確定、なのではなく観測(何かとの相互作用、干渉)して結果が確定するまではいつまでも不確定な状態であるのが現実の実体であると、EPR相関の実験で確かめられています。
「シュレディンガーの猫」は実験台の猫にとっては生死しかないわけでパラドックスはない。ようは解釈問題に過ぎないのかなというのが今のところの考えです。
「シュレディンガーの猫」をガラス箱を用いてやれば、猫が死ぬ・死なないは直接観察できるからパラドックスも起きない。密閉した箱と何が違うのか?ガラス箱の方は外からの光の作用で波動関数が解消されたのか?そんなわけはない。本質的にはパラドックスでないことがパラドックスのように語られた、これが結論かもしれません。

補足日時:2008/02/15 16:35
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 私は、#3さん,#4さんと違った意見を持っています。

「生きた猫」の固有関数がない事は、確認されていません。また「森の外」の境界はどこか?(ミクロな系は、どこでマクロな系と出会うのか?)という事も、観測問題では徹底的に議論され、境界は確定できないという結論だったと思います。さらに巨視的な量子効果も、今では現実に実現されています。
 (本の読み方を間違っていないとすればですが)「生きた猫の状態」と「死んだ猫の状態」の重ね合わせは現実に存在するが、コヒーレントの自然散逸によって、重ね合わせは一瞬で(プランク時間くらい?で)破れ、生きたか死んだかに落ち着く。これがデコヒーレンス理論だと思っています。

この回答への補足

この問題(実験)の被験者になるのは別に「猫」でなくてもいい、無生物(検出器)でもいい。実験結果を知るまでは箱の外の人にとっての波動関数は確定していない重なり合わせ状態にある。
そして箱を明けて検出器の記録部分をみて放射性物質が発射されたことを知る。(または発射されなかったことを)。
これは深く考えると、測定結果を知ったら過去に遡ってそれが確定したことになります。
観測とは単に起こったことを知るだけでそれ以上でも以下でもないと考えるなら別ですが。

補足日時:2008/02/14 23:16
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お書きになった思考実験はまさしく,


「誰もいない森の中で木が倒れた.果たして木が倒れると言う事象は存在するか?」
と言う人間原理に基いた問答です.
森の木が倒れた事象は,周囲の木々,土や木の中の虫たち,
或いはドスンと衝撃を与えられた地面によって「観測」されたことになります.

「観測」と言う言葉が,実際は「相互作用」とでも呼ぶべきものであって,
シュレーディンガーの猫では,放射線をセンサが検知したかしないかで,
状態はひとつに定まっています.
即ち「観測」が成立する訳です.
それを知らないのは,森の外にいる人,であって,
実際はセンサが既に状態を一意に「観測」しているため,
従って,シュレーディンガーの猫は,面白い例えではありますが,
結局は「森の外の人」に留まってこそ不可思議な問答であると言えます.

この回答への補足

量子力学の不確定性は、実際のところ、観測する術がないから量子の位置などを正確に知ることができないのではなく、雲のように拡がった存在確率の波こそがある種の実体であり、それは二重スリット実験からも確かめられている。こういうことらしいです。
これをマクロの世界に拡大適用する思考実験が「シュレディンガーの猫」のわけですが、マクロの世界では量子的ゆらぎ・重ね合わせ状態などほとんど意味を持たないので、この実験自体思弁の一種かもしれませんね。

補足日時:2008/02/13 23:25
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期待する回答ではありませんが、参考までに。


「シュレディンガーの猫」は、量子力学の問題ではありません。量子力学の問題であれば、オブザーバブルな物理量が定義され、その固有関数が求まりますが、「シュレディンガーの猫」では、「生きている猫」はオブザーバブルな物理量ではありませんし、まして、その固有関数など存在しません。したがって、「生きている状態」と「死んでいる状態」の重ね合わせの状態など、意味のない概念です。
「シュレディンガーの猫」が、量子力学の観測の問題と誤解されている理由は、「確率」という言葉の概念の誤用にあります。量子力学では、重ね合わせの状態のどの状態が実際に観測されるのかは分からず、確率のみが求まると考えます。この確率は、便宜的な概念ではなく、本質的なものです。これに対して、単に人間が知らないので便宜的に使っている確率があります。猫が生きている確率は2分の1、というのは、まさにこの便宜的な確率に他なりません。実際は、このときには、猫は死んでいるか生きているか、どちらかなのです。この2つの「確率」の概念を混同してしまった結果が「シュレディンガーの猫」なのです。
マクロな状態にどこまで量子力学を適用できるのか、という問題は、真剣に検討する価値のある問題ですが、「シュレディンガーの猫」は、単なる言葉遊びと考えるべきです。

この回答への補足

禅問答か何かで、深山幽谷で枯れ木が倒れて音を立てた、しかし誰もこれを聞いていた者はいない、この場合音は存在したといえるのか?というようなのがあったと思います。
「観測者」がいなければある事象が起きた世界は存在しえない。
上の例だと、いつか山に登る人によって倒木が発見されれば、過去に遡ってその事象が起きた世界は確定し得る。

補足日時:2008/02/13 00:15
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まとめて。


「この宇宙を最後に観測した知性体(すなわち最後まで生き残った)が、ビックバンにまで遡って、宇宙を確定する」
確定する状態を選択は出来ないですが…出来たら、神そのものですね。
とりあえず、「ウィグナーの友人」で検索してみてください。
ついでに、この辺をメインに扱ったSF小説。
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%B6 …

追記。観測者が観測する理由や意味を知っているかどうかは、シュレ猫の話には関係ありませんし、それを問う事自体、実験の趣旨を理解していない事の証拠でもあります。
さらに、人間と猫を観測者として区別してしまっている事も、このパラドックスで問うべき事でもあります(猫には、不確定性を確定する能力はないのか?/人間には、不確定性を収束する能力があるのか?)。

も一つ。最先端として「カシミア効果」も勉強してみると良いでしょう。

この回答への補足

「ウィグナーの友人」について調べてみたところ、私が(1)~(3)で考えてみたようなことはとっくに検討されていたわけですね。

また「シュレディンガーの猫」において「猫」は本質ではないようですね。問題をややこしく見せるために意地悪く導入された要素であり、猫のような高等動物のかわりに、昆虫でもアメーバでもかまわない。無生物(検出器)であっても事情は同じ。
世界は重層的であり、たとえば人Aが知っていることを人Bは知らない、だから人Aにとっての世界と人Bにとっての世界は違う。(人間に限らず)認識主体の数だけの世界が重なりあっているのがこの世界である。
こうなるのが結論でしょうか? ある種の多世界解釈ですね。それを決定する「観測」とは何か?という問題は依然残りますが。

面白そうな小説の紹介ありがとうございます。さっそく読んでみます。

補足日時:2008/02/12 16:18
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検出結果⇒毒ガス=猫の死


に対して
検出結果⇒ランプ
ですので、
毒ガス=猫の死=ランプ

箱に入る人を観測者Aとして、箱の外から結果を聞く人が観測者Bとします。
本来であれば、観測者Bは猫の死亡/生存により結果を知りますが、質問者さんのケースでは、観測者Bは観測者Aからランプの結果を「聞く」ことで、観測結果を求めるので、観測者A=観測者B となります。
観測者Aは、ランプの結果を観測しますが、ランプが点灯するまでは「判らない」状態で、分裂と未分裂が混ざった状態と、位置づければ、猫が死んでいると生きているが混ざった状態と≒ですので、シュレディンガーの猫が成立するのでは?

質問者さんの問いは、観測者A=観測者Bとしただけですので・・・
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